第35話 やられ役の魔王、側近に相談する




 俺は一度、魔王城に戻ってきた。


 エルシアは逃げた奴らの捜索を続けており、発見した時のために作戦を練るとのこと。


 元気があって何よりだ。



「バルザック、ただいま」


「お帰りをお待ちしておりました、魔王様!!」



 魔王城に戻ると、バルザックは満面の笑みで俺を出迎えた。


 やたらと目をキラキラさせていて、前世の実家で飼っていた大型犬を思い出す。


 あいつは元気にしてるだろうか。



「して、ご相談とは?」



 俺は今日、バルザックにある相談をするために魔王城までやってきた。


 その相談というのは……。



「バルザック。魔王って、何をするもんなんだ?」



 改めて考えてみても、さっぱり分からん。


 そもそも魔族たちには法律やルールという概念が無い。


 ただ自由気ままに人間を殺して喰らい、好きに暴れ回るだけ。

 魔王は彼らに命令を下し、従わせることができる唯一の存在であり、それ以外の意味は無い。


 ああ、別に他の魔族に命令を強制させる力が魔王にあるわけではない。


 詳しい理由は分からないが、魔族の誰もが魔王に対する絶対的な忠誠心を持っているから命令に従うのだ。


 ……少し話が逸れたな。


 とにかく魔王は他の魔族に命令することができるだけで、すべきことがあるわけではない。


 というのはあくまでも俺の考え。


 一般的な魔族からすると、魔王である俺に何某か叶えて欲しい要望があるかも知れない。


 困った時のバルザック、相談するならバルザックである。

 バルザックは俺の質問に対し、至って真剣な面持ちで言う。



「ずばり、世界征服でしょう!!」


「世界征服……?」


「はい!!」



 俺はあまりピンと来ないが、バルザックは鼻息を荒くして言う。



「数百年前、魔王様は惜しくも聖女と勇者の妨害によって封印されてしまいました。人類を滅ぼし、この世界を魔王様のものとするまであと一歩でした」


「あ、ああ、そうだな」


「ですが!! 今の時代に勇者はおらず、聖女に至っては魔王様の妃となりました!! 魔王様の覇道を邪魔する者はおりません!!」


「うーん、そういうことではなくてだな……」



 世界征服。


 たしかに魔王っぽいっちゃ魔王っぽいことかも知れないが、そういうのではない。



「もっとこう、あれだ。何か魔族たちを導く、的な? 無い?」


「……ふむ、無いですね」


「無いのか」


「はい」


「そうか……」



 あれ?


 もしかしなくても魔王っていてもいなくても良い感じの存在?


 と、少し肩透かしを喰らっていると。



「魔王様ご本人には分からないかも知れませんが、我々にとっての魔王様は存在そのものが尊く、敬って当然のものなのです。ただそこにいるだけで我らの生きる希望となり、導かれる存在なのです」


「ふむ? えーと、あれか。人間で言うところの神様みたいな?」


「そうですね、人間で言うとそうなります」


「まじか」



 なるほど、と俺は納得した。


 魔族たちが魔王に対する忠誠心は信仰に近いものだと思っていたが、実際に信仰心故のものだったとは。



「では、なんだ? 仮に俺が人間を殺して食うのをやめろと言ったらどうなるんだ?」



 人間と魔族の間には深い溝がある。


 でも、もしかしたら人間と手を取り合って繁栄する未来があるかもと思ったら、世の中そう甘くはないらしい。


 バルザックが俺の質問に頷きながらも、どこか困った様子を見せる。



「無論、皆が人間を殺して食べるのをやめるでしょうね。ただ我らの主食は人間です。人間を食べられないとなると、飢え死にする者も出てくるかと」


「む。そうなのか」



 一応、人間以外に食べられるものがないか聞いてみると、バルザックは無いと断言した。


 俺は元が魔王族という食事や睡眠が必要ない種族だったからか、転生石で種族を変えた後もあまり食に対する不自由はしていない。


 しかし、普通の魔族はどうも違うらしい。


 彼らは古来より人間を殺して喰らってきたことで人間の血肉以外を受け付けないそうだ。



「意外と知らんことって多いな……」



 たしかに前世の記憶を取り戻す前の俺は人間を絶対に滅ぼすマンだった。

 しかし、まさか魔族に対する知識がここまで無かったとは自分でも驚きだ。


 って!! そうじゃなくて!!

 


「魔王らしいことって、マジで世界征服しかないのか」


「はい!!」


「なんて良い笑顔で頷きやがる……」



 しかし、それなら仕方ない。


 元人間としてはあまり人間と敵対するような行動は取りたくないし、現状維持だな。


 まあ、向こう側から何かしてきたらやり返すスタンスで行こう。



「魔王様、早速人間どもに宣戦布告しますか!?」


「いや、しないしない」


「そうですか……。久しぶりにやり甲斐のある仕事ができると思っていたのですが」


「……そうしょんぼりするな。お前にはアルヴェラ王国――いや、アルヴェラ王国だった土地を管理を手伝ってもらいたい。エルシアからもらったは良いが、俺には管理のいろはが無いからな」


「っ!!」



 仕事と聞いて目を輝かせるバルザック。


 前々から思っていたが、やはりバルザックはワーカホリックらしい。



「まあ、あれだ。身体を壊さない程度に頼む」


「はっ!! この命に代えましても、ご命令を全ういたします!!」


「身体を壊さない程度にって言ったばっかだろ」



 俺は相変わらずなバルザックに、思わず苦笑いしてしまうのであった。













sideユリウス




 ユリウス・フォン・アルヴェラは、商隊とその護衛に偽装した騎士たちと山道を歩いていた。


 早期の決断により、ユリウス率いる王国の重鎮たちは王都をエルシア軍に囲まれる前に脱出し、分散して他国へと向かっている。


 一つにまとまって行動しないのは、敵の追っ手を撹乱する意図があった。


 と言っても、ユリウスは未だに王国の領土から脱出することは叶わないでいる。

 主要な街道を避けて移動していたせいか、国境付近はすでに魔族たちによる検問が敷かれており、何度も迂回を繰り返しているためだ。


 騎士の一人がユリウスを心配して声をかける。



「陛下、大丈夫ですか?」



 いくら馬車に乗っているとは言え、商隊に偽装している一団が使う馬車はお世辞にも乗り心地が良いとは言えない。


 馬車で地方の領地へ視察に行くこともあるユリウスでも、辛いだろうと思っての配慮だ。


 ユリウスは疲れを隠せない様子で頷く。



「あ、ああ、平気だ。俺よりも、騎士の皆は疲れていないか?」


「我らは鍛えております故、どうかお気になさらず。このような時のために我ら近衛騎士がいるのですから」



 騎士がニカッと笑う。


 思わずユリウスも釣られて笑ってしまった、その時だった。


 道中の安全を確保するため、先行して偵察に出ていた騎士が慌てた様子で戻ってきた。


 ユリウスが騎士に問いかける。



「何かあったのか?」


「はあ、はあ、陛下、大変です。この先に小さな村があったので、王都がどうなったのか情報を集めてみたのですが……」



 戻ってきた騎士の報告を聞いて、ユリウスは背筋を凍らせる。



「魔王軍が王国の方々から人間を捕まえてきて、王都に集めている? どういうことだ? 何のために?」


「詳細は分かりませぬ。しかし、この先の村に魔王軍の人間狩りから逃れてきた者がいるそうです。村はまだ見つかっておらず、被害は出ていないそうですが……」



 ユリウスが王都を出奔してから、まだ一ヶ月しか経っていない。


 民衆を扇動して戦わせ、ユリウスたちが逃れるための時間を稼ぐために残ったベルノンはどうなったのか。


 ユリウスは不安を隠すことができなかった。



「ひとまず、この先に村があるなら食料や水を補給させてもらえないか交渉してみましょう」


「ああ、そうしよう。……パリルやダスティンは無事だろうか」



 ユリウスは学園時代を共に過ごした友人たちの名前を溢す。

 彼らは別部隊で王国からの脱出を図っており、この場にはいない。


 そして、友人たちの顔と一緒に思い出してしまうのは最愛だった少女。


 魔王軍は王都に人を集めさせて何をしようとしているのか。

 エルシアの命令なのか、それとも魔王の命令なのかは分からない。


 ただ漠然とした不安がユリウスを襲う。


 ユリウスはその不安を抑え込み、村へと立ち寄る決意をする。



「あ、あの、それともう一つ」


「なんだ?」


「その、この先にある村の住人は、えーと、自分自身でも驚きなのですが、人間ではなかったです」


「?」



 ユリウスは騎士の報告に首を傾げる。



「人間ではない、とは?」


「その、えーと、陛下は王国に伝わるお伽噺をご存知ですか?」


「ああ、知っている。聖女と勇者の物語だろう?」


「はい。どうも、その、その物語に登場する妖精の末裔みたいで……」


「「「「「?」」」」」



 報告に戻ってきた騎士自身も動揺しているのか、言葉では上手く伝えられず、周囲の者たちは首を傾げる。


 しかし、ユリウスは騎士の言いたいことを汲み取ることができた。



「まさか、エルフがいるのか?」



 エルフ。


 それは今やお伽噺話の中でのみ語られる、魔族を上回る寿命と強大な魔力を有し、平和をこよなく愛する者たち。


 どうやらこの先にある村は、エルフたちの村らしかった。

 






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「見える、見えるぞ!! エルフにまで手を出す姿が!!」


デ「だ、出さないし?」



「魔王って仕事ないのか」「次の獲物はエルフかあ」「出す(確信)」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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