第32話 やられ役の魔王、気を遣われる





「わ、わた、私は、お兄様と、でも、お兄様は私を選んでくれない、私を利用して……。でも魔王は敵で、でも、私を大切にしてくれるお兄様で――」



 選択を迫られて混乱するミーシャ。


 俺とベルノンの顔を交互に見つめながら、青い顔をしたまま硬直する。


 エルシアはその様子を楽しそうに見守っていた。



「では困っているミーシャちゃんに素敵な提案をしてあげます」


「ぇ?」



 そんなミーシャに囁きかけるエルシアの顔は邪悪そのもの。


 何なら魔王の俺より魔王っぽい。


 ミーシャは花の甘い香りに誘われる蝶のように、エルシアの誘惑に耳を傾けてしまった。


 エルシアの提案とは――



「ミーシャちゃん、ディアブロ様を選んでください。そうしたら、ベルノン様はミーシャちゃんにお任せします」



 悪魔の囁きとはこのことか。


 錯乱したミーシャにはエルシアの提案が神の啓示にも思えたことだろう。



「流石にベルノン様とエッチなことをするのはディアブロ様が許さないでしょうけど、大好きなお兄様をずっと手元に置いておけますよ?」


「で、でも、それじゃ、お兄様が……」


「ええ、ベルノン様に自由はありません。でも必要ですか? 貴女の想いに答えようとすらしない、貴女を裏切った方に自由など」


「私を、裏切った?」



 ミーシャの目が見開かれる。



「ええ、ええ!! ミーシャちゃん、貴女は私と同じです。ベルノン様に裏切られた。でも貴女は怒り方を知らなかった」


「お、怒り方……?」


「そうです。貴女は怒り方を知らなかったから、私を排除しようとした。違いますか?」



 エルシアの問いに対し、ミーシャは無言。


 いや、もしかしたら冷静に自分の過去を思い返しているのかも知れない。



「ミーシャちゃん、これは貴方の復讐でもあるんですよ?」


「私の、復讐?」


「そうです。貴女を選ばなかったベルノン様への復讐。それはベルノン様を選ばないことです」


「私は、私は……」



 改めて俺とベルノンを見比べるミーシャ。


 そして、意を決したようにミーシャはベルノンの方に歩み寄る。


 お、おお!!

 エルシアの甘い言葉に惑わされず、実の兄を選んだか!!


 ミーシャに選ばれなくて少し悲しいような、兄妹の絆を見られて嬉しいような。


 俺は複雑な気持ちになる。



「ミーシャ……」


「……お兄様」



 安堵したようにミーシャの名を呼ぶベルノンだったが、次第にその顔色が強張った。


 ミーシャが異質な雰囲気を放っているのだ。


 俺の隣でエルシアが心底楽しそうにニヤニヤ笑っている。



「ごめんなさい、お兄様」


「ミーシャ? な、何を?」



 ベルノンにお辞儀して、ミーシャはこちらに振り向いた。



「ディアブロ様、私は貴方の妹でいたい」


「よく決断してくれましたね、ミーシャちゃん!!」


「……ん」



 嬉しそうに微笑むエルシアと、どこか後ろめたさのあるような面持ちで頷くミーシャ。


 俺はびっくりしていた。


 まさかミーシャが大好きな兄であるベルノンを選ばないとは思いもしなかった。


 しかし、エルシアはここからどうする気だ?



「ふ、ふざけるな!! ミーシャ!! そいつらは父上を、領民を皆殺しにした仇なんだぞ!!」


「っ」



 怒り心頭といった様子でベルノンが怒鳴る。


 ミーシャは急な大声に驚いて、ビクッと身体を震わせた。


 お、おお、小動物みたいで可愛い。



「あら、怖いですね。見てください、ミーシャちゃん。あれが貴女の大好きだった兄の本性ですよ。仇のためならと可愛い妹も利用する、最低な男ですね」


「な、ち、ちがっ」


「ミーシャちゃん、どうです? 今から新しいお兄様とのイチャイチャエッチを前のお兄様に見せて差し上げては」


「そ、それは、流石に恥ずかしい」


「そうおっしゃらず。ディアブロ様も、可愛い妹とエッチがしたくて大きくしてますし」


「あっ……♡」



 実はミーシャが俺を選んだ時から、俺の魔剣は痛いくらい硬く鋭くなっていた。


 そりゃあ、ね?


 他の男を選ぶと思っていた美少女が自分を選んでくれたら誰だって嬉しいからね。


 仕方ないのだ。男は皆こうなるのだ。



「ミーシャちゃん。せっかくですから、ディアブロ様に誓いのキスでもしたらどうですか?」


「誓いの、キス?」


「はい!! 妹として、女として身も心もディアブロ様に生涯尽くすという誓いのキスです!!」


「ん、する。したい。させて、お兄様」


「良いぞ。ほら、こっちに来い」



 と、その時だった。


 エルシアがわざとらしく、どこか棒読み気味にこう言った。



「おや? ミーシャちゃんは背が低いので、ディアブロ様のお口まで届きませんね?」


「俺が屈めば良いのでは――」


「あら!! こんなところにちょうど都合の良い踏み台がありました!! ベルノン様、ちょっと四つん這いになってください」



 俺の言葉を無視してエルシアがベルノンを蹴飛ばし、無理矢理四つん這いにさせる。


 すると、ミーシャが大好きだったはずの兄を踏み台にして俺にキスしてきた。



「んちゅ♡ お兄様ぁ♡ しゅきぃ♡」



 ……俺は案外、性格が悪いのかも知れない。


 ミーシャが大好きだったはずの実の兄であるベルノンを踏み台にして、俺と濃厚な大人のキスしている。


 その優越感が堪らなく俺を興奮させた。


 俺はミーシャを持ち上げて、魔剣でその身体を下から貫いた。



「んあっ♡ お、お兄様、やだ♡ みんな見てるからっ♡」


「ふふっ、ミーシャちゃんったらお顔真っ赤で可愛いですね。私も混ぜてください」


「ひゃあっ♡」



 そう言うと、エルシアは血液操作で人工魔剣を作り出した。


 俺の魔剣と同じ大きさ、硬さの人工魔剣がミーシャを後ろから貫く。



「や、やだ、痛いっ♡ お、お腹が苦しいっ♡」


「大丈夫ですよ。すぐに痛みなんかなくなりますから。それよりもミーシャちゃん、こっち向いてください」


「ふぇ? んむっ!?」



 ミーシャが肩越しに振り向くと、エルシアはその唇を強引に奪った。

 それも濃密に舌を絡ませ合う、大人のちゅーである。



「ぷはあっ♡ 今のミーシャちゃん、本当に可愛いです♡」


「あ、や、やだ、見ないで♡」


「ミーシャちゃん、私と仲直りしてください」


「え?」


「ミーシャちゃんはディアブロ様の妹、つまり私の妹でもあります。ディアブロ様も可愛い妹が妻と仲良くしていたら嬉しいでしょう?」



 俺は無言で頷く。



「あぅ♡ エルシア、お姉様っ♡」


「はい、なんですか?」


「ごめんなさいっ♡ 学園で意地悪してごめんなさいっ♡ 暗殺しようとしてごめんなさいっ♡ ミーシャを嫌いにならないでくださいっ♡」


「ふふっ、ええ。ええ!! 許してあげます。もう同じことをしてはダメですよ?」


「あっ♡ はひっ♡ お姉様っ、大好きっ♡ お兄様と同じくらい大好きですっ♡」



 それから俺たちは、ベルノンが見ていることも忘れて三人で乱れまくった。


 こうしてエルシアとミーシャは和解し、本当の姉妹のようにイチャイチャラブラブするようになったのである。








「逃げた奴らはどこに行ったの? 早く答えろ」


「や、やめて、くれ、ミーシャ……」


「私も酷いことはしたくない。でもお兄様とお姉様が知りたがってるから。早く言って。言え。じゃないと『これ』を蹴り潰す」



 三人でのイチャイチャエッチが終わり、ミーシャはベルノンを拷問し始めた。


 どこかへ逃げてしまった残り三人の攻略対象や、その他の王国の重鎮の居場所を吐かせようとしているのだ。


 ベルノンは唯一の肉親である妹が嬉々として自分を拷問してくる様に恐怖している。


 ミーシャも容赦が無い。


 ベルノンのゴールデンボールを容赦なく蹴り飛ばしているのだ。


 俺ほどのレベルがあったらゴールデンボールを蹴られても平気だが、ベルノンのレベルはそう高くない。


 むしろ、エルシア軍で人間をそれなりに殺しているミーシャの方がレベルは高いだろう。


 ベルノンの様子を見るに、もう十数発くらいゴールデンボールを蹴られたら逃げた連中の居場所を吐くかも知れない。


 その様子を見ながら、俺は満面の笑みを浮かべるエルシアに話しかけた。



「正直、意外だったな」


「何がです?」


「エルシアなら、ミーシャにはもっとエグいことをするのかと思っていた」


「……ディアブロ様は私を何だと思ってるんです?」


「俺にとっては最高の女の子だが、敵対者には容赦ない性格だと」



 くすりとエルシアが笑う。



「そうですね。たしかに、ミーシャちゃんにはベルノン様諸とももっと酷い目に遭ってもらうつもりでした」


「だったら何故?」


「……だってディアブロ様、ミーシャちゃんのこと大事にしてるでしょう?」


「……まあ、うん」



 たしかに俺は洗脳状態のミーシャのことを可愛がっていた。


 もしかしてエルシアは……。



「ディアブロ様には恩がありますし、多少は融通します。それに、ミーシャちゃんは私に石を投げてないですし、私を裏切ったわけでもない」


「む。それは、そうかも知れないが……」


「たしかにミーシャちゃんは暗殺計画を企てていましたけど、誰だって一度や二度、気に入らない相手をぶっ殺したいと思うものでしょう?」


「……そうだな」


「そりゃあ、私に親切にしてきて暗殺しようとしてたなら話は別ですけど。ミーシャちゃん、初めて会った時から敵意全開でしたし」



 そうなのか。


 なんだかエルシアに気を遣わせたみたいで少し申し訳ないな。


 俺はベルノンを拷問するミーシャを見ながら、そう思うのであった。








―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもよくない小話


作者「直接描写はしていないからセーフ。絶対に、多分、おそらくはきっとセーフ。直接描写はしてないからセーフ」


デ「必死で草」



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