第31話 やられ役の魔王、成り行きを見守る
翌日。
エルシアの号令でエルシア軍は王都に向かって進撃していた。
王国軍が壊滅している今、王都の民を守る者は誰一人としていない。
蹂躙されるのは目に見えていた。
だからか、エルシアが昨夜敢行した夜の王都への悪戯は功を奏したらしい。
「ま、魔王妃様!! 言われた通り、ご指名の者共をお連れしました!!」
王都の民を代表し、一人の老人が前に出る。
その後ろにはエルシアが昨日名前を口にした人物たちがいた。
どうやら俺がエルシアとイチャラブエッチしてる最中に反乱が起こったらしく、エルシアの要求した人物たちの身柄が拘束されている。
その中には攻略対象も一人混じっていた。
ミーシャの本当の兄、名前はベルノン・フォン・アヴァンである。
そう、エルシアの本命の復讐相手であろう攻略対象はたった一人しかいなかったのだ。
エルシアが代表者に笑顔で話しかける。
「何人か足りないようですが?」
「そ、それは、その、どこにもいなかったのです。おそらくは、逃げたのかと……」
「……なるほど」
エルシアは頷くとエルシア軍の皆にこう言った。
「皆さん、今日は宴です。王都にいる民衆は好きに食べていいですよ」
「なっ、や、約束が違うではないですか!!」
エルシア軍から沸き起こる歓声、王都の民が叫ぶ悲鳴に辺りが包まれる。
代表者はエルシアに抗議した。
生き残るために必死なのは分かるが、エルシアは淡々と言う。
「私は私の要求する人物らを連れてきたらと言ったんです。連れてきてないですよね?」
「そ、それは、逃げた連中の責任で……」
「ふふっ、あははは」
「な、何が面白いのですか!?」
エルシアがくつくつと笑い始め、その姿に代表者は動揺する。
「貴方たちはいつもそうですね。自分ではなく、あいつが悪い。責めるなら自分たちではなくあいつにしてください。これが国民性というものでしょうか? 魔族の皆さんの方が、ずっと正直で親しみやすいですね」
「こ、この、王国の裏切りものが!!」
「……」
それはエルシアの逆鱗に触れる発言だった。
エルシアは代表者の首をその場ではね飛ばし、地面に置く。
「!?」
「首を切断されたのに生きているのが不思議ですか? 簡単ですよ、血液を操作して貴方の血を循環させているんです。こうすれば、人って中々死なないし、死ねないんですよ」
「な、何を――」
「貴方には自分の身体が食べられるところを見せてあげますね?」
怖い。うちの妻が怖い。
でもまあ、エルシアが代表者に本気で怒ったのは何もおかしくはない。
「先に私を裏切ったのは貴方たちです。人のせいにしないでください」
エルシアはその場に代表者を放置し、民衆に捕らえられた者たちの方を見る。
その中の一人、ベルノン・フォン・アヴァンの前にエルシアは立った。
そして、やはり笑顔で話しかける。
「お久し振りですね、ベルノン様」
「……ああ」
「殿下たちがどこへ逃げたのか、教えてくれませんか?」
「……知らない」
「そうですか。なら仕方ないですね、少し場所を移しましょう」
そう言うと、エルシアは他の民衆に捕らえられた者たちは王城の地下室に閉じ込めるよう指示し、ベルノンをどこかへ連れて行く。
俺も一緒に付いて行くと、エルシアはある建物の前で足を止めた。
「わあ、懐かしいです。魔法学園に来たのが随分と昔のように感じられますね」
そこは乙女ゲーム『聖女と五人の勇者たち』の舞台にもなった魔法学園だった。
エルシアはここで三年を過ごし、攻略対象との甘い日々を送っていた。
懐かしそうに校舎を眺め、エルシアは更にある場所へ向かう。
そこは女子寮。
エルシアが親元を離れて生活していた彼女の部屋だった。
「埃が被ってますね……。というか荒らされてますし。あ、この小物お気に入りだったのに壊れてる!? うぅ、ショックです」
エルシアの部屋は放置され、荒らされていた。
どうやらエルシアがいなくなった後、学園に通う女子たちがやったらしい。
王子を始めとするイケメンたちを一人占めしてたら、そりゃあ周囲の嫉妬も買うか。
「ふふ、本当に懐かしいですね」
「……エルシア。こんなところに連れてきて、何をしたいんだ?」
「何をって、決まってるじゃないですか。拷問です」
エルシアが満面の笑みで言う。
「もしユリウス様がどこに逃げたのか教えてくれるのでしたら、何も酷いことはしませんよ」
「……嘘だな。君は昔から、嘘を吐く時は視線が右に流れる」
え、そうなの?
そんなの見たことないんだが。あれか? 俺はエルシアに何も嘘を言われたことが無いのか?
ちょっと嬉しいな!!
「ふふっ、はい。嘘です。言ったとしても耐えがたい拷問をします」
「……なら、私は何も言わないよ」
「それは困ります。ベルノン様には是非、殿下たちを裏切ってもらいたいので」
「何を馬鹿なことを……」
「――ミーシャちゃん、入ってきてください」
エルシアが合図をすると、ミーシャが部屋に入ってきた。
どうやらエルシアがあらかじめこっそりスタンバイさせていたらしい。
ミーシャは首を傾げながら、俺とエルシアを見つめ、最後にベルノンを見た。
「え? お兄様? あ、いや、違う。私のお兄様はディアブロお兄様で、あれ?」
「ミーシャ!? 生きていたのか!? おい、エルシア!! ミーシャに何をした!?」
「ふふ、そんなに怒鳴らないでください。ミーシャちゃんも、そろそろ正気に戻る時ですよ?」
「あ……あ……あ……」
ミーシャの目から光が失われる。
「私は、お兄様を裏切って、それで、魔王に身体を、おぇ、おえええええ!!!!」
「……吐くのは酷くないか?」
「よくも、よくも私にお兄様を裏切らせたな、許さない、許さない!! 殺してやる!!」
錯乱したミーシャが襲いかかってきた。
しかし、俺とミーシャの間には絶対的なレベルの差があるからな。
「おっと」
俺はミーシャを押さえ込むように抱き締める。
すると、ミーシャがビクンと身体を震わせて頬を赤らめさせた。
え? なに? どういう反応?
「あっ♡ え? あ、お兄様? ち、違う、こいつは魔王で、でも大好きなお兄様で、うぁ、や、やだ、触らないで♡ 身体、頭がおかしくなる!!」
「お、おい、大丈夫か?」
ミーシャは混乱した様子ではあるが、俺にギュッと抱きついてきた。
その表情は蕩けている。
しかし、同時に怒りや憎しみを瞳に宿したり、逆に愛情や親しみを宿していたり……。
表情がころころと変わっている。
「ミーシャちゃん。落ち着いて聞いてください」
すると、エルシアがミーシャを背後から抱き締めて囁きかけた。
ビクッとミーシャが震える。
「ミーシャちゃん。貴方には二つの選択肢があります」
「ぁ、え?」
「一つは私たちと一緒にベルノン様を拷問すること。もう一つは、人間に戻ってベルノン様とどこか遠い場所で暮らすことです」
エルシアの意外な言葉に、ミーシャは冷静さを取り戻す。
「お兄様と……?」
「はい。ここにディアブロ様から譲っていただいた転生石があります。もし、ミーシャちゃんが望むのであれば差し上げますよ?」
昨日の夜の出来事だ。
俺はエルシアにお願いされて、持っている転生石の一つを譲った。
どうやらエルシアはこのために転生石を欲しがっていたらしい。
「さあ、選んでください」
「わ、私は、お兄様と、ベルノンお兄様と一緒に暮らし、たい」
「その選択に、後悔はありませんか?」
「え?」
「ミーシャちゃんがベルノン様を選んでも、ベルノン様はミーシャちゃんを選んではくれませんよ?」
「あっ……」
邪悪に微笑むエルシアの言葉に、ミーシャの瞳が揺らぐ。
「ミーシャ!! エルシアの言葉を聞くな!!」
「ほら、見てください。自分が助かるために、ミーシャちゃんを利用しようとしています」
「お、お兄様は、そんな人じゃ……」
「ミーシャちゃんは騙されているんです。落ち着いて考えてみてください。利用することしか考えていないベルノン様と、ミーシャちゃんを妹としても、女としても大切にして可愛がってくださるディアブロ様。どちらが良いですか?」
「わ、私は、わたし、は……」
ミーシャは決断を迫られる。
偽りの兄である俺を選ぶか、実の兄であるベルノンを選ぶか。
エルシアは答えが分かっているようだった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「エルシアさんマジ怖ぇっす」
デ「っす」
「エルシア容赦なくて好き」「ミーシャと本物のお兄ちゃんの再会だ!!」「エルシアさんマジ怖ぇっす」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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