第19話 やられ役の魔王、ドキッとする




 エルシアとマナにこってり搾り取られた翌日。


 俺はある人物を伴い、エルシアの親衛隊部隊長としてアヴァンの街に舞い戻った。


 どうやらエルシアがあらかじめ指示していたようで、副官のマロンが王国と他国を繋げる街道のいくつかを乗っ取って封鎖したらしい。


 同時多発的に方々で実行したためか、王国は対応しきれておらず、食糧を他国からの輸入に頼っているアルヴェラ王国にとってはかなりの痛手だろう。


 エルシアが笑う。



「ふふ。民衆の不満を溜めに溜めさせて反乱を起こさせるのも面白いかも知れませんね」



 と思ったら、スンと笑顔が無くなった。


 民衆に反乱を起こさせた末の結果を想像したら満足の行くものではなかったようだ。



「……いえ、やっぱりナシですね。私の手で奴らを殺さないと意味が無いです。ディアブロ様もそう思いますよね?」


「そ、そうだな。それはそうと、一つ聞きたいのだが」


「なんです?」



 アヴァン城の一室。


 おそらくはエルシアが始末したこの城の主が暮らしていたであろう部屋で、俺は息苦しい思いをしていた。


 というのも、俺と俺の膝に座るエルシアのイチャイチャをじろりと見つめている者がいるのだ。


 元々はこの街を治めていた王国貴族の娘、ミーシャ・フォン・アヴァンである。

 何を考えているのか、エルシアが洗脳済みのミーシャをアヴァンの街に連れて行こうと言い始めたのだ。


 とは言え、人間のミーシャを連れて魔族ばかりのアヴァンの街に戻っては、俺たちの見ていないところで誰かに食べられてしまうかも知れない。


 裏技レベリングを実践している今、少し勿体ない気もしたが……。


 ミーシャには人間をやめてもらった。


 転生石を渡した際のミーシャの満面の笑みが忘れられない。

 一応、人間をやめることに抵抗は無いのか聞いてみたら驚きの回答が返ってきたし。



『お兄様のご命令とあらば、人間であることに未練などありません!!』



 とまあ、嬉々として人間をやめたミーシャ。


 今のミーシャは小悪魔族という、悪魔族の下位種になってしまった。いわゆるインプだ。


 その証拠に小さな尻尾と羽が生えている。


 そのミーシャがイチャイチャする俺とエルシアを無言でずっと見つめているのだ。

 何か悪意や害意を感じるわけではなく、ただこちらを見ている。


 乙女ゲームの主人公であるエルシアと対になる悪役令嬢だからか、その容姿が遥かに整っている分、怖い。



「……お兄様」


「な、なんだ、ミーシャ?」


「……何でもない」



 先程から同じような会話を何度かしている。


 俺はエルシアの目的が分からず、気まずくて死にそうだ。

 と、そこで不意にエルシアがミーシャに優しい声音で話しかけた。



「ミーシャちゃん」


「……何?」


「代わってあげましょうか?」


「っ」



 ミーシャにはエルシアの言葉が挑発に聞こえたのかも知れない。


 明らかにミーシャの機嫌が悪くなる。


 その様子は唸っている小型犬のようで、少し可愛かった。



「……別に」


「そうですか。なら、私はもっと貴女のお兄様とイチャイチャしますね?」



 エルシアがわざとらしくミーシャを煽る。ギリッとミーシャが歯噛みした。



「ふふっ。なーんて、冗談ですよ」


「……?」


「ミーシャちゃん。私はミーシャちゃんと仲良くしたいんです」


「私は嫌」


「そう言わずに、話を最後まで聞いてください」



 そっぽ向くミーシャに対し、エルシアは笑顔のまま話しかける。



「ミーシャちゃん。私は貴女と同じ想いを抱いています。ディアブロ様が好きで好きで堪らない」


「……私の方がお兄様を愛している」


「む、それは譲りたくないですね。私の方がディアブロ様を愛してます」


「私」


「私です」



 エルシアが一瞬頬をピクッとさせて、ミーシャと殺気をぶつけ合う。


 な、なんか、喧嘩が始まった!?


 と思ったら、エルシアは「いけないいけない」と呟いて首を横に振った。



「ミーシャちゃん。単刀直入に言います。私とお友達になりませんか?」


「……意味が分からない」


「私もミーシャちゃんも、ディアブロ様が好き。でもディアブロ様は私たちの仲が険悪だと良い思いをしないでしょう」


「それはまあ、そう思う」



 ふむ?



「だからこそ、私たちは友達になるべきです。ディアブロ様を本気で慕うなら、この提案を拒否しないですよね?」


「む」



 今度はミーシャが眉間に皺を寄せる。


 そして、ミーシャはエルシアから視線を外してこちらを見つめてきた。


 無表情なので感情を読み取れないものの、どこかエルシアへの対抗心のようなものを抱いている気がする。



「分かった。そういうことなら、お兄様のために友達になってもいい」


「ありがとうございます。では早速、協力してもらいたいことがありまして」



 エルシアがミーシャに耳打ちする。



「……分かった。たしかにお兄様がお喜びになりそう」


「理解してもらえて何よりです」


「ん。じゃあ、詳しい話は後で詰める」



 そう言うと、ミーシャは部屋から出て行ってしまった。


 俺はエルシアに問う。



「何の話をしてたんだ?」


「私がディアブロ様に恩を返すにはどうすれば良いのか、その方法を最近になって思いついたんです。せっかくなので、ミーシャちゃんには復讐の道具になってもらうだけでなく、私の恩返しも手伝ってもらおうと思いまして」


「恩返し? そんなもの良いのに……」


「ディアブロ様には感謝しかありませんから。それくらいはさせてください」


「……そうか。なら、受け取ろう」


「はい。今しばらく、あと数ヶ月ほどお待ちくださいね」



 数ヶ月って言われると何をプレゼントする気なのか分からないな。


 まあ、楽しみにしておくとしよう。



「それにしても、ミーシャと友達に、か」


「ミーシャちゃんは凄く優秀なんです。それでいて気に入らない相手を暗殺しようとする度胸もありますから、取り込む方が良いかなと」


「あー、なるほど。たしかにそうかも知れないな」



 ミーシャは爆弾と同じだ。


 兄と認識している俺がエルシアとイチャイチャしてたら、何をするか分からない。


 実際に俺とエルシアのイチャイチャをガン見してるミーシャは怖かったし、いつか暗殺とか企てるかも知れない。


 放置しておいたら危ないから、俺のためという大義名分を掲げ、上手く手綱を握ったのか。


 賢いと言うべきか、エグいと言うべきか。


 エルシアが今は俺の敵ではなくて本当に良かったと心から思う。



「一応、ここでの扱いはディアブロ様――いえ、アデロの部下ということになります。あと、これは可能な限りのお願いですが」


「ん?」


「エッチなことがしたくなった時に私やお母さんがいなかったら、ミーシャちゃんを使ってください」



 なるほど、俺の浮気防止も兼ねていると。


 それは一旦置いておくとして、俺はエルシアの発言を注意する。



「使うって言い方はやめなさい」


「……私、ミーシャちゃん嫌いなので」


「い、いやまあ、自分の暗殺計画を立ててた相手を好きになれとは言わないが……」


「いえ、本音を言えば暗殺計画を立てられる前に仲良くなれたとは思うんですよ? ただミーシャちゃんのお兄さんに妨害されてしまいまして」



 どうやらエルシアは以前からミーシャと仲良くなれると思っていたらしい。


 まあ、実際にゲームでもそういう描写がある。


 ミーシャには暗殺計画露呈追放ルートと和解ルートがあるのだ。

 エルシアが辿ったのは前者であり、後者が誰も不幸にならないエンド。


 ミーシャの兄、つまりは攻略対象の好感度を高すぎず低すぎずという具合に調整しておくと、和解ルートに入る。


 和解ルートではミーシャがエルシアを『お姉様』と慕い、兄が少し寂しそうに笑うエンドなのだ。


 そのエンドがあることを考えるなら、たしかにミーシャと仲良くなる道が無かったわけではないと思う。


 エルシアを必要以上に好きになった攻略対象が悪いってことだな、うむ。



「って、あれ? 私、ディアブロ様にミーシャちゃんに暗殺されかけたこと言いましたっけ?」


「ギクッ」



 やばい、ボロが出た。


 たしかにエルシアは「気に入らない相手を暗殺しようとする度胸がある」とは言ったが、エルシアを暗殺しようとしたとは言ってない。


 ど、どう誤魔化そうかな。


 まさか「前世でプレイしてた乙女ゲームのシナリオで知ってる」とは言えない。



「……まあ、深いことは聞きません」


「……良いのか?」


「そりゃあ、少しは寂しいですよ?」



 エルシアが悪戯っぽく微笑む。その笑顔が、俺の心臓を跳ねさせた。



「でも、だったらいつか話してもらえるように頑張るだけです」


「……誤解の無いように言っておくが、俺は断じてエルシアを信頼していないわけではない。ただ、その、少し複雑でな」



 言っても信じてもらえないのでは、という不安があるのだ。


 信頼はしている。


 ただ俺が第三者なら、間違いなく転生云々を聞いた時点で心療内科をおすすめする。


 そういう反応を親しい相手からされると、絶対にショックだと思うの。

 エルシアなら無いと断言できるが、笑われてもおかしくないくらい転生云々の話は信じてもらえない内容だ。


 ならば、まだ黙っておきたい。


 まあ、要は必要なのが俺自身の覚悟であり、エルシアが実際に笑うかどうかは大した問題ではないってことだな。



「覚悟が決まったら話す。もう少し、時間をくれ」


「ふふっ、分かりました」



 俺はエルシアの見せる笑顔に、改めて心臓がドキッとした。



「あ、でもミーシャちゃんが暗殺計画を企ててたことはお母さんには内緒にしてくださいね?」


「む、何故だ?」


「お母さんのことですから、知ったら戦闘になりそうですし。貴重な駒を壊されたら困りますから」


「そ、そうか」



 俺はエルシアのミーシャを道具として扱っている発言に、今度は違う意味でドキッとした。怖い。





―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「美少女を膝の上に座らせたい……」


デ「叶わない願いで草」


作者「コ◯ス」



「エルシア良い性格で草」「作者の願望に同意する」「あとがきド直球な殺意で草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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