第17話 やられ役の魔王、すまんかった




 一旦、冷静になろう。


 冷静になったら落ち着いて昨日の出来事を思い出そうじゃないか。


 あれはそう、俺もリュクシュも良い具合に酔っ払ってきた時の事だった。



「おい、そこの女」



 柄の悪そうな魔族が数人、リュクシュに声をかけてきたのだ。


 リュクシュが不機嫌そうに応じる。



「ああん?」


「ほう、良い面してるじゃないか。お前、酌をしろ」


「はっ!! 寝言は寝てから言え」



 リュクシュが柄の悪そうな魔族の命令を鼻で笑い飛ばす。

 それに反応したのは、柄の悪そうな魔族の取り巻きたちだった。



「おいテメェ!! この御方が誰か知らねーのか!!」


「この御方は数多の戦場で人間共を殺し、魔王様がお認めになられた方だぞ!!」


「そうだ!! この御方に声をかけられたことを幸運に思え!!」



 俺は改めてリュクシュに声をかけてきた男の顔を見る。


 しかし、男の顔は記憶に無い。


 魔王としての記憶を漁ってみても、心当たりのある人物はいなかった。


 どうやら勝手に言っているだけのようだ。



「……おい、何見てんだ?」


「ああ、いや。別に何でもないですよ」



 男は俺をじろりと睨み、鼻で笑った。



「おい、女。付き合う男は考えた方が良いぞ。自分の価値が下がるからな」


「……あ? オレのダチに文句でもあんのか?」


「凄まれた程度で引き下がる腰抜けを庇うのか。俺が本当の男を教えてやろうか?」


「てめえ……」



 まさに一触即発。


 酒場がピリピリとした空気に包まれ、リュクシュは今にも殴りかかりそうだった。


 これは、良くないな。



「リュクシュ」


「っ、お、おう?」



 俺は魔力を乗せた声を発する。


 最近、色々な魔法を練習していたら偶然編み出してしまった小技だ。


 ただの言葉でも対象を威圧することができる。


 リュクシュは俺の呼び掛けに応じて、ハッとした様子でこちらを見た。



「リュクシュ、ここは酒場だ。酒を飲む場所であって、喧嘩する場所じゃない」


「……おう。分かってらあ」


「そりゃ良かった」



 リュクシュがジョッキの中の酒を呷り、落ち着きを見せる。


 対する男の方は、舌打ちをした。



「ふん、大人しく女を渡せば良いものを。格好をつけた自分を恨め」



 どうやらリュクシュを力ずくで連れて行こうとしたのを邪魔されたと思ったらしい。


 男が拳を握り締めて、俺の胸倉を掴む。


 俺は抵抗せず、その場で大人しく殴られることにした。

 しかし、男の振るった拳は大したダメージを俺に与えられていない。



「!?」



 男は全力で殴ったのだろう。


 その一撃を喰らっても身じろぎ一つしない俺を見て驚愕した。



「次は俺の番だな」


「待っ――」


「いきなり殴ってきた奴の頼みを聞くわけないだろ」



 それなりに手加減をして、男の顔面を殴った。


 俺の拳は男の顔面にめり込み、鼻の骨を粉砕した挙げ句、前歯を全損させる。



「……おい、アデロ。オレに喧嘩するなって言っておいて自分がやってんじゃねーか」


「喧嘩じゃないぞ? いきなり殴られたから殴り返しただけ、いわば正当防衛さ」


「オレが相手してやった方がコイツも顔面を潰されなくて済んだろうに……。ま、同情はしねーがな」


「酷い言われ様だ」



 俺が唇を尖らせてそう言うと、リュクシュは何か思いついたのか、ニヤリと笑って男の取り巻きたちを見据える。



「てめぇは知らねーようだから教えてやるよ。ここにいるアデロは、たった一回の戦争で魔王妃様に実力を認められ、親衛隊の隊長にまでなった男だぞ!! お前らみたいに褒められただけで調子に乗ってイキってる連中が勝てるわけがねーだろ!! 分かったらとっとと散れ!!」


「「「ひっ、す、すみませんでしたー!!」」」



 男の取り巻きたちが男を抱えて、慌ただしく酒場から飛び出した。


 それを見ていた他の酒場の客たちが拍手する。


 リュクシュがそれを見て楽しそうに腹を抱えて笑った。



「くっくっくっ。連中、良い様だな」


「人をダシにするな」


「良いじゃねーか。あ、店員さーん、酒のおかわり持ってきてくれー」


「かしこまりましたー!!」



 酒をおかわりし、その中身を一息で飲み干してしまうリュクシュ。


 一気飲みは身体に良くないぞ。



「しっかし、不思議だなー」



 と、そこでリュクシュが首を傾げる。


 何を不思議に思ったのか分からず、俺は素直に訊いてみることにした。



「何が不思議なんだ?」


「いや、よく分かんねーんだけどよ。この姿になってからやたらと野郎に声をかけられるんだよ。あれか? モテ期って奴か?」


「……だろうな」



 リュクシュは冗談のつもりで言ったようだが、他に理由はないだろう。

 今のリュクシュは進化前と比べたらかなりの美女だからな。


 いや、進化前でもリザードマンの中では整った容姿をしていたのかも知れないが……。


 リザードマンは美醜どころか性別すら見分けるのが難しい種族だ。

 進化したことで容姿が一般的な魔族に近づき、分かりやすくなって近寄ってくる男が増えたのだろう。


 俺は友人が悪い奴に騙されてはならないと思い、リュクシュに教えてやることにした。



「リュクシュ、今のお前は自分が思っている以上に容姿が整っている」


「ん? そうなのか?」


「ああ。個人的にはエルシアやマナに匹敵する」


「おいおい。魔王妃様と第二妃様を呼び捨てにするのはまずいだろ」


「おっと」



 危ない危ない。


 酒に酔っ払ってうっかりボロを出してしまうところだった。



「とにかく、お二人と同じくらい容姿が良い。スタイルも抜群だしな」


「スタイルぅ? どこが?」


「それは……」



 俺は言葉に詰まる。


 流石に公衆の面前でそのおっぱいだと言うのは無理だった。


 いや、おっぱいだけじゃないか。


 太ももはムチムチだし、腰はキュッと細く締まって括れてるし、露出度が半端じゃないし。


 ハッキリ言って超エロい。


 そう思ってリュクシュの身体を眺めていると、視線を気取られたらしい。



「あー、おっぱいか?」


「お、おい。声が大きい」


「ますます分っかんねーぜ。こんな脂肪の塊のどこが良いんだ?」



 そう言いながら、リュクシュは自らのどたぷんおっぱいを下から持ち上げて捏ね始める。


 酒場にいた男たちの視線が集まった。



「……お? おー」


「……ごくり。ど、どうしたんだ?」


「いや、今気付いたんだけどよ」



 リュクシュが真顔でとんでもないことを言う。



「この、おっぱいの先っぽ? の、硬い部分を弄るとなんか気持ち良いんだよ!! すげーな!!」


「「「ぶふっ!!」」」



 酒場にいる男たちが吹き出した。ついでに俺も吹き出してしまった。


 リュクシュ、その発言はどうなんだ?


 いや、リュクシュは元々リザードマン。爬虫類みたいなもんだし、乳首に相当するものが無かったが故の感想なのだろうが。



「リュクシュ、そういうのは止めた方がいいぞ」


「なんだ? お前も触りたいのか?」


「え? いや、そういうわけでは――」


「んだよ、触りたいならそう言えよ。別に減るもんじゃねーし、ほら」



 そう言うと、リュクシュは大きく胸を張った。


 お、落ち着け、俺。

 リザードマンだったが故にリュクシュは性に疎いのだ。


 それを良いことに友人のおっぱいを揉むのは卑怯な気がする!!



「んお゛っ♡」


「……え?」



 俺はいつの間にかリュクシュの大きなおっぱいを揉みしだいていた。


 完全な無意識の行動である。


 柔らかい。手を離そうと思っても、離れない。離せない。


 ふっくらしていて、もちもちしている。



「や、やっべーな♡ すっげー変な声出た♡」


「……」


「てかお前、揉みすぎだろ♡ そんなにオレのおっぱいが好きかよ♡」



 けらけらとからかうような物言いのリュクシュに対し、俺は無言を貫いた。


 我慢だ。我慢せねば。



「って、んん? ったく、お前なあ♡」


「なんだ?」


「まさかとは思うけどよ♡ お前、オレと交尾したかったのか♡」


「え? あっ」



 俺は魔剣が巨大化していた。


 リュクシュは性に疎いわけではなかった。ただリザードマンだった頃には無かった部位の使い方が分からないだけ。


 男が魔剣を滾らせている時の意味は、しっかり分かっているようだった。



「リュクシュ。先に謝っておく、すまん」


「え? ちょ、お、おいおい、どこ行くんだよ?」



 俺はリュクシュを腕を掴み、酒場のマスターに一言断ってから二階に向かう。


 この酒場は宿屋も兼営しているのだ。


 酒に酔っ払った男女が身体の火照りを鎮めるために利用することも多い。


 リュクシュを宿部屋に連れ込み、俺はめちゃくちゃエッチした。

 そのどたぷんおっぱいの使い方を徹底的に教えてやったのだ。


 つまり、今回に関しては我慢できなかった俺が悪い。



「すまんかった」



 翌朝。


 俺は目を覚ましたリュクシュに全力で土下座するのであった。






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話

酒場の男たちは二階から聞こえてくるリュクシュの声をオカズにしましたとさ。めでたしめでたし。


「リュクシュモテモテやん」「こんな女友達が欲しい人生だった」「この節操無しめ……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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