第11話 やられ役の魔王、秒でバレる




 エルシア軍は空魔軍、海魔軍、陸魔軍の三つから引き抜いた連中で構成されている。


 アルヴェラ王国は海に面しており、また航空戦力が無いあの国にとって海魔軍と空魔軍は脅威となるだろう。


 また、エルシアは軍の運用に関しては素人だが、バルザックが優秀な副官を用意したらしい。


 名前はたしか、マロンだったか。


 普段エロ衣装の作成等でお世話になっているサキュバス族の少女らしい。


 そのマロンのお陰でエルシアは問題なく軍を扱えており、アルヴェラ王国を相手にしても十分戦えるだろうとのこと。


 バルザックも認める程の優秀な副官がいるなら、俺も安心だ。


 さて、雑考はこの程度にしておいて。



「くぅー、緊張してきたぜー!! お前もそう思うよな、新入り!!」


「そうだな」



 俺は普段使わない剣を片手に、陸魔軍の小隊に混じって整列していた。


 ここから数キロ先にはこれから攻め込むアルヴェラ王国の辺境の街がある。

 古くから魔王軍の侵略を防いでいる、アヴァンの街だ。


 街の周囲を高い壁が囲み、その壁の上には数十台の大型バリスタが設置されており、兵士がひしめいていた。


 その街を遠目に眺めながら、隣の赤い鱗を持ったリザードマンがそわそわしている。


 一見すると二足歩行のトカゲで魔物っぽい見た目をしているが、魔族語を流暢に話せる高度な知能を持った立派な種族だ。


 彼? 彼女? は、性別こそ分からないが、魔王軍の新入り(という設定でエルシア軍に入った)俺の先輩に当たる。


 自分勝手で傍若無人な魔族の中では珍しく、面倒見の良い人物だった。


 本人が敬語はむず痒くなるから禁止と言っているので、俺も親しい友人に接するようにタメ口を利いている。


 人懐っこい笑みがよく似合い、何となく前世で飼っていた犬を思い出してしまう。


 そのリザードマンの名はリュクシュ。


 陸魔軍ではエースだったそうで、リザードマンの中でも有数の実力者らしい。



「お? 見ろ、新入り!! 魔王妃様だ!!」



 と、そこでリュクシュが指差した。


 アヴァンの街を背に、エルシアが数千から成る軍勢の前に立つ。



「皆さん、戦争です。と言っても、一方的な虐殺ですが」



 いつも俺に甘えてきて腰を振っているエルシアとはまるで違う。


 戦装束と思わしき真紅のドレスに身を包み、その目にはたしかな憎悪と、憎き相手へ報復できる機会に対する歓喜を孕んだ残忍な復讐者の顔をしていた。


 エルシアが作戦を伝達する。



「これから一時間後、空魔部隊が上空から壁上の敵と大型バリスタを無力化します。また海魔部隊が地下水路から街に侵入し、アヴァンの街を囲む壁の大門を内側から開きます。その後は陸魔部隊の皆さんで蹂躙してください。私も陸魔部隊に同行しますので」



 シンプルかつ分かりやすい作戦だった。


 各部隊のやるべきことを明瞭にし、細かい部分は各々の判断に委ねる。


 ちょっと大雑把な気もするが、魔族の中には物事を覚えるのが苦手な種族も少なくない。ある意味、適切な作戦だろう。


 そして、エルシアは加えて一つの指示を出した。



「ああ、街の中の人間は生かすも殺すもご自由に。可能ならより苦しめてくださると嬉しいです」



 それはアルヴェラ王国に対する憎悪。


 元人間として複雑だが、それだけエルシアの抱く憎しみが本物ということだろう。


 さて、ここで問題が一つ。


 俺は人間を相手にして躊躇わずに殺せるのか、という問題だ。


 結論から言おう。多分できる。


 俺はエルシアやマナのような親しい相手を除き、この世界の人間をどこかゲームのキャラクターとして見ている節がある。


 だからまあ、できると思う。



「では皆さん、頑張ってくださいね。これは私からのプレゼントです。――ホーリーオーラ」



 と、そこでエルシアが光魔法の中でも対象の身体能力を底上げする魔法を使った。


 おお、これは凄いな。


 体感で三割、いや、五割増しになったような感じがするぞ。



「……え?」



 と、そこでエルシアが俺の方を見た。俺は慌てて顔を伏せる。


 エルシアはまじまじとこちらを見ていたが、そのまま自分の陣幕に戻って行った



「魔王妃様、すっげー美人だったな。おい新入り、知ってるか?」


「何を?」


「あの美人な魔王妃様だがな、毎日のように魔王様に抱かれてすげぇ声出してるらしいぜ。魔王城で働く侍女の知り合いから聞いたんだ」


「そ、そうなのか?」


「ああ。しかも、最近新しくできた第二妃様も一緒に抱かれてんだってよ。どっちが先に御子を授かるか、もっぱら魔王軍で賭けの対象になってんだ」


「……///」



 お恥ずかしい。


 いやまあ、エルシアもマナも激しいのが好きだから、俺も手加減抜きでやっちゃうんだよな。

 まさか魔王軍の下っ端にまで知られているとは思わなかった。



「っと、お喋りはここまでだな。海魔部隊が街の門を開いたら、そこからは陸魔部隊の出番だ。準備を怠るなよ?」


「分かってるよ」



 俺は陸魔部隊に混じってアヴァンを襲撃する準備をしていると、ふと後ろから誰かが声をかけてきた。



「そこの貴方。貴方なのです」


「ん? なんだ?」


「ば、馬鹿!! この方は魔王妃様の副官だ!!」



 と、リュクシュが俺の頭を叩いてきた。


 お前が今叩いたのは魔王様だぞ。まあ、別に気にしないけど。


 しかし、この子が副官?


 サキュバスの子供にしか見えないが……。名前はマロンだったな。


 俺がマロンを見つめていると、彼女はリュクシュが俺の頭をぶっ叩いたのを見て明らかな動揺を見せた。



「っ!? い、いえ、そ、その者は新人と聞いていますから、多少の無礼は許すのです」


「え? あ、そ、そうですか。よ、良かったな、新入り。下手したら首が飛んでたぞ」


「そっすね」


「ええと、その、魔王妃様が貴方を呼んでいるのです。すぐに魔王妃様に会いに行くのです」



 どうやらエルシアがお呼びらしい。



「お、おい、新入り? お前何やったんだよ?」


「……何やったんだろうな?」


「馬鹿!! お前、魔王妃様の機嫌を損ねたら魔王様に殺されちまうぞ!!」



 たしかに俺なら俺を殺せるだろうが、俺は一人しかいないので問題無し。

 しかし、マロンのこの様子を見るに完全にエルシアにバレたな。


 俺は好奇の視線に晒されながら、エルシアのいる陣幕へ向かった。



「……何をやってるんですか、ディアブロ様」


「今は一般魔族のアデロだ」


「そうではなく!! うぅ、恥ずかしいところを見られました……」



 どうやらエルシアは殺る気満々なところを見られて恥ずかしいらしい。



「何も恥じることはないだろう。嬉々としているエルシアを見るのは楽しかったぞ」


「……もう。それより、何故ここに?」


「ちょっとレベリングしようと思ってな。戦場ほどレベルアップに適した場所は無いだろう?」


「これ以上強くなってどうするんです?」


「……まあ、趣味みたいなものだから」



 筋トレと同じだ。

 いくら鍛えても鍛えても、鍛えるのが好きな奴は鍛える。


 俺の場合はレベルアップした時の絶妙な爽快感が病みつきになってしまっているのだ。


 他に大した理由はない。


 強いて言うならエルシアやマナをベッドの上で可愛がるためだが、わざわざ言う必要は無いだろう。



「まあ、ディアブロ様のことなので止めはしませんが……ご無理はなさらないでくださいね?」


「もちろん。エルシアも怪我はしないようにな」


「ふふっ、はい」



 可愛らしく微笑むエルシア。


 くっ、可愛いな。ここで押し倒してめちゃくちゃエッチしたい。


 ……ふむ。防音魔法でも張っておっ始めるか?


 戦争の気に当てられてか、俺も少し興奮しているところがあるし、今静めておいても良いかも知れない。


 と思ったら。



「魔王妃様!! お、お取り込み中失礼するのです!! 地下水路から侵入した海魔部隊がアヴァンの大門を開けたのです!!」


「っ、予定より早いですね!? 今すぐ陸魔部隊を突撃させて!!」


「はいなのです!!」



 どうやらおっ始める暇は無くなってしまったらしい。



「じゃあ、行くか」


「……ふふっ。はい、ディアブロ様!!」



 俺とエルシアは陣幕を出て、陸魔部隊と共にアヴァンの街へ突撃する。


 それにしても、アヴァンの街か。


 アヴァンの街は『聖女と五人の勇者たち』の、今は王都にいる攻略対象の故郷でもある。


 たしかエルシアと攻略対象が良い雰囲気になるのを邪魔してきた、いわゆる悪役令嬢ポジである攻略対象の妹がこの街にいるはず。


 ちょっと探してみようかな?






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話

エルシアは吸血鬼になっても光魔法を使える。


「あえぎ声聞かれてんの草」「悪役令嬢ポジの女の子……はっ!?」「あとがき本当にどうでもよくて草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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