第3話 やられ役の魔王、いつの間にか結婚することになってた
エルシアを吸血鬼に変え、数日が経った頃。
俺は魔王城の雰囲気が何やら少しおかしいことに気付いた。
上手く言えないが、全体的に浮き足立っているような、何か良いことでもあったかのような、めでたい雰囲気に包まれている。
「バルザックよ。近々何かあるのか? 皆が俺の顔を見る度に笑顔でお辞儀するのだが」
「もう噂が出回っているのでしょう」
「噂?」
「はい。魔王様が聖女を見初め、貴重なアイテムを使ってまで人間を辞めさせて妃にするという噂です。まあ、噂ではなく、事実なわけですが」
「あー、なるほど。……!? ちょ、ちょっと待て。どういうことだ!?」
何がどうなってそんな話になったんだ!?
俺は本気で困惑し、バルザックに詳しい事情を尋ねると、彼は満面の笑みで言った。
「ははは、魔王様はご冗談がお上手ですな。私がお尋ねした時、仰っていたではありませんか」
「え?」
「『聖女がお眼鏡にかなったのか』と私が問うた時、『そうだ』と」
「……」
言った。たしかに言ったけども!!
え? あれってそういう意味だったの? 適当に返事しちゃってたよ!!
「エルシアは、聖女は今どうしている?」
「数名の護衛を付けております。魔王様のお妃となるお方に男を近づけてはなりませんので、サキュバス族の者を」
「そ、そうか。サキュバス族の護衛、か」
サキュバスは美少女美女しか生まれない、めちゃくちゃエッチな種族だ。
主食は人間の男。
悪魔族みたいに物理的に頭からバリバリ食べるのではなく、男の証から生命力を吸い取ってしまうのだ。
本来は魔王軍から独立している種族だったが、今は魔王軍に属している。
俺がレベリングに利用したダンジョンに住み着いていた彼女たちは、俺が抱えていた問題を解決したら付いてきたのだ。
魔王様に絶対の忠誠を捧げます~、みたいなこと言ってたし、エルシアを任せても大丈夫だろう。
「ああ、そう言えば。お妃様はサキュバス族から夜伽の特訓を受けているそうですよ」
「!?」
何それ見たいんだが。
ぶっちゃけサキュバスとエルシアがエッチなことをしてるとか、超見たいんだが!!
って、そうじゃない!!
「バルザック。ちなみに俺が、その、エルシアと結婚する話はどこまで広まっている?」
「それは無論、魔王軍全体です!! 元人間とは言え、今まで異性に興味を示さなかった魔王様が見初めたのですから!! もう魔王軍はその話題で持ち切りです!!」
そっかあー。そこまで広まってるのかあー。
いや、たしかにディアブロとしての記憶を思い返してみると、人間を滅ぼすことに夢中でそういう欲求は薄かったと思う。
しかし、人間の記憶を取り戻してからはサキュバス族の美少女美女をチラ見したりしていた。
もしかしたら、人間だった頃の性欲が原因かも知れない。
特に前世の俺は性欲が強い方で、一人寂しく慰めていたからな……。
「そ、そのことは、エルシアも把握しているのだろうか?」
「? ええ、もちろん。私の方から話しておきましたので」
俺は膝から崩れ落ちる。
これからエルシアと会った時、どんな顔をすれば良いのか。
……いや、慌てるな。まずは本人に会って話をせねば。
「魔王様、どちらへ?」
「少し、エルシアの元へ……」
「なりません!! 魔王族の掟にて、魔王はお妃様と挙式するまで会うことは許されておりませんよで!!」
「魔王族の掟ってなんだ!? 俺も知らないのだが!?」
普段なら俺の意見を最優先にするバルザックだが、結局エルシアに会うことは叶わず。
俺は結婚式の日を迎えてしまった。
◆
sideエルシア
私は今、自分の身に何が起こっているのか理解できていない。
「まあ!! とてもお似合いですわ、エルシア様!!」
「……あ、えっと、どうも……」
綺麗なサキュバスのお姉さんが、キャッキャッしながら私の服を着せ替えてくる。
おかしい。
私はどうして魔王城でこんなに良い扱いを受けているのだろうか。
私は生まれながらに不思議な力を持っている。
願うだけで動物の怪我を癒したり、枯れた植物を生き返らせたりすることができた。
その力の正体を知ったのは、十五歳の誕生日。
王都から来た魔法学園の使者から教えてもらった話によると、私の前世は魔王を封印した伝説の聖女様らしい。
私は母と二人で暮らす家がある森から半ば強引に連れ出され、王都の魔法学園に通うこととなった。
本当は私を女手一人で育ててくれたお母さんを置いて村を出ていくのは嫌だったけど、魔法学園に通うのは王様からの命令。
逆らうことはできなかった。
何でも聖女の生まれ変わりは王族また貴族に嫁ぐのが古くからの習わしらしく、多くの貴族の子息が通う魔法学園は出会いの場に打ってつけだとか。
最初はふざけないで、って思ってた。
でも学園では友達もできたし、カッコイイ王子様とも出会えた。
意地悪をしてくる人も中にはいたけど、それは平民である私が受けて当然の仕打ちだったと今でも思う。
流石にダンジョン産のアイテムで犬にされそうになった時はびっくりしたけど……。
それも親しくなった男の子たちが守ってくれて事なきを得た。
何かが変わったのは、魔王が想定よりも強く、討伐に失敗して逃げ帰った時だ。
王子様から聞いた話では、復活直後の魔王は本来の力を発揮できず、少数精鋭による襲撃で容易く討ち取れるとの話だった。
私はその話に乗り気だった。
こういう言い方をすると、最低な女に思われるかも知れないけど……。
私は調子に乗っていた。
皆が私を伝説の聖女様として扱ってきて、いつしか私自身も自分を伝説の聖女様だと思い込んでいたのだろう。
私自身は何も成していないのに。
王子様は何があっても私を愛すると言ってくれた。他の男の子も私を一生守ると言ってくれた。
だから、欲が出た。
皆は私が伝説の聖女じゃなくてもいいと言ってくれたけど、それは嫌だった。
どうせなら、伝説の聖女みたいに私も認められたいと思ってしまったのだ。
だから魔王を倒すために魔王城へ向かった。
結果は惨敗。
魔王の強さは私の想像を遥かに上回り、私たちは無様に逃げ帰った。
惨めだった。前世の私は、本当にあの怪物を封印したのだろうか。
したのだろう。
だからこそ、伝説の聖女様は伝説として今も語り継がれているのだ。
それから私は自分の使命を理解した。
私が生まれてきた理由は、伝説の聖女のようにあの魔王を封じることだと。
恋愛にうつつを抜かしている暇はない。
そう思って必死に強くなろうと決意した、その矢先の出来事だった。
「魔女エルシア!! 貴様を聖女を騙った罪で国外追放とする!! また、貴様を魔王へと引き渡し、魔王の怒りを鎮めるための生贄になってもらおう!!」
突然お城に呼び出されたかと思えば、兵士に捕まって王様にそう告げられた。
魔王からの報復を恐れた王様が、聖女の私を生贄として差し出すことで自分の国を守りたかったのだろう。
私は意味が分からなかった。
私を愛すると言ってくれた王子様も、私を守ると言ってくれた男の子たちも、皆が私から視線を逸らしていた。
そりゃあ、王様の命令だもんね。仕方ない。
仕方ないと頭で分かっていても、心が怒りを抑えられなかった。
でも私の怒りは虚しく、鉄格子に入れられて城下町を連れ回され、民衆からは沢山の石を投げられた。
偽聖女だと、魔女だと、そう言って。
そして、私は故郷の国を追い出されて魔王城まで連れて来られた。
あの恐ろしい魔王が、目の前にいた。
正直、その時の私は色々と限界で、魔王と何を話したのかまでは覚えていない。
ただ覚えているのは、私を見る魔王の目が優しかったことだ。
どこか温かさのある、優しい目。
その目を見ていると、ふつふつと怒りが沸き上がってきた。
魔王に対する怒りではない。
私はこの人を殺そうとして、ただ返り討ちに遭っただけ。
魔王を恨むのは筋違いだ。
私が本当に怒りを抱いたのは、私を聖女としてもてはやし、魔王に負けたら生贄として差し出した故郷の国。
たしかに聖女扱いを受けて身に余る恩恵を受けていたのも事実だし、調子に乗っていたのは私の責任だ。
その上で私は憎んだ。国を、心から。
そうしたら、私はいつの間にか人間ではなくなっていた。
今の私は吸血鬼である。
牙が伸びてるし、夜になると凄い力が身体の奥底から湧いてくる。
でも一番分からないのは、私の扱いだった。
私のまとっていたボロはどこへやら、お風呂に入れられて、今はさっぱり綺麗になっていた。
「やっぱり花嫁衣装はこうでなくちゃ!!」
「あ、あの、露出が、凄い気が……」
「そうですか? サキュバス族では割と控えめな露出度ですよ?」
花嫁衣装。
そう。なんか私、結婚するみたいです。魔王……いえ、魔王様? と。
正直、警戒している。
この魔王も私を利用する気なのか、と。だから問おうと思うのだ。
魔王と二人きりで話せる、初めての夜に。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
サキュバスの花嫁衣装は大事なところを隠しただけ。エルシアの花嫁衣装も似たようなもん。
「魔王が魔王の掟知らないの草」「ざまあを全裸待機中」「初めて夜……ムフフ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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