第2話 やられ役の魔王、前世を思い出す




 前世の記憶を取り戻した時の話をしよう。


 あれは数百年前の聖女が施した封印が劣化し、封印が解かれて復活した赤い月の夜だった。



「魔王様。我ら魔王軍一同、あなた様のお目覚めを心待ちにしておりました」


「……バルザック?」


「ええ!! あなた様の第一の下僕!! バルザックでございます!!」



 目覚めた時は頭がごっちゃになっていた。


 数百年前の世界の人類を滅亡寸前まで追いやった魔王としての記憶と、日本という国で平凡な大学生として生きてきた記憶の二つがあったから。


 俺は初めて体験する転生というものに困惑し、しばらく硬直した。


 しかし、転生してしまったものは仕方ない。


 ここはありのままの自分を受け入れて、新しい人生を精一杯生きていこう。



「ってなるわけないだろうがあっ!!」



 思わず叫ぶ。


 は? 転生? ざっけんな!! こちとら良い大学をやっとの思いで卒業して、一流企業への就職が決まってたんだぞ!!


 母さんと父さんに親孝行もしてないし、妹の結婚式の晴れ姿も見れていない!!


 ちくしょう!! なんでこんなことに!!


 と、内心でパニックに陥っていた俺は、周囲が静まり返っていることに気付く。



「ま、魔王様、何やら私が、無礼を働いてしまったのでしょうか……?」


「え? あ、いや、そういうわけでは……」



 配下のバルザックがぷるぷると震えている。


 一見するとメガネをかけた普通の好青年だが、彼は人間ではない。


 数ある魔族の中でも頂点に位置する悪魔族であり、頭からは禍々しい角、背中からはコウモリのような翼が生えている。


 どこかで見たことあるような、無いような……。


 いや、封印される前から魔王の俺に仕えていた悪魔だし、見覚えがあるのは当たり前だ。


 そうではなくて、もっとこう、前世の記憶で見たような気がする。

 絶対にどこかで見たはずなのに、どこで見たのかさっぱり思い出せない。


 どこだっけ?



「ああ、魔王様。どうか我が命と引き換えに、あなた様のお怒りを鎮めてくださいませ!!」


「あ、ちょ、こら!! 何してんの!?」


「止めないでください!! 魔王様のご機嫌を損ねた私はここで死ねば良いのです!!」



 自らの鋭い爪を自分の心臓に突き立てようとしたバルザックを慌てて止める。

 それでもなお自害しようとするので、俺は咄嗟に命令した。



「よさないか!! 俺がいつ貴様に死ねと命じた!! 俺の命令も無しに勝手に死ぬことは断じて許さんぞ!!」


「お、おお、魔王様……何たる慈悲深さ……この愚かな私を、お許しくださるというのか……」



 すると沸き起こる歓声。


 バルザックの後ろに控えていた無数の魔族や魔物たちの声だ。


 いや、めっちゃ数が多いな……。


 というかこのシーンもどこかで見たような気がするぞ。

 そうだ、あれはたしか妹が勧めてきた乙女ゲームのワンシーンだったな。


 ……ん?



「バルザック、鏡を持っているか?」


「鏡、でございますか?」


「そうだ!! 良いから早く早く!!」


「は、はっ!! ただちに!!」



 バルザックが配下に命じて鏡を持ってこさせる。



「……まじかあ。そうか、ここは『聖女と五人の勇者たち』の世界かあ……」


「魔王様?」



 鏡に映る自分の姿を見て、完全に思い出した。


 銀をくすませたような灰色の髪と、黄金に光る二つの眼。


 頭から生える二本の角は邪悪なオーラを放ち、背中からは四対八枚の漆黒の翼が生え、竜の尾が腰の辺りから伸びている。


 しかもイケメン。前世の普通オブ普通だった顔と比べたら月とすっぽん。


 とても見覚えのある姿だった。


 妹に勧められてプレイした乙女ゲーム『聖女と五人の勇者たち』のラスボス、魔王。


 名前はたしか……。



「魔王、ディアブロ」



 設定上では数百年前の人類を滅亡寸前まで追いやった災厄。


 でも実際に戦うと、大したレベリングをしていないヒロインや攻略対象でも倒せてしまうキャラクター。


 仮に倒せなくても一定ターン経過すると、ヒロインが封印しちゃう敵。



「まじかー。ディアちゃんかー」



 ディアブロはその設定と乖離したあまりの弱さから、ネットでは『ディアちゃん』の愛称で親しまれていた。


 乙女ゲームとしての完成度が高かった分、冒険パートの残念なラスボスとして有名だったのだ。


 そこで俺はふと思い出す。



「あれ? やばくね? ディアちゃん復活したら、復活直後で力が弱まっているところをヒロインと攻略対象が倒しに来るはず……」



 ヤバイ、ヤバイぞ。こうしちゃいられない。


 すぐに対策を取らねば、俺のセカンドライフがすぐ終わってしまう。


 あっ、でもダメだ!!


 魔王の俺が倒されるか封印されなきゃ、ヒロインの聖女ちゃんは超ウルトラハッピーエンドルートに入れないんだっけ!?


 ヒロインは平民出身の女の子で、攻略対象は全員が王侯貴族。


 ヒロインと攻略対象と結ばれる分には魔王を倒す必要はないが、周囲からも祝福を受ける円満なエンドが見たいなら魔王を必ず倒しに来るはず。


 まだヒロインが俺を倒しに来るとは限らないが、備えておいて損は無い、はず。


 いや、いっそのことヒロイン一行が俺を倒しに来たらわざと負けて、魔王としてではなく、一般魔族として生きても良いかも知れない。


 だって俺、前世は普通の大学生だったもん。魔王とか絶対に無理だもん。


 よし、決めた。


 俺はいい感じにやられて、その後は一般魔族として生きていく!!

 そのために必要なのは、万が一にでも本当にやられてしまわないよう強くなること!! あと演技力!!


 後者に関しては高校時代、演劇部で培った技術があるから問題無い。


 となれば……。



「バルザック。俺はちょっと、出掛けてくる」


「え? 魔王様? ちょ、魔王様!? どちらへ!?」


「すぐに帰ってくる!! なーに、ただのレベリングだ!!」



 俺はバッと立ち上がり、即座に行動を開始。


 魔王城の天井を突き破る勢いで宙を舞い、ダンジョンを目指した。


 そこで色々な魔物を仕留めてレベルアップ。


 ついでにスライム族やゴブリン族、コボルト族の問題をぱぱっと解決。

 サキュバス族とも仲良くなって、魔王軍全体の戦力も向上した。


 それから数ヵ月もしないうちに、ヒロインと攻略対象たちが俺を倒しにやって来たのだ。








 で、現在。


 返り討ちにしたヒロインのエルシアが、生贄として送られてきた。


 どうしよう。本当にどうしよう。



「魔王様、聖女はどのように調理いたしましょう?」


「え、食べるの?」


「聖女は滅多に手に入らない高級食材ですよ? 食せばきっと魔王様のお力になるはずです。千年前も聖女の血肉を喰らってみたいと仰っていたではありませんか」


「あ、え、えーと、だな。封印されてる間に俺はヴィーガンになったんだ。人肉は無理かなあ」



 絶対に無理。


 ましてやどう見ても世界に絶望しちゃってるエルシアちゃんを物理的に食べるとか、無理です。


 でも困ったことになった。


 ここで俺がエルシアを食べなくても、人間絶対食うマンな連中が多い魔王軍に彼女を置いておけば大変なことになる。


 俺の側にいさせるのが一番安全だろうけど、それはそれで面倒が多そうだしなあ。


 いや、ペット扱いなら行けるか?


 ……無理だな。そういう特殊なプレイは俺にはできない。



「……あっ。バルザック、前に俺がダンジョンから持ち帰ったアイテムがあるだろう?」


「もしかして、アレでございますか?」


「そうだ。アレをこの聖女に使おうと思う」



 周囲の魔族たちがざわめいた。


 バルザックは俺が宝物庫に放り込んでおいた魔法のアイテムを持ってくる。


 それは一見、ただの石ころにも見えるだろう。


 しかし、見る者が見れば、絶大な魔力を秘めていることが分かる。



「魔王様、そのアイテムは一体?」


「これは転生石と言ってな。対象を望みの種族に変えることができる」



 ゲームの学園パートではエルシアをいじめていた悪役令嬢がこれを使い、彼女を犬に変えようとしていた。


 まあ、結局その目論みは事前に察知した攻略対象によって止められるのだが……。

 今回はそのアイテムと同じものが偶然手に入ったため、使わせてもらう。


 転生石はいくつかあるため、今は取り敢えずエルシアを守るためにも適当な種族に変えてしまおうってわけだな。



「な、なんと!! では、この聖女を我らが同胞に迎え入れるおつもりですか!?」


「そうだ」


「つ、つまり、この者は、魔王様のお眼鏡にかなったと、そういうことですか!?」


「うん? まあ、そうだ」


「お、おお、おおお!! 聞いたな、お前たち!! すぐ準備に取りかかるぞ!!」



 バルザックがメガネを光らせ、やる気を漲らせて配下に何やら指示を出し始めた。


 適当に返事しちゃったけど、どういうことだ?


 いや、まあいい。

 それよりもエルシアの種族をちゃっちゃと変えちゃおう。



「……私を……殺さないん……ですか……?」



 転生石を持ってエルシアに近づくと、彼女は光を失った目で俺を見上げた。


 俺は頷く。



「そうだ。何か要望はあるか? 望み通りの姿にしてやろう」


「……望み……?」


「何かあるだろう? 強靭な肉体が欲しいとか、色々」


「……す」



 消え入るような声でエルシアは言った。



「望んでもいないのに、私を勝手に聖女と持ち上げて、魔王を倒せないと分かったら、魔女呼ばわりしてきた連中に復讐できるくらい、強くなりたい……です」


「そ、そう、か。えーと、じゃあ、吸血鬼辺りにしておく?」


「……お任せ、します……」



 俺は転生石を使い、エルシアを人間から吸血鬼へと変えた。


 吸血鬼は何百年も前に滅びた悪魔族と同等以上の力を持つ種族だ。

 日光や銀、流水が弱点ではあるが、夜間であれば悪魔族すら凌駕するからな。


 エルシアの希望に沿う種族ではあると思う。


 それにしても……。

 なんか大分シナリオと変わってきちゃってるけど、大丈夫かなあ?






―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「魔族にとっての人間は普通の食材、聖女はA5ランクの黒毛和牛みたいなもん」


「バルザック好き」「聖女は高級食材なのか」「続きが気になる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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