最終話 夜桜

 よく夜桜を見ながら飲んでいるところに行くと葉月がいた。


「やあ。話し合いはどうだったかい?」


「私が勘当されて話し合いは終わり。とっとと荷物をまとめて出てけーだってさ。結局私はあなたたちを彩る道具じゃないってことをいったらすぐに両親とも激怒だよ。次暮らす場所の保証人どうしようかなぁ。いやそもそも今日の寝床すらないな」


 私はだるそうにことの顛末を伝えた。


「だったらうちに泊まるかい?」


「え、いいの?! 行きたい!」


「よし、じゃあ今から行くか。君,荷物は取り戻せそうかい?」


「出てけって言われたあと必要なものだけ持ち出してきたわ」


 私の足もとには旅行用のキャリーケースと大きめのボストンバッグが置いてある。それを見た葉月は


「準備がいいな」


 と称賛の拍手を送った


 荷物もまとめたところだし、さあ行こうかと葉月は歩き出し、私もその後を追った。


 しばらく歩いたあと、葉月はがある建物を指差した。


「これが私が作った塾さ。生徒の数も増えてきて一人で対応するの大変なんだよね。君もここに転職が決まってるから早く講師として出てくれるとありがたいな」


 葉月は駅前から離れた閑散とした土地に建物を建てていた。これは実験で万が一爆発したとしても迷惑がかからないようにこの土地を買ったのだろうか。


「講師として出るのはいいけど、最低限マニュアルは欲しいな」


「もちろんあるとも。家に着いたら見せてあげるから。もう今日中に頭に叩き込んでもらおう。最速で明日から新講師だ!」


「ははっ楽しみだなぁ。私ね、自分で選んだのがこれが最初かもしれない」


「じゃあ今日は記念日だな。よし、家に直行するのはやめだ! ちょっと遠いけど駅前まで歩くぞ! お酒に〜ケーキに〜あとおつまみ〜」


「ぷっ、何その歌欲望のままだね歌詞が」


「いいんじゃないか? 君もこれくらい自由に生きてみても」


「そうだね。自由には責任がつきまとうし、きっと今までやってこなかった分経験値がないから戸惑うことは何度でもあると思うけど、思っているより気楽にいけばいいんだね」


「そうそう。では自由になった君に朗報だ。明日の7時以降大人たちがやりたい実験があるらしい。私たちも混ぜてくれるみたいだから久しぶりの研究といこうじゃないか」


「うん。あのね葉月、私前みたいにがむしゃらに親の示す方向に走るのが子供の役目だと思っていたの。でも違うんだね。私の人生は私のもので、自分は誰の装飾品でもない。自分でいていいんだね。葉月が味方だって叫んでくれたあの春の日は一生忘れない。ありがとう!」


 その笑みはまだ自由に実験や研究を楽しんでいた頃の笑顔であった。


「やっと笑ってくれたな」


「え?」


「おや。気づいていなかったのかい? 大学に行ってからずっとつまらなさそうな顔をしていたよ。それに今にも折れてしまいそうな細い枝のようだった。きっと折れてしまったらしばらくは復帰できないんじゃないかというほどにね」


「大学は……まあ親の選んだ学科にいたからね。もちろん興味深い講義もあったし、学んだことも無駄にはならないと思っているよ。でも、あの好き勝手やっていたころが懐かしくて、でも戻れなくて、なんていうのかな、やりきれなさを感じていたの」


「そうだったのか。じゃあ明日からは昔のように戻ろう! 好きなことを実験して、研究して、そして私たちと同じような子どもたちに興味の赴くままに知りたいことを知る危険さももちろん、そしてその楽しさを教えていこうじゃないか!」


「なんだかやっと息がしやすくなったな」


 きっと私は親に縛られていたのだと思う。勿論責任は私にもある。親の意向を無視して自由にする権利が存在したはずなのに、私は親の敷いたレールの上をただひたすらに歩き続けた。


 でも今は違う反抗の狼煙は上がった。自立して親と距離を取る第一歩を踏み出した。きっとこれから私は葉月が作った塾で勉強を教えたり、興味のあることの追い掛け方を伝授したり、自分たちの興味を追い掛けたり面白おかしい日常が待っているのだろう。


 縛られていた自覚はあまりなかったから解放されたというのが正しいかはわからない。でもこれだけは言える。


 さようなら、私につけられた枷よ。私は私のために生きていくよ。


 そんな決意を夜桜はそっと見守っていた。


 

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親の支配から脱出せよ〜夜桜を添えて〜 大和詩依 @kituneneko

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