第9話 交渉

 次の日。話し合いは14時ぴったりに始まった


「今日はお時間をいただきありがとうございます。それで……今日話したいことはそろそろ自立しようと思いまして、まずは一人暮らしから始めてみようかと。その許可をいただけないかと思いまして」


「却下だ」


重々しい声で反対意見を出したのは父親であった。


「この家には生活するためのすべてのものが揃っている。それに将来的にはなるが、母さんや私の介護をどうするつもりだ」


 私は呆然とした。まさか両親の介護は私が見ることになっていたとは。しかも両親は人様に頼るのは恥と考えているタイプで、このままだと福祉の支援に頼ることなく全て私が介護をすることになる。それがどれだけ過酷であるか、想像するだけで過労死する自分が見えた。


「今の生活に何か不満があるの? 私たち三人での生活は成り立っているじゃない」


「それにお前は私たちがいなければ何をしでかすか分からないからな。よく考えれば三年生の途中だったか、急に生き生きとし始めた。そして何か企んでいるようだった。葉月と会ったのだろう?」


「……はい」


 あんなにひた隠しにしていたのに、まさかバレているとは。嘘をつくわけにはいかないし正直に答えたが、これで葉月を罵倒するような言葉は聞きたくないと思った。


「葉月ちゃんね! またうちの子をたぶらかして!」


「全く。昔はあの娘といることは理科の勉強になるからと放置していたが、まさかうちの娘をこんなに反抗的にするとはな。早いうちに引き離しておくべきだったか。たかだかただ好奇心のままに動く考えなしの友人など一人減ったところで……」


「違う! 葉月のことを悪く言わないで!」


「親に向かって何だその口のききかたは! 家庭内での身分を弁えなさい!」


 普段親と話す時は敬語を使えと言われていたが、ついそれを忘れてしまった。それくらい葉月への罵倒は聞きたくなかったし許せなかった。その気持ちをグッと堪えて話を続けた。


「……失礼しました。違います。私がこの家を出ていくのは自分の意思です。望まれた学校に行き、望まれたように就職してきました。私には何の選択権もなかった。もう自立できる年です。いつまでも親の言いなりになるつもりはありません」


「私たちはなぁ、お前の幸せを願って最善の道を示しているんだ。その道から外れて落ちぶれていく気か?!」


「そうよ考え直しなさい。私たちはあなたにただ幸せに生きてほしいの」


「断ります。そもそもあなたたちのいう幸せって何ですか? やりたいこともできず、親の示した道をゆくのが幸せなのでしょうか」


 呼吸を一泊おいて続きを話し出した。


「私は私のやりたいことをやりたい。もう会社は辞めてきました。次の転職先も確保済みです」


「お前ッ! なんてことをしてくれたんだ!」


「あなたねぇ、これじゃあ娘が大手企業に就職したなんて言えなくなるじゃない!」


 この言葉を聞いて私はがっかりした。ある程度言われるのではないかと思っていたがやはり面と向かって言われると心に傷がついたのを確かに感じた。


 あの人たちはいい学校に子供を入れたことで褒められ、卒業後は大手の企業で働いていることを自慢する


——ああ、私は結局自分を着飾るための宝飾品でしかないのだな


「私はお父さんとお母さんが世間から称賛されるための宝飾品ではありません。もちろん今まで育ててくれたことには感謝します。けれど私はもう一人で生きていけるので開放してください。あなた方の宝飾品でいる人生なんてまっぴらごめんです」


「そこまでいうのならばお前とは親子の縁を切る! 荷物をまとめてさっさと出てけ! そして二度とうちの敷居を跨ぐな! 一人暮らしでも何でも勝手にしろ!」


 お父さんが激怒したところで誰も何も言えず話し合いは結局私が勘当されただけで終わってしまった

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