第8話 最大の難関〜親の説得〜

 葉月が起業すると言い出してからどれぐらい経っただろうか。私はついに貯金が目標としている額を達成した。起業した葉月も順調そうで、生徒がだんだん増えているらしい。


 これでまた昔のように戻れるピースがほとんど揃った。あとは最大の難関である家を出るための親の説得である。


 両親は共にまだ働いているため、二人を集めて同時に三人で家族会議をするには日程の調整が問題だった。


 まずは両親の1ヶ月のシフトを聞いた。それに私が空いている日を重ね合わせて空いた日付で、一番直近なのは明日であった。


 一刻も早く話し合いたい私にとって幸運なことである。両親が帰ってきたら早速明日の何時間かを話し合いに参加してもらえるようにアポイントを取らなければ。


ドアがガチャリと鳴った。私が起こした音ではない。つまり父か母が帰宅したのだ。


「お帰りなさい。お父さん。お仕事お疲れ様です」


「ああ、ただいま」


 帰ってきたのは父だった。いつもは母のほうが早い日が多いが、今日は残業かもしれない。


「突然なんですけど、明日お話ししたいことがあります。お時間を一時間程度いただけないでしょうか」


 父親はすぐさま使い込まれた皮のカバーの手帳を取り出した。パラパラとめくり今月のページにたどり着いたようで私が指定した日付に何かないか確認している。


「……明日なら何も用事がない。いいぞ。一時間だな。何時からにする」


「それはお母さんが帰ってきてから決めてもよろしいですか?もしかしたらもう用事が入っていらっしゃるかもしれないので」


「構わない。なるべく早めにな。あとアポイントを取るならもう少し計画的に取りなさい」


「はい。申し訳ありませんでした」


 話は終わったなと父はリビングへ行った。


それから二時間後母は見ればわかるほど疲労困憊で帰宅した。


「ただいま〜、あああああ疲れたぁ」


「お帰りなさい、お母さん。お仕事お疲れ様です」


「なんかお父さんから連絡あったんだけど、明日話し合う時間が欲しいんだっけ?」


「はい。今後の生活について話し合いたいことがあります。お時間いただけないでしょうか」


 母はパスワードを入れ携帯端末を操作してカレンダーアプリを開いた。明日の欄には何も書いていない。


「明日ならいいわよ。で何時からなの?」


「お母さんが帰ってくるのを待っていたのでまだ決まってませんでした。何時ごろが都合がよろしいですか」


「そうねえ、午前中は家事でお父さんもお母さんもバタバタしちゃうのよね〜。14時からとかどうかしら。多少は長引いても夜ご飯に支障はなさそうですし。ああそうそう、今日の当番はあなたね。夕飯、楽しみにしているわよ」


「ありがとうございます。それでは私はお父さんに伝えてまいります」


 建物の中でバタバタと走り回ることは禁止されているから、はやる気持ちを抑えて歩いて父の部屋へと向かう。


 光の漏れ具合からして、父は今部屋にいるだろう。


「お父さん、ご在室ですか?」


「ああ、明日の話し合いの件か」


「はい。お母さんとも調整した結果、明日の14時からということになりました」


「そうか」


「明日はお時間をいただきありがとうございます。では失礼いたします」


 いよいよラストスパートだ。明日の話し合いでこの先の家族の形もきっと決まるのだろう。

いつかはやらなければいけないことだと分かっていたが、やはり一度両親と意見をぶつけ合うことをやめた私にはものすごく緊張するものだ。


 もうすでに心臓がバクバクと音を立てている。不安がどっと押し寄せいますぐこの場でうずくまって何もかもを放り出したい気分にもなる。


 でもだめだ。ここまできたんだ。生活資金の確保、転職先の確保、葉月だって私が戻ってくるのを期待して起業までしたのだ。


 ここから引く道は私には残されていない。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る