第7話 「起業することにした」「起業?!」

——3年後

 葉月と晩酌をして以来、私は毎年桜が咲くたびに夜桜を見ながら後何年で自由になるか考えていた。


 自分のことをこんなに考えるのは初めてである。決めなければいけないこと全てを親に勝手に決められ、そこに自分の意思を挟むことがなかったから、本当にこの選択でよかったのか自信が持てなくなる時があるのだ。


 そんな時は葉月と知りたいことを片っ端から調べて、時には実践で試してみたり、思ったより大ごとになって先生からこれでもかと言うほど怒られたことを思い出す。


 危ないことと危なくないことがまだ見分けのついていなかったあの頃。知りたいと思ったらすぐに図書館に駆け込んで、ある程度理解ができたら実験してみてと、全力で欲を満たすことを行っていた思い出は、これから自分が頑張ればまたあの頃のように戻れるかもしれないと言う気持ちを増幅させ、今自分が選択した失いかけた自信を取り戻し、これで良かったのだと確認をする。


 私は思考に一旦区切りをつけて、手にもっていた缶に口をつけ3口中身を飲んだ。アルコール度数が低いこともあって、お酒を飲んでいると言うよりはジュースを飲んでいるようだった。


「お待たせ。先に始めるなんてよっぽど疲れたんだな!」


「そうよぉ。今日も仕事の量が多くてね。ほんとは有給もとりたかったのに内容見て却下されちゃったし」


「労働法〜」


 葉月は自分が買ってきたお酒の缶をプシュッと開け、結構な勢いで半分ほど飲み干した。


「んで、毎年夜桜見ながら進捗報告とかしてたけどさ、葉月今年はどう?」


「起業することにした」


「起業?!」


「そ。私たちみたいに知りたいことを知る、実験をしてみて本当にそうなるのか試すってことを個人で行うのはなかなか難しいと思うんだ。ほら、私たちの時も危険性をいまいち理解できていなくて怪我した時もあったし、実験器具不足でできなかったこともたくさんあるだろう。だから、そこを手伝えるような環境を作ってみたくてな」


「つまり、昔の私たちみたいな子たちを支援するってこと。いいんじゃない? でも対象はどうするの? やっぱり理系限定?」


「最初はね。でも会社の資金が貯まり次第文系にも広げていくつもりなんだ」


「へぇー。いいね。若い子達の手伝いをしながら、その研究からいい刺激をもらうこともあるだろうし」


「若い子達だけじゃないよ。朝の早い時間から夕方5時くらいは子供達。それ以降は大人も利用できるようにしようと思っているんだ」


「つまり5時を過ぎれば私たちも設備を使ってもいいってこと?! 最高じゃない。でもそれで事業として成立するの?」


 話を聞いていれば夢いっぱいな計画だが、現実は無情なものでこれで起業として成立するのかが素人なりにも分からないところである。


「学習塾として起業しようと思うんだ。でも他の塾と違うのは時間割は無し! 子供たちの自主性に任せるようにしようと思ってる。受験勉強したい子たちがいるのならば普通の塾のように教えよう! 学校のカリキュラムから外れたことを知りたいと言う子たちには実験でも研究でも付き合ってあげたい。学ぶ意欲がある子たちが好きなだけ学べるような環境を作りたいんだ」


「葉月の熱意はよくわかった。ちゃっかり私たちも欲を満たせるようになっているところもね。でも葉月が起業できて実際に塾ができれば私たちみたいな子たちが減るかもしれないね」


「そうなんだ!」


 小学校では私たちの研究や実験を見ていたクラスメイトらに馬鹿にされた。


 中学校では、勉強が大好きな変人だと遠巻きに見られた。


 高校では仲間が少し増えたが、それでもやはり馬鹿にされたり遠巻きに見られた。


 どの学校でも変人扱いをされた。


 きっとそのような環境に居る子供たちはまだ居ると信じて、その子たちに周りから馬鹿にされたからと言う理由でその道を断つようなことがないように、拾ってあげられる場所が必要だと葉月は思ったのだろう。


(やっぱり葉月はすごいなぁ)


 自分の進路は自分で決め、それに伴う壁は全て踏破しどんどん自分が実現したいことを実現していくようなパワフルさがある。


「それでだ! 企業が成功したら君にもここで働いてもらいたいんだ」


「もちろんいいよ! だって私は自由にやりたいことができる場所を求めて今足掻いているの。こんなに好条件な案件流すわけないでしょ」


「よし、これで講師二人目を獲得だな。ちなみに言っておくと一人目は私だ!」


「ニ年後には塾講師か〜。いやぁ,今から楽しみだよ!」

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