第3話 そこに君がいないのはさみしい

「最近どうよ」


 沈黙を破ったのは葉月だった。


「どうって、新学期始まったばかりなのに課題ばっか。それにインターンシップとかそろそろ行っておいた方がいい気もするし。そっちはどうよ」


「いつもどおりさ。好きなだけ調べて、研究して、周りの人巻き込んで好奇心を満たしているよ」


「やっぱり自分の好きなが分野とか興味の対象があるとたのしい?」


 手に持っていた缶を傾け酒を飲む。


「楽しいかって? もちろん、すっっっごく楽しいさ!!!


 葉月は身を乗り出して食い気味に返事をしてきた。その勢いに驚きむせた。


「うっ、げほ、それはよかった」


むせているこちらのことなど少しも気にせずに興奮気味に葉月は続ける。


「疑問ができた瞬間もワクワクするし、調べていくうちに知識と知識が繋がってもっと深く知ることが出来た時なんてもう、最っ高だ! それに、周りの人だって同じ分野に興味をもってる人が多い。だけど全員が同じものに興味を持っているわけじゃないから、いろんな視点から議論ができる。そりゃ家から近いからとか、偏差値とか学校の名前で入ってきてる奴らもいるし、全員同じテンションで話に付き合ってくれるわけじゃあないけど、それでも高校までよりも話が合うやつが多いんだ!」


「高校までは葉月の話に付き合えるの私か先生くらいだったもんね。いいなあ、話が合う人がいるのって」


 幼馴染が好きなことを好きなだけやって楽しそうにしているのは嬉しい。高校までは同じ学校に通っていたから興味や好奇心を満たすとき、その隣には私がいた。だから周りからの共感を得たり思う存分議論をしたりできなくて、好き勝手してはいたがどこかつまらなそうで窮屈そうな姿を知っている。


 今みたいに心の底から楽しいと言える環境ではなかった。そんな場所を抜け出し、大学での様子を熱く語る姿を見てると自然と私の口角も上がってくる。


 それでも、自分の現状を考えると羨ましいとも思ってしまう。


「うん。でもさ、どんなに好奇心が満たされても、熱い議論を交わせても、そこに君がいないのはさみしい」


「え……」


 葉月の言葉に息をのんだ。


 さみしい? なぜか分からなかった。今葉月が関わっている人たちは私よりも知識もあって、研究する環境も整っていて、私なんかとするよりもずっとっずっと高度な研究ができるはずだ。そこに私がいる必要性はないはずだ。


「だってさ、何年も突発的な思い付きや研究に付き合ってくれたのは君しかいない。何かする時隣にいるのが当たり前だった。そんな存在が隣にいないのはさみしい! 過去にやった実験も調べたことも、もっともっと理解したとき、少しでも解明が進んだとき、そんな時に、その興奮を分かち合える人がいないのはさみしい!」


 研究や議論の始まりはいつも葉月からだった。私はいつもついて行っていただけ。そんな消極的な参加しかしていなかった自分のことをこんなにも惜しんでくれる。その事実は私に衝撃をもたらした。 

 

「なあ、君は学力が足りなくて同じ大学に行けなかったわけじゃない。私の研究や思い付きに興味は尽きていないんだろう。嫌になったわけじゃあないんだろう。だって、今の君はすごくつまらなさそうに見える。今からでも一緒の大学に、また君と興奮も楽しさも、時には終わりが見えないとさえ思える過程も分かち合いたい!」


 葉月は言葉を続けた。


 言葉を出そうとすればするほどなぜかのどのあたりで詰まって、言葉どころか空気すら出てこず苦しい。それでもやっとこさ口から出てきたのは弱弱しい否定の二言だった。


「……ごめんね。それはできない」

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