第2話 褒めてもつまみと酒しか出ないぞ! あとバナナ

 5分もすれば、マンションの近くの広場についた。広場の真ん中には枝垂桜が植えられていて、少し離れたところには木でできたベンチやテーブルなどが置かれている。


 平日は幼稚園帰りのちびっこや放課後の学生たち、そしてその保護者が。休日になると仕事が休みの大人たちも加わり、昼間は多くの人でにぎわう。桜の咲いている季節には、軽食を持ってきて花見をする人も多い。マンションの敷地内で1番人が集まる場所だ。


 葉月がよこしたメールには「花見しよう」と書かれていたから、おそらくこの辺りを探せばどこかのベンチにいるだろう。


 あたりを見回してみる。今はまだ日の光はなく、備え付けられた街灯が桜を淡い光で照らしていた。当然昼間とは違い、住民たちはほとんどが寝静まり人の姿は見えなかった。広場の奥へと足を進める。街灯の光を頼りに目を凝らしながら進むと、誰かは分からないがマンション側の入り口から1番遠いベンチに人影が見えた。


 もう少しはっきり見えないものかと目を凝らしてみるがあまり意味はなかった。まだ葉月であると確信は持てないが、また歩みを進めゆっくりと人影に近づいていく。


「遅いじゃないか。待ちくたびれてもう1本開けてしまったぞ」


「ごめんごめん。でも見えてるなら連絡くれればよかったのに。……さては疑いながら歩いてる私の事見てちょっと楽しんでたな」


「ああ。なかなかに面白かったぞ。ビビってるのが丸わかりだった。」


 人影は葉月だった。ベンチに座り、空になった缶を楽しそうに掲げて見せつけてきた。薄暗く顔色は見えないが、普段よりも高めのテンションと空の缶から察するに、酔っぱらっているのだろう。いつもならこの程度では酔わないのに。と思いながらベンチに並べられた缶やつまみを挟んで葉月の横に腰かける。


「で? 急に呼び出してどうしたの。花見はついでで本当は何か用があったんじゃないの。寝ようとしてたら面白そうな研究テーマ思いついたとか」


「今回は違うね。ほんとにただ桜見ながら話したかっただけなんだ」


「珍しい。いつもなら容赦なく研究の手伝いさせるくせに。まあ葉月の持ってくるテーマ好きだし楽しいからいいんだけどさ」


「そうかそうか! そんなに褒めてもつまみと酒しか出ないぞ! あとは唐揚げと焼き鳥、それからバナナ!」


 楽しいという言葉に葉月は顔をほころばせた。きゃらきゃらと笑いながら、封の空いたつまみをずいとこちらに押しやり、まだ開けていない缶、コンビニでどっさり買い込んだおかずを膝にのせてくる。


「結構出てくるじゃん。そこまで全力で褒め称えたわけじゃないんだけどな……全部もらうけれども」


「細かい事は気にするな、飲め飲め!」


 缶を開けるとプシュ、といい音がした。缶を傾け勢い良く呑み込めば、たちまち顔のあたりが熱くなって頭がふわふわしてくる。


 飲んでばかりだとすぐに眠くなってしまうから、つまみも食べる。レポートを書きあげるために夜更かししていたため、小腹がすいていてちょうどよかった。袋の中に残っていたピーナッツをすべて平らげたが、予想していたのか葉月はすぐに別の袋を開けてベンチの上に置いた。


 そこには少しでも会話を繋げなければと思案する間の沈黙のような気まずさはなく、むしろ過剰に気を使わずと良い心地よいとすら思える空間が広がっていた。そのまましばらく無言で飲み食いする時間が続く。

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