変わらぬ白い手と止まらぬ崩壊
枠井空き地
崩壊し続ける世界
――ささくれ一つない真っ白な手が、僕の手を掴んで崖から引き上げる。
いつぞやの記憶だ。おそらく数万回前の、確か僕が立っていたがけが崩れた時、近くにいた彼女が僕を助けてくれた時だ。
何でこんなことを思い出したのか、それは僕の手を見たからだ。ささくれ立った僕の人差し指。一昨日辺り、大体数千回まえから僕の人差し指に鎮座し続けるささくれが少し気になってじっと見つめていた。
「んなことしてる場合じゃねーや」
指から視線を手首に移し、僕は時計を見る。タイマーは自動的に起動している。時間は3分12秒、13秒、14秒……もし失敗していたとしたら、そろそろこの星の文明は終焉を迎える。
その瞬間、空が急に明るくなった。見るとまばゆいばかりの閃光を放つ物体が煙を引き連れて空を飛翔していた。あぁ、今回は隕石か、しかし大分ゆっくりだなぁ、デカすぎて遅く見えるっていうやつかな?
僕にはそんなことを言っている余裕がある。何故かって?こうなることを僕は知っていたし、逃げる手段を持っているからだ。
さっきまで見ていた腕時計を少しいじる。すると目の前の空間に半透明で微かに七色に光る楕円のようなものが出現する。これは宇宙と宇宙をつなぐゲート、だ
ゲートがつながる場所はどこも全く別の時空だが、有難いことに「可能性値」が近いところ同士を結んでくれる。泡のように広がり繋がる無数の宇宙には時間、空間という概念だけでなく、可能性の揺らぎ、すなわちパラレルワールド、だったっけ?といえる概念がある。これはその揺らぎの中で、今と近い「可能性:を持つ時空へとゲートを開く。
これのおかげでゲートを出たら宇宙のど真ん中だった……なんてことは起きない。今と同じ「人間が生存出来て」「文明が近くにあり」「それが五分後に滅ぶ」時空へと連れて行ってくれる。
素晴らしい、最悪だ。おかげで僕は五分ごとに世界を転移せざるを得ないわけだ。
だが、希望はある。転移するのはあくまで可能性値が「近い」ところだ。それゆえ試行回数を重ねれば、他の条件は同じでも「五分後に滅ぶ」という可能性だけが抜け落ちた――いわば乱数が味方した時空にたどりつける可能性が残されている。
だから僕は旅を続ける。しかし、これが何日目なのかも、転移した回数ももはや数えていない。ずっと前に四ケタになったことは覚えている。
いろんな崩壊の仕方を見た。隕石、火山、戦争、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ、ゾンビ、AIの反乱、などなど、退屈はしないもんだ。
――ところで、さっき思い出した彼女にはもう会えないのか?僕は急にそんなことが思い浮かんだ。
その瞬間、目の前が急に明るくなる、出口だ。
ゲートの出口が開いた場所はどうやら川の上だったらしい。僕は重力に任せ落下し、水面に叩きつけられた。川は流れが強く、体の自由が利かないまま、僕は流されていった。
こ、これ文明の崩壊とは関係なくヤバい!急いでゲートを起動しようとしたが、あまりの急流に手が滑って起動できない……これは本格的にマズイぞ。
そのとき川岸から声が聞こえた。
「掴まって!」
その声とともに僕の手元にロープが投げ込まれる。僕は必死にそれを掴み、岸へと体を手繰り寄せる。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう……」
岸の近くまで寄るとその声の主は僕に向かって手を伸ばす。そして僕はその手を取る。瞬間、既視感。
ささくれ一つない真っ白な手が、僕の手を掴んで岸から引き上げる。あの時ときれいな同じ手だ。
「……ハハハッ……変わらないなあ」
僕は少し笑ってしまった。タイマーはとっくに五分を過ぎていた。
変わらぬ白い手と止まらぬ崩壊 枠井空き地 @wakdon
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