収束

 天を焼く光の柱が収まった時、その一帯は焦土と化していた。

 その中心地には誰もいない、使徒は跡形もなく消し飛ばされたようだ。


 残っているのは既に人の姿に戻った九尾と、形代を使い結界を貼られ守られていたコーレルと子供達。


 「.........死ぬかと思いました」


 出る言葉はそれ以外ない。


 「君たちごとやるわけないじゃん」


 「......それでも一言欲しかったです」


 そんなやり取りにやっと全て終わったのだと実感し、気が抜けた。

 周りの光景が目に入る。


 「これ、どうするんです?」


 森林に広がる焦土、このままにするのはまずい気がした。


 「きっと生えるさ」


 「そんな適当な......元には戻せないんですか?」


 すると九尾は真剣な顔で言う。


 「知人が自然にあまり手を加えてはいけないと言っていたんだ」


 「焼いた本人が言うんですか......」


 だが九尾は本当にそれで済ますようで話題を変える。


 「僕はこの子達を村に戻すよ」


 「そこまでやってくれるんですか?」


 「どうせ神社に戻るだけだからそのついでだよ、それに君が戻すにしたって大変だし、変な疑い掛けられるかもしれないだろう?」


 確かに司教という元凶がいなくなった今、子供を連れかえればコーレルが怪しいと思うものもいるかもしれない。


 「それに早く帰りたいんだよねぇ......」


 「? どうしてです?」


 「それはまぁ......そのうち分かるよ」


 なぜか口をつぐんだ九尾、なにかあるようだ。


 「じゃあ僕は行くよ」


 そういうと洞窟崩落の時使った念力のようなもので子供達を浮かし、飛び去ろうとする。


 慌ててその背中にコーレルは叫ぶ。


 「師匠! 本当にありがとうございました!! 師匠...師匠は......」


 一度思ってしまったそれは、九尾の本来の姿をみたことでより強くなっていた。


 「私たちの神様です!!」


 こんなことを言ってもきっと師匠は笑って流すだろう、もしくは堂々と認めるかもしれない。


 そうコーレルは思っていた。



 「.........」


 だがそのどれでもなく九尾は沈黙する。

 空虚な時間が、時の流れが遅くなったように感じる。

 

 「......師匠?」


 そんな空間にどことなく不安を感じ思わず呼びかけるコーレル。


 「? え? あぁ... 存分に感謝するといいよ。君たちの神様は優しいからね!」


 途端にいつもの調子に戻る九尾。

 その様子に困惑するコーレル。


 だが一番困惑しているのは九尾自身であった。



 「(......?)」


 コーレルの言葉を聞いた瞬間走った頭痛。

 普段起こり得ないその事象は、九尾の中に大きな違和感を残した。




 「......なんだったんだろ」


 九尾の不自然な様子が引っかかるコーレル。


 「...考えても仕方ないか、もう戻ろ_____」


 そして何気なく後ろを振り返り、絶句した。



 「ハァ...!ハァ...!魔力...この漂う魔力...! なんて濃厚で......あぁ...!!」 


 なにかがいた。


 腰まで伸びた淡い緑色の髪にシミひとつない肌、特徴的な尖った耳、神秘的な容姿と外見は美しい。


 だが当の本人が目を血走らせ唾液が垂れるのも厭わないほどに呼吸を荒くし、その四肢を大地に投げ捨てているとなれば全て台無しだ。


 「変態......」


 コーレルがそう思うのも無理はないだろう。

 そこで九尾の "そのうち分かるよ" という言葉を思い出す。


 「......これですか」


 確かに九尾が早く帰りたかったのも分かる。

 というかどうせ村に寄るなら自分も連れていってくれればよかったのではないだろうか。


 私も変態には会いたくなかった、とコーレルは思う。


 

 そこで突如その変態の顔がギュルンッとコーレルに向けられた。

 充血した目と垂れる唾液をそのままに。


 「うわ......」


 思わず一歩引いてしまうコーレル。

 だがあの九尾がなにもせず帰ったのだ。

 敵ではないのだろう。


 そう思い勇気を出して声をかけようとしたが、


 「イイ! イイよ!! その年齢でその魔力!! 早く! こっちに来_____」


 コーレルは背を向け走り出した。

 身体強化を、培った技術を使い魔物もかくやといわんばかりの速度で村へ帰った。


 家へ着いてからもあの顔は忘れられそうになかった。




 「ただいま〜っと」


 子供達を全て返し終え、神社に戻ってきた九尾。

 ちなみに運んでくる所を見られても面倒なので村の大人を眠らせてから返した。


 村の大人たちはなにか超常的な神隠しにあったとしか思いようがないだろう。


 「早かったわね」


 そんな九尾に答える声があった。


 「ん? まだいたのかい?」


 どうやらまだリュスは帰っていなかったようだ。


 「アンタが急にいなくなるからでしょ」


 理由になっていないと思うが...と九尾は思う。


 「あぁ心配だったのね、あの子は無事だよ」


 「......違うわよ」


 違くなさそうだ。


 「違うって言ってんでしょ!!」


 「......何も言ってないよ」


 「顔がそう言ってんのよ」


 「理不尽だねぇ......」


 どうしようもなく手を挙げる九尾。

 

 「というか本当に早かったと思ったのよ、アンタのことだから素直にやることやって帰ってくるのが意外だったのよ」


 「あ〜......」

 

 実際九尾にしては珍しい行動だった。

 面白そうなことには首を突っ込まずにはいられない性分ではあるが、


 「それ以上にめんどくさそうだったんだよねぇ......」


 九尾が見たあの者は大変面白そうではあった、だがそれ以上に捕捉されたらしつこく絡まれることが目に見えていた。

 それに......


 

 「まぁ僕も今日は疲れたってことだよ」


 そう言い神社の中へ入って行った。

 それを見送りながらも普段と様子の違いに気づくリュス。


 「......なんか妙におとなしいわね、本当に疲れたのかしら......」



 神社の中へ入った九尾、広い和室に倒れるように寝っ転がる。


 「なんだったんだろ......」


 それはあの突然起こった頭痛。

 九尾とて攻撃を受ければ痛みはある、だが体調不良など九尾にとってはありえない。

 とはいえなにものから攻撃を受けたわけではない。

 分からなかった。

 

 「それに......」


 痛みと共に感じたあの穴が空いたような寂寥感。

 九尾には分からなかった。




 「ん......んぅ...」


 家へ戻された数分後、ディノンは目を覚ました。

 

 「お姉...ちゃん.........あれ?」


 目を開けると自分は寝床で寝ていて、外は日が暮れていた。

 自分は家で昼に本を読んでいたはず、チグハグな現状に強烈な疑問を持った。


 「......寝ちゃって記憶が曖昧なのかな...?」


 夢でも見たのだろうか、どうも記憶が混濁している、とディノンは思った。


 「お姉ちゃんの声が...必死だったような......」


 少し前まで聞こえていたような姉の声、だが自身の記憶を辿ってもそんなものが聞こえるのはありえない。


 ディノンは寝床から立ち上がり、部屋を出た。

 すると目に入ったのは、


 「......お姉ちゃん...?」


 居間で倒れるように眠っているコーレルの姿であった。

 一瞬焦り駆け寄ったが幸せそうに眠っている顔を見てホッとする。


 「なんでこんなところに...」


 確かにこの時間なら既に鍛錬を終えて帰ってきている時間だ。

 だがいつも寝る時は寝床へ行っている。

 こんな姿を見るのは初めてだった。


 「しょうがないな......」


 こんなところで寝るのはあまり気持ちよくないだろう。

 寝床へ移動させようとし、寝ている姉に近寄り_____


 気づいた。


 「ッ!」


 姉の様相に傷はなかったが、それ以外がボロボロだった。

 鍛錬の結果という見方もできるが、普段このまま帰ってくるなど一度もなかった。


 というよりも姉が自ら言っていたのだ。

 資金が乏しい現状で鍛錬の度に服がダメになるのは可哀想だからと九尾が最後に直してくれると。

 

 ただ直し忘れただけだろう、そんな想像をするのが普通だ。


 しかしディノンは_____



「あぁ......」


 なんとなく理解できた。

 また救われたのだろうと。


 不自然な状況、記憶、そしてボロボロの姉。

 それらがディノンにそう思わせたのだろうか。


 いや、例えそれらが無くとも、きっとディノンは確信を得るのだろう。


 「お姉ちゃん......」



 その眠っている姉の顔が_____満ち足りているのだから。


 それは過去、コーレルがその力でディノンを守り抜いた時によくする顔であった。


 最近は鍛錬の後にも満ちているような顔をしていたがそれには及ばない。


 それだけで背中を、立ち向かう様を幻視する一番かっこいい姉の顔であった。



 「......なおさらこんな所に寝かせてられないね......よし!」


 未だ眠りから覚めたばかりの気怠げの残る身体に鞭を打ち、姉の体を持ち上げた。


 子供の成長速度故の体格差で中々大変な作業だが、なんとか姉を寝床へ寝かす。


 「......起きてないよね.........」

 

 運んだことで姉が起きていないことを確認し、静かに部屋を出た。


 「時間的にはご飯だけど......お姉ちゃんあれじゃもう今日は起きないよね...」


 今日は一人で食べようか、そう考えなにかしら作ろうと台所へ行こうとした時、


 「ん? 誰だろ」


 トントンっとドアをノックする音が聞こえた。

 村の人との交流が無いわけではないが、こうして家を訪ねてくることは珍しい。


 トントンっと再び鳴った。


 「はーい今行きまーす」


 そうして玄関へ行き扉を開けるとそこには......

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