大妖 九尾
「師匠......」
それは最近出会ったばかりで、どこか適当で、嘘も平気で吐くような人で。
けれどコーレルが知る限り最も強い人で。
「師匠...!」
己を治してくれて、稽古すらつけてくれた、望む願いを全て叶えてくれた人。
その意思で、なけなしの力で立ったばかりなのに、縋ってしまう。
ディノンを、子供達を、私を助けてくれるのではと、都合の良い願望を持ってしまう。
そんな傲慢で自分勝手な願いを九尾は_____
「? どうしたんだい? 交代と言ったろう、後は僕がやるよ? ......あぁ、まず回復しないとね.........はい、これで全快したと思うけど、大丈夫?」
あの時と同じように叶えてしまう。
コーレルは思う。
なんなのだろうこの人は、と。
願いを、望んだ未来を児戯だと言わんばかりに叶えてしまう、そんなのまるで神様のよう_____
と、そうコーレルが思った時洞窟全体が揺れ動く。
「......まずい!」
魔法陣から這い出る異形の身体が洞窟に入りきらないようだ。
頂点を天井に押し付けつつもおかまいなしに這い出てくる。
「このままじゃ......崩れる...!」
このままでは子供達諸共生き埋めだ。
しかしコーレルは焦ったような言葉を出したものの、その実そこまで危機感を抱くことはなかった。
「それじゃまず、外に出ようか」
師匠がいるから。
洞窟の揺れが大きくなり響く音を奏で始める。
するとあっという間に壁が、天井が歪みを生む。
全てが崩れ落ち、森に轟音が響き渡った。
突如森に響き渡った轟音、逃げる動物達。
その大事の中心地、様相は一変していた。
洞窟があったはずの場所、その面影はどこへやら、採掘場かと思うほどの瓦礫、石片の山。
だがその様変わりした様相すら霞んでしまうほどの異変がそこにはあった。
巨大な異形、そうとしか言い表せない。
おそらく頭であろう部分は大きな肉塊のようで、無数の大きな目と口がある。
そこから下に触手があり、その更に下に四足獣を思わせる体があった。
ネコ科の動物の頭を取りそこにタコを乗せたような、そんな姿。
そしてそんな異形と対峙するように九尾とコーレル、幾人かの子供達が宙に浮いていた。
九尾が下を見下ろし眉を顰める。
「これじゃ歩けもしないよ」
そう九尾が呟いた直後、目を疑うようなことが起こる。
カタカタと瓦礫が動き出し、まるで散会する虫の大群のように広がり、あっという間に元の地面が露出した。
その光景にコーレルは目を奪われるもののもはや驚きはしない。
そして九尾達の高度が下がりだし、その露出した地面に着地する。
そして地に足をつけ、異形を見据えると改めてその巨大さが強く印象に刻まれる。
「なんて大きさ...それに......」
その体躯は確かに印象的だ、だがそれ以上に。
「悍ましい......」
その趣味の悪い人形のような見た目にコーレルは吐き気すら覚えた。
だがそんな感想を吹き飛ばす声が響く。
「素晴らしい...! 素晴らしい!!」
「ッ!?」
それはついさっきまで聞いていた声、この世で最も不快だと思った声、
そして既に無くなったはずの声。
「どこから...!」
弾かれるようにして声の発生源を見る。
そこにいた、いやあった。
「うっ......」
思わず嘔吐きそうになるコーレル。
死んだはずの男、司教の顔が異形の頭から見えていた。
取り込まれたことを体現するかのようなその光景は気色悪いと感じることしかできない。
そして向こうもこちらに気づく。
「おや、あなたは...生きていたのですか」
視界に入る自分を追い詰め儀式を中断させた憎むべき怨敵。
だが司教の心は穏やかどころか歓喜の渦中だった。
「あなたには恩を言うべきかもしれませんね、おかげで使徒様の一部となれたのですから! 見えますか? この素晴らしい御姿が!! なんと荘厳で、なんと強大で......なにより美しい...!!」
歓喜のままにコーレルと正反対の言葉を紡ぐ司教。
このまま無限に喋り続けそうな程に。
「いやいや、しぶとすぎるでしょ流石に」
水を差すように九尾の声が差し込まれる。
「......誰です? あなたは」
そこで初めて九尾が目に入る。
昂りのあまりコーレルしか目に映っていなかった。
「初めまして、つまらない人間。僕は九尾、そしてこの子の師匠だよ」
いつもと変わらない様子で九尾が名乗りをあげた。
名前などどうでもいい、つまらないと言われたこともまあいい。
その名乗りで司教の頭にするりと入ってきたのはあの子供の師匠という情報。
到底子供とは思えぬ強さを持つあの子供の師匠、どれほどの高みにあるのだろう。
更にそこで贄としてつかまえた子供達が目に映る。
一見だが一人も欠けていないように見える。
昏倒した大勢の子供をあの崩落から守る。
満身創痍の子供一人では無理な芸当、すると必然的にやったのはあの男。
それらいくつもの事実から目の前の男の実力が窺い知れる。
しかし司教は焦りなど感じなかった。
「あなたが実力者であることは理解しました。ですが無意味です。可愛い弟子を今更助けにでも来ましたか? そうなのであれば遅かったと言わざる得ませんね、ご覧の通り、既に使徒様はご降臨なされたのですから」
相手がどれだけ強かろうと、何者であろうと関係ない。
司教の盲信する神の使い、この世を支配する神の一端、それは絶対であるのだから。
あの男もこの神の力を感じているはず、弟子の前見栄を張っているだけだろうと。
そんな司教の予想は馬鹿にしたような、心底虚仮にしたような笑い声に否定される。
「ハハ! 本当にそれを信じているのかい? そんな警戒して動けないような木偶をさ!」
司教はそんな不敬な言葉により気付かされる。
「(使徒様が......動いていない...?)」
すでに顕現しているのだから、なにかアクションをしてもおかしくない。
森を焼いたって村を破壊したってそれは使徒様がした行動、つまり神託のようなもの、間違いなどはない。
だが今の使徒様はただ静止。
更によく見てみると頭にある無数の目が全てあの男の元へ向いている。
それはまるでそれだけを警戒しているような_____
「(ありえない!!)」
そう無理やり否定する司教。
自らが信仰する絶対の存在が、人一人を警戒するなど、あってはならない。
「不敬な...! ありえるわけないでしょうそんなことが!! 神は絶対だ! この世の頂点にでもなったつもりか!!」
「君、感情削ったって割にめっちゃ怒るじゃん、修行不足なんじゃない?」
「なッ!?」
いつまでも気が抜けてて余裕の九尾の態度。
それに安心するコーレルだが不安は抜けていない。
「師匠、師匠のおかげでまだ戦えます。囮でもなんでも覚悟は決まっています」
九尾の力は信用している。
だが目の前の異形と九尾、コーレルはあまりに自身と力の差がかけ離れており、どちらが強いのかは分からなかった。
もし僅差なのであれば自分はその差を埋めるためになんでもすると、そう伝えたが、
「......僕が負けるかもしれないって?」
「_____ッいやそうじゃ『なんてね、君の気持ちも分かるよ、僕の力なんて全然見せたことないしね』
そう言うと九尾はおもむろに前へ出る。
雰囲気が変わったことをコーレルは肌で感じた。
そうして前へ出るとその異形を見据える。
思えば全力などこの世界に来てから出していない、勘違い狂信者に舐められるのも不快だし、弟子には高みを見せておくのも良いかもしれない、そう九尾は思う。
「あんなのが頂点だと勘違いされちゃね......愛弟子、よく見ておくといい」
久々の感覚に九尾は手を伸ばす。
「これは語り継がれる太古の伝説だよ」
瞬間、その場にいた生物全てが "差" を幻視した。
見えず感じ取れるなにかにぶつかられたような。
九尾の抑えていた妖力、神性が解き放たれる。
ある者は底など感じぬ大海を見た。
ある者は流れが閉じぬ大河を感じる。
その幾人も屠った凶悪な妖力に、人々が救いを感じる神性が重なる。
「あぁ......」
その後ろには安楽を。
「こんな......ことが.........」
矛向かう先には絶望を。
未だ留まることなく指数的に増していく。
司教はあまりのそれに自身の中の芯が揺さぶられる。
「なんという...神聖な......これが神でないというのなら...私が信じたものは......」
生まれた時から心血を、生涯渡すと決めた信仰が揺らぐ。
それは司教という人間にとってありえぬこと、ありえてはいけないこと。
だが目の前の存在の在り方、その威容、それは_____
「ッッッッッッ!!」
使徒と呼ばれる異形がその異様に見合う程の奇怪な声を上げる。
「ッ!! そうだ! 私が信じたものは間違っていない!! 間違えてなどいない!!」
その声により司教が本来の自分を取り戻す。
ここまで来たのだから、自分の献身に使徒様は応えてくれたのだから。
もしこれが間違いだとでも言うのなら
「(神など...いないではないか......)」
そう思ってしまうから、間違いなはずがないと。
そして目の前の脅威に使徒も黙ってはいなかった。
今尚圧力が増す目の前の者を排除しようと動き出す。
雄叫びをあげた後、その伸縮する触手を九尾にとばした。
それはあのリュスの水球さえ比較にならない程の神速。
何本ものそれが九尾に迫る。
「焼いたら赤にでもなるのかな? ......でも君のそれはおいしくなさそうだ」
九尾にとってその触手は、使徒という高位の存在のはずの触手は、いつぞやの...あの下等なゴブリンと同じ扱いで_____発火した。
「使徒様!!」
「......綺麗...」
その光景に司教は叫び、コーレルは美を見た。
対象が直接燃え上がる、それはゴブリンの時と同じであったが、明らかに違う部分もあった。
「白い...炎......」
その炎は白かった。
混じり気のない純白、神聖なものを感じる聖火。
それは瞬く間に触手を喰らい尽くし、灰へと変えた。
「ッッッッッ!!」
その光景に使徒は無意識に一歩引く。
「分かってないなぁ、知ってるかい? あっちの世界の創作ではこういう時攻撃しないで待ってるものらしいよ?」
そう言った次の瞬間、九尾の妖力が特段増した。
一気に広がった魔力はその地に異変を呼び起こす。
「これは......雨...? ですが空は晴れて......」
突如降り出した雨、だが依然空は快晴。
そんな異常に混乱する間もなく、
九尾自体に変化が訪れる。
「......師匠?」
思わずコーレルは声をかけてしまう。
その光景は、師匠がその形を変えていくというものだったから。
小麦を思わせる黄金の髪の毛が背中を伝い全身に広がる。
その体躯がどんどんと大きくなり服が肌に溶けるように消えていく。
頭からは耳が生え、臀部に尻尾が生えたと思えばその本数は増え続け7本となった。
両手を地面につき、顔が、全身が四足獣のような様相になる。
そのままその体積は増え続け遂には使徒と背を比べられる程の大きさとなり止まる。
尾が九本、狐の妖。
九尾の語り継がれる本来の姿が顕現した。
先程より増した妖力、衝撃的なその変化に言葉が出ない司教とコーレル。
「......し...しょう...?」
ようやく絞り出された言葉。
あまりに変化したその姿にコーレルは不安を覚えていた。
だがそれはすぐに払拭されることとなる。
「ん? 怖くなったかい? コーレル」
それは気が抜けるような、いつもの師匠の声だったから。
「......ふふっ、いえ......師匠はすごいです!」
その答えに九尾も機嫌がよくなる。
怯えないとは思っていたが、もし怯えられたとすれば、それは悲しいものだと知っているから。
「さて、この姿は目立つし、さっさと終わらせようか」
その眼差しを使徒へ向けた。
「なんです...その姿......魔力が...力が使徒様を超えている...? .........ありえないそんなこと! あってはならない!!」
その現実を拒絶する絶叫に応えるように使徒が触手を束ねた。
無数の触手を拗らせ絡ませ、巨大な一本となる。
それは人智を超えた怪物が作り出すエネルギーの収束、さらながら固定砲台。
使徒が地を踏み締め魔力を収束させる。
その膨大な魔力が、作られた一本の触手に集まり、圧縮され先端に溜まっていく。
大地が震えるほどの魔力、だがコーレルは焦りなど覚えなかった。
そこは九尾の絶界の中、相手の魔力など感じることすらなかったから。
「これが使徒様のお力......あなた方は終わりですよ...!」
司教は言葉を出して初めてその言葉の軽さに驚いた。
自らを騙すためだけの言葉、それはもはや司教の願望であった。
「ッッッッッ!」
放たれる圧倒的な物量。
空気が揺れ大地が剥げる。
使徒自身すら仰け反ってしまうほどの破壊の光。
そんなものが九尾に向かう。
だが破壊は届くことすらなかった。
「眩しい......」
虚しく光だけが届く。
その破壊の本流はなにもせずとも九尾の絶界に入った途端、終わりかけの花火のように消えていった。
「......」
司教は驚かない、驚けなかった。
心のどこかでこうなることが分かってしまっていたから。
虚勢を無意識に自覚していた。
「さあ、こっちの番だ」
九尾の絶界が広がる。
使徒の絶界はあっけなく押し負け、その身体が九尾の空間につつまれる。
その時点で司教は負けを確信した。
怒るでも悲しむでもなく、もはや司教はそれを望んでいた。
「終わらせて...くれ......私の...人生は...
一体......」
その願いに答えるように使徒の真下に妖力が湧き出し、眩いほどの白が生み出される。
「その願い、叶えてあげるよ」
それは天焦がす白炎の極光。
「 "天焔" 」
使徒の真下から白い炎が立ち昇る。
際限なく天は昇るそれは天からの光と見間違うほど美麗で。
その火力は地獄の業火と遜色ない程残酷だった。
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