手負いの獣は美しく
赤熱したコーレルの右手を見て司教が呟く。
「......嫌ですね」
順当に行けば己が勝つ司教にとって最もとって欲しくない選択肢であった。
あの量の魔力での一撃、いくら司教であっても絶命を幻視する。
「(遠距離から魔法を打ちたいところですが、あの身体強化の前で迂闊には撃てませんね......)」
残された道は動きを読んで避けるしかない。
足を軽く開き、身構える。
当たるにしろ、避けるにしろ勝負は一瞬だろう。
片や少しも隙を見せないために、片や少しの隙を見つけるために、
睨み合う両者。
数秒、膠着が続く。
「ッ!!」
それを破ったのはコーレル。
余計な動きはせず、一撃当てるためだけに一直線に飛び出した。
「(さぁ、どう来ますかね、やはりフェイントでしょうか)」
コーレルの動きを見逃さんとばかりに注視する司教、フェイントを警戒する。
だがその予想は裏切られる。
司教の眼前に今までにない速度でその拳が迫る。
コーレルが選択したのは純粋な速度による速攻。
しかもそれは今まで抑えてきた最高速度。
フェイントを警戒していた司教には想定外_____
「その選択は悪手でしょう」
なんてことはなく、半身になって躱された。
速度が速かろうが今までに見た直線的な攻撃と変わらなく、対処が間に合う。
その愚策を司教は嘲笑い、トドメを刺すため伸び切っていないコーレルの右手を掴もうと_____
「(......伸びきっていない...?)」
_____違和感
「(......あれだけの熱がなくなっている...?)」
先程まで眩しいほどに赤熱していた右手はその光を失っていた。
そしてその伸びきっていない右手はよく見ればジャブを打つ時のような_____
「ッ! やられた...!」
その瞬間司教は己の失策を悟る。
コーレルを見るとその左手に先程と同様の赤熱した光。
「あの一瞬で...移動させたか......!」
あの量の魔力なら一点に集め維持するだけで難しいはず、それを瞬時に体を通し反対の手に持って行く。
それは、完全に司教の予想外であった。
不意を突かれた司教にその左手が迫る。
その熱から感じ取れる予感。
触れてしまえば全てが焼き尽くされる、予感。
無慈悲にそれは炸裂する。
「 "烈掌" 」
その瞬間暗い洞窟が赤に染まる。
ボウッと掌から栓をされた激流のように炎が溢れ出す。
大波のような圧縮された業火。
その炎は敵を、前にいるものの生を許さない。
正真正銘コーレルの最大火力。
その最大火力は
「......危ないところでした」
届かない。
右手を掴まれ、司教の前に膝をつくコーレル。
司教はコーレルの狙いに気づいた後、そのままブラフであった右手を掴み魔法を発動した。
そして体力を奪われ速度を落とした本命の左手の方向を蹴りで冷静に逸らした。
「経験の差ですね、あなたが子供でなければ分からなかったでしょう」
今のでコーレルの魔力は底をついている、司教は勝負は決まったことを確信する。
そしてそのまま魔法で気絶させようとすると、コーレルが弱々しくその掴まれたままの右手を司教に伸ばす。
「嫌だ....まだ...あの子を.......生きて...幸せに......」
弱々しいままに司教の服を掴む。
そんな様子に司教は慈愛の表情を浮かべる。
「安心しなさい、理解できないようですが実際に贄となればきっと分かりますよ、どれだけ幸せな『バーーカ』_____!?」
突如として先程の焼き直しのように赤熱する右手。
司教の服を掴んでいるコーレルの右手に先程と同程度の魔力が生まれる。
「これはどういう......! 満身創痍の状態で...ここまでの速さで...そもそも魔力はなかったはず......!」
慌ててコーレルの右手を離させるために魔法を発動させる。
どんどん抜ける力、落ちてしまいそうな瞼。
だがコーレルは司教の服と、それと共に握り込んだ "形代" を離さない。
ーーーーー
〜数時間前〜
「これは...なんですか?」
「早く弟の元へ行きたいんだろう? それの導く方向へ行ってごらん、探知機みたいなものだよ」
それを聞いた瞬間持って飛び出そうとするが、九尾に止められる。
「あぁ! 待って待って、一つだけ」
九尾がそう言うと形代が赤くひかりだした。
「これは......私の魔力...?」
九尾は全てを見通すような目でコーレルを見る。
「それには君を治した時、君に溜まっていた魔力を入れてある。相当な量あるはずだからいざという時に使うといい」
ーーーーー
突然沸いた魔力、その正体はこの形代であった。
九尾の言った通り片白の中にある魔力はコーレルの魔力そのままであるため、即座に使うことができた。
それは正真正銘司教の予想外。
一刻も早い回避を強いられるが、
「くっ! なぜ離れない!!」
魔法は確かに発動している、常人なら卒倒するハズ、だがコーレルはその手を離すことはない。
力の抜ける手を執念で動かし、確殺の意思を持って敵を見据える。
「無駄よ......弟を、私達の平穏を崩す奴なんて......絶対に許さない...! それに...死ねば神とやらの場所に行けるかもしれないわよ...?」
目線と目線が交差する。
いくら魔法を食らっても無くならないその力と、目に宿る強烈な意思に、司教は無くしたハズの感情が湧き上がる。
「(理解が...納得ができない...!)」
恐怖、久しく感じていなかったそれは司教にはあまりに大きかった。
「やっ...止め『裂掌』
再び赤い光が洞窟を染め上げる。
圧縮された火力の放出。
先ほどと違うのは掴んでいた司教の服から、炎の射出により司教が吹き飛んだという感覚がコーレルにあること。
つまり先程と違いコーレルの魔法は司教を完全に捉えていた。
「うッ...!」
炎が止むと同時にうつ伏せに倒れるコーレル。
すでに限界は超えている。
だがその目は未だ強く開けられている。
「(まだ......あいつの死体を見るまでは...!)」
死んで当然の火力、戦っている中でも司教は魔法が効いていないということはなかった。
その司教の耐久力ならまともに食らえば必ず死ぬという確信がある。
なにかしらの手段で生きていたとしてもまともに動けないだろうと踏んでいた。
「恐ろしいですね......」
「.........は?」
思わず声が漏れる。
予想は最悪の形で断ち切られた。
あの業火をまともに受けたはずの司教の身体は_____無傷であった。
「訳がわからないという様子ですね、これですよ」
司教が懐から不満気なようすで機械のようなものを取り出した。
「念の為と、あのお方から賜った魔道具です」
魔道具、それはその名の通り魔法が込められた道具。
詠唱を必要としなかったり自分が使えない魔法を使えるというメリットがあるが、荷物になったり使用制限があるというデメリットもある。
だがなにより制作に技術が必要であり高価なため持っているものは少ない。
「これは結界を発動する魔道具ですよ、先程の魔法すら防げる性能の結界をね。......今回のためとはいえあのお方から賜ったものなのであまり使いたくはなかったのですがね」
「....くッ...そ......!」
もう策はない、形代から流れてきたおかげで魔力はあるが身体が動かない。
「(ここまで来て......! 嫌だ...!!)」
地に落ちた手が、砂を握りしめる。
終わった結末が、どうしようもない現実が受け入れられない、受け入れたくない。
司教は倒れているコーレルを見つめる。
その目には最初にあった余裕などなく、怯えの感情すら見える。
「このまま贄にしたいところですが......止めましょう。まさか感情を削った私が恐怖を憶えるとは......」
既に倒れ、動きがないコーレルであるが、それでもなお近づきたくない程に司教は警戒を憶えてしまった。
なにより今なお開いているあの目が恐ろしかった。
コーレルから目を離さずに子供達の元へ歩いて行く司教。
それに嫌な予感を憶えるコーレル。
「既に贄は足りています。儀式を始めてしまいましょう」
そう言い司教は子供達元へ到着すると魔道具を触り出す。
すると結界が広がり司教と子供達を包み込んだ。
「これであなたは手を出せない、安全に儀式を始められます」
「や...めろ......!」
司教の言っている儀式、内容は分からないが贄などと呼ばれるものが無事で終わるなんてことはないだろう。
司教が手を翳し、魔法陣が子供達の下に出現する。
すると魔法陣が輝きだす。
「ッ!!」
そしてコーレルにははっきりと子供達の魔力が魔法陣に吸われていっているのが見えた。
最後まで魔力を吸われるとどうなるのかは分からない。
だが魔力は生物にとって必要不可欠なものだ、無理やり吸い取られて良いなんてことはあるはずない。
最悪、死_____
弟が死ぬ、そんな最悪が現実味を帯び、背筋が冷えていく。
「(止める.....! あいつを......殺す...!!)」
強まる使命感、高まる殺意。
だがコーレルにできることなど_____
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