捨てたものと芽生えるもの

 「儀式があるので早いところ終わって欲しいのですがね......」


 先程と同じ魔法がコーレルに向けられる。


 「(きっとまた拡散する......大回りに避けなきゃ......!)」


 今度は当たることはなかった、しかし、


 「うまく避けますね、手詰まりのようですが」


 「ッ!(範囲が思ったよりも広い......これじゃ近づけない......!)」


 司教が魔法を撃つたび大回りの回避を強いられ近づくことができない。

 コーレルも魔法を放つが距離があり簡単に避けられる。

 それを尻目に司教は話し続ける。


 「しかし本当に優秀ですね、まさかその年で絶界を使えるとは......それがなければすでに何発も届いているでしょう、魔法の練度もたいしたものです」


 今まで何人か才あるものを見て来たが、人間、しかもコーレルほどの年齢で絶界をここまでモノにしているものは見たことがない。


 「とはいえ凡人だった方が良かったのかもしれませんね、私の魔法は痛みはない、他の者と同じように苦しむことなく贄となれたのですから」


 「ッ! そういうこと......! あの子達を攫えたのはあなたの魔法ってことね......!」



 コーレルは九尾にディノンがいなくなったとだけ言っていたが、それは要点だけ伝えた結果だ。

 村の大人から聞いた話では皆口を揃えて "急に視界が暗くなり気づいたら子供が消えていた" とのことだった。


 おそらく魔法で奇襲し、気絶するまで衰弱させ攫ったのだろう。


 「別に殺してしまってもよかったのですがね、贄をここまで育てた感謝として手心を加えたのですよ、私はやさしいですからね、見てください、贄たちも傷なく倒れているだけでしょう?」

 

 頭に血が上る、コーレルが本能のままに飛びかかりそうになる、が寸前のところで堪えた。

 怒りのまま行動すれば司教の思い通りだろう。 



 だがなにもしないという訳ではない。

 コーレルには九尾との鍛錬の中で練習しているものがあった。


 それならばこの状況も打破できるが、その練習自体未だ少なく、安定しないと思い出し惜しんでいた。


 だがもうそんなことは言ってられない。


 「(こいつは......ここで殺さなきゃいけない......!)」


 最悪、隙を見てディノンだけ取り戻せればいいと思っていた。

 他の子供達には悪いが優先度はディノンに比べれば天と地ほどの差がある。

 後にいくら非難されとうが、弟さえ戻れば構わなかった。


 だがこの狂人を前にして考えが変わる。


 「(こんな奴がいる世界に......ディノンは置いておけない、安心して生活できない......!)」


 今を切り抜けたとしてもこの危険因子が存在することが許せない。



 司教が同じように魔法を飛ばす、その瞬間コーレルは炎をその身に纏いバネのように前へ飛び出した。


 「_____ぐッ!」


 司教は咄嗟に腕で受けるも炎に身を焼かれながら後ろにとばされた。


 コーレルが出し惜しんでいたもの、それは単純な近接戦闘であった。

 魔力による身体強化と炎纏い、体捌き、それらをついでではあるが学んでいた。


 身体強化と炎纏いに関しては高度な魔力操作は要求されないため、問題ない。

 だが体捌きに関しては教わっているが未だ素人だ。

 故に使いたくなかった、使うにしても追い込んだ先で使いたかった。


 「(単純な動きしかできないから長引くときっと読まれる......その前に魔力量に物言わせた身体強化で押し切るしかない......!)」


 さらに踏み込み相手の足が地に着く前に距離を詰めもう一撃いれる。

 掌で受けられるが確かにヒットする。

 しかし、


 「_____ッ!?」


 再びあの脱力感、反撃されたことを理解する。

 きっと掌で触れられたところから直接作用させたのだろう。


 「近接までこなせるとは意外でした、しかし来るところがわかっていれば合わせられます」

 

 だが怯むことなくコーレルは肉薄する。

 一回目の反撃はなかった、反応できないくらいの速度かフェイントをかければいい、そう判断する。


 「(もっと魔力を.......ギアをあげる......!)」


 先程と同じくらいの速度で突っ込む......ように見せかけ速度を上げ足払いを仕掛ける。

 

 しかしそれは後ろに飛んで躱される。


 「比較的近接は苦手ですが、子供に負けないくらいの心得はありますよ」


 「逃げただけじゃない? 贄を捧げないと出てこない使徒とやらと同じで臆病なのかしら?」


 相手の隙を誘うために煽るコーレル。

 今までの言動からして神や使徒とやらに大きな感情を持っていると見えた。

 そこをつけばおそらく乗ってくると思ったが、


 「感情による揺さぶりは諦めた方がいいですよ」


 反応は違うものだった。


 「私は神命を遂行するために神への尊敬以外の感情は極限まで削っています。我が同志の中にも同じような訓練をした者は幾人かいますね」


 「......チッ!」


 言葉を弄するのは止め、再び肉薄する。

 勢いで圧倒しようとするが、流されあの魔法を喰らいそうになる。


 逃げただけと言ったがその身のこなしは司教の言う通りなのだろう、既に動きが読まれつつある。

 

 だが遠距離が向こうに分がある以上、これを止める選択肢はない。


 「もっと...反応できないくらいの出力を......!」


 また一段、ギアを上げる。




 

 そしてその様子を見守る者が一人。

 幻術で姿を隠している。

 九尾だ。


 リュスにも言った通りいざとなれば助けるつもりでいるようだ。


 その視線の先ではコーレルと司教が近接での応酬をしている。


 「付け焼き刃にしてはよく動けているじゃないか」


 親が子に向けるような優しい眼差しを向ける。

 実際に教えたことができていると師としても嬉しいものだ。


 一方司教に目線を移すとその温度は低くなる。


 「なんか汚い色だなぁ、あの魔力。前の世界でもあそこまで汚いのは見たことがないよ」


 やはりあの魔力を素晴らしいと思うのは司教だけのようだ。


 「それに感情を削ったねぇ......それはとっても_____ 」


 九尾としてはあの魔力よりも感情を削ったという部分に思うところがあるようだ。


 「_____つまらないねぇ」


 九尾は本当に退屈そうな、失望したような表情で司教を見つめた。


 

 

 

 素早いジャブと纏った炎で上半身に意識を縫い付ける。


 そして空いた胴に蹴りを叩き込む。


 「_____ふっ!」


 コーラルの炎を纏った蹴りが相手をガードの上から吹き飛ばす。

 それ受け悠々と着地する司教。


 一見コーレルが押しているように見えるが、


 「ハァ...! ハァ...!」


 肩で息をするコーレル。

 対して司教は何ヶ所か焦げているが表情にはまだ余裕がある。


 消耗の差は歴然であった。


 「普通ならとうに膝をついていてもおかしくないのですがね、本当に優秀ですね」


 近接での応酬の中でコーレル既に何回もあの魔法をくらっていた。


 今すぐにでも倒れて目を瞑りたい、体がそう訴えかけてくる。

 だが今のコーレルには関係なく、まやかしだ。



 意識を繋ぐように、奮い立たせるように今以上の火力をその間に纏う。


 その様子に司教は難解なものを見るような目を向ける。


 「......理解ができませんね、贄の中にあなたの大事なものがあるようですが目を瞑って仕舞えばその大事なものと同じ場所にいけるのですよ? 痛みも苦しみもなく」


 「......単純に頭が悪いのかしら」


 コーレルは本当に愚かな、初めに司教がコーレルに向けたような憐れみが混じった視線を向けた。


 「......なんです?」


 「あなたみたいな人は見たことがあるわ、周りを、"普通" を見ない狂信者」


 コーレルはまだ両親がいたころよく分からない宗教の勧誘に絡まれたことを思い出した。


 「少しでも周りと擦り合わせれば気づくようなことに蓋をして自分だけを押し通す、......迷惑なのよ」


 訳のわからない、理屈がない言論を押し付けられ腹が立ったことを思い出し言葉が荒くなる。


 ささくれたつ心のままにあの時にも思ったことをそのまま吐き出す。


 「普通に考えなさいよ、普通に考えて大事な人とは一緒に生きたいと思うでしょ....!馬鹿よ、あなたは馬鹿、こんなこと猿でも分かる。迷惑だから早く消えて」


 「......稚拙な言葉ですね、限界で頭が回らないのでしょうか、もう終わらせましょう」


 追い詰められヤケになったのだろう、そう司教は思ったが、コーレルの目には未だ理性の色が濃く残っていた。


 「ええそうね、次で終わりよ」


 そう言うや否や、コーレルの魔力が動き出す。


 「......ほう」


 コーレルが纏っていた炎が、身体強化に使われていた魔力が足を残して右手に集まりだす。

 それに伴い右手が赤熱し、輝きを増す。


 一撃必殺、コーレルは魔力量を生かし、可能性を作りだした。


 

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