盲信故に
「ハァ、ハァ......!」
薄暗い森の中をコーレルは駆け抜ける。
比較的安全な方の森とは言え、慎重に進むのが得策だが、今のコーレルには関係ない。
「間に合って......! お願い......!!」
ただ一心に、全速力でその方向へ走る。
手に持った形代の示す方向へ。
ーーーーー
「あの子一人で行かせて良かったの?」
「うん、寧ろちょうどいい相手だと思うよ」
数分前、焦った様子のコーレルがとんぼ返りしてきた。
話を聞けば弟含む村の子供達が攫われたのだという。
そこで九尾はディノンの魔力に反応する形代を作ったところ、コーレルはそれを手に取るや否や飛び出していってしまった。
「もしかしてアンタが仕組んだんじゃないわよね」
鋭い目つきで九尾を睨む。
リュスはコーレルのことに関して九尾から聞いた。
そこからするにコーレルにとって弟とは自分の命より優先する宝のようなものだろう。
そこを突くのは修行の一環だとしても悪趣味が過ぎる。
もしそうだとしたら軽蔑すら覚えそうになるが、
「違うよ、流石にそんなやり方はしないさ」
実際九尾は関与していない。
遠距離から見る手段があるとはいえずっと見ているわけではない。
ディノンが拐われたこともコーレルから聞いて知ったことだ。
九尾の言葉に嘘はない、そうリュスは判断する。
そして九尾の表情に僅かだが不機嫌な雰囲気を感じとる。
「......ちょっと怒ってる?」
「......怒ってる、て程じゃないけどね。あの二人の平穏は僕が願いを叶えてあげた結果でもある。それをこう簡単に崩されるのは......面白くないね」
九尾は永い時を生きる故、激しい感情の起伏が起きづらくはあるが、なにも感じないというものでもない。
「ふーん、じゃああの子がピンチになったら助けるのよね? 私もあの子気に入ったから死んでほしくないんだけど」
「そのつもりだよ、でも限界まであの子にやらせたいな」
少し不機嫌だと先程言ったが、それと別に期待もしている。
コーレルが飛び出した後九尾も形代を使い高速で探したところ、既に元凶を見つけていた。
それは九尾が見てきた中でも特異な魔力を持っていた。
そしてその元凶はコーレルが死力を尽くせばいい勝負になると踏んでいる。
「久しぶりに見たいんだよね、僕にはない可能性」
九尾は目を細め、はるか昔の記憶に思いを馳せた。
ーーーーー
走る、走る。
だがそれを邪魔するように数匹魔物が躍り出る。
「邪魔......!」
邪魔にならないものは無視され、そうでないものは見向きもされず焼き払われる。
そうして走ること数分。
「......魔物が少なくなってきた」
普通なら奥は進めば進むほど数や質は高まっていくものだ。
魔物が少なくなるには何かしら原因がある。
簡単に考えられることは、大きな個の存在か人の手が入っているか。
だがどちらにしろ
「これがその方向を示している以上、元凶の可能性が高い......!」
子供だけが一斉にいなくなるという現状自体、明らかに何者かの意思がある。
それが強大な魔物だろうと人間であろうと関係ない。
「燃やす......! 燃やしてやる......!!」
相手は絶対のタブーに触れたのだ。
到底許せるものではない。
コーレルが更に魔力を高め、敵を燃やす想像をしていると、
「! ......見つけた...! 見つけたぁッ...!!」
そこには同じ白い衣装を着て槍のようなものを持った二人組が洞窟の前に立っていた。
警戒してる様子から見るにおそらく見張りだろう。
お構いなしとばかりに突っ込んでいくコーレル。
当然二人組の目に入る。
「......子供?」
「止まれ! ここは立ち入り禁止だ!」
突然現れた人物が子供であったため、迷い込んだだけと判断し、武器を構えることなく怒鳴った。
だがその油断の代償は大きい。
「弟を......! どこへやったぁッ......!!」
二人の眼前に猛る炎が現れる。
ーーーーー
「順調ですね」
男が呟く。
少々痩躯で白髪の混ざる髪をもつ、中年の男。
そんな相貌の男の前には大勢の子供が寝かされていた。
当然、その中にはディノンの姿もあった。
「一人ばかり見つからなかったとのことですが、充分な数でしょう」
そう満足げに呟き、手をかざした。
すると子供達の下に大きな魔法陣が現れる。
「子供の純粋な魔力......! 使徒様も喜んでくださるでしょう......!」
男の目的は子供の持つ魔力であった。
純粋な魔力、と男は言っていたが子供が成長することによる魔力の性質の変化などない。
ごく稀に大きく変化する者もいるがほとんど無いといってもいい事例だろう。
つまり子供の純粋な魔力など無い。
だがそんなことを言ったところで男は聞かないだろう。
その目の中には狂った盲信しかないのだから。
そして男が次の段階は進めようとした時、部下と思わしき男が近寄る。
「司教様、お伝えしたいことが」
「.....ふむ、聞かせなさい」
部下の様子から優先すべきと判断し、報告を聞く。
「侵入者ですか....,.」
部下からの報告は何者かが侵入し、暴れているとのことだった。
更に戦闘力は高く、既に何人もやられているとのこと。
とりあえず報告に来た部下を対処に行かせ、考える。
「(今すぐにでも始めたいところですが......大切な儀式です、万全を期した方が......」
司教は迷う。
この儀式に失敗があってはならない。
普通に考えれば問題を片付けてからの方がいいだろう。
「いや、私には念の為と賜ったこれがある。儀式が成功すれば侵入者など意味をなさないでしょう」
司教は問題なしと判断したようだ。
続きを始めようと手をかざそうとする。
が、また邪魔が入る。
先ほどと同じ部下が入ってきた。
「まだなにか? あなたには対処を_____ 」
言い切る前に部下の胸から炎の槍が生える。
「......ふむ、問題の方から来てくれるとは、手間が省けましたね」
数多の敵を殲滅し、コーレルはたどり着いた。
司教はコーレルを見据える。
「子供......もしや捕えられなかった最後の一人でしょうか、魔力量が凄まじいですね、既に量としては足りていますが贄として_____ 」
「ディノン!!」
淡々と喋る司教を無視して走り出す。
探していた弟が、無数の子供と共に倒れているのが目に入ったのだから当然だろう。
近くでペラペラ喋る男のことなど目に入らなかった。
「それには触れないでください」
「ッ!!」
司教の声と共に魔法がとんできた。
コーレルは後ろに飛び躱す。
そこで初めてコーレルは相手を見る。
少々冷静さを欠いていたことを自覚した。
「......今まで倒してきた奴らと服装が少し違う......あなたが騒動の主犯ね」
司教何も言わずに微笑む。
コーレルは肯定だと判断した。
「一応聞くけど、その子達返してって言ったら返してくれるかしら」
「それは無理ですね、彼らは今から必要になるので」
その言葉にコーレルの眉がピクリと動く。
「......なにするつもり? その子達はどうなるのかしら」
司教は笑みを深め大袈裟な手振りで話し始める。
「捧げるのですよ、我が神の使いであらせられる使徒様に......!」
コーレルは殺気を帯びるが司教は気づかない。
司教は段々と熱が入り早口になる。
「この地にて若い子供を贄として使徒を迎えろと神託が降りましてね、幸運にもここの地理に詳しい私が選ばれたのです! しかしそれ以上に幸運なのはこの子達でしょうね、なにしろ使徒様の贄となれるのですから! 私自身我慢ならないほど羨ましいですが仕方のないことです......せめてこの子達にはこの幸運を自覚してもらい_____『もういい』.........」
まるで弟が贄となるのが当然のような話し方にコーレルは腑が煮えくり返る思いであった。
「不快だ......お前の口から出る言葉が全て不快だ......! そこにいるのは贄なんかじゃない! 私の弟だ!! お前なんかに渡さない......!!」
そう言い構えたのを見てやれやれと首を振る司教。
「この幸運が理解できないとは......愚かなことです。ですが安心してください、あなたも贄となればその素晴らしさが分かるでしょう......!」
司教が片手を広げるとそこに人間の頭はどの大きさの球が生まれる。
「......あれは...なに......?」
それは見たことのない色をしていた。
単純な単色でない、なにか綺麗な白に混じるように灰色、汚れのような色が競り合うように動いている。
「気味が悪い......」
「ふむ、この美しさを理解できないとは......本当に愚かなようですね」
司教は不憫なものを見るような目を向け、そのままそれを放つ。
中々の速度、しかし特段速いというわけではない。
リュスの魔法をくらったコーレルからしてみればむしろ遅いと言える。
コーレルはこの魔法を軽々と避けた。
しかし、
「そんな悠長に避けるものではないですよ」
「ッ!?」
司教の放った魔法がコーレルに避けられた先で破裂した。
すると破裂した所を中心に魔法が破片の形で飛び散り、コーレルに襲いかかる。
「_____なッ...に......」
そしてその破片がコーレルに当たった瞬間、今まで感じたことのないような脱力感に襲われる。
「我らが神の御力ですよ」
司教が自慢するように、愚かなものに教えるように喋り出す。
「我らが神は信仰を深めれば様々な性質の力を魔法として与えてくださる」
そんな神も話もコーレルは聞いたことがない。
「そして私も永い永い信仰の末にこの "相手の体力のみを奪う" という性質の魔法を賜ったというわけです」
司教の体から先程と同様の色をした魔力が湧き上がる。
「......わざわざ教えてくれるなんて随分親切ね」
「知られたところでどうにもなりませんからね」
未知の魔法、鍛錬の後、決して万全とは言い難いこの状況。
そんな中決して負けられないコーレルの戦いが始まった。
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