威厳

 「あれがゴブリンだなんて......」


 コーレルは未だに九尾の言っていることが信じられない。

 だが九尾は真剣な表情で続ける。


 「あぁ、僕も最初は驚いたよ......あの擬態能力にはね」


 「! ......あれは本来の姿ではないということですか......?」


 擬態能力、それならば九尾の言うことにも現実味が出てくる。

 危険で、住んでいる生物のレベルも高いであろうこの森ならば、優れた能力をもつ生物も多数いるはず。

 目を奪われるほどの美女にも化ける擬態能力を持つ生物も。


 そう考えたコーレルは身構える。

 九尾の言うとおりあれがゴブリンなのであれば、その性質は危険なものの可能性が高い。


 そして九尾は先ほどから動かない、おそらく修行の一環として組み込むつもりだろう、つまり自分の相手。

 コーレルは戦う覚悟を決める。


 そんな様子のコーレルを見てリュスが声を上げるが、


 「ちょっと‼︎ あんた騙されて『惑わされてはいけないよ』_____なっ! この‼︎」


 またもや九尾に邪魔される。

 流石に我慢できないリュスは九尾に罵声を浴びせようとする。


 しかし今度は思わぬ所から邪魔が入る。


 「 "穿て! フレイムランス‼︎ " 」

 「_____っな!!」


 敵を認識したコーレルは躊躇わない。

 そしてその顔には薄らと笑みがあった。


 ここには守るべき弟はいなく、いざとなれば逆に守ってくれるであろう師匠がいる。

 いい意味で緊張感が薄く、完璧ではないにしろ学んできたことの全力を出せる。

 無意識の内にそれを感じたようだ。


 手を出すのが早いのは弟のためなのが大きいだろう、しかし案外気質が凶戦士な部分もあるようだ。


 そして常人が見れば知り合いに噛みついているように見える光景でも、凶戦士には隙でしかない。


 コーレルはその隙に覚えたばかりの詠唱をし、高威力をぶち込んだ。


 それは完璧に対象を貫通したように見えたが、


 「!! ......水?」


 炎の槍が打ち込まれた先には水でできた精巧な盾があった。

 その盾は見るだけで使い手の力量が相当なものだとわかる。


 それはそうだろう、精霊としては若いといえどそこらの人間に比べれば既に何倍も生きているリュス。

 更に神社から溢れる神性により急激に存在の格を上げている、この森に来た時とは別のなにかだと思えるほどに。


 変わっていないのは外見と性格ぐらい。

 そしてその変わっていない性格のリュスがこれ以上我慢できる訳もなく、

 

 

 リュスが顔を上げ、コーレルと目が合う。


 「_____もういいわ」


 瞬間、コーレルの背が冷える。


 「泣かす」


 爆発したようにリュスを中心として魔力が染み渡る。

 コーレルとは比べ物にならないほどの速度、練度が違う。


 「_____っ! 侵食⁉︎ 」


 互いに侵食し、境界で競り合いが生じる。

 その競り合いには負けながらもコーレルはかろうじて自らの周囲は侵食されることを防いでいる。


 そしてコーレルは無自覚にも油を注ぐ。


 「ここまでのものをゴブリン_____っがぁ⁉︎」


 突然腹部に強烈な衝撃が走り吹き飛ばされるコーレル。

 後ろの木に背中を打ち付けながらもなんとか意識は保っていた。


 「な......にが......! 水......?」


 腹部を確認してみると衝撃を受けたところが濡れていた。

 そこからコーレルは相手の魔法の速度に対応できなかったことを悟る。


 「(侵食に意識を割かれてたとはいえなんて速度と重さなの......!」


 木に体重を預けなんとか立つ。

 今度は喰らわないよう先程よりも相手の動きに気をつけよう、そう決め相手を見る。


 「(師匠になにか話してる......? いや、警戒してるのか......とりあえずありがたい...今のうちに呼吸を整えよう)」


 


 「一発殴らせなさい」


 「ごめんごめん」


 一方リュスは不満を一気に九尾へぶつけていた。


 「あの子の相手が欲しかったからさ......」

 「普通に言えばいいじゃない‼︎ そのくらいやってあげるわよ!! 」


 「いやでも本番の緊張感が欲しくて」

 「うっさい! もう許さないから‼︎ ..........そうね、今回はあなたにも不満気な顔をさせたげるわ......!」


 そう言うとリュスはニヤリと笑いコーレルを指差した。


 「あんたが手間かけて育ててるあの人間、完膚なきまでに打ちのめして廃人にするっていうのはどう?」


 九尾の顔を見ながらニヤニヤと笑うリュス。

 そんなリュスに九尾はボソッとと言う。


 「......吹き飛ばしたこと心配してるうちは無理だね...」

 「あ!?」


 「なんでもないよ、そんなことよりホラ」

 

 九尾が指を刺した先には呼吸を整え臨戦体制のコーレルがいた。


 「準備できたみたいだよ」


 「......終わったら誤解解いてあの子にも謝りなさいよ」


 「さっきの発言から人格変わった? 優しすぎない?」

 「〜〜っ! うっさい‼︎ 」


 振り払うように体の向きを変え、コーレルに向き直るリュス。



 その一連の様子を見て小さくない違和感を感じるコーレルだが戦闘に戻りそうな雰囲気を感じ気を引き締める。


 「(相手からすれば私は "弱い敵" の認識のはずで油断する可能性が高い、勝ち筋としてはそこにつけ込んで重い一撃による何かしらの身体機能の欠落、あわよくば決着まで持っていきたい......そのためには)」


 コーレルが手を広げる。

 するとコーレルの周りには数十個の炎の球が生成される。

 どうやら呼吸を整えると同時に魔法の構築も進めていたようだ。


 「(動きながらの魔法の構築は難しいけど、こうして構築したものを周りに浮かべてストックすることなら比較的楽だわ、訓練と時より良い動きができそう......!)」



 そして炎の球の一つが射出されると同時にコーレルはリュスの周りを回るように走り出す。

 それに合わせて次の球も射出される。


 ダメージは期待しない、あくまで様子見、これで隙ができるようなら万々歳だが、


 「ちゃっちい炎ね」


 案の定水の盾で防がれる。

 しかも、


 「......威力の減衰が想像以上...!」


 リュスの侵食により炎の球が水の盾に届く頃には手のひらサイズになってしまっている。


 だがコーレルは怯まず最後まで球を撃ち切る。

 当然、相手に隙など与えられない。


 「終わり? じゃあ次はこっちね」


 その言葉にコーレルは身構える。

 するとリュスが両手を大きく広げる。


 「......!!」


 先程コーレルがやったのと同じように水の球が数十個生成された。


 「(私の時より数が多い......! 威力も桁違いなハズ、くらったらまずいけど........やるしかない......!)」


 目の前の光景に少し気圧されるが、コーレルはある計画を思い描いていた。



 「さぁ避けてみなさいな」


 コーレル目掛けて水球が射出された。


 「_____っ速い! _____けどギリギリ......!」

 

 射出され続けるそれを紙一重で避け続けるコーレル。


 先程よりは速度を落としているにしろ、人間に対して撃つには速すぎるそれを避け続けるコーレルに感心するリュス。


 「(さっきより注視してることもあるでしょうけど......眼がいいのかしら、それとも魔力を感じとるのがうまい......?」


 リュスが思考してる間にもかわし続けるコーレル。

 だが、段々と掠ってくるようになってきた。


 「まぁ才能があるとはいえまだ子供だし、限界って感じかしら、いたぶる趣味はないし終わらせましょうか」


 リュスは水球が最後の一つになった時、それで終わらせるためにそれまでの水球よりも速度を上げてコーレルの頭部へ放った。

 

 それは正確にコーレルの頭を撃ち抜き、意識を刈り取る、リュスはそんな未来を思い描くが、


 「_____ッここ‼︎ 」


 そう叫んだコーレルの足元に突き上げる形で炎の槍が無詠唱で生成される。

 数回の発動で無詠唱で生成できる程の感覚を掴んでいたようだ。


 「(打ち消すのは無理...! 軌道を逸らせ......!!)」


 打ち出された水球に下から炎の槍がぶつかる。

 炎の槍は威力の差で消えてしまうが、水球の軌道を少し上に逸らすことに成功する。


 「ッあっぶな.....!」


 更にそれを上体を逸らすことで完全に避けきる。


 そしてその周囲にあるものが発生した。

 魔法の衝突で起こった水蒸気と砂埃によりコーレルはその姿を消した。

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