変種


 「魔法式の準備はどうです?」 


 「はい、数日あれば完成します」


 暗い洞窟の中、同じような服を纏った二人が話している。

 片方が位が高いのだろう、少し豪華に見える。


 「ふむ、それは上場、我らが神も喜んでくださるでしょう」


 洞窟にしては不自然に広い空間の中心には大きな魔法陣のようなものがあり、それを囲むようにこれまた同じ服を着た数十人の人間が魔力を注ぎ込んでいる。

 それを見て男は満足そうに頷く。


 「あの村の様子はどうです?」


 「新しく住み始めた子供二人が街へ行く回数が増えたようです、特に気にするような変化ではないかと」


 「ふむ、贄としては充分な数ですからね、その時に一人二人いなくても問題はないでしょうね。ですが監視は続けるように」


 「かしこまりました」


 二人の間には感情が見られない。

 機械のように持ち場へ戻っていく。


 そして片方の男が恍惚の表情で顔を上げる。


 「あぁ、もうすぐです......もう少しお待ちください......」


 目に光のない男達の中には盲目的な信仰しかない。




 ーーーーー


 神社の前、コーレルの修行風景が当たり前のようになってきた。


 「......ふぅぅぅ...」


 コーレルの操作により侵食が始まる。

 自らを中心に手を、感覚器官を拡張するようなイメージを作り出す。


 「中々だね、上出来上出来」


 まだ速さはないが侵食する範囲は以前とは比較にならないほど大きい。

 その上達は九尾の予想を遥かに上回っており改めて才能の大きさが伺える。


 「それじゃあ次のステップかな?」


 「え? ...まだ全然速さが足りないと思うのですが......」


 「そーだね、ただこれは回数を重ねて徐々に向上していくものだから時の流れにまかせて次のステップを始めたいかな」


 「...」


 「それに相手の侵食をから身を守るだけならその速度でも充分だよ、まぁ天と地ほど実力差があれば別だけど」


 己の周囲だけでも侵食出来れば直接魔法を叩き込まれることは防ぐことができる。


 「...わかりした」


 不完全なことに少しモヤっとするコーレル。

 少し完璧主義な部分があるようだ。


 「うん。それじゃその次のステップだけど......侵食と魔法の同時使用だね」


 「うっ......なるほど...」


 コーレルはそのシンプルで分かりやすい言葉を理解し、その難度を想像した。

 その言葉通り、侵食を使いつつ魔法を使用するということだろう。

 考えてみればそれは使えなくてはならない技能。

 侵食を使う時は主に戦闘時、当然魔法での攻撃もするだろう、時には相手の攻撃を防ぐこともする。


 言葉で言えば単純だ、ただ侵食という慣れていないことをしながら魔法を使うというマルチタスクを想像するだけで疲れてしまう。


 「まぁ想像しただろうけど最初は難しいだろうね、ただ出来ないと戦闘で話にならないからね」


 「うぅ...分かりました...」


 そう言うとコーレルはさっそく侵食を始める。

 ゆっくりではあるが確実に広がっていく。


 「それじゃあやってみよう!」


 「......ふぅ...」


 コーレルは侵食をしながらイメージを開始する。

 掌から炎を吹き出す、シンプルなもの。

 そのイメージはどんどんと形を作り、放たれる。



 「_____っ! 出来っ......」


 掌から炎は出ていた。

 だが肝心の侵食が途切れてしまっていた。


 「(流石に無理かぁ、......でも君なら今ので...)」


 コーラルは失敗したことを悔しがるでもなく、ただ静かに先の感覚を反芻していた。


 そして一言も喋らず再び侵食を開始し、魔法の発動を試みる。


 そして_____失敗。

 その後先の繰り返しのように数秒停止し再び試行する。


 ......失敗、失敗、失敗失敗失敗_____



 繰り返すこと僅か20数回。


 「.........」


 極限まで集中し、研ぎ澄ます、そのコーレルの掌には小さいながらも灯火が灯っていた。

 侵食は切れていない。


 「......流石だね」


 侵食を習得した速さから想定はしていたが、そう言わざるえない。


 コーレルが成功した感覚を噛み締め、魔法を引っ込める。


 「......よしっ! 出来ました! 師匠!!」


 侵食の時と違い九尾の助けを借りずに出来たことが嬉しいようでいつもよりテンションが高い。


 そんな尻尾を振る犬のような姿が微笑ましい。


 「うんうん! よく出来たねぇ♪」


 「! ......はい‼︎」


 突然撫でられたコーレルは少し驚いたが師からの賞賛というものは純粋に嬉しいものだった。


 だがそんな余韻に浸る暇もなく。


 「それじゃ、魔法の規模を大きくするのはもちろんのこと、次は動きながらやってみようか!」


 「.........うぁ...」


 修行はまだ続く。




 ーーーーー


 数日後。


 「やっぱり早いね、ちゃんとした動きになってるよ」


 慣れないマルチタスクに慣れ、コーラルは現在侵食を使いながら動きつつ簡単な的に魔法を当てるということをやっていた。


 「......どこか不満気だね」


 だがコーレルはどこか悔し気な表情をしていた。


 「はい......同時使用にも慣れはしたのですが、その...魔法の種類が......」


 そう言われて九尾も気づく。


 「あぁ、そういえば炎をそのまま出すか球にして出すかしかやってないね、確かゴブリンの時は槍みたいな形だったかな?」


 「...そうなんです、形を持たせるのが難しく.....球なら単純で出来るのですが......」


 「まーそれも練度上げてけばそのうち出来ると思うけど.........すぐに出来ること............そうだ! 詠唱してみれば?」


 「...詠唱ですか?」


 コーレルの魔法はほぼ独学であり詠唱など知らないようだ。


 「魔法は魔力の操作とイメージだよ、そのイメージを口に出すことで補完するんだ」


 「...補完ですか」


 「うん、と言っても本当にその魔法のイメージを口に出すだけだけどね、魔法は独学って言ってたけど今まで使ってきた魔法の形って自分で考えたのかい?」


 「...いえ、簡単な魔法の図鑑みたいなものがありました」


 コーレルが過去に見ていたその図鑑には槍のほかにも鞭など様々な形が載っていた。


 「魔法に名前とかついてなかった?」


 「...ありました........確か...フレイムランス、だったと思います」


 他にも球だったらフレイムボールだったりそれぞれに名前がついていた。


 「ふんふん、なら次はそれを思い描きながら口に出してごらん、"穿て フレイムランス" でも "貫け フレイムランス" でもなんでもいいよ、相手を貫くようなイメージをさ」


 「...なるほど」


 イメージを補うという方法としては理にかなっていると思った。

 だがしかし、


 「(...ちょっと恥ずかしい)」


 今までそんなことしなかったからか、詠唱をしている自分の姿を思い描くとむず痒くなる。

 

 「というか今まで詠唱はしてこなかったのかい?」


 「...はい」


 「...ふむ......」


 それを聞いた九尾はコーレルが詠唱に対する勘違いをしているかもしれないと考えた。


 「一応言っておくけどね、詠唱も必要な技術の一つだよ、イメージの補完が出来るっていうことは魔法の質が上がるっていうこと、まぁ威力が上がるんだ。隙が増えるっていうのは大きなデメリットだから基本的には無詠唱を使うんだけどね」


 実際九尾も元の世界で人間が詠唱している場面を見るのは少なかった。


 「でも確実に当たる時、相手が大きな隙を見せた時はその威力の差が決定打になるかもしれない、更に敢えて詠唱することで相手を誘い込むという択もある、戦闘の幅が広がるんだよ」


 その話にコーレルは納得する。

 戦闘に択を増やせるというのは立派な技術だ。

 そう考えるとコーレルの羞恥心も和らいだ。


 「...分かりました、やってみます!」


 その意気に九尾も満足そうに頷く。


 「それじゃっと.........」



 すると九尾はおもむろに辺りを見渡し、ある一本の木を見つめて愉快そうに笑みを浮かべる。


 「じゃああの木で試してみよっか♪」


 「?.........行きます!」


 一瞬九尾の挙動に違和感を覚えたが、聞くようなことでもないと思い、始める。


 周囲に手を伸ばすように魔力を広げる。

 最早慣れた感覚、そこから目的の炎の槍をイメージ。

 翳した手の前に槍の形が徐々に形成されていく。

 そして最後の一押しとして言葉に思いを乗せ、イメージを補完する。


 「 "貫け! フレイムランス!" 」


 コーラルの手元から見事な炎の槍が放たれた。

 あのゴブリンを貫いたものと遜色ない。

 

 ズドンッ! と炎の槍が目標の木を貫いた。


 そんな槍に貫かれた木は一瞬で燃え上がり、崩れ落ちる。



 「.........?」


 成功に喜ぶコーレルだったが、崩れ落ちたものを見て違和感を覚えた。

 

 「もう鎮火してる...? 威力もあれなら後ろの木までいくと思ったけど......」


 その違和感が無視できなかったコーレルは魔法を放った先を見続ける。

 徐々に木が倒れて出来た粉塵が晴れていく。


 するとそこには、


 「え? 人...?」


 特徴的な明るめの青色の髪を持ち全体的に活発そうな印象をもつ美少女がいた。


 リュスである。


 九尾の育てている人間に興味を持ち、隠れて見ていたようだ。

 しかも今来たのかと思えば実は今日の修行が始まる前からスタンバイしていた。


 「ふふふ...!」


 だがそんな労力虚しく案の定九尾にはバレていたのだが。


 そしてリュスの方といえば、


 「......どうしようかしら.........」


 バレることなど予定になかった、

 ノープランである。

 ここからどうアクションすればいいか悩んでいると。


 「......綺麗.........」


 コーレルが呟く。

 リュスは愉快な性格をしているが、精霊という人外の美を持つ種族である。

 突然出てきたといえどその姿をしっかりと確認したコーレルがふと漏らしてしまったようだ。


 「!! ......ふふ! 見る目あるじゃない♪」

 

 しっかりとその言葉を拾ったリュスは上機嫌になる。

 そしてその勢いのまま名乗りをあげることを決めた。


 「そこの人間! よく聞きなさ『騙されてはいけないよ』


 名乗ろうとしたが突然九尾に阻まれる。

 それに抗議しようとリュスは九尾を睨んだが次の言葉でそんなことは吹っ飛んでしまった。


 「あれは.........ゴブリンの変種だよ」


 「.........え?」


 その言葉にコーレルは耳を疑った。

 あんなに綺麗な生き物が......ゴブリン?

 

 あんなに人に近い見た目で言葉を話すゴブリンなどにわかには信じがたい、だが九尾のいつになく真剣な表情がコーレルを迷わせる。


 そしてそんな言葉を向けられた本人は、


 「..................は?」


 怒り、困惑、殺意......様々な感情が湧き上がり、ただ茫然と瞳孔の開いた目で元凶を見つめることしかできなかった。

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