一歩

 「むむむ......」


 侵食を習得しようとして数時間、中々に難航していた。


 「魔力を体外に出すことは出来るんだけどなぁ...」

 

 魔力を放出することはできる。

 ただ空間を魔力で掌握するという感覚がどうしても分からない。

 なんせ今まで考えたこともない操作だ、仕方のないことだろう。


 とはいえコーレルには優秀な師匠がついているはずだ、はずなのだが。


 「(師匠、抽象的なんだよなぁ...)」


 九尾の教える技術というものはあまりに稚拙すぎた。

 こちらも今まで人間に教えるという行為をしたことがないため、仕方のないと言えるのかもしれないが、流石に教える言葉がほとんど ブワー とか擬音のようなものだと理解が難しい。


 「それにどっか行っちゃうし...」


 九尾は数十分前に「ちょっと聞いてくる」と言い残し突然どこかに行ってしまった。

 

 「人がいるようには見えなかったけど、誰か一緒に住んでるのかな?」


 「そーいう訳じゃないんだなぁ」

 「_____っ‼︎」


 耳元で聞こえた声に驚き振り返るとそこには師匠の姿。


 「びっっくりしぃ......ましたぁ‼︎ もう! 普通に来てください!」


 「うんうん、悪かったね。ただ君やっぱり手が出るの早いよね、ちょっと炙られたよ」


 コーレルは驚いた拍子で少し炎を九尾の顔に向けてしまっていた。


 「あぅ... すいません......」


 「いいよいいよ、これで君の遠慮も少しは取れたでしょ♪」


 コーレルは大きな恩人という手前、失礼にならないように一歩引いたような態度を取っていた。

 それも九尾の態度で少しずつ取れてきたようだ。

 

 「そんなことより本題だよ、いい方法見つかったかも!」


 九尾はコーレルが中々苦戦していたため、知り合いに相談しに行っていた。

 知り合いといったがこの世界の九尾の知り合いなど一組しかいなく、精霊姉妹だ。


 「やっぱり慣れないことは聞いた方がいいね、視点が違うよ」


 「...それはどんな方法なのでしょうか...?」


 コーレルは九尾が恩人なのは分かってはいるが価値観の違いも感じているため、なにをされるのか少し不安であった。


 「まぁやっぱり実際に体感した方が早いってことだね、僕がコーレルに干渉して実際の侵食の感覚を掴んで貰うっていう方法だよ、あっ先に言っておくけど危険はないよ」


 「...危険はないのですか、分かりました、お願いします」


 強くなるためならどんな危険があっても受け入れるつもりではあるが、危険がないと言われると安心する。


 「それじゃ、少し触れるよ」


 コーラルの了解を確認し、後ろから両肩に手を置く。

 そしてそのままコーレルの体に干渉し、魔力を操作する。


 「ぅんっっ......!」


 それはコーレルが今まで体感したことない感覚だった。

 無理やり体の中を掻き回されるような感覚。

 苦しいのか心地よいのか分からず、つい口から音が漏れてしまう。


 「あぃ.......いゃ...! .....んん.....!」


 「(おおー、大昔にやったことあるような無いような感じだったけどやれば出来るもんだね)」


 そんなことはお構いなしに弄りまくる九尾。

 他人の魔力を弄るのが少し楽しくなっており必要以上に回している。

 コーレルの奥から形容できない何かが顔を覗かせそうになった時、全てが凪のように収まった。


 「よし! っと、なんだいそのだらしない顔は」

 「なっ...! ...くっ......!」


 そんな元凶の物言いに非難の表情を浮かべる。

 だが元凶はそんなもの見えていないようで次に進めようとするため、コーレルは羞恥と不満を飲み込んだ。


 「おーけー、僕が魔力を動かしているのが分かるかい?」


 そう言うと九尾がコーレルの魔力を放出し始める。


 「...はい」


 不思議な感覚だった。

 自分の意思とは関係なく、自分で行うよりもスムーズに魔力が広がっていく。


 「ここからだ、集中して感覚を捉えてね。侵食するよ」


 九尾はコーレルの魔力を使い侵食を開始する。

 そしてその感覚が鮮明にコーレルに流れてくる。


 「...これが......侵食」


 それは確かに自分が辿り着けなかった感覚であった。

 空間を支配する感覚、手や足といった感覚器官が自分を中心に拡大していくような、そんな感覚。

 その空間にいつもやっているような炎の球や槍を直接生成できることが感覚でわかる。


 「.....すごいです、師匠」


 「...ふふん!」


 そんな素直な弟子の様子に満足な九尾。

 もう感覚は掴んだろうと、広げた魔力を霧散させコーラルへの干渉を解いていく。


 その干渉が無くなった時、何故か寂しさを感じたがそんなことを考えている場合ではないため、侵食の感覚を忘れないうちに実践する。


 「......こんな感じ...」


 忘れているかもしれないがコーレルは魔法において天才だ。

 一度感覚を掴んでしまえば問題はない。


 「出来た! ......けど」


 先程のようにスムーズにはいかなかった。

 侵食は出来るが、広がるスピードがあまりにも遅い、範囲も広くない。


 「まー最初はそんなものだよ、むしろ今の一回で出来ると思っていなかったくらいだからね」


 実際九尾もコーレルの才能なら数回やれば出来るかなくらいに思っていた。

 一回で出来た時点で想定を上回っている。


 「侵食も技術だからね、段々向上していくものだよ」


 「......頑張ります!」


 こうしてコーレルは侵食の向上を中心に鍛えられて行った。




ーーーーー


 「疲れたぁ〜」


 コーレルは家に帰るなり自室のベットに倒れ込んだ。

 鍛錬は体は動かさないものの集中力をずっと使い続ける。


 「んふ〜♪」


 それでも強くなれるという実感はコーレルにとって幸福だった。

 もちろんそれは弟を守れるからという理由があるが、それと別にコーレルは単純に魔法が好きだった。

 両親に目をつけられた要因という意味では嫌うべきなのかも知れないが、初めて自分で炎魔法を使った時の感動、火の美しさを忘れることができない。


 「お姉ちゃーん? 大丈夫? 疲れた顔してたけど......」


 「大丈夫よ、初日だから疲れただけ」


 結局ディノンに修行をつけてもらうことを隠すのはやめていた。

 隠すのにも余計な気力を使うし弟になんでも頼ってくれと言った矢先自分が隠し事をするのは気が引けたからだ。


 「でもお姉ちゃん、僕が薬草売りに行く時もついてきてくれるし、ギルドで簡単な依頼も受けてるし、少し心配だよ...」


 ギルドとは街にある、依頼を持ち込んだり受注したりする場所のこと。

 危険な依頼から雑用のような依頼まで幅広い。

 危険度の高い依頼は資格と信用がなかったら受けられなかったりするが、採取だったり掃除のような簡単なものは誰でも受けられたりする。


 そこでコーラルは時間のある時に小銭稼ぎに行っているのだ。

 コーレルの実力なら資格をとってそこそこ危険で報酬が高いものも受けられたりするが、まだ生活が安定してないような状態で目立つような馬鹿はしない。


 だが村と近い街とはいえ距離がない訳ではない、そこそこの負担だろう。


 「動けなかった間はずっとディノンに頼りきりだったし、これくらいやらないと私の気が済まないのよ。 ......でもそうね、本当に限界だったらちゃんと相談するわ、一人で無理はしないわよ」


 ディノンのためにした行動で本人を心配させていたら本末転倒だ、そこは履き違えない。


 「......うん、分かったよ。いつでも頼ってね!」

 

 そう言いディノンは部屋の前から離れる。



 とはいえディノンは心配してると言ったが嬉しさも感じていた。


 「...やっぱりお姉ちゃんは魔法が好きなんだな......」


 ティノンは姉が疲労の表情と共にどこか満たされているような雰囲気も読み取っていた。


 そしてそれは昔魔法を見せてくれた時と同様のもの。

 修行が、魔法を高めるということが純粋に楽しいのだろう、そうディノンは理解する。


 「...ふふっ」


 そんなどこか無邪気な、良い意味で姉の顔じゃない一面がディノンは嬉しかった。




 ーーーーー


 「あいつ本当に人間鍛えてるのね」


 「そうね、雰囲気的には娯楽の一環て感じでしょうけど」


 精霊姉妹は少し前に九尾が来訪した時のことを話していた。


 「それにしても変な奴ね、あれだけの力持っていながら私達でも思い付く方法を考えられないなんて」


 「むしろ力を持ってるからこそなのかもしれないわね、なんでもできてしまうからどうすれば分かりやすいかが思いつかないんじゃないかしら」


 「は〜なるほどねー。贅沢な悩み! というかその感覚持ってる奴が師匠だとその人間も大変な思いするんじゃない? 実際あいつの言葉的に今教えようとしてるのって......」


 「ええ、おそらく"絶界"のことでしょうね」


 九尾が無いかもと危惧していた侵食という技術は名前を変えてこの世界にも存在しているようだ。


 「確かに私達みたいな魔法に秀でた種族や長命種なら使えて当たり前みたいなとこはあるけど......人間だと私達に比べると魔法適正無いだろうし、どうなの?」


 「うーん... まぁ魔法主体でそこそこの強さの人間は習得していても珍しくないってとこじゃないかしら、とはいえ......大抵は成熟した大人の魔法使いが習得してるってイメージね、子供で習得するっていうのは相当才能が無いと無理なんじゃないかしら......」


 コーレルは一回で出来てしまったが、本来エルの言っていることが正しい。

 長い間魔法を使い続け、魔力を手足のように動かせるようになった時初めて掴める感覚である。

 九尾の助けがあったとはいえ、やはり破格の才能であろう。


 「ふーん、聞く限り無謀って感じ? でもあいつが言うには才能あるんでしょ? その子供」


 「そう言っていたわね、あの人は普段適当なようで持つ力は確かなもの、見抜く力も相応のものなら、案外習得してしまうかもしれないわね」


 とんでもない才能を持った子供、それがリュスの好奇心を刺激する。


 「......こっそり見に行くわ、面白そうだし!」


 「.........迷惑かけないようにね」


 息巻くリュス、エルはそんな妹の姿を どうせバレるんだろうな と思いつつ見ていた。

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