修行

 「じゃあ戦ってもらおうか」


 「え?」


 突然の提案に焦るコーレル。


 「とりあえずどのくらい戦えるのか知りたいからね」


 「あぁなるほど、でも相手はどうするんですか?

流石にキュ___...師匠だと戦いになりませんし、この森の魔物でも命懸けになってしまいます...」


 もちろん、必要だと言うなら受け入れる覚悟はあるが、初日でやることではない気がする。


 「安心しなよ、相手は用意してるさ」


 そういうと九尾の袖から形代が踊りでて4枚ほど散らばった。


 「...? なにか落としましたよ_____っ⁉︎」


 コーレルが言い切る前に4枚の形代はその姿を変えた。


 ゴブリン、危険度の低い魔物ではあるが数が増えたり特異個体がいる可能性を持つ厄介な敵。

 そんな魔物がいきなり目の前に現れ咄嗟に身構えるコーレル。


 「なっ⁉︎ これは⁉︎」


 そんなコーレルをよそに九尾が話し出す。


 「これは僕が作り出した式神.....まぁ、本物とほとんど変わらない偽物みたいなものだね」


 その九尾の答えに驚愕するコーレル。


 「魔物を...作り出せるのですか...?」


 「いんや? 言った通りこれは本物じゃなくて偽物だよ、姿形とか能力がそっくりなだけ」


 それは本物と変わらないんじゃ...とコーレルは思ったが九尾があまり説明する気がなさそうなので無理やり飲み込んだ。


 「...私はそれと戦えばいいのでしょうか...?」


 「うん、そーだね、...ただこれだと流石に少なすぎるか」


 そう言うと九尾は追加で3体コーレルを囲むように作り出した。

 

 「それじゃ始めようか、合図はこの石が地面に落ちたらってことで」


 囲まれているということで大分コーレルに不利な状況。


 「...はい、わかりました」


 だが不満を漏らすことなくコーレルは受け入れる。



 返事を確認し九尾が空高く石を放る。

 腰を落とし集中を高めるコーレル。


 まずは目の前の3体。


 石が地に落ちる、と同時にその3体のゴブリンの胸に炎の槍が生える。

 三体のゴブリンの姿が塵のように崩れ、包囲に穴が空く。


 すかさずコーラルがそこに飛び込み残りの4対のゴブリンが視界に収まる位置につく。


 「(よし、いきなりだったけどここまでくれば後は問題なし!)」


 そこで初めてゴブリン達が焦ったように動き出すがあまりに遅過ぎた。


 そして残りのゴブリン達を容赦なく広範囲の炎で包み、ゴブリン達は先ほどと同様に塵となって崩れた。


 突然始められた戦闘は危なげなくコーレルの勝利で終わる。


 「ふむ、上出来だね。包囲から抜ける時もスムーズだし火力も申し分ない、強いて言うなら視界を塞ぐ炎は愚策だけど仕留め切れる確信があったなら問題ないね」


 九尾は咄嗟の判断に優れていたことに感心した そういえばとディノンの話を思い出す。


 コーレルは弟とともに村にたどり着くまでにサバイバルをしていた、そんな極限状態なら身につくのも納得だ。


 「今の戦闘に関しては問題ない、ただ...」


 コーレルの戦闘は九尾からみても無駄がなく良くできていたが、気になることがあった。


 「キミさ、侵食...て言っても通じないか、...自分の魔力を周りに浸透させる...みたいな感じの戦い方というか技術?って知ってる?」


 九尾の知る侵食という技術は元の世界の戦いが盛んであった時代に基本であるものだった。

 この魔力の濃い世界なら当然習得しているだろうと九尾は思っていたが、


 「...侵食...ですか...魔力は魔法を使う時しか......」

 

 コーレルはそのことを全く知らなかった。


 「(うーん、初めに会ったあの蛮族達は知能的に習得してないのは仕方ないと思ったけど...これだと単純に常識が違うのかな? そこらへんもまた精霊姉妹に聞いとくか)」


 「あの...なにか足りないことがあったのでしょうか...?」


 「あぁ、いや充分充分、ただそうだね、君に最初に教えることが決まったよ」



 九尾は元の世界の基礎を教えることにした。


 「早速だけど君には侵食という技術を覚えてもらうよ」


 コーレルは先の言葉を思い出す。


 「...先ほど言った魔力を浸透させる......みたいなことですか?」


 「そうそう! 理解が早いね!」


 「はい、...ですが言葉で言っても感覚では全くピンとこないというか...魔力は今まで魔法を使う時しか使っていなく......」


 「んー、言葉で言うとその空間を魔力で満たす、掌握するってことなんだけど...まぁ実際にやった方が早いよね」


 そう言うと九尾は妖力を放ち周りの空間とコーレルに向けて侵食を開始する。

 そしてコーレルの周りが九尾の妖力で満たされ今までにない感覚を味わう。


 「うぅっ...なんか、ゾワゾワするというか...嫌な感じです...」


 「それが他人の魔力に包まれてる感覚だよ」


 正確には九尾のものは妖力という最適化されたものなのだが今説明することでもないと気にしないことにした。


 「確かに気持ち悪い感覚ですけど...これをする意味は......」


 侵食を知らないコーレルにはまだこの技術の利点が分からない。

 その様子に教える側の九尾は更に上機嫌になる。


 「まぁ初めてじゃわからないよね、ただ言えることはこうなった時点でやられた方の明らかな失態ってこと、重い一撃を喰らうことは覚悟した方がいいよ」


 そう言うや否や、ボゥッとコーレルのすぐ横の空間が突然発火した。


 「っ⁉︎」


 驚くコーレルよそに九尾は説明を続ける。


 「簡単に言えば侵食して自らの魔力で満たされている空間、その空間にある物に直接魔法を作用させることができる」


 「‼︎ ......なるほど......」


 それがどんなに恐ろしいことがコーレルは理解する。


 「今のでわかったと思うけど、侵食した空間ならどこにでも魔法を作用させられる、つまり今君を直接火だるまにするなんてこともできる訳だ」


 九尾が最初にゴブリンに対して行ったことがまさにそれだ。

 瞬時にあいてに大ダメージを与えられ、かつ魔法の軌道なんかないため防ぐ手段もない。


 「確かにこれは恐ろしいですね...知っていなければ一方的になってしまう...防ぐ手段はあるんですか?」


 「もちろん! 単純な話でこっちも侵食をすればいい」


 互いに侵食をしようとする時、互いが侵食している空間の堺で迫り合いが起こる。

 その時侵食という技術の精度、単純な出力などが要求される。

 そう九尾は説明した。


 「先ほどの状況を考えると確かに必要な技術ですね...」


 「まぁ自分に近い空間ほど侵食は簡単で遠いほど難しくなるからさっきみたいに相手ごと侵食できるなんてことは圧倒的な差が無い限りない状況だけどね」


 とはいえ知識としては必須だろう、コーレルは教えてもらえることを幸運に思う。


 「そしてこの侵食には他にメリットデメリットがある、まずメリットとして魔法を体から離れた位置から打てることや魔法の威力の距離減衰がなくなること、相手の魔法の威力を下げられることなどがある」


 侵食した空間に魔法を作用させることができる、つまり体から離れた位置に魔法を生成、放つことで角度をつけることができる。

 なおこれも侵食同様離れた位置ほど魔法を構築する難易度は高くなるという欠点もある。


 このことはコーレルもすぐ理解した、しかし、


 「距離減衰と威力を下げられる...?」


 この部分はあまり理解ができなかった。

 その様子に九尾は得意げに説明を始める。


 「普段はあまり感じないだろうけど、放った魔法は距離を進むごとにどんどん威力が落ちているんだよ」


 前提として自然にある魔力と自分の中に取り込んだ魔力は性質が変わってしまう。

 そして自分の魔力で構築した魔法をそのまま放出すると性質の違う魔力の中を進むことになる。

 その時魔法に抵抗力がかかるため威力が落ちていくという。


 だが侵食した空間では自分の魔力で満たされているためその抵抗力がかからないのだという。


 更にその魔力の性質がかけ離れていれば離れているほど抵抗力は大きくなる。


 威力が落ちると言ったが、己の魔力と自然に漂う魔力はそこまでかけ離れているというものでもないため、威力減衰はあまりない。


 しかし他人の魔力と己の魔力の性質は一般には大きく異なる。

 血縁関係ならば多少似ることはあるだろうがほぼ同じということは双子でも稀だ。


 故にその者が侵食した空間に別の者が放った魔法が入ると大きく抵抗力がかかり、威力を抑えられるとのことだった。


 「なるほど...聞けば聞くほど重要な要素ですね...」


 「そうだね、デメリットも魔力の消費が大きくなることだけだから圧倒的にメリットの方が大きいよ」


 とはいえ戦闘において魔力の残量は死活問題だ。

 うまく使いこなす必要があるだろう。

 

 「侵食......習得してみせます!」


 そうしてコーレルの鍛錬が始まった。

 


 

 


 

 

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