願い

 「やぁやぁ、さっきぶりだね。何か忘れ物かな?」


 現れたコーレルに九尾がそういうや否や、コーレルは頭を深く下げ叫んだ。


 「私に戦い方を教えてください! お願いします‼︎」


 「......」


 「救ってもらった立場で、相応のお礼も出来ない身で頼めることではないことはわかっています...それでも、私には必要なんです!」


 己が倒れた時、森に入った時、この人の前に立った時、コーレルは自分の無力を感じていた。

 とはいえコーラルはまだ幼い身、大きな才能があるとはいえ発展途上が過ぎる。


 しかしそんなことは言い訳にできない。

 その間に弟に取り返しのつかないことが起こってしまったら? その言い訳は意味なくどこかに溶けるだろう。


 故にコーレルは降ってわいた近道、超級の力をもうであろう人物の師事を求めることを選んだ。


 それに勝算が無いわけではない。

 普通ならこんな失礼な申し出、頭から断られるだろう、しかし短い間だが接したコーレルは九尾にどこか愉快犯のような印象を受けた。

 自分が楽しむことに重きを置く、更に気軽に遊びに来ていいと言ったことから現在なにかに没頭しているわけではない、ならば遊び感覚でも受け入れてもらえるのではないだろうか。

 コーレルは賭けに出たのだ。


 そしてそんな賭けの結果は


 「どーしよっかなー...なんてね、いいよ面白そうじゃん! 君才能あるし、育てるの楽しそう!」


 余裕の勝利だった。


 「いいのですか?...自分が言うのもなんですが道理に合わないと言いますか......」


 「いいよいいよ、昼間言った通り僕は気まぐれで娯楽を求めてるからさ、それに君もそこに望みを見てこんな頼み方をしたんじゃないかな?」


 「うっ......」


 コーレルの思惑も九尾には察しがついていたらしい、そんな様子にコーレルは弁明をしようとするがそんなことに腹を立てる九尾でもない。


 「あぁ、別に気にしてないよ、弟のためなのだろう? 不快感は無い」


 「...つくづくありがとうございます」


 「さて、こんなワクワクすること今すぐにでも始めたいところだけど...まぁ夜だし、帰って寝た方がいいね、明日から始めようか」


 実際コーレルはディノンにバレないように中々遅い時間帯に来ていたため、眠気もだいぶ限界に近かった。


 「お気遣いをどうも...これからよろしくお願いします」


 そうして九尾はコーレルを村に帰した。


 「面白い用事ができたなぁ♪ もっとこの世界を探索したい思いもあったけど、まぁそっちはゆっくりやっていこうか。それにあの子の才能に僕が改造した機能...こっちのが絶対面白いしね♪」


 九尾が治療したコーレルの機能、ただ治すなんてことを九尾がするはずもなく大幅にアップグレードしていた。


 「まぁ、特別な能力とかは着けてないけど」


 九尾がやったことは機能の単純強化。

 あまり自重しなかったためコーレルの機能は今の全力の10倍もの威力の魔法を放ったとしても壊れることはないだろう。


 「さて、やる事もないし寝よかな、寝る必要ないけどやる事ないし」


 そう言って九尾は神社の中に消えていった。

 明日楽しみに胸を踊らせながら。




 「よかった、本当によかった」


 コーレルは自らの幸運に安堵していた。


 「でも、これからも大変ね、お金も稼がなきゃいけないし、訓練も...」


 中々にタスクが溜まっていた。

 更にコーレルは訓練をつけてもらうことをディノンに言うべきか迷っていた。

 あまり心配をかけたくない。

 内緒にする場合バレずに神社に向かうことも考えなければならない。


 「お金の方は私の魔法でどうにかなる...向かうタイミングは...ディノンが薬草売りに街へ行く時はなるべくついていきたいし...ディノンが家にいる時依頼を装って行く...? そもそも明日いつ行けばいいかしら、決めてなかったわ...」


 思ったより適当な自分の計画に考えるだけで疲れてしまう。

 様々な不安を抱えながら眠りについた。






 ーーーーー


 九尾は目を覚ます。

 が、目に入ってきたのはいつもの神社ではない。


 白い空間、どこか朧げな足場。


 「ん? なにこれ、夢?にしては現実味あるなぁ」


 予想していない異常、軽く言葉を紡ぎながらも九尾は警戒をゆるめない。

 それに異常なのは空間だけではない。


 「どうしたもんか...ねぇ、そこの君、なにか分からない?」


 九尾の目線の先、それはいた。


 正体不明、今まで見たことのない様相、分類するなら獣だろう。

 特徴的なのはその白さ、天使のような純白だが備えた爪や牙は容易に暴力を印象付ける。


 4足の足、3対6個の目、良くわからない形の鋭利な尻尾。

 無理やり近い動物を挙げるとすれば虎だろうか。


 「初めて見る形をしてるねぇ.........なにか僕に用事でもあるのかい?」


 動かない、身動ぎ一つしない。

 ただその眼光はこちらを捉えていることだけ分かる。


 「...なにか話してくれない? なにも分からないし、どんどん気まずくなるんだけど......」


 そしてそんな九尾の願い虚しく、展開は進んだ。

 急に空間の白が濃くなり、全てを包んでいく。


 気がつけば九尾はいつもの神社の中で目を覚ましていた。


 「なんだったんだよぉ......」


 モヤモヤしたまま朝を迎えた。



ーーーーー


 「白い獣?」


 エルが聞き返す。


 「うん、目が3対でよく分からない形してる尻尾がある」


 九尾は神社に来てくれたエルに朝の獣のことを聞いていた。

 ちなみにリュスも来ていたが前回と同様に初手でからかったら怒って帰ってしまった。


 「...おそらくそれは "敬遠の獣" ではないかしら?」


 「なにそれ?」


 ダメ元で聞いたため答えが返ったことに驚いた。

 そしてその答えは横から聞こえた。



 「伝説上の存在よ」


 帰ったふりをしてちゃっかり隠れて聞いていたリュスが割り込む。

 まぁ九尾もエルも気づいていたが。


 「あらお帰り」


 「随分帰るのが早いね」

 「うっさい、教えてあげないわよ」


 「ごめんごめん、続けて」


 ぞんざいな扱いに腹を立てるがそのまま続けるリュス。


 「私達が生まれるずっと前から語り継がれる昔話みたいなものよ、だから本当にあったかは分からないけどね......_____」


 リュスの話を簡単に要約すると、昔この世界を治めていた神がいた。

 特に大きな問題なく、それぞれがそれぞれの生活を享受していた。


 しかしある日突然空に亀裂が入り、化物が顔を覗かせた。

 それが敬遠の獣。


 各地を荒らしまわり、無差別に殺戮を続けた。

 勿論神が許すはずなく、その獣の前に立ちはだかったが、その獣の力は神にも届き得るものであった。

 最終的に封印するのが限界で神もその力の大半を失ってしまった。


 「そしてそんな神の力を戻すためにフェシゲイラ神国が立ち上がりフェシゲイラ教が広まっていったていう話よ」


 「...なるほどねぇ...」


 「...なにニヤけてんのよ」


 その伝説の真偽に関しては分からないが、一つ分かることがある。


 「(その敬遠の獣とやらが実在して神に近い力を持っていることは本当だろうね)」


 朝起きた現象について九尾は察しがついていた。

 己の意識とパスを繋がれたのだろう、あれは意識上の世界だった。

 そしてそれができるほどの力をもった存在であるということ。


 _____面白い、単純にそう思う。

 この世界で九尾は食事から戦闘まで全て楽しみたいと思っている。

 そんな中で自分と並ぶかもしれない存在の証明は九尾の笑みを引き出した。


 「それはそうとなんでそんなこと気になったのかしら?」


 「そうよ、こんなの誰でも知っているような有名な話じゃない」


 エル達にとってはこんな有名な話を今更聞いてくることが不思議だった。


 「あぁ、今までそーいう昔話?みたいなことに興味がなくてね、でも中々面白い内容だったよ」


 「変な奴ね、そういえば話は変わるけどあんた最近魔法かなんか使ってなにやってんのよ」


 リュス達は九尾が幻術を使うたびそれをなんとなく感知していた。


 「あ、そーいえば言ってなかったね。知り合いができたんだよ、人間二人」


 その情報にリュスは眉を顰めた。


 「えー、人間?」


 「別に野蛮な性格じゃないよ、目に入れても痛くない子供の姉弟だ」


 「子供かぁ...ならいっか」


 「子供ね...まさか自力で来れたわけじゃないのでしょう?」


 「そーだね、ここに呼ぶ時に使った術を君たちが感知したんじゃないかな?」


 あとはコーレルの炎魔法くらいだが、可能性としては幻術の方が高い。


 「その人間達のことだけどたまに遊びに来るように言ったし、姉の方は戦闘を教えることになったからそのうち会うんじゃないかな」


 その情報に二人は少し驚くだけで済んだ。

 段々突拍子のないことに慣れつつあるようだ。


 「またなんというか...」


 「まぁまぁ、会った時には優しくしてね♪ きっと気が合うと思うよ、特にリュスの方は」


 「...急に縮めた名前で呼ぶわね...まぁ....いいけど...」


 距離が縮まったようで満更でもない様子のリュス。


 九尾としては呼ぶ機会がなかっただけで二人の名前を聞いた時から呼びやすい言い方で呼ぶつもりだった。

 エルラメルはエルである。


 「それで? なんで私とは特に合うと思うの?」


 「え? だって子供同士って仲良くなるのがはy_____」



 九尾は朝から水浸しになった。



 ーーーーー 


 正午になり少し経つというころ、予定の客人が来た。


 九尾はワクワクしている。


 「良く来てくれたね♪」


 「はい、時間を指定し忘れてて...この時間でよろしかったでしょうか...?」


 「うん、基本的に暇してるからね! 早速だけど、始めるかい?」


 「はい! よろしくお願いします! キュービさん‼︎」


 「師匠」


 「...え?」


 「この時間の間は僕のことを師匠って呼ぶといい!」


 九尾はワクワクしている。

 

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