お礼参り
「準備できたよ!早く行こ!」
「はいはい、もう少し待ってね」
翌日、ディノンとコーレルの二人は恩人にお礼をしに行く準備を進めていた。
「って、ディノン寝癖ついてるじゃない、ほらこっち来て」
大きな恩をもらった恩人だ、少しでも失礼のないようにしなければいけない。
「(それに、しっかり自分の目で確かめなきゃ、まだ安心できないわ)」
話を聞く限りとんでもない力を持った人物だ。 どこかに嘘を仕込まれている可能性もある。
「...よしっと、これで大丈夫。何か忘れていることはないわよね?」
「うん!準備万端だよ!行こ、お姉ちゃん!」
こうして二人は森の入り口へ向かう。
ーーーーー
「ここら辺でいいの?」
その森は万全のコーレルから見ても不気味で油断できないものだった。
「...なるべく近づきたくないわね」
「大丈夫だよ、一回村に帰らせてもらった時はここに出たはず」
そう言ってディノンはもらった鈴を取り出す。
「じゃあ早速だけど鳴らしていい?」
「...もう少し側によりなさい......よし、いいわよ」
姉の許可が降りたのでディノンはやさしく鈴を揺らした。
鈴から出た音が二人の鼓膜を揺らす。
「...わぁ」
「...綺麗な音......」
それはその鈴に見合う程の心地の良い音だった。
この音だけでも金に糸目をつけない貴族がいるだろう。
そしてそんな音と共に変化が訪れる。
「......! 霧が...! ディノン!」
突然の異常に弟の心配をするコーレル。
だがディノンはこれがなんなのか知っているようで落ち着いていた。
「大丈夫だよお姉ちゃん、昨日の話でもあったでしょ?」
その言葉にコーレルは思い出す。
「...あぁ、確かに...これがその霧ってこと?」
「多分...同じだと思う」
二人を囲んで深くなる不自然な霧。
簡単に慣れるものではなく、ディノンも少し不安になる。
そして以前と同じように一つの方向だけ霧が薄くなっていく。
「...これも話の通りね」
「うん、こっちに進もう」
以前と同じ光景に少しディノンは安心し、その先を進む。
「前はここからそこそこ歩いたんだ、少し大変かも」
「分かったわ、ゆっくり行きましょうか」
二人は進み続ける。
その中でコーレルは考える。
「(...今更だけどこの霧もその恩人の力ってことよね...どれくらい離れてるか分からないけど、遠くからこんな幻術? 見せられるなんて改めてとんでもないわね......)」
コーレルは恩人の力を想像し、より一層の警戒を強めた。
そして二人で歩いて数分後、変化が訪れた。
「...! 霧が...」
「...これも前と同じ......」
以前と同様、不自然に霧が晴れていく。
そして霧が晴れた後の光景も一致していた。
「...長い石階段」
「...大丈夫、見覚えあるよ、行こう」
短く言葉を交わし、一歩目を踏み出す。
二人は足並みを揃え、そこそこ長い階段を登っていく。
「ここを登れば着くはずだよ」
「そう、...ところでどんなところだったの? 話ではなんとなく凄いところ、ぐらいにしか分からなかったわ」
ディノンはコーレルに神社のことについても話はしていたが、話を整理せず興奮気味だったため "凄かった" としか伝わっていなかった。
「えっとね...一目見た時はなんとなくオーラ? 雰囲気みたいなものが印象に残ったんだ。外見としてはお屋敷みたいだったけど、よく見てみると造りが全然見たことないもので...あ、あと大きい赤い門みたいなものがあったよ.........そのくらいかなぁ...? ごめんね? あんまり覚えてなくて...」
「...いえ充分よ、一日の出来事が多すぎたもの、よく覚えていると思うわ」
そう言いディノンの頭を撫でる。
「えへへ、ありがと。...っと、お姉ちゃん、見えてきたよ」
二人が雑談しているうちに階段の終わりが見えてきた。
「ほんとね、思ったよりあっという間だったわ、...気を引き締めましょう」
二人は改めて気を張り、最後の段を登り切った。
そして新たな景色が広がった。
「...2回目だけど...凄い...」
「...なるほどね」
ディノンがここのものを覚えきれなかったのも無理はない、コーレルはそう思わされた。
これを賞賛、形容する言葉が見つからない、凄いという原初の感想だけがただ自分の中に入ってくる。
コーレルは小一時間ほど眺めていたい欲に囚われるが、ここに来た目的を強く持ち再起動する。
「...ディノン、行きましょう」
「あ、うん」
呆けていた弟に声をかけ、いざ目的の人物を探そうとした時_____ 。
「_____ !?」
ポン、と肩に重さが加わる。
それと同時に背後に気配を感じ取った。
どこか神聖で抗いがたい、実力か存在の格か、なにかが隔絶しているような思わず屈したくなる、そんな空気。
そんな人外じみた気配にコーレルは_____
振り向きざまに最大火力を放った。
「うわぁぁぁ‼︎ お姉ちゃん⁉︎」
燃え盛る炎にディノンが驚く。
冷静でいたがコーレルはつい昨日弟を守るために自分の才能をフル活用すると決意したばかりである。
ここに来る道中も雑談こそしてはいたが周りへの警戒心maxで心中も外敵に対する殺意を燻らせていた。
さながら手を出せば喰われる機嫌の悪い猛獣のような状態である。
そしてそんなところにいつも通りのイタズラとして軽い気持ちで刺激する能天気なアホがいれば、燃やされるのは当然であった。
ただそのアホは伝説を名に持つアホである。
このくらいの炎ではダメージなどあるはずがない。
「いやぁ驚いた。確かに身を守る反応としては正解だけど、正解だけどさ、躊躇いなさすぎじゃない?」
そんな声が燃やした方向と逆から聞こえ、コーレルは瞬時に振り向く。
屋敷の前の赤い門の下にその存在はいた。
先程の空気と同じものを纏っており、一瞬のうちに移動したものと悟る。
_____勝てない。
一瞬で判断した。
であれば弟だけでもと、次の魔法の準備をし弟を逃がすために声をかけようと_____
「お姉ちゃん! だめ‼︎ 止まって‼︎ あの人だよ! 助けてくれたの‼︎」
「......え?」
その言葉にコーレルの頭は一気に冷める。
そしてその冷めた頭で考える。
弟が会ったとされた場所にいる、明らかに上位の存在。
「......あぁ...」
それが該当の人物だということは簡単に分かることだった。
そしてそれを理解した瞬間、やらねばならないことが出来た。
「すいませんでしたあぁぁぁぁぁ‼︎」
潔く土下座した。
ーーーーー
「すみません...ほんとにすみません......」
「お姉ちゃんは僕を守ろうとしただけなんです...許してください...!」
二人して数分に渡り謝罪し続けた。
「(うぅ...一回確認するべきだったぁ......警戒してたといえどいきなり攻撃するなんて...)」
コーレルは自らの行いがあまりに野蛮であったことを恥じていた。
「あのくらいの炎なら問題ないし、特に気にしてないよ!」
そんな九尾の態度にひとまず安堵する二人。
まぁ元はと言えば九尾の行いに原因があるのだが。
「ひとまず仕切り直そうか、ようこそお客人。なにをしに来たんだい? ...とまぁ、大体分かってはいるけどね」
話を進める空気になったため、二人は無理やり気持ちを切り替える。
「...はい、色々聞きたいこともありますが、まず最初に......私達二人を救ってくださりありがとうございます」
「!_____ありがとうございます!」
コーレルがまず一番にお礼を言い、慌ててディノンがそれに追従する。
「うんうん、素直でいい子達だね!」
そんな二人の様子に九尾は上機嫌になる。
「こっちも素直に受け取ろう、どういたしまして! ...あと色々聞きたいことがだっけ? なんでも聞いていいよ!」
その言葉にコーレルは気持ちを整える。
コーレルの中では今から聞くことがこのお礼参りの最大の目的であった。
「はい、......対価の話です」
その答えにディノンは「あっ!」と気づいたように反応する。
それはそうだ、助けてもらったのだからなにかしら形でお返しをしなければいけない。
ただ自分達二人の命の対価だ、渡せるものなどディノンには思いつかない。
そこで姉の顔を見ると覚悟を決めたような表情があり、その口から衝撃の言葉を続けた。
「正直に言いますと、今回のものに見合う対価を用意することができません......私の目でも腕でも持っていって構いません、どうか手を打ってはくれないでしょうか...!」
「お姉ちゃん⁉︎」
コーレルは昨日からここに来るまでずっと考えていた。
なにか無いだろうか、なにか自らが所有するもので見合うものは、と。
だがそんなものは無かった。
であるならば残ったのはこの身一つである。
最初は自身の全てを捧げることも考えた、だがそれでは弟を守れない。
そんな悲壮の覚悟で九尾を見上げた。
そんな九尾は困ったような顔をして
「いやいやいらないよそんなもの、なにに使うのさ......僕を悪魔かなんかと勘違いしてない?」
「ですが...私達に払える対価などそれくらいしか......」
そしてその困った顔のまま続ける。
「僕はね、気まぐれなんだ。面白そうだったら願いを聞くし気分が乗らなかったらそいつごと燃やすかもしれない、そんな気まぐれの結果だよ。だから君たちも "運が良かった" 程度の認識でいいんだよ」
そんな九尾にコーレルは一瞬呆然としたが、すぐ納得した。
「......そうですか...」
おそらくこの方にとってはホントに些細なことだったのだろう、私達が気まぐれに虫に餌を与えるようなそんなスケール、そうコーレルは認識した。
しかしだからと言ってなにも返さないというものはコーレルもディノンも後味が悪いというもの。
二人して複雑な顔をして黙ってしまう。
そんな二人を察して九尾は続けた。
「まぁ、それじゃあ君たち二人が納得いかないのも分かるよ。だからそうだね、対価としてたまにでいいからここに顔を出してよ」
「...え?」
「そんなことで良いんですか?」
九尾言葉にさらに困惑する。
「うん、僕ここに来たばっかりで知り合いもまだ二人だけなんだよね、だから僕の暇つぶしになること、それが対価」
「...わかりました、でも何かあったら頼ってください! ...僕にできることがあるか分かりませんが......」
「わたしからも...できることは少ないかもしれませんが、お願いします」
来たばっかり、知り合い、気になる言葉は、あったもののとりあえず二人はそれで納得した。
「うん、遠慮なく頼らせてもらうよ! それに渡せるものがないと言っても一応持ってきてはいるんだろう?」
「......」
「...はい...一応...」
そう、一応二人はお礼の品としてのものは持ってきてはいた。
だがそれは特段珍しいものでもなければ高価なものでもない。
恩人へのお礼としては足りない。
しかし見抜かれてしまっては出さないわけにもいかない、ディノンは手に持っていた物を差し出した。
「これは...干した果実かな?」
「はい、カランの実を干したものです...」
「粗末なものですいません...」
自ら達が用意した品の格の低さに申し訳なく恥ずかしく思えてしまう。
流石にこんなものもらってもいらないだろうと思っていたが、
「いやいや、正解だよ! お礼の品としては大正解‼︎」
九尾は純粋に喜んだ。
新たな地、新たな世界で九尾が楽しみにしていたものの一つには食事があった。
九尾は元いた世界でも一通りの料理を味わうほどには食事が好きだった。
というよりも人間の作った物に興味があった。
そこにカランの実などという聞いたことのない名前、お礼として十分な未知であった。
「そ...そうですか...」
そんな九尾の嘘には思えない様子にふたりは困惑してしまう。
「うんうん! これはありがたくもらっておくね!」
そう言い九尾はそれを懐にしまう。
上機嫌のまま話を進める。
「さて、お礼の言葉ももらったし、品も貰った、君達はこれからどうする? まだ居てもらっても構わないけど」
その言葉に二人は気まずそうな顔になる。
「それはありがたいことなのですが...私が寝込んでいる間に生活資金が少し足りなってしまいまして......」
「すぐに仕事を見つけなきゃいけないんです...」
コーレルが倒れている時の収入源はディノンのみであった。
その仕事も近くの街に薬草やらの売却という収入源としては細いものだった。
「あーなるほどね、じゃあいますぐにでも取り掛かりたいだろう」
「...はい」
「厚かましくてすいません...」
「いやいや、自身が生きる明日のことだ、確立されていなければ不安だろう」
そういうや否や二人の周りに霧がかかり始める。
「向こうに歩いてけば着くようになってるよ、行きと同じ感じだね」
行きと同様後方の霧だけ薄くなっていた。
そこを進めば帰れるのだろう。
二人は九尾の気遣いをありがたく思いながら別れを告げる。
「最後までありがとうございます! 又来ます!」
「...ありがとうございました」
二人の背中を九尾は見送る。
そうして二人は九尾の前から消えていった。
それを見た後九尾はもらったものを味わうべく縁側へ足を進める。
「ここに来てからもう4人も知り合いが出来た、幸先いいね! とはいえまだあの二人は遠慮があるし、次はいつ来るかなぁ...... なんて、弟くんの方は分からないけど、姉の方はきっと...」
そんなことを呟きながら貰ったものを口に入れる。
「んー、味としては柿に近いかな? 干すことで甘くなってるね、ただ近いってだけで柿じゃないってことはわかる味だ。いい未知だねぇ、俄然楽しくなってきた♪」
ーーーーー
真夜中、九尾は神社の縁側に腰掛けとあるものを待っていた。
確定も約束もない、だが九尾の中には確信があった。
そしてそんな根拠なきものを決定づける知らせがやってくる。
人が寝静まる深夜、その森に鈴の音色が鳴り響いた。
そんな招待の知らせに九尾は拒むことなく招き入れる。
「やっぱり来たね♪」
その正体は昼間別れたばかりのコーレルであった。
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