方向を定めた才能
「さて、君のお姉さんも無事治ったということで僕の用事はもうないんだけれど、君達が病だと思っていたものの正体、知りたい?」
ディノンが落ち着いた頃、二人は静かに部屋をでて話し合っていた。
「...はい、大事な家族に起きたことです、どうか教えてください」
ディノンは真剣な顔で九尾に答える。
「おーけー、まぁまず君のお姉さんを襲っていたのは病なんかじゃない」
「...病気以外になにが......呪い...ですか?」
呪術というものは見たことがないが、聞いたことがある。
病気以外の原因では咄嗟にそれくらいしか思い浮かばない。
しかしその場合呪いをかける術者がいるはずだ。
だとすれば許すことなど出来ない_____とディノンは考えたが即座に否定される。
「いや違う違う、病でも呪いでもない、まぁなんというか、原因としては君のお姉さんのスペックだね」
その九尾の言葉にディノンはほとんど理解が得られない。
「お姉ちゃんのスペック?」
「うん、...まずなにから説明しようか......そうだなぁ、...致死量って言葉は分かるかい?」
その言葉にディノンは頷く。
「大抵のものには致死量がある、薬はもちろんのこと、一見無害な水にもね」
「水にも...ですか」
「そう、普通の生活をしていれば絶対に摂取しない量だけどね、飲み続ければ死ぬよ」
ディノンは少し背筋が冷えたが、普段の生活なら気にしなくていいようで安心する。
「そしてそれと同じように、水よりも身近なものにも致死量があるんだ、それはね......魔力だよ」
「...魔力......」
それはディノンにとって、この世界の生き物にとって最も身近だと言ってもいいものだった。
なんせ今も体内で生成されているだろうし、ディノンは姉に少し魔法を教えてもらったことがあるため、空気中に魔力が漂っていることもぼんやり分かる。
そんな魔力が原因だという。
「でも...お姉ちゃんと一緒にいた僕は元気ですよ...?なんでお姉ちゃんだけ...」
「そこで最初に言ったスペックの話になる」
九尾の話はようやく本題に入る。
「簡単に言うと、君のお姉さんの魔力を排出する機能、これが故障している」
魔力を排出する機能、それはディノンには聞いたことのないものだった。
「簡単に説明すると生物には魔力の生成、排出、外部からの取り込み、保持などの機能があってうまく循環しているんだ、自覚ない人がほとんどだろうけどね」
「お姉ちゃんはそれの一つが...」
「そう、排出する機能が弱くなっていた、そうなると体内の魔力が必要以上に高まってしまう、取り込んだり生成したりしても外に出にくいからね」
そこでディノンが気付いたように言う。
「魔力の...致死量...」
「その通り、魔力も多過ぎれば毒になる。君のお姉さんの体調不良はこれが原因だね」
なるほど、とディノンは理解を得る。
しかしそれと同時に新たな疑問も湧く。
「でも...なんでお姉ちゃんの機能が壊れて...」
「んー、と......君のお姉さんって初めて全力で魔法を使ったのはいつ?」
ディノンは突然の質問に少し戸惑ったが記憶を辿り答える。
「......初めては両親に対してだと思います...そこからこの村に辿り着くまでの道中、魔物に対してそこそこの期間使い続けていました」
「なら原因はそこだろうね」
九尾は確信した。
「排出する機能っていうのは魔力を魔法として使う時にも働くんだよ」
その事実にディノンは考え込む。
「...てことは......その機能が耐えられなかった.....?」
「結果的ににはそうだね」
「...結果的には...?」
少し含みのある言い方にディノンは反応する。
「通常、どんなに全力で魔法を行使したってその機能が壊れるなんてことはあり得ない。幼い頃は機能が発達途中で脆くはあるけど、魔力の保有量も行使できる魔法の大きさも年相応のものだからね」
「...お姉ちゃんはそうじゃなかった?」
「そういうことになるね、君のお姉さんはスペックが良すぎたんだ」
九尾が一泊おき、総括する。
「まとめると君のお姉さんの魔力量、魔法を行使する才能が規格外であるために、魔力を外に排出する機能が壊れた、その結果体内に過剰に魔力が溜まり、体調不良を起こした。溜まった魔力が原因だから魔法を使ったりすれば少し回復したのかもしれないけど、安静にしていたことが裏目に出たね」
「..........」
ディノンはその慣れない概念をなんとか理解した。
それと同時に懸念も生まれる。
「だとすればこれからお姉ちゃんは成長するまで全力で魔法を使うのは避けた方がいいのでしょうか?」
排出する機能自体耐えられないのであれば治ったとしてもまた壊れる可能性があるだろう。
その疑問に九尾は得意げに反応する。
「んふふ、せっかくの才能を抑制させるなんてつまらないこと僕がさせるわけないじゃないか、これはサービスだよ、機能を強化しておいた、存分に高火力を撒き散らすといい」
九尾は純粋にこの才能の行く末が楽しみであった。
その施しにディノンは感極まる。
「...なにからなにまで...本当にありがとうございます.....!」
「存分に感謝するといいさ!君たちみたいに素直でいい子は見ていて気持ちがいいからね!」
そう言うと九尾は立ち上がり背を向ける。
「それじゃ、そろそろ僕は帰るよ」
「え...!もう行くんですか? 恩人としてお姉ちゃんにも紹介したかったのですが...」
「せっかく久しぶりに元気になったんだ、二人でゆっくり過ごすといい、...それと、これ」
そういうと九尾は振り返りディノンの手に何かを乗せる。
「これは、鈴?」
それはどこか神聖さを感じさせる、とても綺麗な鈴であった。
「もしまた来たいようであれば森の入り口でそれを鳴らすといい、暇な時なら歓迎したげるよ、大抵暇だろうけどね」
そういうと九尾は再び振り返り、歩き出した。
「...! はい! 絶対お礼しに行きます! 本当にありがとうございました‼︎」
すると九尾は歩みは止めずに手をヒラヒラと振り、ドアを開けて出て行った。
ーーーーー
九尾が出ていって数分後、
「んん......」
「...!お姉ちゃん? 起きた?」
「ん、ディノン?」
どうやら少し寝ぼけているようだ。
ここ最近は寝苦しそうにしており、ディノンは姉のこのような寝起きは久しぶりに見た。
快眠出来たのだろうと、嬉しく思う。
「お姉ちゃん、体調はどう...?」
「体調...? あれ、どうして...? すごい調子が良い!」
その様子にディノンは安堵する。
九尾を信用していない訳では決してないが、やはり自分の目で見ると実感が湧くものである。
ディノンはその思いを噛み締めながら、姉にさっそく状況説明をする。
「お姉ちゃん、実はね________」
ーーーーー
「そんなことが......」
正直ディノンの話は荒唐無稽で本来なら信じるに値しないものだった。
たがディノンを見る限り嘘をついている様子はないし事実として自らの体は治っている。
「(それに...排出する機能......)」
コーレルはこの村に来てから魔法を小さな火を起こす程度しか使っていなかったが、確かに魔法を使う時、どこか使いづらさを感じていた。
「(それが壊れた機能のせいで、治っているなら...)」
コーレルは指先に小さな火を起こしてみる。
すると確かに使いづらさが消えていた。
「(......ここまで内容が一致しているなら、信憑性はあるか...)」
「お姉ちゃん...?」
何かを確かめるような姉の姿にディノンは少し不安になった。
「...なんでもないわ」
佳境を乗り越えたばかりの弟を心配させるのはどうかと思い、言葉を続ける。
「そうね、その助けてくれた人にはとんでもない恩をもらってしまったわね」
ディノンの話が本当ならその人には感謝してもしきれない、自分の命どころか森に入った弟の命すら助けてもらっているのだから。
「確か話だとその鈴があればまたその人の元へ行けるのよね、あまり期間を空けるのも失礼だし、落ち着いたら明日にでも行きましょう」
「...! うん! 僕ももっと感謝を伝えたい! 一緒にお礼しに行こう!」
「ふふ、そうね」
コーレルは張り切る弟の頭に手をのせ、撫でる。
「でもね、ディノン、それよりも......」
流れるように愛しい弟の体を抱きしめる。
そして絞り出すように言葉を紡ぐ。
「...だめじゃないの、あんな危険な森に一人で行ったら...ディノンがいなくなったら、体調がよくなったとしても生きていく自信はないわ...」
コーレルはディノンの話の中で、危険な森に入ったこと、そして命の危険が迫ったことを聞いた時、うまく息が吸えないくらい動揺してしまった。
「...でも、僕っ......お姉ちゃんが.....」
「えぇ、分かっているわ、だからねディノン、これからは何かあったら絶対知らせてね、もう私は元気だし、迫ってくる危険なんて全部燃やしてやるわ!」
そういうとコーレルは一層抱きしめる力を強める。
「...ディノン、ありがとう。私のために心配してくれて、命をかけてくれて」
コーレルは自らの目の届かないところでディノンが死にそうになっていることに心を痛めていたが、同時にそれが自分のための行動ということが、大切に思われていることがどうしようもなく嬉しかった。
「...そして最後に生きて帰って来てくれて......本当にありがとう......!!」
正直自分の病気が治ったことも、恩人が何者かということも、ディノンが無事だったことに比べれば、些事だった。
「(もうこんな思いはしたくない、...そのためにも、もっと、この才能を......)」
そして決意する、もう二度と弟を危険に晒さないために、手の届かないことがないように。
ーーーーー
そんな様子を件の恩人は、
「あの精霊姉妹に負けず劣らず、いい姉弟だねぇ」
キザったらしく帰った矢先、ずっと盗み見していた。
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