救われる雫
どれくらい歩いただろう。
ディノンは未だ霧の中を進んでいた。
「まだなのかな...やっぱり引き返したほうが...」
深い霧のせいで自分がどこを歩いているかもわからず不安を掻き立てる。
ただ分かるのは登ったり降ったりという地面の高低差だけであった。
「それにしてもなんだろうこの霧......自然のものではないよね...もしかして魔物だったり......⁉︎」
ディノンが新たな不安を脳裏に浮かべた次の瞬間、周りの光景に変化がおとずれた。
「霧が...晴れてく......!」
今まで視界の大半を覆っていた霧がまるで波が引くように晴れていく、視界が一変する。
「...これは......石の階段...?」
霧が晴れた視界の先、ディノンが捉えたのは人工物であるはずなのに自然と調和しているような長さのある石段であった。
「...霧といい階段といい......」
ディノンの中にあった疑惑が確信に変わる。
誰かに呼ばれている。
「...行くしかないよね......」
進むは未知、力のないものにとって未知は危険だ。
だが戻るのは論外。
ディノンは確かな足取りで一段目を踏み出した。
「はぁ,..はぁ......やっと、見えてきた」
長かった、いや大人にとっては多少長い程度だがまだ子供のディノンにとっては負担が大きかった。
そしてやっとの思いで切れる息をそのままに最後の段を踏み締め顔を上げた。
「やっっと、終わ...り......」
言葉が出なかった。
そこには威があった。
見せつけてその視線を離さない威。
ディノンは王城を遠くから見たことがある、それに比べて大きさも足りない、華やかさも足りない、だがそれを呑み込む"力"が目の前の建物にはあった。
だがそれより、それ以上に、
「ようこそ、お客人」
目の前の人物から目が離せなかった。
「記念すべき一人目の人間だ、歓迎するよ」
男の言葉がありえないくらいスルリと入ってくる。
痺れるような身を任せたくなるような感覚に陥る。
それに従うことが自然のような天上の言葉に聞こえる。
「...あれ?聞こえてる?何か無いのかい?お前は誰だとか、何をしたとかさ」
男の問いかけに正気に戻る。
何か話さなければ、声を上げなければと、最初の疑問を絞り出す。
「あなたは...誰...ですか......?」
「!...ふふん♪僕は九尾!九尾って言うんだ!ここに住んでいるよ!」
ディノンの問いかけにそれは上機嫌に九尾は答える。
久々の人間に九尾のテンションは少しばかりおかしくなっていた。
「キュー...ビ......さん...?」
「うんうん、やっぱりイントネーションが違うけどね、それでいいよ。敬語もできてるし、いい子だねぇ」
そんな気楽な答えをする九尾とは対象に、ディノンの頭の中はグチャグチャだった。
「(ここに呼んだのはこの人...?何の為に?そもそも人...?もしかして人型の魔物...!?どうしよう、何をして...)」
しかしそんなディノンの混乱は
「お客人」
「...!」
「僕は気楽で気まぐれなんだ、気分が良ければ願いを聞くし、機嫌が悪ければ火を吹いたりする」
「...」
「運がいいね、君。僕は今とても機嫌がいい、君の願い、この九尾が気まぐれに叶えてあげよう」
「_____!......あぁ...!」
その一言で霧散した。
今あったばかり、信用など毛ほどもない、未知数で正体不明、気まぐれなんて無責任な言葉。
だがその言葉は絶対であった。
自分も姉も助かる、そんな確信を持ってしまう。
まるで神の決定だと錯覚してしまう。
異常だ、可笑しい、そんなことは分かっている、だが姉が助かるという安堵は、喜びは覆せない。
その場で膝から崩れ落ちる。
そんな反応に九尾は、
「おー、いいリアクションするね!いいね!面白い!」
ずっとお気楽の様子。
「落ち着いたかい?」
「はい...」
数分後、落ち着いたディノンが起き上がる。
「うん、じゃあとりあえず名前はなんて言うんだい?」
「ディ...ディノンって言います...」
「ディノンね、...うん、いい名前だね」
九尾が聞いた名前を噛み締めながら続ける。
「じゃあディノン、早速聞こう、君は何を望む?」
そんな問いかけにディノンは佇まいを直し、確かな願いを口にする。
「はい、僕が望むことは姉の無事、それだけです」
「ほう...説明できるかい?」
「は、はい...」
そうしてディノンは自らの状況と姉の現状を語り出した。
「なるほどね、お姉さん倒れちゃってるんだ」
「はい...治してくれますか...?」
縋る思いで九尾をみる。
「うーん、そうだなぁ...」
「っ!...あの!お姉ちゃんはここまで一生懸命ここまで僕を守ってくれて...!その...!確かに人は殺しましたけど...それも全部僕の為で...!悪いことはしたけど...悪くなくて...!」
必死に縋るディノン。
そんな様子に九尾は微笑み、ディノンの頭に手を置く。
「ふふ、安心しなよ、僕が助けるために手を出すことは決定事項だ。もう気は緩めていいよ。...本来守られるべき子供の立場でよくそこまで抗ったものだ、大変だったろうに、頑張ったね」
「...うぅ...ああぁぁぁ...!」
久しく感じていなかった姉以外からの温もり。
しょうがない、仕方ないと割り切っていた境遇を思われ、やっと止んだ涙が溢れてしまう
「おぉ、よしよし、つらかったねぇ。...また待つのもあれだし、このまま話そうか」
ディノンは鼻を啜りながら頷く。
「さっき悩んでたのはね、その病気とやらの原因が分からないからだよ、見てないからね。まぁ大抵のものは治せると思うけど、絶対とは言えないからね」
超常な力をもつ九尾には治療など大したことではない、たがいかんせん新たな世界は未知が過ぎる、自ら見に行かないことには始まらない。
「てことでね、早いとこ見に行こうか、君のお姉さん。正体不明の病気なんて気が気じゃないだろう?」
「っ!...はい‼︎」
ディノンが久しく心からの笑みを浮かべる。
そんなディノンの様子に九尾は再び微笑みながら頭を撫でる。
「うん、やっぱり子供には笑顔だね!さっきの顔もカッコいいけど、流石に早すぎる」
そう言うと九尾はディノンの手を引き歩み出す。
とそこでディノンが気づいたように言う。
「あっ、そういえばキュービさんて村の場所分かりますか...?僕霧に誘われて来たので場所がまったく......」
「あぁ、大丈夫大丈夫。最初から見てたから村の位置も分かるし、気づいてると思うけどあの霧も僕の力だから.........ほら、来るよ」
次の瞬間、周りを霧が囲い出す。
あっという間に濃霧に包まれた。
そんな超常の現象にディノンは身を固くした。
「安心しなよ、害はない、便利なだけだよ。......ほら、もうすぐだ」
「?なにが...............え!?まだ数十歩しか......!」
九尾に手を引かれて濃霧の中を数十歩、突然霧が晴れたと思えばそこは
「僕の村......」
村が見える森の入り口に立っていた。
「僕は人を揶揄うのが好きでね、こーゆー術は重宝するんだよ」
「(幻術?いやでもあれは幻を見せる程度だってお姉ちゃんは......)」
「驚くのもいいけど、先に目的済ませちゃおっか」
その言葉にディノンは我に帰る。
「......うん、こっちです」
そう言い村の中へ入る。
みんな出払っているのか村の中に人は少なかった。
とはいえ数人歩いているのが見えた。
見知らぬ人物を連れているのを不審に思われ時間を取られるのを恐れたが、
「人の目は気にしなくて大丈夫だよ、欺いてるから」
九尾も心得ていたようでスムーズに進むことができた。
そしていよいよ姉が眠る家に着く。
「あの家です」
「あれね、村の規模からしても小さく思えるけど、子供二人なら十分ってところだね、キミの話では君達二人は新参者ってことだけど、これくらいの小屋を貸せるんだ、なかなかいい村じゃないか」
「はい、僕たちも感謝してます......じゃあ、入りますね」
ドアを開け、家の中は入る。
初めて入る部屋を九尾は遠慮なく見渡す。
「シンプルだけど暮らすための機能としては問題ないね、落ち着くよ」
間取りとしては大きめの部屋とトイレ等を除けば小さな部屋が一つあるくらいだ。
そしてその小さな部屋が現在姉が寝ている部屋だという。
「ここです、......姉は寝ていると思うので静かに入りますね」
できる限り音を立てないようにドアを開ける。
部屋に入るとそこには出て行った時と変わらない体制で寝ている姉の姿があった。
ディノンはその姿に今更ながら危険な森から帰ってきた実感をもち、安心する。
「よく眠っているね、...だけど確かに辛そう、というか弱ってるね」
「はい......それでどうでしょうか...?治りますか...?」
姉の姿を見てディノンは急いてしまう。
そんな心情を九尾は汲み取り、早速容態を見る。
「じゃあ今から診ていくよ」
「...はい.....!」
九尾はコーレルの前に手をかざし、その体を解析していく。
とはいえ相手はたかが人一人分だ、一瞬で解析を終える。
九尾は手をかざすのを止め、その結果に思わず微笑む。
「...あの......」
手を翳したと思ったら下ろしてしまった九尾にディノンは不安を感じてしまうが、
「ん、大丈夫、そもそも病気なんかじゃない、...君のお姉さんはすごいね」
「...それは、どういう......」
そんなディノンの問いには答えず九尾はコーレルに向き直り、
「まぁ、とりあえず......」
力を行使した。
ディノンにはなにも見えない、感じない
だがその結果はすぐに現れる。
「......え?...あ!?」
姉の表情の些細な変化、しかし
姉、コーレルの表情が、確かに和らいだ。
「君の願い、確かに叶えたよ」
そんな神様のような、救いを決定付ける福音が聞こえる。
「...ううぅぅ.....! ああぁ.........」
涙が、内からの感情が止まらない。
大きいそれを姉が起きないよう発散する。
そしてそんなディノンの様子を見て、九尾は満足げな顔をしていた。
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