奇跡の仕組み
「よいしょ...と、」
とある一軒家、自らの力を精一杯使い、水桶を運ぶ小さな少年の姿があった。
ギギィ...とドアを開け、部屋の中に入ると、そこにはベットに横たわっている少女の姿があった。
年は少年よりは上だろうか、しかしその顔色は良いものとは言えない。
少年は迷いなくその少女の隣に位置取る。
「お姉ちゃん、水とってきたよ」
弟の声に少女は目を覚ます。
「ディノン...ありがとう......」
そう言って力なく笑った。
「お姉ちゃん...あの薬は...」
ディノンは縋るような思いで聞いた。
「残念だけど...効かなかったみたい...」
「...そう......なんだ...」
そんなディノンの様子に姉は心を痛める。
「(本来なら私が支えなきゃいけないのに...こんな顔をさせるなんて......やっと生活が安定したと思った矢先、なんでこんな...)」
姉、コーレルには才能があった。
それは猛々しく、万物を焼くような、炎系魔法の才能。
少し才能がある程度ではない、何十年に一人程の逸材。
故に、目をつけられた。
元々両親があまり子供を見ない、いわるゆ毒親なら相当していたことも原因だったのだろう。
両親はコーレルは売るために手塩をかけ、ディノンは外聞を気にして必要最低限な生活をさせた。
そして、その時が来た。
両親が手配した奴隷商がやってきた。
両親は子供達に新たな学舎を手配したと言って騙そうとした。
ここに至るまでに暴力などは見せていない、普通の一般家庭を演じてきた。
この
しかし、閉じ込めるには大き過ぎた。
コーレルは奴隷商ごと両親を焼いた。
ディノンは取り乱すことなく、ただそれを見ていた。
兄弟は全て理解していた。
自分達が売られることも、仮初の愛だったことも。
コーレルの魔法の才能だけだったならばうまくいったのだろう。
だが当時6歳と8歳という若さで大人の嘘に気づき、残酷な計画を実行できる精神性という才は、大きすぎたようだ。
そこからは死に物狂いの一言だ。
法を犯した以上、その地域にはいられない、だが二人はサバイバルなどしたこともない。
炎系魔法が使えると言っても獲物が見つからなければ飢えて死ぬ。
清潔にしていなければ病気で死ぬ。
そんな中で二人は命を削り生き延びた。
そしてなんとか受け入れてもらえる村を見つけ、多少生活が安定した。
たが次なる不幸が訪れる。
コーレルが倒れた。
ディノンはすぐ村の医者に見てもらった。
その結果は原因も、病名も分からないとのこと。
ディノンは村の数少ない文献を漁りもしたが、成果は得ず、今に至る。
「(もう残されたお金も少ない...人に借りると言ってもここは特に大きな村でも無いし、僕達は新参者だ、希望は薄い...それに、お姉ちゃんは気丈に振る舞ってるけど、日に日に弱ってる...このままじゃお金より先にお姉ちゃんが......やっぱり僕が...!)」
ディノンが何かしらの覚悟を決めようとしていると。
「ディノン」
思考を中断させるようにコーレルが呼ぶ。
「大丈夫よ、ディノン。ディノンがこれだけ頑張ってくれているのだもの、良くならないはずがないわ。ディノンがいてくれるなら良くなる気がするの。だからね、ディノン、あまり離れないでいてくれる?」
それは弟の危うい気配を感じ取った姉としての必死な気遣いであった。
「(...うん、決めた)」
だが、そんな気遣いが、そんな気遣いだからこそ、
「(お姉ちゃん...悪いけど、こんなに優しい姉を...僕は失いたく無い...)...うん!分かったよお姉ちゃん、お姉ちゃんが良くなるまでそばにいるよ」
そうしてディノンはこれまでの人生でも数少ない嘘をつく。
姉が寝た後、できるだけ音を立てないように部屋を出る。
いつもはこのまま自室に戻るが、通り過ぎ、玄関に向かった。
「(可能性は低い...御伽話のようなものだ......それでも今は...)」
姉のために自らの命を張る覚悟をしたディノン。
その足は、森の先の、そびえ立つ山々へと向かっていた。
「それじゃあ私達は湖へ帰りますね」
その一方、一通りのことは確認し終え、九尾達は解散しようとしていた。
「うん、困ったことがあったらいつでもおいで」
「...困ってなくても遊びにきていい...?」
リュスが少し心配そうに伺う。
「...んふふ、もちろんだよ!いつでもおいで」
「なんでニヤけんのよ!普通に言いなさい
よ!!」
「ふふ、ほら、いくわよリュス」
「エル姉まで!もう‼︎」
そんな微笑ましいやり取りをしながら二人は帰って行った。
「んーー、二人ともいい子だったなー、からかい甲斐もあったし、時々イタズラしに行こ♪」
そんなタチの悪い決定をしながら九尾は本殿へ戻って行った。
「...お!戻ってきたかな?」
九尾が縁側で休憩がてらのんびりしていると空から飛ばしておいた形代が戻ってきた。
周囲の情報収集が完了したのだろう。
「さてさて、面白い物は見つかったかなーっと」
ワクワクしながら解析を始める。
「んー、思ったより山の真ん中って感じだなぁ、よくあの二人はここまで来れたものだよ」
半径三キロほどは様子の変わらない森のようであった。
そんな様子に九尾は少し落胆していると、
「......お?...お!、おーー、村発見!」
やっと森を抜けた矢先、その側に村が建っていた。
「小さいけど食料品店や服屋とかの店舗は揃ってるね。道はあまり整備されてないか、平均的って言っていいのかな?...この世界の平均が分かってないからなぁ......あの二人に聞いておくんだった...」
その村は家が数十軒ほどが集まっているような村であり、村らしく畑や井戸があった。
「住人は普通の人間ぽい、というかここにきて初めてこの世界の人間を見たね。外見は元の世界と大差なし、この世界の環境的に独自の技能があったりしそうかな、なんにせよ知能の低い蛮族じゃなさそうで良かったよ」
九尾が村の全体をなぞるように見ていく。
すると形代の視点が何かをとらえた。
「ん?この子はどこへ行くんだ?」
10歳程だろうか、栗色の髪をした男の子が森へ向かっていく様子が見える。
その顔を見て九尾は難しい顔をした。
「この世界の人間が特別屈強でない限り無謀な行動だと思うんだけど......まぁ、あの子の目を見る限り、それは分かってるんだろうね」
その男の子の目は大昔、九尾に挑んでくる者達に酷似していた。
命を燃やす、戦士の目。
「んー......立派だと思う、すごい事だと思うよ、でもなぁ......」
今一度先ほどの子を思い浮かべる。
「...似合わないなぁ」
ーーーーーーー
「......!」
薄暗い森の中、木々のざわめきに身を震わせる。
「(まだ30分も経ってない...まだ森の入り口付近なのに......怖い)」
ディノンが森に入って数十分が経っていた。
その間足を止めることなく森を進み続けたが、いかんせん子供の歩幅だ、あまり進めていない。
加えて危険度の高い森であるため、警戒も怠れない。
「(だけど...)...このまま帰れるわけがない...!」
ディノンが今一度決心をして足を踏み出そうと_____
「ウオオォォォォン」
「ッ‼︎これは...!」
どこからともなく聞こえた遠吠え、それは村人達の会話にも出てくる恐怖の代名詞。
「スワームウルフ...!!」
森の序盤に出没する緑の体毛を持つ狼。
鋭い牙に爪、狼ゆえに鼻が効き、その体毛は保護色となる。
しかし真に恐るべきはその数とチームワークであろう。
スワームウルフは狼らしく群れで行動する。
違いはその群れの数が20〜30と多いことだろう。
それだけでも脅威となるが、特筆すべき厄介な点はそれらの群れの一匹一匹が魔法的な繋がりを持っている点だ。
そのためそれぞれがそれぞれの位置を把握し、簡単なコミュニケーションをとることができる。
故に人間顔負けのチーム戦が行われる。
本来上位捕食者であり、森の中心で堂々と狩りをするはずのスワームウルフ、それがこんな入り口付近に生息していることがこの森の危険性を表していると言えるだろう。
「(見つかったら逃げられない...なんとか隠れながら距離を取るしか......)」
汗が、震えが止まらない。
それすらも見つかる要因になると、分かっている、分かってはいるが止められない。
ここにきて自分がいかに危険な場所に命を晒しているかを理解させられる。
見つかる要因が少しでも少なくなるように、息を殺す、もはや吸ったことが分からなくなるくらい、押し殺す。
たがそんな努力は必要なかった。
スワームウルフは魔法的な繋がり故に声を合図に用いない。
遠吠えは狩の始まりや途中で味方を鼓舞する際に使用する。
ディノンの周りにスワームウルフの獲物になるような動物はいない。
すなわちもう_____捕捉されている。
「__________なッ‼︎」
体を翻したディノンの横をスワームウルフが高速で通り抜けた。
たまたま躱せた、運が良かった、そんな意味のない思考がディノンを巡る。
「(次はどこ!どこから‼︎躱わしてどうする...⁉︎
その後は...⁉︎)」
必死に生きるために思考を回すが、
「「「グルルルウゥゥ」」」
その努力虚しく、数十体ものスワームウルフが取り囲む。
先の攻撃で獲物が奇襲の必要もない弱者だと理解したのだろう。
そんな光景ディノンは、
「(まだなにか...!何かを見つけろ...!!)」
未だ諦めなかった。
「ガァッ!」
仕留めるべく一匹が飛びかかる。
「くっ...!」
距離が近く反応ができず、体は動かない。
反射的に目を閉じてしまう。
来るであろう人生最大の痛みに身構える。
鋭い牙が、爪が、己の皮膚を裂き、肉の内に侵入してくるような、そんな激痛。
だが、
「...............?」
何も来ない、感じない。
もしかすると自分は死んでしまったのだろうか、目を開ければ現世ではないのだろうか。
そんな思いを胸に恐る恐る目を開けると。
「............」
そこは変わらず森の中。
目を閉じる前に見ていた森の景色となんら遜色ない。
変わっていることといえば
「...スワームウルフがいない......それに、この深い霧はなに......?」
数十匹いたスワームウルフは幻のように消え去り、代わりに少し先にも見えないような濃霧が立ち込めていた。
本来この森に霧などかからない、はっきりとした異常だった。
更にこの霧は気味の悪いことに、
「...こっちの方向だけ霧が薄い......進めってこと...?」
まるで案内をするかのように一つの方向に霧が薄まっていた。
「(...引き返した方が安全だとは思う)...だけど......)」
戻った方が良い、これ以上進むなんて狂気の沙汰だ、そんなことは理解している。
だがすでに覚悟を決めている少年はこの異常に一縷の望みをかけて進んで行った。
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