第六話 星の光一つ Ⅳ

「先生、二人は」

「こっちの青年は彼女の看病のおかげかまだ希望はあるが、この子の方はそう長く持たないだろう」

「長くは持たないって、何で!」


 突然の事で頭が混乱していたアデルが隣町から連れてきた医者の襟元をわしづかみにした。


「私だって分からん! だが、この大陸に居る医者の大半は私と同じかそれ以下ぐらいの知識しか持っては居ないだろう。身体の事をもっと詳しく知っている人間ならともかく……」


 片手でアデルの手を振り払い鋭い形相でアデルの事を睨んだ、睨まれたアデルは自分から仕掛けた事だと自分の中で言い聞かせて何もしなかった。しばらくの沈黙が流れた後突然何かを思い出したかのように鞄に手を回した。


「ちょっと待ちたまえ、忘れていたよ、彼の事を。彼ならこの二人を直す方法を知っているかも知れない。ただ彼は少し特殊で、すぐにその状況を把握して力を貸してくれるかどうか」

「特殊だと?」


 今度はガズルが食いかかる、帽子を右手に握りしめて医者の方へとつかつかと歩いていった。


「彼だ、最も東大陸で医学に詳しく身体の仕組みを知っているこの少年だ!」

「少年?」


 博士とか教授とかそう言った名前を期待していたアリスが思わず素っ頓狂な声を上げた。


「そうだ、東大陸中部にあるケルヴィン領主の城下町に住んでいる少年だ、帝国から追われる身ではあるがそれをケルヴィン様が庇っているという噂だ。何でも彼に助けられた経験が有るそうでな、帝国から守っているらしい」

「大した奴じゃないか。名前は!?」


 アデルが医者を急がす、また襟元を掴んで今度は上下に揺さぶった。


「離したまえ!」

 またもや医者はアデルの腕をいとも簡単に片手で振り払い今度はネクタイを直した、そして少しむせた後にようやく口を動かした。


「全く、彼の名はギズー、“ギズー・ガンガゾン”」


 アデルとガズルはその名前を聞いた瞬間目を大きく見開いてお互いを見た、その様子に訳が分からないアリスがキョトンとした様子で二人を見る。


「聞いたかアデル」

「あぁ、夢じゃないよな?」


 二人は数秒後にお互いの顔を本気で殴った、アデルは身体をひねりながら壁まで吹き飛ばされガズルは少し後ろに飛ばされた。


「ちょっと二人とも何してんのよ!」


 アリスが怒鳴りながら言った、二人はいたそうにお互い片方のほっぺたを押さえながら起きあがると同時に


「夢じゃない!」「夢じゃねぇ!」


 とそろっていった。


「しかし、彼がそんな簡単に知らない人間の治療なんてするとは思えんがな」


 ばつが悪そうに医者が三人に言った、だがアデルとガズルはニヤリと笑って互いに笑った。


「その辺は心配ないさ、ギズーなら絶対にやってくれる!」

「あぁその通りだ、奴はレイを直すだろうよ。こんなに簡単に見つける事が出来るなんてな、半分レイに感謝だ! 本人には悪いけど」


 ははは、と笑いながらそう言った。だが医者は困った顔をしてさらに続ける。


「だが問題なのは彼じゃない、ケルヴィン領主様だ。あの人は人間を信じられない人でな、始めは彼の家の前に何人か人間を付けたらしいのだがそれもすぐに取りやめになった、最近じゃ城に招き入れているという噂だ。だから彼に会うのは至難の業だ」

「厄介ですねそれは」


 アリスが事の状況をゆっくりと判断しながら冷静に考えた、どうすればいいのかを考え、どうしてアデルとガズルはそんなに楽観的に物事を考えられるのかを考えた。


「確かに厄介だな、流石にあのケルヴィンを敵に回すのは厄介だ」

「厄介でもどうにかしてやらないとな、話し合いで応じてくれないのならこの際、強行突破でもするしかないさ」


 簡単に物事を考えすぎていたアデルが突然詰まりだした、ガズルもそう簡単にはいかないという事を学んで落ち込む。それを見ていたアリスと医者は同時にため息をついて呆れた。

 だが、実際問題としてギズーをどうにかしてでも手に入れなければ二人は死んでしまうかもしれない、それどころかメルに残されている時間は後僅か。早く手を打たなければレイよりも先にメルの命に関わる。


「そうだ、ガズル! ついでだしアレを始動させられないか!?」

「アレって、もしかしてレイが考えついたアレの事か? 俺は構わんがリーダーのレイが決める事であって俺達にはどうする事も出来ないんじゃないか?」

「だから、レイを助ける為に俺達の独断でアレをやっちまおうって言うんじゃないか! レイもメルが絡んでたら絶対に反対は出来ないだろうからな!」


 二人は互いに主語を伏せたままどんどん先の方向へ話を進めていた、全く理解出来ないアリスがアデルの後ろから大声で喋った。


「二人で何を納得してるのよ! 私には全然分からないよ!」


 突然の事だったのでアデルは肩をビクつかせて驚いた、医者は何時しか近くにあった椅子に腰掛けている、そして首をかしげた。


「俺達がここに来るまでにレイが作り出した組織の事だよ、話さなかったっけ? 俺達は反帝国組織を作り出した、まだ名前は決まってないけどな」

「その組織をスタートさせて初めて仕事をしようという事だよ。あくまでも表向きは帝国への反発組織だけど内面的な者は全く別の物なんだ。今はまだ形だけだけど今後組織として動くようになれば後々ケルヴィン領主にだってわかってもらえると思う、多分だけど」


 ガズルとアデルが楽しそうに語り出した、そして名前を決めてないという事を聞いて医者が面白い事を言い出した。


「なら、この大陸の英雄の頭文字を使ったらどうだろうか?」

「英雄?」

「そう、この大陸には他の大陸とは違ってちょっとした英雄伝があってな、昔この大陸にはそれは恐ろしい魔物が住み着いていた。その魔物を倒した英雄の名前だよ」

「面白いじゃないか、んで? その英雄の名前ってのは?」


 アデルが興味深そうに笑顔で医者の顔を見つめた、医者も自分の大陸の自慢話だと楽しそうに喋る。


「“フォルトレス=O=シャルディフェルト”だ、その頭文字をもじって“FOS軍”ってのはどうだろうか?」

「FOS軍か、格好いいじゃん! FOSってのは“力”って意味だろ?」


 医者が苦笑いしながらアデルの間違いを指摘する。


「力は“Force”だよ、勉強不足だな君は」

「何でもイイじゃねぇか! 名前の事はレイに任せようと思っていたけど奴には悪いがこれで決まりだな」


 楽しそうにアデルが両手でガッツポーズを取った、隣ではガズルが呆れている、同じくアリスと医者もその単純さに呆れていた。


「ところで、君達の組織はクライアントは取るのかい?」


 医者が椅子から立ち上がってアデルの前に歩いていった、そして笑顔でそう言った。


「もちろんだ、基本的にはどんな事でもやる。帝国がらみなら尚更だ」


 アデルはまだ笑ったまま緊張もかけらもないその表情で目の前の医者に右手の親指を突き出した、すると医者は真面目な顔をして口を動かす。


「なら私が最初のクライアントになろう、ケルヴィン領主様からギズー君を奪還してきて欲しい。勿論ただとは言わん、それ相当の金を用意しよう」


 三人は呆気に取られた、結局この医者はこの展開を利用してギズーを解放させようと考えていたのだろう。次第にアリスが笑い出してガズルも笑った。最後にアデルが笑って自分の中でうずいていた言葉を言う。


「この依頼、高く付くぜ?」


 アリスが頭を抱えてため息をついた、そして目の前にいるバカ二人に


「高くついて払ってもらえなかったらそのギズーって子奪えないじゃない! その子が居ないと二人が助からないかも知れないっていうのに何を言ってるのバカ! クライアントが居なくても私達は動くの!」


 その言葉に二人は声をそろえて「あっ」といった。それに呆れてアリスはもう一つ大きなため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る