第六話 星の光一つ Ⅲ

 場所は変わって先に合流現場へと到着していた彼ら三人。

 ホテルの屋上、二人の少年と少女が雪降る夜の中立っていた。

 少年は顔を真っ赤にして、少女は戸惑いながら手すりの方へと後ずさりをしていた。例えられない感情とどうして良いか解らない自分の中に有る不可思議な感覚。それが少女の中にはあった。


「……ガズル、君?」


 戸惑いながらも目の前にいる少年の名前を呼んだ、すらりとした身体に黒い髪の毛、そこら辺にいる男よりはずっと格好いい少年は目をそらすことなくアリスを見つめていた。


「アデルには悪いと思ってる。でも、俺はっ!」


 俺は、そこで言葉に詰まった、次ぎにどの言葉を出して良いのかを考えながら……そして戸惑っていた。


「……」


 アリスは黙ったまま屋上を後にした、一人残されたガズルはただ呆然と立っていた。目をつむり親友にゴメンとなんども言葉に出して謝り続ける。それほど悩んだ事だったのだろう。だが、自分の気持ちに嘘は付けなかった。本来ならアデルの事を思い自分は身を引く彼だったが今回ばかりは正直になっていた。


「悪いな、アデル」


 また同じ事を言って手すり越しに幻聖石の光を見た。



 ** ** ** ** ** **



 ガズルが部屋に戻ったのはそれから大分経ってからの事だった、アデルがシャワーを浴びて浴そうから出てきたときだった。


「よう、何処に行ってたんだ」

「……」


 ガズルは何も言わずにテーブルに腰掛けた、椅子ではなくテーブルにだ。


「なんだよ、ぶっきらぼうだな」

「お前に言われたくないぜ」


 アデルはいつもの服に着替えて椅子に腰掛ける、そして目の前のパンに手を伸ばした。堅めできつね色をした美味しそうなパンだ。それをアデルは律儀にちぎって食べる。隣の牛乳にも手を出した。


「んで、どうだったよ?」

「何の話だ?」

「とぼけるなって、さっきまでアリスと一緒に屋上にいただろうが」

「何で知ってるんだ!」


 とっさの事でガズルはテーブルから飛び降りて驚いた表情をした。アデルは悪気がなかったように淡々と喋る。


「俺の気配に気付かないなんてまだまだだな、悪いと思ったが盗み聞ぎさせて頂いた」

「盗み聞きって、どの辺りからだよ」


 アデルは天井を向いてしばし考え、そして話を聞いていたときの事を思い出した。


「確か、俺達の過去話からかな?」

「過去話って、ほとんどじゃねぇか!」


 ガズルは顔を真っ赤にして怒った、アデルはなだめるように苦笑いをしながら


「怒りたいのはこっちだぜ、てめぇもなんだかんだ言ってアリスに惚れてんじゃねぇかよ! 大体なんだ、俺に謝りながら告白するってのはきたねぇぞ!」


 ガミガミと怒鳴りだしたアデルを止める事は出来ず、ガズルは壁の方へと追い込まれていく、正論を叩き付けられると流石のガズルも言い返せないらしい。


「大体テメェはなぁ!」

「うるさいわよ、この黒帽子!」


 突如後ろからはりせんで脳天を叩かれアデルはその場に蹲った、ガズルは目を点にしてアデルを殴った人間を見る。暫くしてアデルが背中からピコピコハンマーを取り出し殴った張本人に襲いかかろうとした。


「痛てぇ! なにしやが」


 アデルの手はすぐに止まってガズルと同じく目を点にした。


「へぇ、私を殴れるのアデル君?」


 アリスだった、アデル専用の大きなはりせんを右手に構えて二人の前に仁王立ちしている、アデルはすかさず壁の方へと避難しガズルの横に付く。


「い、いつから居たんだ」

「確か、大体テメェはの所から」


 いつから自分の背後にいたのかを確認する、ガズルは慌てながら冷静に答える。


「はぁ、全くもぅ。何であんた達二人はこうも馬鹿なの?」


 ため息をつきながら静かにそう言った、その言葉に二人は反論出来なかった。正論、そう言ってしまえば全てが終わってしまうが二人はどうしても言葉が出なかった。

 思えばおかしな話でもある、今し方告白された彼女がこうして目の前で自分たちを説教している、何故そんな事が出来るのだろうか。とても気まずいに決まっている、それどころか会うのさえ恥ずかしいだろう。だが彼女はこうして二人の前に現れた。


「……ばか」


 そう言い残して自分の部屋に戻っていった。


「焦った」

「同じく」


 二人は同時にため息をついてその場にしゃがみ込んだ。そしてお互いを見て笑った、暫く二人は笑いながらお互いを馬鹿にし合い喧嘩寸前の所で止めた。


「あれ、幻聖石の光が消えてる」

「へ? 本当だ」


 ガズルが言ってアデルがうなずいた、そして二人はもしかしてと思い部屋を飛び出した、アデルはそのままホテルの外へ、ガズルはアリスを呼びに隣の部屋に駆け込んだ。



「着いたよ、メル」


 レイが幻聖石をしまうと二人はその場に落ちた、落ちると言うほど大げさな高さではなかった、街の入り口より少し入った所でレイはメルを抱いたまま着地した。


「……」


 メルからは返事がなかった、あまりの寒さと睡魔、何より先ほど霊剣を振り回したあたりから体調不良を訴えていた。ただの疲労だろうと本人は言っていたが、疲れ果てて寝てしまったのだろう。そしてそれはレイにも言えた事だった。


「ははは、もう僕って言わなくても良いんだな。俺も眠いや」


 レイはそう言うとメルを抱えたまま倒れた、エーテルの使い過ぎによる限界だった。


「ここまで来て行き倒れかな、ちきしょう……ついてないな」


 倒れて尚意識はしっかりとしていた、だがそれもすぐに睡魔に襲われる。

 雪が二人の身体に重くのし掛かるように積もっていく、身体は冷え切っていて冷たかった、とても人間の体温ではないぐらいに冷たかった。半袖で無茶をしすぎたからだ。


「ごめん……な……ア……デル…………」


 そして深い眠りについた。




 とても暖かいものがレイの上で寝ていた、レイは倒れてから二日も寝たきりで起きる様子すら伺えないほどの重傷だった。

 身体のほとんどは凍傷と低体温症から来る体内組織の破壊、それは間違いなく死を意味していた、だが奇跡的にもレイは生きていた、その証拠にまだ息はある。脈もあった。


「眠り続けてから丸二日か……」


 隣の部屋でアデルとガズル、アリスがそれぞれカップを手に持ってレイの事で心配していた、アデルは帽子をかぶったまま。ガズルは少し厚手の服を着て帽子は取っている。アリスはそのままの格好でそれぞれ椅子に座っていた。


「メルって子は無事だったけど、問題はレイだったなんて誰が想像したよ。でもメルもそろそろ体力の限界じゃないか? あれから丸二日寝ずの看病をしてるんだぜ、俺ならとっくにぶっ倒れてるよ。今は寝てるみたいだけどな。それにしてもレイは無茶をしてくれたぜ全く」


 アデルが小言を連発する、気持ちは分かるが今それを言わなくても良いのではないかとガズルは口をとがらす。アリスは二人の意見とは別にメルの事を心配していた。


「レイ君は大丈夫でしょう、なんて言ったってあんた達の仲間なんだから。問題はあのメルって女の子よ、以前は中央大陸で見掛けた事はあったけど、あの子身体が弱かったはずよ?」


 両手をあごのしたに組み目を細めながらメルを心配するアリスの顔があった、メルを起こさないように小さな声で呟きながら続ける。


「……あんた達ねぇ、その不思議そうな顔で私を見るの止めない? 私だって女の子だよ、それも年頃の。同じ年代の女の子が男の子を看病してるのよ? 何であなた達はレイ君の看病をしてやらないの? 何で全部あの子に押しつけたりしたのよ!」


「別に押しつけた訳じゃない、メルがそうしたいって言うから」


 アデルが苦い顔をしながら言った、アリスが呆れた様子でため息をつく。そして席を立つ。


「私、メルの様子を見てくるね」


 そう言って部屋を出た。


「……馬鹿奴等」


 ほぼあきらめ顔で隣の元自分の部屋のドアを開けた、ゆっくり音を立てないように慎重に開ける。


(……メルさんはともかく、このままじゃレイ君が危ないわね)


 近くにあった椅子に座り暫く考え込んだ、そして自分のバックの中をあさる。


「何か、薬は」

「……ん」


 ベッドの方から突如声が聞こえた、後ろを振り返り声の主を確認しようとアリスが立ち上がる。メルだった。ゆっくりと身体を起こしてアリスの方に目をやる。


「アリスさん、何をしてるんですか?」

「え、薬とか無いか探してたんだけど……」

「そうだったんですか、ちょっとビックリしました」


 慌てて笑顔を作るメル、だが何処か寂しそうな一面も見られた。


「ほら、あんたの分もあるから飲みなよ。二日間も寝ずの看病してたんだ、身体だってもうボロボロでしょう?」

「あ、有り難うございます」


 鞄の中から薬を一つ取り出しそれをメルに差し出した、不器用に受け取るとそれを水も無しに一気に飲み干した。カプセル状の薬はするりと喉を通った。


「それにしてもタフだね、以前中央大陸で会ったときは全然弱っていたのにね」

「そうですか? これでも結構辛いんですよ」


 笑いながら答えた、今度は本当の笑顔で笑った、以前に比べると少しは元気になっているかのようには見えるがそれも彼女が作り出す幻影だった。


「それにしてもレイ君は幸せだね」

「幸せ?」

「幸せだよ、こんなに可愛い女の子に看病して貰ってるんだからさ」

「ちょっと、止めて下さいよ。からかわないで下さい」

「からかってるつもりはさらさら無いよ、本当の事を言っただけだもん」


 アハハと少し意地悪気味に笑った、ムスッと顔を歪ませて笑うアリスの顔を睨んだ。でもすぐにメルも笑い出した。


「もう、冗談が過ぎますよ……」

「冗談じゃないってば、何時になったら起きるんだろうね彼」


 話を切り替えて方向を未だ眠り続けるレイの方を見た、苦しそうに眠るレイの顔は酷く歪んでいた。歯をがちがちと振るわせながら青ざめた表情で天井を向いたまま眠り続けている。


「このままじゃ、明日が峠だね」

「そんな!」

「辛いかも知れないけど、これが現実だよ。それに……」


 アリスはそこで喋るのを止めた、彼女はなぜそれほどまでにメルが泣いているのか、身体が震えているのかを理解出来なかった。

 理解したのは暫くしてからだった、最初は俯いたまま泣いていた彼女は次第に大声でレイの名前を呼びながら彼に抱きつくようにして泣いた。


「メル……あんた」

「えっぐ……え…………えっぐ」


 泣き続けるメルからは何も言葉が返ってこなかった、ずっとレイの事を抱きながら突然声がと切れた。


「……メル?」


 呼んでも返事は帰ってこなかった、黙ったままレイの身体を抱いている。


「ちょっとメル!?」

「……」

「冗談はやめ」


 メルの元に急いで駆けだし肩を揺らした、するとメルの身体は力が入っていないみたいにだらんとしていた、レイの頭の上に置かれた腕は顔のすぐそばに落ちた。


「メル……メル! メル!?」


 力の入っていない身体はとても重かった、とても女の子の力だけでは持ち上げる事は出来なかった。


「メルーーーー!」

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