第三話 中央大陸最南端の港町―グリーンズグリーン― Ⅱ

「逃げたぞぉ!」


 廊下に居た将校だろうか、吹き飛ばされずにいた兵士が一人そう叫んだ。レイは吹き飛ばされながらも確かに部屋の中を確認する。そして右手と左腕を十字に組み


「捕まえてみろ!」


 そう叫びながら落ちていった。


 先に窓の外へと飛んだガゼルの眼下には落下するアデルと無数の帝国兵士を捕らえた。すぐさま左手の手の平に重力波を作りアデルめがけてソレを投げた。


「起きろ寝坊助野郎!」


 重力球がアデルにぶつかると落下速度を速めて地面へと落ちていく。急な加速にもアデルは不思議と目を覚ますことはなかったが、地面に叩きつけられた衝撃でやっと目を覚ます。アデルが落下した場所は小規模のクレーターとなって周辺にいた帝国兵を吹き飛ばした。


「いってぇぇ!」


 激突した衝撃で目を覚ましたアデルは頭を押さえながらゆっくりと上体を起こす。そこには帝国兵士たちがショットパーソルを構えてこちらに銃口を向けていた。


「一体何がどうなってんだ」


 キョロキョロとあたりを見回しながら状況を確認する、そこに勢いよくガズルが着地する。続いてレイもアデルの隣に着地した。


「どういうことか説明しろよ二人とも」


 ゆっくりと埃をはたきながら立ち上がる。ガズルから二本の剣を受け取り腰に備え付けた。


「説明しろと言われても、見ての通り包囲されてるんだよ?」

「お前が寝てる間にこうなった、起きないから窓から投げ捨てて地面に叩きつけた」


 三人が会話している間にもジリジリと間を詰めてくる帝国兵達、三人は眉一つ動かさずゆっくりと詰め寄ってくる帝国兵士達を睨み各々戦闘態勢へと移行する。


「君達が、噂の少年か」


 兵士達の後ろのほうから声が聞こえた、三人はその声がした処へゆっくりと顔を向ける。すると中央にいた兵士たちは横に動き一本の道ができる。


「誰だあんた」


 アデルが睨みながら鞘から剣を引き抜く、開かれた道の奥から一人の男が姿を現した。赤いエルメア(軍服の事、アデルが来ているものと同じ)を纏うスラっとした男だった。


「帝国軍、特殊任務部隊中隊長『レイヴン・イフリート』、階級は中尉だ。君達を帝国反逆罪で逮捕する」


 淡々と話す、腰にぶら下げている剣は一般兵士達とは違い階級の高さを語っていた。


「もし、抵抗したら?」


 レイが口を開く、その両手には霊剣が握られている。いつでも切り掛かれるようにグリップを握りなおし肩の力を抜いた。アデルとガズルも同じく臨戦態勢をとる。


「その時は、わかっていますよね?」


 ニッコリと笑った、その笑みからは殺気が込められている。その気配に三人は一瞬で背筋が凍る。


「へへ……市民から金を巻き上げる次は子供相手に奇襲か。腐ってやがる!」


 ガズルが呟く、早朝の――目覚める前の街中ではその呟きもよく届く。レイヴンはキョトンとした顔で


「金を巻き上げる? 何のことですかな?」


 急に殺気が消えた、他の兵士たちも何事かとざわつき始める。中央にいたレイヴンは少し考えた末にゆっくりと口を開く。


「話を聞かせてもらいましょうか」


 三人は武装をそのままでお互いの顔を合わせる、最初に口を開いたのはレイだった。


「僕たちが反発してるのは確かだ、だが貴方達帝国が市民に対してしてる恐喝や強奪。それらを知らないとは言わせない!」


 一瞬レイヴンの細い目が片方だけ開く。まるでレイを観察するように。ひとしきりの沈黙の後開いた眼を閉じてため息をこぼす。腰に備え付けてある剣を引き抜くと一歩、また一歩と三人のもとへと歩みを始める。


「何かと思えば……我々帝国は市民を守る為日々周囲の警戒や魔物退治をしながら行動している。君たちの思い違いじゃないのかね?」


 足を止め三人に剣を向ける、その言葉に真っ先に反応したのがアデルだった。


「思い違いなんかじゃねぇ! 大体お前らは――」

「何をふざけた事を、お前ら帝国はいつだってそうだ!」


 言い終わる前に怒鳴り声が飛んできた。それは帝国兵士達の後ろのほうから聞こえてきた。兵士達は後ろを振り返るとそこにはこの町の住人が集まっていた。だがレイヴンは振り返らなかった。


「貴様ら帝国がこの町に何をしてくれた! 散々税金を重ね食料も片っ端から根こそぎ持っていきやがって! これでどうやって生活していくってんだ!」


 それは港にいた乗組員だった、それを皮切りにほかの市民たちも一斉に声を上げ始めた。その中には溜まりに溜まった鬱憤や不満、中には見せしめと言われ息子が殺されたと証言するものまで現れた。


「お前たち帝国がやっていくことがこれだ、これが声だ。これを聞いても俺達が思い違いをしてるといいたいか?」


 アデルが言う、その言葉に黙って怒鳴り声を聞いていたレイヴンはさらに沈黙する。静かに市民の声を聴き、何を言われているかを頭の中で整理する。

 ひとしきり怒号が繰り返され、市民のほうも言いたいことをほぼ言い終えたのだろう。ゆっくりと静けさを取り戻し始めた街にレイヴンの声がこだまする。


「この街の責任者を連れてこい、支部にて事情聴取を執り行う!」


 その声は街全体に響き渡るほどの大声だった。兵士達はレイ達三人に向けていたショットパーソルをゆっくりと下すとこの街の帝国拠点へと走り出した。


「君たちの言葉は正しいようだ、今日のところは連行する人間を間違えたようだね」


 険しい表情だったレイヴンはゆっくりと笑顔を作る、だがその細目からは再び三人に殺気を向ける。


「だが反逆罪は覆らない、次に会うときは君達を連行しなければならない。その時まで君達の事は保留としておこう」


 剣を鞘へと納めると後ろを振り返り、市民たちへと一礼する。そして彼もまた兵士達と同じ方向へと足を走らせた。三人はそれを目でゆっくりと追う。


「どう思うよレイ」


 肩についていた埃を落としながらアデルは問う。尋ねられたレイは走り去っていくレイヴンの背中を見ながら


「強い、それも確実に」


 そう、一言だけ呟いた。

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