第三話 中央大陸最南端の港町―グリーンズグリーン― Ⅲ

 その日の夕方、雪が降ってきた。

 吐く息はみな白く濁り遠くの山を見れば冬景色。これから始まる厳しい冬の到来を知らせる。

 レイ達三人は今朝の騒動の後港で情報を集めていた、今後この港に発着する船舶があるのか、どこへ向かう船なのかをその日ずっと聞き込みしていた。

 だが東大陸に向かう船は一隻も見られない。漁船でも何でもと考えた三人だったが考えが甘かったらしい、思えばこれだけの大雪が降る中漁に出る船も少ないだろう。あたりもすっかりと暗くなり、宿屋へと戻ろうとした時


「君達が噂の少年達かい?」


 今朝方同じようなセリフを聞いた、三人はまたかと少しウンザリした様子で後ろを振り向いた。そこにいたのは帝国兵士ではなく、ひょろっとした商人の姿だった。


「酒場で小耳に挟んだんだ、君達が今朝方帝国兵に噛み付いたって噂の少年達かい?」

「えぇ、たぶん僕達の事です」


 レイが答えた、商人というには格好だけで巨大な荷物も持っていない。持っているのは腰にぶら下げた短刀だけ、少し変わった風に見える。


「失礼、私は海上商業組合連合の者です」

「海上商業って事は~……ギルド?」

「はい、折いった相談があるのですが……ここでは何です。場所を移しませんか?」


 海上商業組合連合、通称ギルド。船で街々を渡り商売をする組織。通常は東大陸を拠点として中央大陸ではめったに見かけない人々である。彼らは常に儲けることしか頭にあらず、一般の旅人と会話することも少ない。もっぱら商人相手としか会話しないことで有名であった。


「珍しいですね、ギルドが旅人……ましてや僕達のような子供に相談とは」


 酒場でレイ達は商人と話をしていた。先も述べた通り彼らは通常旅人とは商売をしない、会話どころか目を合わせることすらない。


「君達の話はこの酒場で耳にしました、とてもお強いらしいですね。しかもその若さで帝国に喧嘩を売るとは」


 商人は水を片手に話し始めた。テーブルにはパンや魚の焼いた料理などが並べられている、これらは全て商人のおごりだという。


「結論から言いましょう。私たちは用心棒を探しています」

「用心棒?」


 魚にかぶりついていたアデルが反応する、喋りながらも焼き魚を頬張りながら時折水を口に運ぶ。


「はい、この所巨大な烏賊に襲われる事件が多発しておりまして。腕の立つ旅人を探していたところです。そこに君達の話を耳にし相談をしているのですよ」

「巨大烏賊というと、クラーケンとか?」


 一口サイズにパンをちぎって食べているガズルが質問する。


「その通り、この近海では見たことがなかったので私達の船には砲台もありません。武装していないので帰るに帰れず困っていたのですよ」

「クラーケンねぇ~」


 ガズルが食べていたパンを一度皿に戻して背もたれに寄りかかる、レイとアデルはそのまま食事を続けている。懐から小さなメモ帳を取り出しページをぱらぱらとめくった。


「海での戦闘はしたことがない上にクラーケンとなると俺達ですらどうにかできるとは思えないな、ほかに協力者とかはいるのか?」


 ガズルのメモ帳には現在確認されている指定巨大生物のリストが書かれていた、そこには三級脅威怪物モンスターとしてクラーケンが書かれている。


「いえ、この話をすると皆さん話を降りてしまうのでまだ誰も」

「じゃぁ俺達もお断りだ、三級脅威なんて一般の旅人が太刀打ちできるはずもねぇ。攻城兵器でも積んである船でならまだしもそれがないんじゃ……」


 そこまで言うとガズルは黙ってしまった、先ほどから喋らずに黙々と目の前の料理を食べている二人を見る。この話が聞こえているのか聞こえていないのか、話に参加せずに食べずつけている。


「お前らもこのおっさんに何とか言ってやってくれよ、大砲もないのに勝てるわけが――」

「おじさん、報酬はどうなってるんですか?」


 レイが話に割り込む、突然報酬の話をしだしたのだ。それを聞いてガズルが呆れた顔で続ける。


「人の話を聞いてたのかレイ、相手はクラーケンだぞ?」


 その言葉に今度はアデルが動きを止める。


「クラーケンだろ? 別に大したことないさ」


 啖呵を切るアデルに対してめまいを起こしテーブルに伏せるガズル、一つため息をついてから顔を上げる。


「三級脅威って言ってるだろアデル、上から三番目の危険モンスターなんだ。それをたったの三人で倒せるわけがないだろう。船だって沈めちまう怪物なんだぞ?」


 テーブルを叩くとそう怒鳴った。それにレイとアデルはキョトンとした顔で怒鳴った本人を見る、そのあと二人同時に笑いながら


「「倒したことのあるモンスターだよ」」


 二人同時にそう告げた。



 中央大陸の最南端の町グリーンズグリーンから出向してから約二時間、一人を除いては明るい笑い声が聞こえていた。楽しく笑う少年二人とその少年を取り囲んでいる数人の男達、その中で一番大きな体をした船員がガズルに向かって腕相撲を申し出てきた。


「どうだ坊主? 俺と腕相撲をやって勝てたら小遣いをやろう」

「おっさん、男に二言は許さないぜ?」


 ガズルが眼鏡を外しレイに放り投げ、近くにあった丸いテーブルに座った。そのやる気満々のガズルに周りの男達は一斉に盛り上がった。

 隣では賭け事が始まっている、勿論ガズルに掛けている者は誰もいなくすべて大男の方へと自然とガズルの方はガラガラになっていた。だが、そこに一つの紙幣がガズルの方へと置かれた、レイだ。


「大儲けさせてね?」

「任せとけ」


 力一杯右腕を伸ばしてレイに親指を突き出す、この盛り上がりに忘れられた男が目を覚ます、何事かと辺りを見回し適当な所でレイを捕まえて説明をさせた。


「何? ガズルがあの大男と腕相撲で掛け勝負だぁ?」


 アデルが呆れた顔でガズルの方を見る、それに対して事情を知らないレイがアデルに聞く。


「そうか、お前は知らないんだっけ? ガズルのパワーは並大抵じゃないんだ、背筋力からして化けモンだぜ。いくつだったかな……確か」


 アデルが淡々と説明をしている時に辺りから歓声が巻き起こった、何事かとレイが振り向くと大男が腕を押さえながら悶絶しているのが目に入った、その隣でガズルがやりすぎたと心配をしている。

 そっとアデルの方を見るとやれやれといった表情をしていた、そのままガズルの方へと歩き足を進める。隣に来るやいなや頭を一発軽く叩いて大男の腕を見る。


「あちゃ~、此奴は使い物にならないぜ? しばらくは安静にしてないと駄目だな」

「いてててて……何もんだ兄ちゃん達?」


 右腕を左手で押さえながら苦笑いをして三人に向かって言う、だが誰も答えなかった、三人は顔を見合わせてそのまま笑った、ただただ笑っているだけだった。

 暫くして騒ぎも収まり、雪降る海の上を大きな船が大波を立てて進んでいく。



「……」


 冬の妖精が舞い降りる頃、雪積もる平原の上で一人の少年が何か考え事をしていた。

 その少年は黒く肩ぐらいまで伸びている髪の毛をおでこの所にヘアバンドで止めていて、何処か悲しげな表情をしていた、右手にはショットパーソル(銃器の事、この場合は拳銃)を握って左手にはロングソードが握られていた。

 腰には何本かのナイフがしまわれている。彼の服には血がこびり付いている、彼の足下にはすでに肉片と化した元々人間だったはずの肉体がそこには有った。肉片から流れ出る血は雪の絨毯を赤く染めていた。


「……」

 

 少年は黙ったまま手に持っている剣を腰の鞘に収め銃を右のケースにそっとしまった、少年の先には二十代前半の青年が斧を持って立っている、その青年は少年に何かを告げてその場を去った。

 少年は俯いたまま一歩、又一歩と歩き始める、とぼとぼと……まるで誰かを捜しているかのようなその足取りはやがて止まり天を仰ぐ。


「どこだ……レイ」

 

 小さくそう呟いた。




 また、この少年も雪降る海の上で一人物思いにふける、他の船員達は全員寝静まって見張りの二人以外を残しては全員寝ていた。


「おーい、兄ちゃん! そんな所でそんな格好じゃ風邪引くぜ?」


 忠告ありがとうと一言だけ言い残しまた遙か遠くの大陸があるはずの方向だけをただ見つめていた。その少年は一つの手配書を手に取り何故こうなったのかをもう一度考え直していた。


「ギズー、待ってろよ」


 青いジャケットを着た少年は、手配書を破り捨てて空に放った。

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