最終章

第1節『約束』

「私の贖罪につきあわせてごめんなさいね。」

 神秘的な場所で、謎めいた声が聞こえる。

「いえ、自分で決めたことですから。」

 もう一つの声がそれに応えた。

「そう言ってもらえると救われるわ。」

「いずれにしても、彼らをこのままにしておくことはできません。その悪辣あくらつは常軌を逸しています。」

「そうね。アンデッド化による霊の死、それを介した人間の再生、そして更には世界の再構築…。実に恐ろしいことを考えたものだと思うわ。」

「まったくです。」

 互いの瞳をまっすぐに見つめあって言葉が交わされていく。

「禁忌と神秘に触れた彼の力はとてつもなく大きいわ。でも、あなたに彼を止めてほしいの。お願いできるかしら?」

 もうひとりがその言葉に静かに頷いて答えた。

「ありがとう。ただ、彼に対抗するのは、人間には到底無理なことなの。」

 そう言ってから、声の主はあるものを取り出した。

「これは私とあなたの間に結ばれたよすがよ。人間を捨てることと引き換えにあなたに天上の力を授けるわ。」

 その物体は、中央部に刻まれた呪印から白い魔法光をたたえている。

「覚悟はできています。」

「そう。それでは、契約をしましょう。」

「はい。」

 それから二人は、今では忘れられた古の魔法を口にし始めた。詩を詠むような、吟じるような音律で術式を紡いでいく。やがてそれは、受け取った者の胸元のあたりまでひとりでに移動すると、まばゆい魔法光を放ちながらその身に吸い込まれていった。全身をその光に包み込む。瞳を輝かせ、やがてその身に転身をもたらしていった。頭上には、まがい物ではない本物の天使の輪が形成され、背中には美しい翼が広がるではないか!その者はいま、文字通りに天使となった。


『我、メタトロンは汝と契約を交わす。我が力を受け容れよ。汝は神秘の継承者なり。我が意志を継ぎ、我が力をなせ。今、星々の見守りの中で永遠の約束をなそう。星々の盟約:Astral Dogma!』


 詠唱が終わると、天使化した者の身体を覆っていた光は静かにかげり、やがて消えていった。そこには、サファイアの瞳を持つ婦人と、麗しい天使の姿をした人物が佇んでいる。

「本当にごめんなさいね。あなたから人の生き方を奪うつもりはなかったのだけれど…。」

 婦人ははそう言って、天使の手を取った。

「お気になさらないでください。初めてここを訪れた時から、きっと運命に導かれていたんです。これは必然であると同時に私の選択でもあるのですから…。盟約に従って、きっと務めを果たします。」

「ありがとう。」

 その一部始終を、エメラルドの瞳を持つ少女が静かに見守っている。


「私からも、餞別せんべつがあります。」

 今度はその少女が口を開いた。

「これは、先ほどの術式、『星々の盟約』と同じ名を冠する秘宝です。神秘の法具で、彼女と契約をした者だけが扱えます。これをお持ちください。


 これは、その『神秘のティアラ』、『天使のローブ』とともに、あなたに大きな力を与えてくれるでしょう。きっと、またここに帰ってきてください。」

 そう言うと、少女は秘宝を天使に手渡した。

「約束するわ。きっとまた会いましょうね。」

 そう語る天使の荘厳な声を、サファイアとエメラルドの美しい瞳が見送った。


 * * *


 シーファ、リアン、カレンの3人は、今、リアンの部屋に集まって何事かを相談している。かわいらしいパジャマ姿であったが、その面持ちは真剣そのものだ。


「先生もずいぶんよね。検診用の術式を私たちにも教えてくれれば、失踪者を減らすことができるっていうのに!」

 不満を口にするシーファ。

「仕方ないわよ。先生たちにしてみれば、そんな危ないことを私たちにさせることはできないのですから。」

 そうとりなすカレン。その傍でリアンも頷いている。しかし、どうにもおさまりがつかないといった様子でシーファは言った。

「でも、この事態をこのままにはしておけないわ。でしょ?」

「気持ちはわかるですけど、私たちにできることはほとんどないのですよ。」

「リアンの言う通りよ。事をおおやけにできない以上、先生方にお任せするのが一番だわ。」

「なによもぅ、二人とも!私たちやニーアと同じ目にあっているはずの被害者がどんどん増えているのよ。それを何とも思わないわけ?」

 怒りの行き場がないようにして、シーファは言う。

「平気というわけではないわ。何とかしたいと思う気持ちは私だって同じよ。」

 カレンはうつむき加減にそれに応じた。

「シーファには何か考えがあるのですか?」

 見かねたリアンが訊ねてみるが、シーファは返事に窮してしまう。

「ね?私たちには無理なのよ。出しゃばって先生方の足を引っ張っては逆効果だわ。私たちは私たちにできることをして先生たちを手伝いましょう。」

 カレンのその言葉はもっともだった。

「いえ、考えがないわけではないわ!」

 しかし、シーファはそう言っておもむろに立ち上がった。

「姿を消す学徒には圧倒的に孤児が多いわ。しかも学業成績が優秀な人ばかり。だから、優秀な孤児を見張っていれば、必ずや失踪の現場を押さえることができるはずよ!間違いないわ!」

 その声に拍車がかかる。

「確かにその通りではあるけれど、実際には難しいわよ。友達を監視することにもなるし…。」

 慎重な姿勢崩さないカレン。

「誰か、心当たりがあるの?」

 そう訊ねてみたのはリアンだ。

「ニーアと一緒にアカデミーに来たミリアムなんてどう?彼女は優秀だし、孤児よ。」


 そのミリアムという学徒は、かつてノーデン平原で勃発した北方騎士団との領土争いの際、ニーアとともに戦災孤児となってアカデミーに保護された少女であった。ニーアと同じ上級生の看護のもとで育ち、二人は実の姉妹のようにして過ごしていた。彼女もまた、シーファ、ニーアに劣らない秀才で、魔術師科において堅実な成績を収めている。シーファは、次に天使化するのはミリアムではないかと白羽の矢を立てたのだ。


「監視というのは正直あまり気が進みませんが…。」

 カレンはなおも慎重だ。リアンはこくこくと頷いてそれに賛意を示した。

「そんなことを言っている場合ではないわよ!もうすぐ夏期休暇に入るけど、みんなが帰省してしまえば、事がうやむやになりかねないわ。何としても夏期休暇の前に失踪事件の真相を掴まないと!」

 揺るぎない決意を見せるシーファ。

「それじゃあ、せめてミリアムさんに事情を話しませんか?先生方の協力を仰ぐこともできるでしょうし。」

 そう言うカレンに、

「それではダメよ。先生方にお願いしたら、卵を取り出して終わりになってしまうもの。そうじゃなくて、なんとしても失踪の、その現場を押さえなきゃ。それが誘拐なのか、自発的な蒸発なのかはわからないけれど、この失踪事件に何か裏があるのは疑いない事実よ!ニーアや私の身に起こったようなことの後で、更に何か核心的な秘密が続くはずなのよ!」

 シーファはすっかり悦に入ってしまったいる。その顔を、困った様子でリアンとカレンが見つめていた。

「ね、一緒にやりましょう!きっとうまくいくわ。真相にたどり着けば、先生方だってきっと私たちを見直してくださるわよ!」

 そう言って、ふたりを強引に勧誘するシーファ。

「わかりました。あなたがそこまでいうなら、やってみましょう。」

 やむなくもとうとう折れたカレンに、

「本当にやるのですか!?」

 驚きを隠せない様子でリアンが確認を求めている。

「シーファは一度言い出したら聞かないもの。ひとりで無茶をされても困るし、私たちも手伝いましょう!」

 そう言ってカレンはリアンの顔を見た。リアンは、どうにもやるせない諦めた表情を浮かべていた。


「これで話は決まったわね!夏期補習中に決着をつけるわよ!明日から早速決行ね!」

「でも、準備は大丈夫なのですか?万一のことだってあるはずです。」

 事ここに至っても、カレンは極めて冷静だ。

「私は、大丈夫よ。このレイピアもあるし。心配なのはむしろあなたたちの方だわ。」

 そう言うシーファに、

「別にこのために用意していたわけではないのですが…。」

 カレンは荷物の中からあるものを取り出して二人に見せた。

「看護学部の学徒が刃物を持つことは本当は禁止なのですが、まぁ、私は死霊学部の学徒でもあるわけなので…。」

 それは、人為のオパールでできた見事な短刀だった。


「これで、私の回復術式と攻撃術式の効果を高められます。万一の時の護身くらいには役に立つでしょう。」

「すごいじゃない!これ、どうしたの?」

「先日、ネクロマンサーの組合の依頼で仕事に出かけた時、褒章としてもらいました。オパールは人為のものですが、それでも強い力を持つ術式媒体です。」

 そう言ってから、カレンは荷物の中にそれを戻した。


「カレン、すごいのですよ。私のもみてほしいのです!」

 リアンもまた、ごそごそと荷物から何かを取り出した。それは、刀身の全てがクリスタルでできた美しいショートソードで、その刃には複雑に呪印が施されており、極めて強い力を秘めていることは明らかだった。


「やるわね、リアン!これどうしたの?」

「えへへ、内緒です。」

 声を上ずらせて訊ねるシーファに、リアンは照れくさそうにそう答えた。

「いずれにしても、準備は万端というわけね。これで事件解決に近づけるわ!」

 一層熱を帯びていくシーファに、

「お願いですから、無茶はしないでくださいね。私たちの命は、それを助けてくれた先生方のものでもあるのだから。」

 カレンが率直に懸念を伝えている。

「わかってるわよ。先生方のご恩に報いるためにも、この事件の真相を暴かないと。」

 そう言ってシーファは目を輝かせた。その横で、リアンがまたごそごそと先ほどの刀剣を片付けている。

「ターゲットは、ミリアム。彼女が変わった動きを見せたら、その後を追いましょう!いいわね。」

 シーファの言葉に二人は頷いて答えた。


 翌朝から夏期休暇前の補習が始まる。休暇が始まってしまえば大半の学徒が実家に帰省するため、もはや事件を追えなってしまうのだ。もちろん、孤児たちはアカデミーの寮に残る訳だが、その間の状況を帰省組が直接把握することは難しい。帰省組と孤児たちが生活を共有できるのは、補修期間中に限られるという訳だ。

 不思議な熱を帯びた真夏の夜がゆっくりとふけていく。


 * * *


 やがて夜が明ける。その朝、3人は揃ってリアンの部屋から教室に向かった。ミリアムと同じ教室のシーファが彼女の動向を主に見守り、何かあればすぐ二人に連絡するということで段取りが整えられた。

 補習1日目は、ミリアム少女に特に変わったことはなかった。午後の講義がはけてからもシーファはずっと目を光らせていたが、何かを掴むことはできないままに時間だけが無為に過ぎていく。補習2日目も同様であった。夏期休暇までは残すところ1週間あまり、シーファの内心に焦りが生じ始めた補習3日目のお昼過ぎのことである。遂に事態は動いた!


 それは、午後の2コマ目の講義の時である。くだんのミリアムの様子がおかしいことにシーファは気づいたのだ。通常の座学であるにもかかわらず、その少女は、講義中に肩を大きく上下させ、首筋に冷や汗をかいている。呼吸もずいぶんと荒いように見える。シーファはその様子を注意深く見守った。

 講義後、ミリアムは熱に浮かされたかのように、ふらふらと教室を出て行った。その目は焦点が定まらず、全身にぐっしょりと汗をかいていて、その体温が異常に上がっているのであろうことは、外からでも容易にうかがわれた。彼女はふらふらと聖堂の方に向かっていく。教室を出たところで、シーファは通信機能付光学魔術記録装置を取り出し、カレンに連絡をとった。

「カレン、ミリアムに動きがあるわ。どうも聖堂に向かっているようなの。リアンと一緒にすぐに来てちょうだい!」

 そう伝えた後、ミリアムと一定の距離を保ちながらその後をつけて行った。そうしている間にも、ミリアムの様子はいよいよおかしくなり、狭い廊下を壁にぶつかりながら蛇行し始め、まるで意識が半分ないかのようだ。身体からは妖しげな魔法光が放たれ、制服からのぞく素肌の部分は、心なしかエーテル化しているようにも見える。すれ違う学徒達はその異様な姿をいぶかしそうに見送っていたが、そんなことはお構いなしに、彼女は聖堂に向かってふらふらと進んで行く。

 途中の廊下で、シーファはカレン、リアンと合流した。

「どうなのですか?」

 そう問うカレンに、

「あれを見て。」

 とシーファが指さした。その先では、いよいよ怪しい光を放ちながらなおよろよろと進むミリアムの姿があった。

「確かに、異常ですね。ニーアの時に似ています。」

 カレンの指摘は正確だ。リアンはおそるおそるその背中を目で追っている。

「行きましょう!」

 シーファの合図で、3人はミリアムの後をつけていった。やがて、ひと気のないだだっ広い聖堂にたどり着く。外から入り口を通して祭壇の方をそっと覗き見ると、この時間には誰もいないはずの聖堂に、ローブを着た怪しい人影があって、手招きでミリアムを迎えているではないか!ミリアムはその仕草に吸い込まれるようにして、おぼつかない足取りで進んで行く。


「あれが黒幕に違いないわ。」

 シーファは確信を抱く。

「すぐに先生方に伝えましょう。」

 カレンの選択は正しかったが、はやるシーファにもはや聞く耳はなかった。止めるカレンの手を振りほどいて、さっと聖堂の中に入ると、その人影に向かって警告を発したのだ。

「『アカデミー治安維持部隊』の者です。あなたは何者ですか!所属と目的を明らかにしなさい。これは命令です。繰り返します!名前を述べ、所属と目的を明らかにしなさい!」

 こうなっては仕方がない。カレンとリアンもシーファのそばに駆け寄った。人影は息巻くシーファを一顧だにすることなく、ただただ手招きを続ける。ミリアムは、どんどんとそれに近づいて行った。

「やめなさい!すぐに応じなければ強制的に排除します。これは命令です!」

 再度シーファが警告を発するが、人影は意にも会していないようだ。ミリアムがいよいよその人影の手を取ろうかというところで、シーファはその不審者めがけて『火の玉:Fire Ball』の術式を繰り出した。


 その火球は巧みな軌道を描き、ミリアムの身体をかわしつつその人影に命中した。怪人は、燃えるローブの火を手で払い消すが、そのために手招きが止んだ瞬間、ミリアムは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。どうやら、その手の動きがミリアムを手繰っていたのは間違いない!

 人影は、ゆっくりと視線を3人の少女の方に移すと、口を開いて低くおぞましい声を発した。

「崇高なる魂の導きを妨げる愚かな者どもよ。邪魔は許さん。」

 そう言うや、3人に向かって『炎の潮流:Flaming Stream』の術式を繰り出す。その威力は模擬戦などで見かけるものとは桁違いで、炎が文字通りに荒れ狂う波となって3人に襲い掛かってきた!少女たちはさっと分かれて各々会堂の椅子の背面に身を隠して凌ごうとするが、眼前の椅子は大きな炎を上げて盛んに燃え始めた。こうなってはやるしかない!なによりミリアムが危険だ!3人は各々得物を取り出し、怪人との距離を慎重に測って身構えた。その場に鋭い緊張が走る!

 この時間の聖堂に人が来ることはまずない。そもそもここは週末毎の礼拝と『アカデミーによる葬送』の儀式以外に使われることはほとんどないのだ。増援は当てにできない!自分たちでやるしかないのだ。武具を持つ手にぐっと力がこもった!!


 * * *


「最後の警告です。彼女を置いて投降しなさい。次はありません。抵抗をやめて直ちに投降しなさい!」

 しかし、その言葉が相手に届く様子は全くない。今度はその手から『招雷』の術式が繰り出される。会堂中に稲妻がほとばしり、調度品や椅子がけたたましい音ともに一斉に火をあげた。3人は、防御術式で懸命にその身をかばうが、相手の魔法威力は相当なもので、障壁を支える手指や腕が傷ついていく。体中に痛みが走った。

「覚悟を決めるしかありません!」

 そう言って、カレンはオパールの短刀を媒体として『帯電した雲:Thunder Clouds』の術式を撃ち放つ!瞬く間に会堂内には所狭しと暗雲がたちこめ、そこから幾筋もの稲妻がほとばしった。ローブの怪人は『転移:Magic Transport』の術式を小刻みに繰り返しながら巧みにその稲妻をかわしにかかるが、それでも幾筋かの雷撃がその身を捉えた!稲妻が命中した個所のローブは裂け、そこからは火が噴き出す。間髪入れずに、今度はリアンが『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords』を繰り出した。水晶のショートソードで拡張されたその術式には十分な輻輳が効いており、その威力と効果は高い!移動範囲の限られる会堂内で逃げ場を失った怪人はその動きを的確にとらえて、ローブをずたずたに引き裂かれていく。やがて、ローブの残滓がすべて剥がれ落ち、怪人はその禍々しい正体を3人の前に曝け出した。その姿を目の当たりにして、3人は完全に言葉を失ってしまう!


「あれはいったい何なの!?」

 驚きを隠せないシーファ。

「とにかく、止めるしかありません。」

 カレンは必死に冷静を保とうとうするが、リアンはすでに恐怖の虜だ。その異形の姿は天使と言えば天使であったが、全体的には禍々しい威容を醸し出しており、そこにただならぬ殺気を漂わせていた。

 刹那、その手から閃光がほとばしる。見たことのない術式だ。それは周囲の調度品や椅子をごみ屑のように破壊しながら3人に迫って来た!力を合わせて障壁を何重にも展開し、かろうじてそれに耐えるが、手指には激痛が走り、支える腕はがくがくとふるえる。腰はくだけ、脚には力が入らない。障壁は今にも破られそうだが、相手に容赦はない。早く、早くミリアムを助けなければ!しかし、焦るのは気ばかりで、その圧倒的な力の前に3人の少女たちはどんどんと追い込まれていった。


 * * *


「お前たち、ここで何をしている!」

 聞きなれた声がして振り返ると、そこにはウィザードたちがいた。どうやらこの騒動を聞きつけて駆けつけてくれたようだ!

「まったく、学習能力のない劣等生どもめ。無茶をする前に連絡しろとあれほど言っただろうが!」

 叱責の声が聖堂にこだました。

「先生!」

 リアンがネクロマンサーのローブにしがみつく。

「大丈夫よ。あとは任せて、あなたたちは早く外に出なさい。」

 そう言って、少女たちを聖堂の外へと導いた。さすがのシーファも、相手との圧倒的な実力差の前に観念したらしい。あとの二人をかばうようにして聖堂から出て行った。

「さて、久々のご対面だな。ここからはあたしらが相手だぜ。」

 真紅のフランヴェルジュを構えてウィザードが言い放つ。ソーサラーとネクロマンサーも同様だ。ネクロマンサーは、かつてのワンドをより強力な杖に改良していた。


 再び異形の天使が両手から閃光を放つが、ソーサラーは大きな『光の盾:Light Shield』を展開してそれを防いだ。ただ、その閃光の威力は思う以上に高く、頑丈なはずの障壁をびりびりと揺らしている。

「いつまでももたないわよ。とにかく相手を攻撃して!」

 ソーサラーの声に合わせて、ネクロマンサーは死霊を召喚した。しかし、相手は対霊術式をも心得ているようで、巧みに死霊を消し去っていく。ウィザードもいくつかの火と光の術式を繰り出してはみたが、芳しい効果は得られないようだ。

 しかし、異形の天使は、その間隙を縫ってなおも見たこともない術式を繰り出してくる。今度はその手から漂う雲のようなものを放ってきた。それは瞬く間にネクロマンサーの全身を捉える。だめだ、防御が間に合わない!その雲は彼女の身体にすっかりまとわりつくと、強力な雷撃でその全身を撃った。叫び声をあげてその場にうずくまるネクロマンサー。直撃を受けて肩で息をしながら、彼女は膝をついて痛みに耐えている。

「ちくしょう。やりやがる。だが、これでどうだ!」

 そう言うなり、高威力の『殲滅光弾:Strike Nova』を繰り出すウィザード。しかし、なんとも驚くことに、相手はその光弾をウィザードめがけてはじき返してくるではないか!想像だにしない反撃を受けたウィザードは、防御障壁の咄嗟の展開にこそ成功したものの、その障壁ごと大きく後ろ手に吹き飛ばされて、聖堂の壁に身体を強打した。全身に激痛が走り、口元に血が滲む。

「くそぅ、なんてやつだ。」

 鉄臭い血をぬぐいながら、相手を見据えるウィザード。痛みが激し息が詰まって、まだ立つことはままならない。ソーサラーは、その間にも立て続けに繰り出される術式から自分とふたりを守るのに精いっぱいで、攻撃に転じることができないでいた。

 その時だ。聖堂の入り口からか細い詠唱の声が聞こえてくる!


『閃光と雷を司る者よ。法具を介して加護を請う。火と光を司る者とともになして、わが手に矢を撃ち出さしめよ!光よ、走れ!光の矢:Star Light Arrows!』


 声の主はリアンだった!手にした水晶のショートソードからは無数の光の矢が撃ち出され、その不気味な天使を的確に捉えていく。『転移:Magic Transport』の術式を小刻みに繰り返して回避を図るが、矢の数はあまりにも多く、その運動は追いつかない。やがて光の群れに捉えられ、異形の天使は聖堂の奥の祭壇に釘付けになった。そのまま魔力枯渇を起こしてその場にへたり込むリアンの身体をカレンが支えている。


「よくやったわ、リアン。これでとどめよ!」

 リアンの決死の機転でようやく反撃の機会を得たソーサラーが殲滅性の究極術式を繰り出す。『収束線流:Water Raid Beam』だ!その手から超高圧の水流が光線のようにほとばしり、光の矢によって動きを封じられた異形の身体の中心を捉えて貫き切り裂いた!

 それは、けたたましい悲鳴を上げて、およそ人間のものとは異なるどす黒い色の血液を大量に噴き出しながら膝からその場に崩れ落ち、そして動かなくなった。目前の脅威は、なんとかかんとか去ったようではあったが、しかし、そこにいる全員が重度の疲労困憊で、口もきけないほどに荒く息をしている。喧騒が沈黙に塗り替えられていく…。


 * * *


 しかし、その沈黙は、その場にはあまりにも不似合いな拍手の音によって俄かに打ち破られた。それは異形の倒れた場所の更に奥、祭祀用の祭壇の裏から聞こえてきた。

「いやぁ、お見事、お見事。」

 3人の先生たちはその声に聞き確かな聞き覚えがある。マークスだ!声の方を見やると、手を打ち鳴らす、かのマークス・バレンティウヌの姿がしかとそこにあった。

「マークス!」

 ウィザードがその顔をにらみつけ、ソーサラーとネクロマンサーも体制を整えて構えを新たにする。

「君たちには毎度毎度手を焼かされる。せっかく『アーカム』を破壊したのに、まだ懲りずに私の邪魔をするとは。ほとほと救いようのない不良どもだ。」

 彼は3人をじっと見据えた。

「あなたが黒幕なのはわかっているのよ。悪事はここまで!観念しなさい!」

 気迫を込めてソーサラーが迫る。

「結構、結構。その強さは実に素晴らしい。君たちを天使化すれば、さぞ素晴らしい卵が得られるだろうなぁ。」

 マークスはそう言って高らかに笑った。

「ふざけたことを。なめてるとぶっ飛ばすぞ!」

 くってかかるウィザード。

「まぁまぁ、落ち着きたまえ。そんなに死に急ぐなら、希望を叶えてあげよう。準備はすでに万端なのだ。そして私は慈悲深い…。」

 そう言うと、マークスは詠唱を始めた。


『呪われた者どもよ、我がもとに集え。その穢れた力を用いて我が敵を滅ぼすのだ!Summon of Fallen-Angel P.A.C.!』


 もはやお馴染みの召喚術式が展開される!聖堂の床に巨大な魔法陣が広がって、おびただしい量の魔法光を乱雑に放ちながら、神々しさと禍々しさの同居する異様な存在が、その姿をゆっくりと現した。


 それは甲冑付きのローブを身に着けた天使のような姿をしており、たぎる魔力を煙のようにその周囲に漂わせていた。閉じたその瞳が開くや、あたりは強烈な光で真っ白になり、その場にいる先生と少女たちを聖堂の壁に強烈に叩きつける。致死性の術式でこそなかったが、一種の衝撃波であるそれがもたらす苦痛は相当のもので、全員が床にへたりこんでその痛みを味わっている。その存在の周囲と翼を異様な色の魔法光が複雑に彩っている。彼我の力量の差は明らかだった。


「見たかね。これが私の最高傑作だよ。」

 そう語るマークス。

「これまで君たちにはさんざん煮え湯を飲まされてきたがね、ついにこの時を迎えることができたのだよ。圧倒的な力で君たちを蹂躙できる時がね!」

 その顔に不気味な笑みが浮かんだ。

 痛みに耐えつつ、ウィザードは『星光爆発:Star Light Explosion』の究極術式を放ったが、それを真正面から受けてなお、びくともしなかった。『神秘のティアラ』を身に着けて引き出した究極術式が全く通用しない!それは彼女たちにとって、絶望以外の何ものでもなかった。あのウィザードの顔が恐怖の色彩に染まっていくのがわかる。まさに驚愕であった。

「それで終わりかね?もうよかろう。」

 マークスは既に勝利を確信している。

「それではグランド・フィナーレだ。君たちの顔はもう見飽きたよ。死にたまえ。」

 そう言って、彼が手を掲げようとした、その時だった!


「卵よ。卵を使って!」

 聞き覚えのある、どこか懐かしい感じのする声が、その場に響き渡った。

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