第4節『奔走と失踪』
ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの3人は、いまインディゴ・モースにある『ハルトマン・マギックス』の本社にリセーナ・ハルトマンを訪ねていた。『竜の瞳』の一件以来、良好な関係を築いている彼女たちを、リセーナは快く迎え入れてくれた。応接室に通され、リセーナの入室を待っている。
「グランデ・トワイライトもそうだが、インディゴ・モースにある店ってのは、どうしてどこもこうでかいんだ。」
ウィザードは驚きを隠せないでいる。
「ちょっと落ち着きなさいよ。大人気ない。ここはそういう街なのよ。」
余裕を見せる貴族令嬢のソーサラーの横で、ネクロマンサーが笑っていた。
「とにかく、リセーナさんからその術式を教わる必要があります。『竜の瞳』がその行使に必須でないことを祈りましょう。」
そういうネクロマンサーの言葉にふたりは頷いた。やがて、扉が開き、リセーナが姿を現す。
「お待たせしてごめんなさいね。」
そう言って部屋に入ると、リセーナは3人の向かいに座った。
「先日は大変でしたね。」
話題を切り出すリセーナ。
「まったくだぜ、あのときあんたが偶然居合わせてなきゃあ、シーファを救うことはできなかったんだ。本当に感謝しているぜ。改めて礼を言うよ。ありがとう。」
「いいんですよ。あなた方が今日お越しになった理由は分かっています。『天使の卵』のことですね?」
頷く3人。
「以前、バレンシア山脈に連れて行っていただいた際、私の目的があなた方と同じだと申し上げたのを覚えていらっしゃいますか?私は、ある情報筋からアカデミーの計画のことを知ったのです。それで、被検体にされた者の身体から『天使の卵』を摘出する方法を研究していました。先日御覧に入れたのはその成果の一端ですわ。」
「それじゃあ…。」
そう言いかけたウィザードたちに向かって、
「はい、卵の摘出方法は確立しています。天使化の発動が完全に終わってしまう前に、被験者の体内に形成された卵を、特定の術式を使って取り出せば、犠牲を出さずに救い出すことができます。」
リセーナはそう言った。
3人の顔に安堵の色が広がる。
「しかし、その術式の行使に『竜の瞳』が必要なのではないのですか?」
核心を訊ねるネクロマンサー。
「いいえ、ご心配なく。『竜の瞳』を媒体にした方が術式の引き出しが安定するのは確かですか、それがなくても慎重に魔法出力を調整しさえすれば、卵の摘出自体は不可能ではありません。」
「よかった。それは朗報です。」
安堵するネクロマンサー。どうやら、最大の懸念は、解決したようだ。
「それで、天使化の兆候はどうやってつかめばいいの?」
ソーサラーが訊いた。リセーナは小さく首を振ってから、
「残念ながら、天使化の兆候を事前につかむことは困難です。私が知る限りでは、天使化はその適性をもつ被験者に何らかの形で注入された因子が反応することで起こります。反応が急性化するのは、何らかの精神的、あるいは
そう言って、用意されたコーヒーを口に含んだ。なおも言葉を続ける。
「ですから、確実に被験者を救済するためには、総当たり的にこの術式を行使しなければなりません。みなさんは、アカデミーで無差別の検査を実施するご予定がおありですか?」
リセーナがそう訊ねた。
「いいえ。事柄の性質上、今のタイミングで真相を公にすることはできません。ですから当面は私たち3人だけで対処にあたります。できることは限定的になりますが、指をくわえてみているわけにはいきませんから。」
現時点での見通しをネクロマンサーがリセーナに伝える。
「そうですか…。」
そう言ったリセーナの表情に一瞬安堵の色が浮かんだようにも見えたが、その時にはそれほど気にするまでもないように思えた。
「それで…。」
ネクロマンサーは続ける。
「リセーナさんが開発に成功した、卵の摘出のための術式を私たちにご教示いただくことはできますか?」
「もちろんです。先にも申し上げたように、みなさんと私の目的は同じです。アカデミーの学徒のみなさんを救うのに拒む理由はありません。喜んでお教えしましょう。」
そう言ってリセーナは、執事を呼び、私室からここに何かを持ってくるよう指示した。執事は黙礼の後、静かに応接室を後にする。
「しばらくお待ちください。術式はスクリプト《魔法の巻物》にまとめてあります。今取りに行かせていますから。」
そう言って、更にコーヒーを口に運んだ。
しばらくしてノックが聞こえ、先ほどの執事が入室してくる。
「お待たせしました、COO《最高執行責任者》。ご依頼のものです。」
「ありがとう。」
執事からスクリプトを受け取ると、リセーナはそれを応接机の上に広げて3人に見せた。
「この術式はかなり高度なものですから、本来は『竜の瞳』など、力の強い術式媒体を介してその力を引き出すのが望ましいのです。しかし、一般的な術式媒体であっても、魔法力を大きく調整すれば行使自体は可能ですわ。人為のものでもよいので、なるべく法石を携えた媒体をご使用ください。あのとき見せていただいたルビーの剣などはうってつけです。その点にさえ留意していただければ、危険なく被験者から卵を摘出することができます。卵は、魔法陣を通して浮き上がってきますが、絶対に無理に引き抜いてはいきません。魔法陣の上に完全に浮かび上がって静止するのを待ってから、しずかに取り除いてください。持ち主と卵は生命の深いところでつながっていますから、無理やりな摘出は命にかかわります。」
術式の展開方法をリセーナは丁寧に説明した。
「気を付けるのは、その2点でいいわけね?」
確認するソーサラーに、彼女は頷いて答えた。
「高度な術式ですから、行使者にはそれなりの負荷がかかります。くれぐれもご無理をなさいませんよう。」
そう言ってネクロマンサーを見やる。
「大丈夫です。十分に用意をして臨むつもりですから。」
彼女の心配にネクロマンサーはそう言って応えた。
「このスクリプトはお持ちください。3つあった方がよいと思いますから、写しをとらせましょう。」
そう言うと、リセーナは再び執事を呼んだ。
「悪いけれど、これをあと2部複製してちょうだい。」
「かしこまりました。」
執事がスクリプトを携えて部屋後にする。
「しばらくお待ちくださいね。その間、『ハルトマン・ビスケット』でもお召し上がりください。」
そう言って、応接机の上に用意されていた赤いルビー色のジャムをはさんだビスケットを3人に進めた。
『ハルトマン・ビスケット』は、リセーナの会社がまだ『ハルトマン魔法万販売所』と名乗っていたころからの名品で、同店のお土産品として人気を博していた。3人にとっても、子どもころから食べ慣れた有名なお菓子である。以前は、普通のカスタードクリームをはさんだだけのものであったが、姉のカリーナが『人為のルビー』の錬成に成功してからは、それを象徴するかのように、ルビー色のジャムが添えられるようになっていた。
4人がしばし歓談していると、再びノックが聞こえて、執事が入室してきた。そこには計3巻のスクリプトが携えられている。
「お待たせしました、COO。」
執事は、それらをリセーナに渡した。
「ありがとう。下がっていいわ。」
「かしこまりました。」
そのやり取りの後、リセーナが3人それぞれにスクリプトを手渡してくれた。
「みなさんのご健闘をお祈りしています。うまくいきますように。」
そう言って手を差し出すリセーナに、
「ありがとう。きっと学徒達を救って見せるよ。」
ウィザードが握手して応えた。ソーサラーとネクロマンサーもそこに手を重ねる。
「本当に助かりました。」
「どういたしまして。」
そうして、3人は『ハルトマン・マギックス』本社を後にした。時刻はちょうどお昼前、その日は曇天で、太陽は厚い雲の裏で白い顔を見え隠れさせている。雨が降り出す様子ではなかったが、湿度は高く、いやにむしむしする日であった。
3人は、インディゴ・モース街から、サンフレッチェ大橋を南に下って、マーチン通りへと入り、そのままアカデミーに帰還した。『天使の秘薬』の因子は強い魔法力や優れた魔法の資質に反応するという。それは、優秀な学徒ほど天使化の危険が高いということことを意味していた。ならば気になるのは、今年の中等部1年の中でも特に目立つリアンとカレンだ。リアンは制御こそ不安定だが、並々ならぬ魔法の素質を有しているし、カレンは、ひとつが際立つというわけではないものの、バランスが取れていて、総合力という点で非常に優れていた。アカデミーに戻ったら、二人を呼び出し、事情を話して術式の展開を試みることにしよう。そういうことで話が決まった。
西に進む太陽と反対に、3人は学舎に向けてアカデミー前の大通りを東に進路を取る。
* * *
アカデミーに戻った3人はひとまず食堂に寄って昼食を済ませ、午後の講義時間をそれぞれに過ごしてから、ウィザードの執務室に集合した。そこで、リセーナから教えられた術式を試してみるつもりでいるのだ。二人の少女への呼び出しは、教員室からウィザードが既に済ませている。看護学部の雑用があるとしてネクロマンサーだけが少し遅れたが、その彼女も合流して、今は少女たちの到着を待つばかりとなっていた。午後の講義が長引いているのか、なかなか姿を現さない。講義終了の鐘が鳴ってから40分ほどを経た時であろうか、執務室のドアをノックする音が聞こえた。
「入れ!」
ウィザードのその声に反応して、
「失礼します。」
という声とともに、少女たちが入室してきた。呼び出したのはリアンとカレンだけだったが、シーファも二人に同行しているようだ。
「よく来てくれた。今日はお前たちに相談がある。」
そう言って、ウィザードは少女たちを呼んだ理由を説明し始めた。はじめ少女たちは意味がよくわからないという顔をしていたが、その話が、具体的にニーアとシーファの異変について及ぶと、
「驚くのも無理はない。」
ウィザードが続ける。
「あたしたちだっていまだに信じられないでいる。しかし、今、このアカデミーで大きな陰謀が行われているのは間違いないんだ。それは先日のニーアとシーファの一件が如実に物語っている。あたしたちはお前たちを守りたい。」
その真剣な茜色の瞳を少女たちはまっすぐに見つめていた。
「それで、リアン、カレン。お前たちの身体に『天使の卵』が形成されていないかどうか検査させてほしい。シーファにはこの意味が分かるはずだ。」
シーファの顔を見やると、
「はい。私からもお願いします。二人を、そしてみんなを助けてください。」
彼女は、そう言った。
「それでは始めましょう。」
そう言って、ネクロマンサーがまずはリアンをソファに寝かせた。
「心配はいらない。今の段階では危険はないんだ。安心して任せてくれ。」
ウィザードがおびえた表情のリアンを力づける。術式は3人の中で最も魔法力に優れ、氷の剣という優れた術式媒体をもつソーサラーが実施することに決まった。彼女は、先ほどリセーナから受け取ったスクリプトを真剣に見やっている。術式はすでに頭に入っているようだ。
「それじゃあ、始めるわよ。リアン、大丈夫。私を信じて。」
そう言うとソーサラーは氷の剣を彼女の胸元に掲げて詠唱を始めた。
『人智の全てを見通す者よ。法具を介して助力を請わん。この者の内に胎動する古の生命の源を我が前に示せ。それを取り出し取り分けん。神秘を拭い去り、人にかえさん!非天秘術:Anti-Angel!』
詠唱が終わると、氷の剣をかざしたところ、ちょうどリアンの小さな鎖骨のあるあたりに魔法陣が展開し、その中央がまばゆい魔法光をたたえ始めた。やがてそこからゆっくりと卵様の物体がせり出してくる。急いで摘出してはいけないというリセーナの言葉を思い出し、卵が完全に魔法陣の上に現れて静止するまで、慎重に様子を見守った。シーファはもとより、この現象を始めて目にするカレンは驚きを隠せないようだ。リアンは顔をあお向けて口を開き、苦しそうに息を荒げている。卵はゆっくりと魔法陣の上に浮かび上がり、そこで止まった。シーファの時もそうであったが、その卵自身、まるで生きているかのようである。
ソーサラーは氷の剣を置き、両手で静かにその卵を取り出した。その所作に従って、リアンの胸元に展開していた魔法陣が光を弱めて閉じていく。リアンの顔からは幾分苦痛の色が和らぎ、息の荒さが静まってきたようだ。彼女は静かに上体を起こした。
「終わったのですか?」
ウィザードを見て心配そうにそう言った。
「ああ、無事に終わった。やっぱりこれがあったぜ。」
その言葉を受けて、ソーサラーがリアンに卵を見せた。
「これが私の中にあったのですか!?」
リアンは目を大きく丸くしている。状況が俄かに信じられないといった様子だ。
「もう大丈夫ですよ。」
そう言うとネクロマンサーはリアンの身体をそっと支えて立たせ、傍にある別の椅子に座らせた。
「気分はどうですか?」
「はい、もう落ち着きましたです。」
小さな声でリアンが答える。シーファの顔にも安堵の色が見えるが、対照的にカレンは全身に緊張を巡らせていた。そう、次は彼女の番なのだ。自分の中からもあの不思議な物体が姿を現すかもしれない。そう思うと彼女の心はすっかり不安にとらわれていた。
* * *
「大丈夫よ。さぁ、横になって。」
ネクロマンサーがソファに横になるようにカレンに促す。カレンは静かにそこに身体を横たえた。
「今度は私がやってみます。」
そう言って、ネクロマンサーは人為のロードクロサイトのワンドを取り出した。
「先生、お願いします。」
カレンはその顔を見やる。
「任せておいて。きっとあなたを助けるわ。」
ネクロマンサーはワンドをカレンの胸元に掲げ、リセーナから教わった術式の詠唱を始めた。
リアンの時と同じようにカレンの胸にも魔法陣が浮かび、やがてその上に卵が姿を現した。やはり、カレンの体の中でも卵が形成されていたのだ。ネクロマンサーの詠唱の下を縫うようにして、ウィザードが両手を伸ばし、静止した卵をゆっくりと取り去った。カレンもまた、リアン同様、苦しそうに仰向いて喘いでいる。
卵を取り除くと魔法陣は消え、カレンは平静を取り戻していった。彼女は自分でゆっくりと立ち上がり、ウィザードの手の中にある、ついさきほどまで自分の体の一部であったらしきものをまじまじと眺めている。
先生たち3人は互いに顔を見合わせた。
「これで、解決の糸口はつかめそうですね。」
ワンドを仕舞いながらネクロマンサーが言う。
「だけどよ、これを健康診断でやるのは無理があるぜ。第一卵を公にみられるのはまずくないか?」
ウィザードの指摘はもっともだ。
「確かにそうね。」
そう言いながら、スクリプトを慎重に見やるソーサラー。リセーナのくれたスクリプトの注釈箇所には小さな文字でもう一つ術式が刻まれていた。
「これだわ!」
そう言って、箇所をふたりに見せるソーサラー。
「卵の存在だけを確認する方法があるわ。この術式よ。」
確かに、そこには『天化検診:Analyzing Angelize』という術式が記述されていた。なぜ、そんな重要な術式について何も説明もせず、こんな隅に注釈として記載したのか、3人はリセーナの意図を計りかねていた。違和感がないと言えば嘘になったが、とにかくも事態打開のきっかけを得られた安堵感の方がその時は大きかった。しかし、そこに秘められた小さな嘘に、その段階で気づいておくべきだったのかもしれない。いずれにせよ、ひとまず健康診断の場面では、『天化検診:Analyzing Angelize』だけを実行して卵の形成有無のみを検証し、卵を内包している学徒は個別に呼び出して処置をする、そのように決まった。
3人は、少女たちを十分に休ませてから、寮にかえした。いずれにしてもこれで学徒達を救う道筋が立ったのだ。安堵感とともに、忙しくなるであろう今後を思い、その使命感を静かに燃やした。
3人の計画は、秘密裏に、しかし確実に実行されるはずであった。
ところが…。
* * *
その日からほどなくして、アカデミー内では初等部と中等部の学徒を中心とした失踪事件が相次いだのである。そのほぼすべてが、保護された孤児であった。身寄りがなく、天涯孤独であるその身を心配するのは、養育を任されていた看護学部の上級生ばかりで、親元からの抗議が寄せられることもなかったために、失踪事件は、学内でこそさまざまに取りざたされたが、学外において魔法社会の耳目を集めるには至らぬままでいる。
連続誘拐であるとか、反抗期による集団家出であるとか、野良魔術師として逃げ出しただけだなどと様々な憶測が駆け巡ったが、「親元からの抗議がない」という事実は、その事件を世間から隠蔽するのに十分な効果を発揮していた。親代わり、兄弟代わりを務める看護学部の学徒こそその身を真剣に案じはしたが、その他の多くの者にとって、それはしょせん他人事であったのだ。しかし、失踪者の数は日に日に増えていった。さすがのアカデミーも事態を放置できなくなったようで、『不良行為をやめさせ失踪を防ぐために学徒を支える専門委員会』なるものを看護学部の内部に設置する暫定的な対策を打ち出したが、それはどこか真剣みを欠いた生ぬるいものであった。それは、アカデミーのかなり上の方に、この事態についての管理と統制をしている勢力があることを明らかに物語っていた。
失踪者というのが、その実は天使の卵の適合者であり、投与された因子に反応して体内に天使の卵を宿した者であることは間違いない。しかし、その事実を知る者は、3人の教員と少女たち、それからこの計画の首謀者と、ごくわずかな範囲に限定されていた。3人は事実を告発することも考慮に入れたが、起こっていることがあまりにも荒唐無稽であるために、一笑に付されて終わりになるであろう懸念が大きかった。ネクロマンサーは、リセーナから教示された術式を衆目の前で実演してみれば良いと提案したが、適合者が次々に失踪していく状況の中で、肝心の場面で適合者に巡り合える保証に乏しく、確実性を欠く上にリスクが高いとして『アーカム』の貴婦人が強く反対した。そうこうしている間にも、孤児たちの行方不明はどんどん増えていった。3人は強い焦りを感じていたが、効果的な打開策を見い出せないまま時間だけが過ぎていく。
不安を感じていたのは先生たちだけではなかった。少女たちもまた、自分たちの周辺から友人が立て続けに姿を消す現状に危機感を覚えていた。シーファがウィザードに、検査のための術式を自分たちにも教えてくれと直談判してきたこともあったが、危険が大きすぎるとして、ウィザードはその申し出を固辞した。シーファは不服を露わにしたが、ウィザードの剣幕に圧倒されて、そのときはやむなく引き下がったようである。アカデミーの裏の魔の手が、孤児たちを現実に捉えようとしていることは明らかだった。そのうち、孤児たちのみならず他の学徒にも、その魔の手が伸びるであろうことは容易に想像がつく。焦りばかりが募っていった。
夏の暑さは厳しさを増す一方だった。8月に入ってもなお、それは一向に衰える気配をみせない。それは、彼女たちの焦燥のこげつきを体現しているかのようであった。
* * *
「卵の数はどうかね?」
「はい、順調に増え続けています。」
なにやら不穏なやり取りが展開されている。
「堕天使化の具合は?」
「そちらも順調です。おまかせください。かならずや十分な数の『人為の堕天使の卵』をご用意いたします。これを埋め込めば、アンデッド化を介して霊性の穢れを捨て去り、純粋で完全な神秘の器とすることができます。」
「わかり切ったことを繰り返さなくてよろしい。」
「失礼いたしました。」
「親元のある被検体が発現された場合はどうなさるのですか?」
「手はいくらでもある。無用な心配をせずに粛々と進めたまえ。」
「わかりました。」
「それで、実証実験の準備は進んでいるのかね?」
「はい。堕天使化の初作は自我の維持に失敗しましたが、次作は十分な自我を保つことに成功しました。惜しくも天使への転身前に失われてしまいましたが…。」
「それは君の失策であろう?」
「はい、お言葉の通りです。申し訳ありません。」
「私が訊きたいのは、次の実証実験が可能なのかということだ。」
「すみません。実証実験の準備は進んでいます。まもなく、完成した第三作を展開してその可能性を確認します。第四作も投入可能です。」
「数は出さなくてよろしい。あくまでも転化前の性能確認をしたいだけだ。精神を保ったまま霊だけが完全に死に清められていることを確認できれば、それで結構!」
「心得ています。きっとご期待に沿ってみせます。」
「当然だ。黙って仕事をしたまえ。」
「かしこまりました。」
どこかわからない場所で、聞き覚えのある声が、許されざる恐ろしい会話を繰り広げていた。実証実験とは何か?第三作、また四作とは?その意味不明な言葉の一つ一つが深刻な意味を含んでいるのであろうことは間違いなかった。夏はまだまだ終わる気配を見せないでいる。
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