第4節『バレンシア山脈にて』
ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーの3人は、リセーナ・ハルトマン伴って、東の荒野を越えた先に位置するバレンシア山脈のふもとに取り付こうとしていた。中央市街区の北部に位置するこの土地は、北から絶えず吹き付ける冷風のために、7月のこの時期でも気温が十分には上がらず、作物もろくに育たない、そんな場所である。荒涼とした大地の果に続く山脈の登り口を前にして、4人は登山前の最後のキャンプを展開していた。
ウィザードが火を起こし、ネクロマンサーが召喚した死霊にテントの設営と周囲の警戒をさせている中、ソーサラーとリセーナは食事の用意をしてくれている。夏の陽はまだ幾分高かったが、それでもすでに地平線めがけて落ち始めており、それはまばゆい光線を伸ばしながら、赤くゆらゆらと揺れていた。天上は静かに明るさを失っていき、夜と昼の境界には星がまばらに瞬き始めている。山脈から吹き降ろす北風は強く、冷たく、薪の火を消さんばかりであった。
火おこしが終わってテントの設営が完了した頃には、太陽は一層西に傾き、地平線との境界でいびつな輪郭を見え隠れさせている。具材で満たされた鍋を火にかけて、料理が出来上がるまで4人は火を囲んで、しばし息をついた。鍋が静かに煮えていく。今日は持参した牛肉と野菜を煮込んだシチューで、そのほかにも魔法瓶詰の塩漬けの野菜がいくらか皿に取り分けられていた。夕日が地平の向こうに沈みきり、天上付近が
明日からは厳しい登山になる。ゆっくり食事ができるのはこれが最後になるだろうからと、ネクロマンサーがブランデーの瓶を開けてくれた。
「これでいいわ。」
味見を終えてソーサラーがそう言うと、リセーナも頷いて見せた。
「さあ、いただきましょう。」
4人は各々の椀にシチューを、コップにブランデーをつぎ分けて食事の準備を整えた。
「旅の成功に!」
「乾杯!」
そう言って杯をあわせ、ブランデーをのどに送る。強いアルコールが、胃の腑に染み入り、その強い味わいが、疲れた口内をさっぱりとさせた。続けてシチューを口に運ぶと、そのコクのある味わいと牛肉のうまみがいっぱいに広がって、歩き続けの疲労感を束の間癒してくれた。めいめい食事が進んでいく。
「それにしてもよ。」
ウィザードが話し始めた。
「あんたほど良識的な人が、パンツ野郎の恋人ってのがどうにも納得いかねぇぜ。」
「あら、そう?」
リセーナは微笑んで見せる。
「彼は、ああ見えて存外いい人なのよ。見かけよりずっと純真だしね。彼は、あなたたちのこともちゃんと愛しているわ。」
そう言うと、静かにブランデーの入ったコップを傾けた。
「勘弁してくれよ。あいつの愛だなんて、鳥肌が立つぜ!」
悪態をつき、舌を出して見せるウィザード。
「あらまあ。彼は本当にあなたたちが大好きなのよ。確かに、普段の彼を見ていると、あなたの言うこともわからないではないけれど…。」
「だろう?」
「確かにあのひと、まあ平たく言って、助兵衛だしね。」
「ちげぇねぇ。あたしたちはもうあのパンツ野郎の行状には正直いろいろとうんざりなんだが、あんたは懲りることはないのかよ?」
「そうね。ときどき迷うことがないといったら嘘にはなるわ…。」
そう言って、リセーナはその美しい瞳を空に向けた。そのまなざしは虚空に浮かぶ遠くの星々を見つめているようであった。
「でも、彼の心には純粋な愛があるの。それは、まるで幼子が親に向けるような、そんな純真よ。それに応えることができるのなら、私は、何だってしてあげたいと、そう思うの。」
「あいつの奇行を純真とは驚いた。あれはいわゆる変質だぜ!まぁ、あのただならぬ熱意には正直恐れ入るが、とてもとても感心できる
リセーナの言葉は、ウィザードにはあまりにも意外だったようである。
「そうね。言わんとすることは、まぁ、わかるわ。でもね。大切な想い人ができたら、あなたもきっと気づくのじゃないかしら。愛は複雑なの。それが奇異な要求であっても、またそれが自分に向けられたものではないとわかっていても、それでもなお、その真心には応えたいと願うもの。そういう不思議で理不尽な感情なのよ。愛は美しいわ。」
そう言ってリセーナは眼差しをブランデーに戻した。
「リセーナさんは、本当に教授を愛しておいでなのですね。」
静かに、そうこぼすネクロマンサー。
「そうね。私は彼を愛しているわ。この想いは決して届くことはないのかもしれないけれど、それでも私は彼の純真に応えてあげたい。彼の望みをかなえ、その心の虚空を埋めてあげたいの。」
そう言ってブランデーをあけた彼女の瞳には、決意と失意が同居しているように見えた。
「もう1杯、いただけるかしら?」
そう言うリセーナのコップにネクロマンサーがブランデーをつぎ入れる。彼女はそれを受け、ひとくち喉に送ってからため息をついた。
「おいしいわね。」
そして、再び夏の星座を見やる。
* * *
「それはそうとよ。」
またしても口を開いたのウィザードだ。
「見てくれよ、これ。」
そう言って、ひとふりの剣をみんなに見せた。
「すごいじゃない!どうしたの、これ?」
興味津々に訊くソーサラーに、
「この間、錬金したのさ。本当は真石ルビーが欲しいところだけどよ。あたしの稼ぎじゃなかなか難しくてな。まがいもんだけどまぁ仕方ねぇ。」
彼女は、その剣を掲げて見せる。
「まぁ、まがい物だなんて。当店自慢の『人為のルビー』はきっとあなたの魔法具の力を存分に引き出してご覧にいれますわ。」
そう言って、リセーナがいたずらっぽく笑った。
『人為のルビー』とは、リセーナの姉であるカリーナ・ハルトマンが、魔法社会で初めて人工的に錬成に成功した人為の法石で、天然の真石ルビーを模したものである。しかし、それが引き出す魔法特性は、真石にこそ劣るものの、極めて優れた性能をもっていた。天然の魔の凝縮である真石は、その希少性のゆえにプレタポルテ《量産市販品》の魔法具に搭載することはほとんど不可能な代物であったが、人為の法石の錬成が可能になったことで、魔法特性の強い法石をあしらった製品の大量生産が可能になった。それは、魔法社会の錬金と魔法具製造の分野に革新的な進展をもたらすこととなり、その後は
「すまねぇ、そう言う意味じゃあねぇんだが…。」
バツの悪そうにするウィザードに微笑みを向けてから、
「それを見せてくださいな。」
リセーナは、ウィザードからその剣を受け取ってじっと眺めた。
「本当に見事だわ。姉が見たらきっと欲しがるでしょうね。」
そう言って感心している。
「そいつは、どうも。」
ウィザードはどうにも照れくさそうだ。
『真紅のフランヴェルジュ』と名付けられたその火と光の魔法具は、魔法具生成のプロフェッショナルであるリセーナが強い関心を寄せるだけのことはあり、その完成度は高く、火と光の領域の、とりわけ高等術式と究極術式の魔法力を強く引き出すように設計されていた。その強力な魔法特性を、リセーナの店が取り扱っている人為のルビーがしっかりと支えていたのは言うまでもない。
ウィザードの手による傑作をひとしきり鑑賞した後で、4人は明日からの厳しくなるであろう日程に備えて早々にテントに入り床に就いた。月が美しく夏の夜空を彩っている。
叶わぬ純真、それを支えんとする献身、刹那的な逢瀬以外に決して重なることのないその想いの交錯に各々思いを馳せながら、4人の意識は静かに夏の宵闇にとらわれていった。時間が駆けていく。明日の朝は早い。
* * *
その日の夜明けは、夏のこの季節には不似合いのずいぶんな冷え込みとなった。4人は早朝から起き出し、それぞれに登山の準備を始めている。登山と言っても、さすがは魔法使いだ。魔力温存のために、基本的には徒歩で登るが、険しい場所や危険な個所については、虚空のローブを用いて飛行することで難を避けることに決めていた。死霊たちが寝ずの番をしてくれていた火で湯を沸かし、朝食の準備を始める。朝は持参していた乾パンと干し肉、それから、チーズといくばくかの野菜と果物の魔法瓶詰で簡単に済ませることにした。身体を温めるため、昨晩の残りのブランデーをコーヒーに落として飲む。
目の前にそびえる山脈は実に険しく、すべてを見通し、人智を試すという『竜の瞳』の持ち主の、その住処である『プリンス・ピーク』の
山脈には、かろうじて登山道と呼べるくらいの道は刻まれてはいたが、しかし、それはごつごつとした岩肌が露出した中にごくわずかあるばかりで、進むほどに険しさを増していった。4人は剥き出しの自然の脅威を目の当たりにしながら、険しい岩肌が覆う無骨な大地を、一歩一歩踏みしめて行った。その姿は、侵入者を固く拒むかのようである。また、その山脈には、断裂して深い谷を刻んでいる箇所も少なくなく、切り立つ崖も多数あって、そうした場所は虚空のローブを駆使した飛行によって慎重に危険を避けながら進んでいった。かれこれ3時間ほど進んだであろうか、陽は高くなり、北風吹きすさぶ中にあっても、汗の止まない暑さを覚えるようになってきた。途中、山肌から清水が湧き出しているところがあったので、そこで休憩をとることにした。乾パンとチーズで軽く空腹を癒し、清水でのどを潤した後、濡らした手ぬぐいで身体を拭いた。ここまで、ふもとからおよそ5、6Kmの行程を進んできたことになる。プリンス・ピークまでは、全行程にしておよそ15Km、従って、この先3,4時間進んだあたりで一晩キャンプを張り、翌朝残りの行程を消化すれば、昼前くらいには登頂できる算段だ。
ずっと虚空のローブを使用して飛行していけば時間と労力を省くことはできるわけだが、そのために消費する魔力量のことを考えると、遠回りのようでも、要所を除いては、歩く方が賢明な選択に思われた。幸いにして天候にはめぐまれ、気まぐれといわれる山の機嫌は今のところ良好のようである。ただ、登山道は一層険しさを増し、ぎざぎざに筋張った岩肌の上で滑らぬように足を繰り出すのはなかなか困難で、要する時間のほどには前進を得られていなかったのも事実である。
休憩後、午後の日差しの中を再び尾根に向けて歩き始めた。雨に降られるよりははるかにましではあったが、しかし照り付ける夏の太陽は、体力を奪うには十分で、4人は襲い来る疲労感と格闘しながら、足を前に繰り出していた。標高が高くなるほどに空気は薄くなり、呼吸がしにくくなる。特に、切り立った数十メートルのがけを虚空のローブで一気に垂直に飛び上がる際には、息苦しさと耳の詰まるような不快感に襲われ、困難を覚えた。
すでに夏の陽は大きく西に傾き、空の色が茜色へのグラデーションへと変わり始めていたころ、ひさしのようにせり出した岩に覆われていて、雨風をしのぐことのできそうな開けた場所を見つけることができたので、その日はそこでキャンプを張ることにした。プリンス・ピークまではあと少し、特段のことがなければ、予定通り明日のお昼前後には登頂できるだろう。
めいめい荷を下ろして、その天然のひさしの下に入ると、そこにテントを張ってから夕飯の準備を始めた。野生動物の襲来に備えて、ネクロマンサーは強力な霊体を数体召喚して見張りにつかせ、警戒にあたらせた。夕日の色がいよいよ濃くなっていく。瞬く間に、昼夜の境界は夜の側に傾き、天上付近から濃紺の帳が降り始めてきた。ウィザードが起こしてくれた火が、その闇を明るく照らしてくれる。
「大した料理はできないけれど、せっかくだから火の通ったものを食べましょう。」
そう言って、持参したありあわせの魚介の干物を使い、ソーサラーが鍋料理を作ってくれた。リセーナもそれを手伝っている。あたりに旨そうな香りが立ち込めてきた。鍋とともに湯も沸かす。お茶の準備も万端のようだ。ネクロマンサーは、お茶に入れると風味が出るというウィスキーの小瓶を荷物から取り出していた。
やがて、鍋がぐつぐつと煮え時を知らせる。みなで火を囲み、食事を始めた。
冬の張りつめた空気の中で輝く星座も美しいが、夏の虚空を彩る星座にもまた独特の風情があった。満点の星座の下で味わう食事は格別で、歩き通しですっかり空っぽになった胃袋を大いに満たしてくれた。ネクロマンサーの用意してくれた、ウィスキーを落としたお茶も、身体をよく温めてくれて滋味深い。
その日も、4人は翌日に備えて早々に床に就いた。ウィザードは使いにやった学徒達のことが心配のようで、テントの中でしきりにそれを話題にしていたが、やがて夏の宵闇がそうした会話の全てを静寂の中に飲み込んでいった。夏の高山にあって、夜が暮れていく。
* * *
翌朝は、山の周囲を鉛色の雲が覆っていた。すぐに降り始めるというわけではなさそうだが、先を急いだほうがよいことに間違いはない。4人はごく簡単な朝食を済ませた後、めいめいの荷物を持って早々に出発した。太陽は雲の裏で、不気味に白く輝いており、その輪郭をだらしなく揺らしている。山頂が近づくにつれて、足元は一層悪くなり、ほとんど足の踏み場もない切り立った箇所や、岩がもろくなって崩れそうになっている場所などがあちこちに点在していて、そのたびに魔法使いたちは、虚空のローブを使って前進していった。山頂には何らかの試練が待ち受けているであろうことを考えると、できるだけ魔力を温存しておきたいところではあったが、思うに任せられるほど山は慈悲深くないようである。気温は一層下がり、周囲には雲が濃く立ち込めて、視界もあまり良好とはいえなくなってきた。風は強く、ローブの裾を強くたなびかせる。足元は、花崗岩というよりは黒曜石のような材質で固く滑りやすく、うっかりすると身体を持っていかれそうになる。やがて薄暗い太陽が天上に差し掛かる頃、4人はついに、山頂付近の開けた場所に出た。そこは古代の神殿か何かのようで、石造りの大きな門があり、岩戸でしっかりと閉じられている。その前方は、前庭のように開けた場所になっていて、その隅には悪魔だか竜だかをかたどった異様な威圧感の漂う石像がそびえ立っていた。その石像には全部で8本の腕と、1対の翼があり、その手の一つには石造りの巨剣が握られている。
その岩戸の奥に、人智を見通すと伝わる件の古竜がいるのは間違いなかった。しかし、その開け方がわからない。4人がしきりにあたりを調べている、その時だった。周囲の山肌の岩々を震わせるような声が響き渡ってきた。
「小さき者たちよ。そこで何をしている。」
それは、さきほどの石像から発せられていた。
「『竜の瞳』を求めて古竜に会いに来ました。」
その問いにリセーナが答える。
「小さき者たちよ。古竜は誰にも会わぬ。早々に立ち去れ。」
石像は取り合う気配を見せない。
「どうしても古竜に会わなければなりません。『竜の瞳』が必要なのです。」
そう言うリセーナを見据えて、
「ならば、汝らにふさわしい力があることを示せ。されば門は開かれよう。」
そう語ると石像は、がらがらと音を立てて動き出し、その石造りの巨大な剣を構えた。
「小さき者たちよ。力を見せよ。力は資格なり。」
そう言うや、突如石像が襲い掛かってきた。その大きな剣が山頂の大地に向かって振り下ろされる。4人はさっとその場を離れて身をかわすが、その剣が大地と接触するや、大きな地響きとともに、がれきを激しく巻き上げた。あたりでは、石片がカラカラ、パラパラと土煙の中で乾いた音を立てている。察するに、この巨石は古竜の
* * *
「ったく、どいつもこいつも問答無用だな」
口元にまとわりつく砂埃をぬぐいながら、ウィザードが言う。
「そっちがその気ならやってやるぜ!」
右手に真紅のフランヴェルジュを、そして、かつて錬成した短刀型の魔法具を左手に携えて、ウィザードは身構えた。
『火と光を司るものよ。法具を介して加護を求めん。水と氷を司るものとともになして、わが手に力を授けよ。火と光に球体を成さしめて我が敵を撃ち落とさん!砲弾火球:Flaming Cannon Balls!』
強力な術式媒体を駆使して最大限の力を引き出しながら、複数の火の玉を繰り出す。目標が大きいためその全弾が命中した!
「どうだ!これで力の証とやらになるのかい!」
そう言って見せたが、相手にはまるで効いている様子がなかった。その口元はかすかに笑みを浮かべているようにさえ見える。
「その程度で叡智を求めようというか?片腹痛い。」
そう言うや、石像は石の大剣を振り回しながら、残った7つの手から次々と魔法を繰り出してくる。4人は、防御障壁を展開し、なんとか巧みに魔法をかわすが、物理的に迫りくるその巨剣の軌道と、複数の手から同時に繰り出される魔法は脅威であった。ネクロマンサーは必死にリセーナをかばい、立て続けに魔法障壁を展開するが、複数の腕が絶え間なく繰り出す魔法によって、そのほとんどは瞬く間に破られていくばかりだ。自身も強力なソーサラーであるリセーナも、応戦の構えを見せるが、相手の息つく暇もない攻撃行動を前にして、反撃の機会をとらえきれないでいた。
「とりあえず、中等術式程度では歯が立たないということだけはよくわかったぜ。」
肩で息をしながら、ウィザードが言う。
「それなら、これはどうよ!」
『水と氷を司る者よ。法具を介してその加護を請わん。清流を刃となし、高圧で切り裂け!噴出水剣:Water Jet Blade!』
詠唱とともに、高等術式の極めて破壊力の大きい単体攻撃魔法をソーサラーが繰り出す。その手に握られた氷の剣から、高圧水流の刃が美しい弧を描き出した。固く鋭いものどうしが激しくかち合う音がして、その高圧水流の刃は石の巨剣の刀身を捉えたが、なんとその巨剣は、その魔法の刃を受け止めてしまった。高等術式ですらも簡単には通用しないようだ。ネクロマンサーが召喚した高位の霊体が、群れを成してその巨躯に取り付くが、石剣の一振りでなぎ倒されてしまう。相手は魔法力も
回避行動と防御障壁によってかろうじて直撃を避けるものの、あらゆる角度と距離から多角的に攻めてくる魔法群の効果は凄まじく、4人はじりじりと押されていった。ウィザードとソーサラーは攻撃術式を繰り出しながら、同時に複数の障壁を繰り返し展開することを余儀なくされて、激しい魔力消費を強いられていた。しかも、相手の行動が速いために、魔力回復薬を服用する
「大丈夫ですか?」
リセーナをかばいながら声を上げるネクロマンサーの顔を、相手の放った火の玉がかすめる。彼女は首をすくめて間一髪それをかわしながらも、前線に立つふたりの魔法使いを気遣って見せた。ウィザードは、いつもの、両目がぎこちなく動くウィンクをして見せたが、4人ともにあまり余裕はない。
口元の血をぬぐいながら、ウィザードが言う。
「こりゃあ、腹をくくるしかないようだな。」
「そうね。普通の術式じゃあ、手も足も出ないわ。」
そう言うとふたりは、ローブの裾から、かつて『アーカム』の貴婦人にもらった神秘のティアラを取り出して頭上に乗せた。
「これを使わせたことだけは褒めてやるぜ。だが、本番はこれからだ!こっからのあたしたちゃ、一味も二味もちがうからな。覚悟しやがれ!」
そういうとウィザードは詠唱を始めた。
『火と光を司る者よ。法具を介して力を求めん。我は汝の敬虔な庇護者なり。今、火と光の源をここに呼び出し、その力の解放をもって我が敵をあだなさん!星光爆発:Star Light Explosion!』
それは、火と光の領域の究極術式に属する、殲滅的な破壊力を擁する単体攻撃術式であった。複雑な色のまばゆい魔法光を放つ巨大な魔法陣がウィザードの足元に展開されると、その中心から圧縮された白色矮星が召喚される。核の部分に驚異的なエネルギーを集約するその光球を、ウィザードは石像めがけて高速で打ち出した。それは石像に命中するや、エネルギーの制御を解き放ち、その力を無制約に拡散して大爆発を引き起こす。ごく小型の超新星爆発だ!周囲は一瞬真っ白な光に包まれ、何も見えなくなった。ただその場の空間全体を激しく振動させるような爆発音と振動だけが、視覚を除くあらゆる五感を捉えていた。その爆発は石造の右半身で発生し、石の巨剣を持つ腕と、その周囲で
しかし、石像はそれに臆することなく、左半身に残った複数の腕から魔法を繰り出すのに加えて、さらに口からもエネルギーの光線を吐き出して、大地を薙ぎ払っていく。その軌跡に沿って凄まじい熱量の爆発が巻き起こり、4人は、全員で強力な障壁を繰り出して、かろうじてその爆風と衝撃に耐えるのが精いっぱいとなった。障壁を支える手のひらや指先には真っ赤な血が滲んでいる。それを支える腕は今にももぎ取られそうだ。
ようやくその衝撃が収まったときには、障壁はすっかりかき消されてしまっていた。みな息が上がり、肩と胸を大きく上下している。右半身をもいだことで、巨剣の脅威はひとまず去ったが、左半身に残る5本の腕の先の手には、なお力強い魔力がたぎっている。もうそれほど長くはもたない!意を決したソーサラーは、石像が次の魔法を繰り出すその前に、その正面に躍り出て詠唱を始めた。
『水と氷を司る者よ。法具を介して加護を請う。我が手に巨大な氷の結晶をなし、わが敵を貫かん。破壊をもたらせ!恐るべき氷の杭:Deadly Ice Sting!』
それは、殲滅的な破壊力をもつ水と氷の究極術式であった。ソーサラーの目の前に瞬く間に巨大な氷の
一直線に飛ぶそれは、石像の残った左半身にえぐるように突き刺さり、氷が鋭く割れ裂ける音と、鈍い石の砕ける音をあわせた複雑な音を奏でながら、5本の腕と翼をもぎ取った。それと同時に、突き刺さった銛の本体がその体躯を蝕んでいく。巨大な氷の銛に上半身を貫かれ、頭を震わせて
その刹那!!
「しつけぇんだよ!」
そう言って巨石の頭部に飛びかかるウィザードを、リセーナが『武具拡張:Enchant Weapons』の術式で支援していた。ウィザードが手にする真紅のフランヴェルジュを
「やったぜ!」
そう言って、ひざをつくウィザードの身体をソーサラーが抱えた。彼女は魔力枯渇を起こす寸前であったのだ。リセーナから魔力回復薬の薬瓶を受け取ってそれを口にするウィザード。彼女たちが負った傷を、ネクロマンサーが回復術式で癒していく。これまでも様々な強敵と渡り合ってきたが、これほどの相手というのもなかなかいなかった。
ようやくあたりに静けさが戻ってくる。ずっと下の方で、鳶の鳴くか細い声がかすかに聞こえていた。
「やれやれ、なんとかかんとかだな。」
そう言って、ウィザードは魔力回復薬を一気に飲み干した。その不味そうな顔を見ながらソーサラーも薬瓶のふたを開ける。ネクロマンサーとリセーナは顔を見合わせて、互いにほっとしたような表情をかわしていた。
「究極術式が使えるなら、最初からやりなさいよ。」
ソーサラーが意地悪っぽくウィザードに言った。
「お前もな。」
そういってふたりは笑いあった。大きな試練ではあったが、4人はそれをくぐり抜けることに成功したようである。
* * *
倒れた石像の方を見やると、砕けたその頭部の、ちょうど瞳があったのであろうところに、緑色の美しい宝玉が転がっていた。どうやらそれが岩戸を開く鍵のようである。
「この石像はやはり、古竜の番人だったようですね。これでその
そう言って、リセーナはその宝玉を拾い上げた。それを聞いたウィザードが、もう勘弁してくれという表情を浮かべている。リセーナは、宝玉を手にして、ゆっくりと岩戸の方へ向かい、それを嵌めるための鍵穴を探し始めた。巨大なその岩戸には様々な凹凸の模様や呪印が刻まれており、実に複雑な表情をしていた。それらのひとつひとつを目で追っていくと、目的の鍵穴は、目の高さより少し低い位置、ちょうど彼女たちの胸元あたりの高さに刻まれた竜のレリーフの中に見つかった。
竜頭をかたどったそのレリーフにはいくつもの目があったが、そのうちの一つだけ色が違い、他の目が出っ張っているのに対して、そこだけはくぼんでいた。リセーナは静かに、そこに先ほどの宝玉をあてはめてみた。
ぴったりだ!
瞳に宝玉をはめ込むと、竜のレリーフに刻まれているすべての瞳が一斉に輝きだした。その瞬間、岩戸の全体がまばゆい魔法光に包まれたかと思うと、やがて光の粒となって消滅していく。岩戸に刻まれていた呪印だけが、扉を失った虚空の上でしばらく光を放っていたが、それもやがて消えていき、その先に真っ暗な洞穴が口をあけて4人を迎えた。洞穴の中には石畳が敷かれていて、その先は、外から見る限りでは、何らかの聖所に続いているように感じられる。緊張が4人を包んでいった。
「行きましょう!」
そう言うと、リセーナはその暗黒の中へと足を進め始めた。3人はその後についていく。標高の高い山頂の壁面に口をあけたその洞穴の中は、思う以上にひんやりしていて、その先に未知の神秘が存在しているのであろうことを予感させていた。ひたひたという足音が、その冷涼な空気の中にしみていく。ときおり、天上からしたたる水音と、吹き抜ける風の音、そして4人の足音だけが、その場の静寂を一層引き立てていた。
人智の全てを見通し、時空の果てまでも視界に収めるというその古竜の居室まではまもなくである。
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