第3節『古城に囁く声』
アカデミーでは、中等部に進級した者たちにとって初めてとなる、学外研修の準備が進められていた。今年は、『ボーデン地区』にある湖畔の古城を舞台に、魔法学の研修と模擬戦大会が行われることになっている。中等部で教鞭を執るウィザードは、前々からその準備に追われており、直属の上司であり、因縁浅からぬパンツェ・ロッティ教授と日々打ち合わせを重ねていた。この研修会は、学徒達の連帯を高め、親睦を深める催しとしての性格も持ち合わせており、秋の『全学魔法模擬戦大会』と並ぶ二大イベントの一つであった。学徒達はそれを心待ちにしていたのである。
時節はまもなく7月に差し掛かろうかという、そんな頃合いであった。今年の研修会には、担当教員のウィザードはもとより、純潔魔導士科の引率としてのかのソーサラーが、そして、衛生班の養護教諭としてネクロマンサーが同行することになった。期せずして、懐かしい顔ぶれが一堂に会することとなったのである。3人は、休日などにおいてたまに時間を共に過ごすこともないではないが、アカデミーにおいてそれぞれの役職を得てからは、一緒にいられる機会はめっきり少なくなっていた。そんなわけで、久しぶりに寝食をともにできるからと、みな密かに心躍らせていた。
今年の中等部新入生にも優秀な者が多く、ウィザード科のシーファ、ソーサラー科のリアン、看護科のカレンの3人は特に目立つ存在であった。シーファは、ウィザードでありながら魔法の素質に優れ、初等部後期課程の頃から着々と頭角を現していた。正義感が強く融通のきかないところはあったが、その力量は本物で、模擬戦の練習試合などでは、ソーサラー科を相手に大立ち回りを演じたりしていた。
一方のリアンは、素質こそ十分でありながらも引っ込み思案で謙虚な性格であり、その高い魔法の素養を持て余しているようなところがあった。特に、魔力の出力制御が苦手で、すでに13歳に達しているにもかかわらず、よほど自信がないのか、今でも『制御の魔帽』を自主的に身に着けている。ただ、その恵まれた血筋は本物で、時に驚くべきような魔法の行使をやって見せては、教授陣を驚かせていた。
カレンは、看護学部に本科を置き、死霊学部を併科するという変わり種の僧侶志望者で、攻撃術式を行使する『
その他にも多くの優秀な人材が揃っており、みなそれぞれに自分の学園生活を謳歌していた。ある者は、勉学に励み、ある者は模擬戦大会に力を注ぎ、またある者は交友関係などを中心に、学園生活そのものを満喫していた。新しい世代の新しい学園生活がまさに芽吹いて、その葉を広げようとしていたのである。
* * *
アカデミーのある中央市街区からボーデン地区までは、歩いて約2日の行程である。彼女たちは今、その行程を終え、ようやく美しい『ミレーネ・レイク』の湖畔にそびえ立つ古城にたどり着いたのであった。太陽はすでに西に大きく傾き、地平線で真っ赤な輪郭をゆらゆらと揺らしている。これから、3泊4日の研修会が始まるのだ。
「おい、全員割り当てられた部屋に荷物を置いたら、中庭に集合しろ。今日はそこで自炊だ。明日からは古城で飯がふるまわれるが、今日は自分たちで用意するからな。それぞれ準備に取りかかれ。」
ウィザードがそう指示している。
引率のソーサラーは、学徒達と言葉を交わしながら、研究室としてあてがわれた部屋へと向かっていた。なんでも、今度、錬金術に関する新しい論文を書くのだとかで、日常を離れて執筆に専念するためにこの研修会への同行を希望したのだという。アカデミーの研究職は、基本的には研究棟にこもって専攻する神秘の研究に没頭するのが常であるが、時には引率役という名目で、こうしたアカデミーの催しに参加することもある。今回のソーサラーはまさにそれであった。
ネクロマンサーは、古城の一室に医務室を設け、万一の事態に備える準備を行っていた。その仕事を、カレンをはじめとする看護学部の学徒達が手伝っている。ボーデン地区は比較的涼しい地域ではあるが、それでも、6月も中旬を過ぎれば日中の気温はそれなりで、模擬戦においては、熱中症を始めとした気候由来のトラブルから魔力枯渇まで、さまざまな健康上の問題が起こるのがしばしばであった。看護学部が用意するこの看護体制は、まさにこの催しの裏方の主役なのである。
「先生は、どうしてネクロマンサーを専攻したのですか?」
ベッドにシーツを敷くのを手伝いながら、カレンがネクロマンサーに訊いている。
「そうですね。私はもともと召喚魔法に興味がありましたからね。」
そう言ってカレンに微笑みかけた。
「なぜ、看護科を併科したのですか?」
興味津々のカレン。
「やはり、生命と霊性の均衡を極めるためには、死霊科で学ぶ死についてだけでなく、看護科で学ぶ生についての理解が必要になるでしょう?せっかく勉強するなら、両方をきちんと学びたい。そう思って看護科を併科しました。」
そうネクロマンサーは答えた。
「そういえば、カレンさんは、看護学部が本科で、死霊科が併科でしたね。珍しい選択だと思うのですが、どうしてそのようにしたのですか?」
ネクロマンサーの問いにカレンが答える。
「先生と同じです。生命と霊性の均衡の神秘を理解するには、生と死の両方をよく知る必要があります。私は、両親が僧侶なので、看護学部を本科にすることは最初から決めていたのですが、死についての理解をどうしても深めたくて、それで中等部に上がる時に死霊科併科を志望したのです。初等部から所属していたわけではないので、召喚術式は使えないんですが…。」
「そうだったのですね。この分野の勉学と教練は学ぶことが多くてなかなか大変ですが、その分得るものも多いですから、頑張ってくださいね。」
そう言葉を交わしながらも、どんどんとベッドを設えていく。
その
中庭の方がにぎやかになってきた。あてがわれた自室に荷物を置き、着替えを済ませた学徒達が夕食の準備のために集まり始めたようだ。医務室の準備も順調に整いつつある。
「大体準備は整いました。私たちも中庭に行きましょう。お腹がすきましたね。」
ネクロマンサーは、そう言って医務室の設営を手伝っていた学徒達を中庭に送り出した。医療班に属する医務室配属の学徒達は、専用の部屋に寝泊まりし、深夜帯の不測の事態にも備えることになっている。彼女たちは各々の荷物から、持ってきた食材や調理具をもって中庭へと向かっていった。
そこではすでに調理の準備が始まっていた。アカデミーの魔法学部は、ウォーロック科、ソーサラー科、ウィザード科、ネクロマンサー科に分かれてはいるが、完全な縦割りというわけではなく、各々が選択した履修科目ごとに横の交流があった。そのため、こうした学内の催し事でも、必ずしも各科ごとに班が組まれるわけではなく、学科横断的な集まりとなることも多かった。もちろん、中には専科で班を組む者たちもいるが、大抵はそのようになっている。
シーファ、リアン、カレンは同じ班に属しているようで、カレンは看護学部としてではなく、ネクロマンサー科のメンバーとしてそこに合流しているようで。賑やかに夕飯の準備が始まっていった。
火おこしは、ウィザードの役割である。手際よく薪を積み上げ、火と光の術式を行使してシーファがそこに火種を起こす。小さな灯火がやがて大きな炎となって
「この古城の伝説、知ってますか?」
リアンが話始めた。
「夜中になると、地下から呻くような呪文の詠唱が聞こえるってやつでしょ。」
応じるシーファ。
「そんなのがあるの?私、怖いのは苦手なんです。」
カレンはあまり興味がないようだ。
3人の班は、豚肉をメインとした野菜の煮込み鍋のようである。鍋が竈の上でぐつぐつと音を立てている。空腹にしみる香りがあたりに漂い始めた。鍋に調味料を加えて味見をするシーファ。ちょっと胡椒が効きすぎたかもしれない。でもいい味だ。そんなことを考えながら、煮え具合を慎重に見守っていた。
「どう?今晩、地下室を探検してみない?」
鍋の出汁を匙ですくって味を確かめながら、シーファが言った。
「えぇ!危ないのですよ。見つかったら怒られますし。」
リアンは及び腰だ。
「私はそういうの駄目ですから…。」
カレンもご同様のようである。
「つまんないわね。せっかくここまで来たのよ。行きましょうよ!」
シーファはそう押し込んでみる。
「えぇ、でも…。」
その言葉とは裏腹に、リアンはまんざらでもなさそうだ。その瞳には興味の色が見える。
「私は絶対無理です。」
カレンはふるふると顔を横に振っていた。
「看護科は1階の角部屋でしょ?地下室はそこから廊下をまっすぐに行った先だから、夜23時にそこで待ち合わせ。いいわね?」
どんどんと話を進めていくシーファ。
ふたりはその圧力に押し切られるようにして、とうとう約束を交わしてしまった。そのときのカレンの表情と言えばなかった。
鍋からなんとも言えない香りが漂っている。
「いいようね。みんな席についてちょうだい。」
そう言ってシーファがそれぞれの椀に料理をつぎわけた。カレンは汲んできた水を沸かして、それで淹れたお茶を各人のコップについでいる。食事の準備が整ったようだ。
その日は月に薄く雲がかかっていたが、星は綺麗で、夏の星座が夜空を巧みに彩っていた。地上では初夏の宵闇の中で
「いただきましょう!」
シーファのその声で、みな食事を始めた。やはり少し胡椒が効きすぎだったが、しかし塩加減は抜群で、肉と野菜が空腹を満たすハーモニーを奏でていた。匙がどんどんと進んでいく。3人は、日々の学園生活のこと、ここに至るまでの道中のこと、そして今晩展開されるのであろう冒険のこと、そうした話題に花を咲かせて、豊かなひと時を過ごしていた。
* * *
こちらでは、懐かしい顔ぶれが同じテーブルを囲んでいた。ウィザードたちである。
「ここの古城の言い伝え、知ってる?」
「ああ、地下室の呪いの詠唱だろ?まさかあんたそんなの信じてびびってるのか?
「そんなわけないじゃない?」
ウィザードとソーサラーがいつもの感じでやりあっている。その横でネクロマンサーは静かに葡萄酒の入ったコップを傾けていた。
「そうじゃなくて、夜回りが大変だろうなと思うわけよ?」
ソーサラーが現実的な話を振り向けてくる。
「確かにな。あいつら物好きが多いから、ぜったい地下室に行くやつが出るぜ。まぁ、危険はないと思うがしっかり見回らないとな。」
そう答えるウィザード。
「看護学部はおとなしい優等生ばかりでいわよね。」
ソーサラーがネクロマンサーに声をかけた。
「そうでもないですよ。みんな年頃ですから、好奇心は人一倍あるようです。」
「そうだな。好奇心か…。」
そういって、俄かにウィザードが視線を虚空に送る。
「懐かしいわね。」
「ええ、あの人は好奇心でできているような、そんな人でした。」
「アカデミーの発表では、『裏口の魔法使い』として処刑されたことになってるけど、あたしには信じられねぇんだよ。」
「そうね。」
そう言いながら、3人は共通の懐かしい人物のことを思い出していた。
時がどれほど流れても、大切な思い出は色褪せないものだ。ひとつひとつが人生の記憶であり記録であった。喜びも悲しみも、すべてをその胸に刻みながら、ひとりの人格というものが形作られていく。
葡萄酒を淹れたコップが静かにあいていった。
「時間だ!」
ウィザードが学徒達に向かって声を上げる。
「食事の後片付けが終わったら、各自部屋に戻って休め。明日は早速模擬戦だ。夜更かしすると存分に力を発揮できないぞ。就寝時間は22時。それを過ぎて部屋の外をうろついている奴には容赦しないから、そのつもりでな!」
その合図を受けて、学徒達は一斉に立ち上がり、食事の後片付けを始めた。
「火の始末をしっかりな!」
その声とともに、地上に踊っていた
3人は、他の職員とともに、食事の片づけ具合と火の後始末の具合を見て回ってから、古城に入った。研修施設への到着日がもうすぐ終わる。月が静かに星々の間を縫っていた。
* * *
時は、23時に差し掛かっている。消灯時間を1時間過ぎた古城の内部は不気味な静けさに覆われていた。そこに、
「ねぇ、準備はいい?」
そう訊ねたのシーファだ。リアンはあたりを恐る恐る見回しながら、こくこくと頷いた。カレンは、シーファのローブの裾にしがみついている。
「しっかりしなさいよ。」
そういって、カレンの手を振りほどこうとする。
3人は今、古城1階の看護学部の寝室の前にいる。シーファとリアンがカレンを迎えに来た格好だ。
3人は期待と不安の入り混じった心持ちで、その長い廊下を歩いて行った。教員に見つかればおしおき必至である。そのため、明かりをつけることはできなかった。夜目を効かせて恐る恐る歩みを進める。特段変わったことはなく、地下から聞こえるというおぞましい呪文の詠唱とやらも今のところは聞こえてこないようだ。そこにいったい何があるのか?ようよう廊下を渡り切り、下り階段にさしかかったときだった。
本来そこにあるはずのない明かりが見える!
そう思った刹那、叱責の声が飛んだ。ウィザードだ!
「おい、お前ら!こんなところで何をしてやがる。就寝時間はとっくに過ぎているだろうが。ったく、ここに来たのはお前らでもう3組目だぜ。あたしらが見回ったが地下には何もない。あきらめてとっと寝ろ。」
3人は地下室を見回ってちょうど階段を上がってきたウィザードと鉢合わせてしまったのだ。バツの悪そうな顔をする3人。ウィザードは3人の頭に軽くゲンコツを入れて、その場から追い返した。
小さな冒険者3人は、いよいよこれからという時にその好奇心の出鼻をくじかれて、憮然として部屋に戻って行った。
「やれやれ、若いってのはこうも厄介なものかね?」
そうこぼすウィザードに、その後ろから階段を上がってきたソーサラーが言う。
「あら、あなただって、あの年頃にはずいぶんだったわよ。女盗賊さん。」
「うっせぇな。あれはもういいんだよ。」
そう言う二人に、さらに後から上がってきたネクロマンサーが声をかけた。
「奥まで見回ってみましたが、今のところ特にこれといったことはないですね。ただ、最奥の牢部屋のようなところには、更に下に続く入り口のようなものがあります。明日は、その先も見回ってみましょう。」
「そうだな。この古城の伝説は、伝説と言ってしまえばそれまでだが、しかし、馬鹿にできない数の目撃証言があるのも確かだ。確認しとくに越したことはないだろうぜ。姿を消したマークスの野郎のこともあるしな。」
「そうね。学徒達の安全を第一にしないと。」
そう言って、三人は廊下から階上にある学徒達の寝室へと見回りの範囲を広げていった。時刻はすでに24時を回ろうとしている。地下室とその周辺にはぞっとするような静けさが広がっていた。
その日の夜は、その後ただ静かに更けていった。
* * *
翌日も晴天だった。その日は、魔法模擬戦の日である。
学徒達はみな、『競技採点の制服』に着替え、各々ローブをまとって古城の前庭に集まっていた。この夏の研修における模擬戦は、秋の『全学魔法模擬戦大会』の代表選考を兼ねている。そのため、出場を狙う学徒にとっては、非常に重要な意味合いをもつ催しだった。
シーファもその一人で、ウィザード科の個人戦代表をニーアという少女と争っていた。ニーアは、魔法の素養でこそシーファに及ばないものの、戦術的なセンスに優れ、術式を臨機応変に扱うことに長けていた。一方のシーファはどちらかというパワーファイターで、輻輳を効かせた重い術式で一気に勝負を決めるスタイルを得意としている。
この二人の選手権をかけた対決は、今回の研修旅行のちょっとした花形の催しとなっていて、多くの教員、学徒達がそれに注目していた。
日程は順次消化されていき、ついにその二人が相まみえる時となる。
二人はゆっくりとフィールド中央に進んでいった。今年のウィザード科の技と力を代表する両雄の試合である。周囲も、その行方を固唾をのんで見守っていた。
「ウィザード科、個人選手権選抜試合。1本勝負、用意!」
ウィザードの声がこだまする。それにあわせて古城の前庭を大歓声が包んだ。見合う二人の顔に緊張が走る。
「はじめ!」
その声とともに、両者はさっと、距離をとった。ニーアは防御障壁を展開し、シーファの重い一撃に備えている。シーファはゆっくりと距離をあけながた、相手の出方をうかがっているようだ。
『火と光を司る者よ。我が手に火球をなさしめて我が敵を薙ぎ払わん。火の玉:Fire Ball!』
最初に仕掛けたのはシーファだった。火球は1つだが、輻輳が効いていて威力が高く速度が速い。ニーアはそれを展開した障壁で受け止めるが、わずかに影響を受けたようだ。魔法光の掲示板が
ニーアは、再度障壁を展開しながら、フィールドを走り回る。その動きを目で追いながらシーファは次の機会を狙っていた。ニーアが目の前に差し掛かった時、シーファはタイミングを見計らって再度『火の玉:Fire Ball』の術式を繰り出した。単発だが速度が速い。その火がニーアの身体を捉えるかと思われたその刹那であった。
ニーアはさっと空中に飛び上がり、身をひるがえしながら、火の玉を交わした。
しまった!虚空の魔靴だ!
そう、ニーアは反重力作用をもつ魔靴を履いていた。それは彼女の身体を大きく宙に浮かせると、シーファの斜め背後をとらえてみせた。
彼女は『雷:Lightning』の術式を繰り出し、それがシーファの背中にまともに命中する。魔法光掲示板が
「やるわね、しかし!」
そう言って、シーファが詠唱を始める。
『火と光を司るものよ。水と氷を司るものとともになして、わが手に力を授けん。火と光に球体を成さしめて我が敵を撃ち落とさん!砲弾火球:Flaming Cannon Balls!』
今度は複数の火球を同時に繰り出す。十分に輻輳を効かせたのだろう、火球の数が多い。ニーアはそのいくつかを障壁ではじきながら、他は走ってかわすが、いくつかの火球にその身体を捉えられていった。青字が50を示す。接戦だ。
虚空の魔靴を履くニーアの動きは速い。また平面的にではなく立体的に動くので狙いを定めにくいことこの上ない。今度は、ニーアが空中から『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』の術式を撃ち放ち、上方から複数の火の玉が襲い掛かってくる。身をひるがえしてそれをかわしつつ、ニーアの行方を必死に目で追うシーファ。いくつかの火球がその身を捉え、魔法光掲示板がニーア側の点数を加えていくが、シーファは足を止めずにフィールドを駆け巡っていく。その視線はニーアをしっかりと見据えていた。掲示板は赤字で80を灯す。
今度は、シーファが走りながら上空のニーアに向かって『招雷:Lightning Volts』の術式を繰り出した。空中に飛び上がっていたニーアは逃げ場を失う格好となる。しかし、彼女はそれに奥するでもなく、上空で身をよじって、再度『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』を繰り出してきた。稲妻がニーアに、火球がシーファに迫る!それらの術式は互いの軌道を確実にとらえてともに命中し、雷に打たれたニーアは地面に、火球が命中したシーファはフィールドのはじに吹き飛ばされて倒れこんだ。
「100対100!引き分け!」
ウィザードの声と同時に、魔法光掲示板が同点である旨を示した。
わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!会場に大歓声が上がる。
健闘した選手二人が立ち上がって、握手を交わす。どうやらウィザード科の選手権の行方は夏の模擬戦に持ち込まれることになりそうだ。今年の同科は粒ぞろいである。教員たちは、若人の無限の可能性にエールを送っていた。
* * *
その夜、秋の『全学魔法模擬戦大会』の選手権を獲得した各科代表の紹介を兼ねた食事会が、古城の食堂にて盛大に行われた。ウォーロック科、ソーサラー科、ネクロマンサー科、錬金術士科の代表がそれぞれ紹介を受けたが、ウィザード科の代表選出は、夏の模擬戦にもちこされる
食事は、実に豪勢なもので、普段古城の管理を行っている環境省管轄の地域観光組合のスタッフが用意してくれたものであった。ボーデン地方の伝統料理を再現したそれは、肉と魚を中心とした焼き料理や蒸し料理で、マッシュポテトのソースを添えたポークチョップが、特に多くの学徒達の胃袋をしっかりと捉えていた。
また、湖で獲れた淡水魚の塩釜も絶品であり、魚介を好む者はそちらを喜んでほおばっている。
美味な料理を囲んで、学徒達はにぎやかに談笑していた。食事はどんどんと進んでいく。
「これ、本当においしいわね。」
接戦で会場を沸かせたシーファが言う。
「本当、おいしいのですよ。」
リアンは塩釜が気に入ったようだ。
「このあたりの郷土料理は有名ですものね。」
そう言うカレンは、ポークチョップを美味しそうに味わっていた。
「それで。」
シーファがふたりの顔を見て切り出した。
「昨晩は、あと少しってところで先生に捕まったやったけど、今夜こそは噂の真相を確かめるわよ。」
「うん。シーファがそう言うなら。」
リアンは乗り気のようだ。その傍らでカレンが複雑な表情を浮かべている。
「どうしたのカレン。大丈夫。一緒にやりましょう!」
そう言うシーファの顔を見つめて、
「実はね…。」
カレンが話し始めた。
「みんなは階上で寝ているから気づかなかっただろうけれど…。」
そう話すカレンの身体はわずかに震えていた。
「私、聞いちゃったのよ。その呪われた呪文。明け方、ふと目を覚ますと、廊下の奥から何か声が聞こえるの。最初は気のせいだと思ったのだけど、ずっと耳を澄ましていると、確かに聞こえるの。内容まではわからなかったけど、私、あんまり怖くて布団をかぶってじっとしてたのよ。それは、まるで地を這うような声だった…。ここ、絶対何かあるわ。」
それを聞いて、シーファの目が一気に輝きを増す。
「それ、本当!?」
「ええ、そうよ。とっても怖かったわ。」
「それじゃあ、今夜。その声の正体を確かめましょう!!」
シーファはそう息巻いて止まらない。
「待って、シーファ。冗談を言っているんじゃないの。私たちだけでは危険だわ。先生たちに話すべきよ。」
カレンは、本気でおびえている。
「何言ってるの!こんな面白い話、先生たちに横取りされてたまるものですか。いい、今夜もう一度、23時に看護学部の寝室前に集合よ。今日はこれを使うわ。」
そういうとシーファは1枚のおおぶりのマントを取り出した。
「知っての通り、これは透明マントよ。これがあれば先生たちに気づかれずに地下室まで移動できる。足音にさえ気を付ければね。」
自信満々に言うシーファ。
「そんなもの、どこで手に入れたのですか?」
そう訊くリアンに、
「いろいろあるのよ。とにかくこれがあれば大丈夫。カレンももちろんいくわよね。」
「でも、私は…。」
そうためらうカレンの肩を抱いて、シーファが言った。
「これで決まり。カレンの聞いたその呪文の正体とやらをきっと突き止めるわよ!」
カレンはとうとう観念したような顔をしていた。
その後、食事が終わって、めいめいが寝室へと戻る時間となった。教員たちは学徒達が間違いなく部屋に入るようにと目を光らせている。
「いいか、就寝時間後はうろうろすんじゃねぇぞ。見つけたらとっちめるからな。」
ウィザードがそう注意を喚起している。
「はーい。」
気の抜けたような返事をしながら学徒達は自分の寝室へと向かっていった。
21時を回り、初夏の夜は少し気温を下げてきた。湖からは夜霧が立ち込めている。この季節にしては少し肌寒い夜となった。
その夜、月明かりはあったが、古城の周りは夜霧に覆われ、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。肌寒さがその不気味さを一層際立たせている。3人の約束の時間が静かに近づいてきた。
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