第4節『古城の秘密』

 古城全体が静かに寝静まる頃、ごそごそと動き回る影がそこにあった。約束の23時が訪れたのである。看護学部の寝室前で待ち合わせた3人は、床にしゃがみこみ、頭から『透明マント』をかぶって暗闇の中を蠢いていていた。透明マントは姿を隠すことのできる一風変わった魔法具ではあるが、特段特殊な物という訳ではなく、どこの魔法具屋でも買い求めることが可能で、何となれば、『アカデミー術具・魔法具直営販売所』でも購入することができるほどに一般的な代物であった。

 今、例の3人、すなわち、シーファ、リアン、カレンは、そのマントを頭からかぶり、身をかがめてゆっくりと、地下室に続く廊下を歩いている。途中、カンテラを手に、その廊下を見回る教員たちと出くわしたが、この透明マントの効果は覿面てきめんで気づかれることはなかった。3人は足音を殺しながら、慎重に、そしてゆっくりと突き当りにある地下へと続く階段を目指して進んでいく。周囲を厳重に見回る、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサーらともすれ違うが、どうやら彼女たちもまた、透明マントの下の3つの怪しい影には気づいていないようであった。

「しめた!!」

 そう思って3人は、ついに最奥の階段へとたどり着いたのである。


 階段は狭く長いが、その両脇には松明が灯っていた。おかげで、足元を確認することができる。3人は静かに階段を下り始めた。こつこつという足音をできるだけ殺しながら、その石段を進んで行く。奥はどうやら牢部屋や拷問部屋につながっているようだ。俄かに周囲の気温が下がり、かびくさい匂いがあたりに立ち込めてくる。なんとも不気味な装いだった。3人は、好奇心と恐怖の両方にとらわれながらも、透明マントを前へ前へと繰り出していく。

 地下には、いくつもの牢部屋と、おそらくは拷問部屋であろう石室が、まっすぐに続く石畳の廊下の両脇に並んでいた。3人は、そこをまっすぐに進みながら、最奥を目指して行く。奥に進むほどに松明の光は十分には届かなくなり、3人はついに透明マントを脱いだ。

「ここからは、慎重に立って進みましょう。」

 そういうシーファの言葉に、二人は小さく頷いて答えた。周囲の気温は一層下がり、あたりにはかすみのようなものが立ち込めている。初夏のこの時期こんなに冷えるということもあるまい。彼女たちは、ローブの下で身体をさすりながら、なおも奥を目指して行った。

 最奥には、石造りの小さな牢部屋のような場所があった。一見した限りでは、収監用のただの小部屋であったが、よく見ると床の中央に、更に下に続いていきそうな入り口のようなものが見える。


 それは金属製の扉で、固く施錠されていたが、シーファが『不触の鍵:Invisible Keys』の術式を駆使すると、それは戒めを解いた。二人はその手際に目を丸くして驚いている。

「行ってみましょう!」

 そう言うシーファに、カレンが固くしがみついている。

「さぁ、行くわよ!」

 シーファはカレンの身体を振りほどいた。


 時は、24時をまわったであろうか、すでに真夜中に差しかかっている。


 隠し扉を抜けて、更に下に続く階段を降り始めると、周囲はいよいよ冷たくなってきた。階上とは、5度から6度は違うであろう。冷たいというよりはもう明らかに寒い。夜とはいえ、少なくとも6月下旬の自然な気温でないのは明らかだった。あたりに立ち込めるかすみのようなものも、心なしか濃くなってきたように思える。それでも、3人はどんどんとその階段を降りていった。幸いにして、所々にろうそくやカンテラが設置されており、視界に困るということはなかったが、それは同時に、今まさに何者かが、この先の空間に何らかの目的で存在しているのであろうことを意味するものでもあった。

 3人は恐怖と不安に飲み込まれそうになりながらも、それらに押し勝つ好奇心に突き動かされて、下へ下へと足を繰り出していた。下り階段はずいぶんと長い。視界に捉えることのできる段数の半分ほどを降りた頃だろうか、3人の耳に、不気味に響く呪文の詠唱のような声が聞こえ始めた。それは、聞いたこともない術式で、その意味を捉えることはできなかったが、詠唱の音声であることだけは間違いない。3人に俄かに緊張が走った。


「あれが聞こえますか?もはや幻聴という類ではありません。この先に何事かがあるのかは明らかです。戻って先生にこの事実を伝えましょう。」

 カレンが至極もっともな提案をする。

 しかし、シーファの方は、好奇心の方が完全に勝ってしまったようであった。

「ここまできて、一番おいしいところを先生に持っていかれるというのはしゃくだわ。せめて、何が起こっているのだけでも調べましょう。」

 その声に応えるではなかったが、しかし、リアンの瞳もまた好奇の色に輝いてた。

「でも…。」

 おびえるカレンの不安をよそに、

「大丈夫。私がついているんだから!」

 シーファは一向に譲らない。自信過剰で、他人の話を聞かない猪突猛進なところが彼女の難点でもあった。幼いころからそれをよく知っているカレンは、仕方なくそのあとに続いて行くよりほかなかった。

 石段を下りるに従って、気温は一層低くなり、その詠唱の声はますます大きくなる。しかし、これほどまでに長い呪文とは、いったいどのような効果の魔法なのだろう?3人はそんなことを考えながらおそるおそるその声のする方に近づいて行った。


 階段を降り切ると、その先には更に長い石畳の廊下が続いており、その先に扉のない小部屋のようなものあるのがかすかにわかる。くだんの声はその部屋から響いてくるようだ。その音は呪わしく、あたりの石畳をびりびりと震わせるような威圧感を伴なっていた。しかし、3人は足音を殺しながら、なお奥へ奥へと進んでいく。

 ついにその部屋の入り口の両脇にとりついて、そっと中を覗き見る。その詠唱の声はもはや間近に聞こえていた。小部屋の中には、床に展開された大きな魔法陣を中央に、ローブを目深にかぶった怪しい人影がいて、それは魔法書のようなものを手に、一心不乱に呪文を詠唱している。その魔法書の開かれたページには魔法光が漂い、暗いその小部屋の内部を妖しく照らし出していた。


 その詠唱の声はやむことがない。魔法書のページは次々にめくられていく。そのたびに、床に刻まれた魔法陣の光の色は濃くなり、魔法書からも禍々しい光があふれ出るようになってきた。そのとき、ついにシーファが動く!

「そこまでよ!あなた、そこで何をしているの!」

 彼女を引き留めようとそのローブに伸ばすカレンの手を振りほどいて、シーファはその人影と真正面に対峙した。それは静かに視線を持ち上げるが、その口はなおも呪わしい詠唱をやめることをしない。

「何とか言いなさい。ここはアカデミーの研修施設です。そこに不許可で侵入することは許されません。身元と目的を明らかにしなさい!」

 シーファはそう詰問して見せる。実は、彼女は中等部生でありながら、『アカデミー治安維持部隊』の非常勤エージェントにスカウトされたエリートでもあったのだ。その人影を詰め寄るのに際して、どうやらその資格を活用しているようだ。人影は、視線をこそシーファに移すが、詠唱をやめる気配も、彼女の質問に答える気配も見せない。ただただ、その呪わしき音律の発出を続けるばかりである。


「とにかく、ここは危険です。いったん戻りましょう!」

 そういうカレンの声を無視して、業を煮やしたシーファはついに行動に出た!

「勧告に従わないのであれば、排除します。」

 そう言うが早いか、彼女は『火の玉:Fire Ball』の術式をその人影に向かって繰り出した。しかしそれは、かわすそぶりを見せるでもなく、その場でじっと詠唱を続けている。炎の塊は右肩に命中し、その身体を大きく後ろにそらしたが、それはすぐに元の姿勢に戻った。ローブが焼け焦げた以外には、大した損傷はないようだ。奇怪なる存在は何事もなかったかのようにして、なお、ひたすらに詠唱を続けている。

「警告が聞こえませんか?あなたはアカデミーが遂行する行事の安全を脅かしています。直ちにその素性を述べ、目的を明らかにしなさい!」

 シーファは更に語気を強めるが、人影の方はまったく応じるそぶりを見せなさい。やがて、その詠唱も最終段階に入ったようで、3人にも意味の分かる言葉での詠唱へと様変わりし始めた。どうやらそれは召喚術式のようだ。


『呪われた者どもよ、わがもとに集え。その穢れた力を用いて我が敵を滅ぼせ!Summon of Fallen Angelic P.A.C.!』


 その声が共鳴を終えるや、床に刻まれていた巨大な魔法陣はその外延を部屋いっぱいに広げて、虹色の魔法光を放ち、そこから30は下らない数の醜悪な存在が姿を現し始めた。それらは、アンデッドと言えばそうであったが、見た目にはそれよりもずっと恐ろしくおぞましいものであるように感じられた。この召喚術を使って、古城に宿泊するアカデミー学徒を襲撃するつもりだったのだろうか?怪奇の人影に呼び出されたその異形の群れは、ゆっくりと3人の方に向きを変えると、一斉に襲い掛かってきた!


「逃げて!」

 シーファのその声に合わせて、長い石畳の廊下を反対方向に駆け出す3人。異形の影はゆらゆらとその後を追ってくる。最後尾に位置する格好になったシーファが『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』の術式を繰り出すと、火球の群れは動きの遅い異形の軌道を正確にとらえて、そこにことごとく命中した。しかし、それらは被弾によって怯みはするものの、焼け焦げた身体を引きずるようにして、なおも追跡の手を緩めることがない。


『生命と霊性の均衡を司る者よ。彷徨える魂に永遠の安らぎを与えたまえ。冥府の者を冥府に返せ。悪霊への危害:Harm Non Material!』


 詠唱とともにカレンが強力な対霊術式を放つ。その虹色の光が追っ手の群れを包み込んでいくが、しかし、消滅する気配は一向に見えない。やはり、追っ手はただのアンデッドではないようだ!


 息を切らしながら逃げる3人。この廊下はこんなに長かっただろうか?上り階段までには、それほどの距離があった。途中でつまづき転ぶリアンの手をカレンが必死に引きながら、どうにかこうにか逃げ惑う3人。今度は追っ手が術式を繰り出してきた。狭い通路の中でそれらを懸命にかわしながら、なおも走る少女たち。リアンの息がひどく上がっている。もうそれほど長くはもちそうもない!

 後ろを振り返り、あとに続くふたりを気遣うシーファは、突然何かにぶつかった!ハッとして前を見ると、そこにはウィザードの顔があった。それを見るや、あの気の強いシーファの瞳に涙が浮かんでくる。


「先生…。」

「お前ら、ここで何してるんだ!」

 そういうウィザードの視線が追っ手の物影を捉えた。

「はやく後ろに隠れろ。はやく!」

 その声に促され、3人はそそくさとウィザードの背に身を隠しす。

「おい、みんな来てくれ!どうやら久々のご対面だぜ!」

「やっぱり、マークスの悪巧みはまだ続いていたようね。」

 ソーサラーは不敵に笑って見せた。

「学徒達に手出しはさせません。」

 そう言って、ネクロマンサーも姿を現す。

「早く逃げろ。こいつらはお前らがかなう相手じゃねぇ。」

 そう言ってウィザードは避難を促すが、しかし、少女たちの腰は完全に抜けてしまっている。

「仕方ねぇ。いっちょやるか!」

 そう言ってウィザードは身構え、あとの二人もそれに続いた。


 ウィザードが『砲弾火球:Flaming Cannon Balls』の術式を繰り出す!さすが、学徒達のものとは比較にならない数と威力の火球である。それらは、召喚されたほぼすべての異形を瞬く間に薙ぎ払って行った。そのあとには燃えくずのようなものがくすぶっているだけだ。燃えくずは、ソーサラーが『加重水圧:Hydro Pressure』の術式で片づけた。残るは最奥からゆっくりと近づいてくるローブの人影だけだ。召喚した異形が全滅したことなどまるで意にも解さない様子で、ゆらゆらと近づいてくる。その存在は、3人の記憶にはっきりと刻まれた様子を呈していた。


「あいつはP.A.C.だ。間違いねぇ。」

「そうだとすると、骨が折れるわよ。」

「いずれにせよ、放っておくわけにはいきません。」

 3人はいよいよ距離を詰める。その後ろで小さな少女たちが震えていた。


『火と光を司る者よ。我が手に炎の波をなせ。我が敵を薙ぎ払い、燃えつくさん。殲滅!炎の潮流:Flaming Stream!』


 火と光の高等術式を繰り出すウィザード。その両手からほとばしり出る業火の波が、そのローブの人影を確実にとらえていった。着弾と共にローブは大きな炎を上げて燃え上がり、その中で、影が悶えている。


 やったか!?


 そう思われた刹那、異形は燃え盛るローブを自ら脱ぎ去って、一層おぞましいその正体を遂にあらわにした!


 それは、鎧をまとったアンデッドに禍々しい翼をはやした、これまでに見たことのないおぞましい姿をしていた。全体的なシルエットこそ天使のようではあったが、その全身は、腐敗した焼けただれたような姿で、焼け焦げたローブの残りかすを引きずりながら、鎧の継ぎ目からガシャガシャと耳障りな音を響かせている。


「こいつは!?」

 ウィザードもその情景に戸惑っているようだ。

「正直、かなりやばそうね。」

 身構えるソーサラー。

「とりあえず、やるしかりません。」

 ネクロマンサーは意を決したようだ。


 狭い通路で、今度はその堕天使の如き異形が雷を放つ。後ろに隠れて動けない、少女たちの小さな体を守るようにして防御障壁を展開し、脅威を必死に防ぐ3人の先生たち。強力な雷の幾筋かが防御障壁を突破して、最前列のウィザードに襲い来る。その身を覆うローブは雷撃で引き裂かれ、その裂け目からは焦げ臭い匂いが放たれた!


「やってくれんじゃねぇか。」

「なら、これでどうよ!」

 ソーサラーが、法具である美しい氷の剣を取り出して詠唱する。


『水と氷を司る者よ。法具を介してその加護を請わん。清流を刃となし、高圧で切り裂け!噴出水剣:Water Jet Blade!』


 高圧の水流が、美しい太刀筋を描いて堕天使に斬りつけた。その刃が片方の翼を捉えて、それを斬り飛ばすと、異形は苦痛に呻きを上げた。


 しかし、それはなお攻撃の手を緩めることなく、更に強力な雷を放ってきた!ウィザードは懸命に防御障壁を展開してそれを凌ぐが、幾筋かの雷が確実にウィザードの身体を捉えて離さない。その服のあちこちが裂け、そこからは血が滲んできた。


「やりやがるぜ。『アーカム』でのことを思い出すな。」

 そう言って、口元の血をぬぐうウィザード。

 その時、ネクロマンサーが『帯電した雲:Thunder Clouds』の術式を繰り出した!狭い通路を稲妻が駆け巡り、その異形と3人との間に距離を開ける。雷撃がその鎧の一部を破壊し、その箇所からは、やはり人間のものとは明らかに異なる、かつてと同じどす黒い血液のようなものが噴き出していた。


 刹那、『衝撃波:Shock Wave』の術式を繰り出す異形!

 狭い通路の先頭でウィザードがそれに耐え忍ぶが、もうずいぶんと損傷が蓄積している。そろそろ限界が近い。ソーサラーは再度『噴出水剣:Water Jet Blade』の術式を繰り出して、その異形の片腕をもいで見せるが、それでも、その堕天使はなお殺意を増し加えていった。


 追い込まれるウィザードたちを見据えるその眼孔には不気味な光が灯り、口もとには魔法エネルギーが収束していく。そのエネルギー光は周囲に魔法陣を展開して、今にも解き放たれそうだ!


 まずい、やられる!!

 そう思って、ウィザードが体を固くした時だった。背後で震える小さな3つの人影の内の一つが立ち上がり、か細い声で詠唱を始めた。


『生命と霊性の安定を司る者よ。火と光を司る者、水と氷を司る者とともになして、聖なる潮流を生ぜしめん。不浄の者どもを洗い流し、汚れた大地を浄化せよ。聖光潮流:Sacred Tide!』


 それは、三大天使の加護を必要とする高位の神聖魔法だ!聖なる光をたたえた潮流がたちまちに巻き起こり、聖なる水が瞬く間にその狭い通路にあふれて、その異形の堕天使を最奥の部屋まで一気に押し戻した。まばゆく輝く聖光はその穢れた身体をむしばみ、その体表をぶすぶすと焼き尽くしていく。奥の部屋の真ん中で、異形はその傷ついた身体を引きずるようにしながら、ゆっくりとその上半身を起こそうとしていた。


 だが、そこに向かってウィザードが果敢に駆けていく!彼女の手には、紫色の電が取り巻く光球が輝いていた。


『火と光を司る者よ。法具を介してその加護を請わん。業火を火球となして立ちはだかる者を粉砕せん!貫け!殲滅光弾:Strike Nova!』


 彼女は、強力な光弾を今まさに起き上がらんとするその異形に向かって激しく打ち出し、その上半身を粉々に吹き飛ばした!残された下半身からは、どす黒い液体が一斉にどっと噴き出す。どうやら、脅威は退けられたようだ。


 安堵して後ろを振り返ると、魔力枯渇を起こしたリアンが、カレンの腕に抱かれており、それをネクロマンサーが介抱していた。先ほど高位の神聖魔法を行使したのはなんとリアンだったのだ!彼女は魔力制御が不安定で、いつもおぼつかない様子でしか術式を行使することができなかったが、襲い掛かる危機がその奥底に眠る資質を呼び覚ましたのか、彼女の決死の術式が、その場にいる6人を見事に救ってくれたのであった。

 リアンは体内の魔力をすべて使い切ったようで、ほぼ完全に意識を失っている。魔力回復薬を飲むこともできないらしい。仕方なくネクロマンサーはその小さな身体を背におぶった。


「こいつ、すげえな。中等部で三大天使術式を使うとは。」

 ウィザードは驚きを隠さない。

「そうね、さすがは血筋と言ったところかしら。」

 ソーサラーも感心している。

「とにかく、この事実をすぐに報告して、安全の確保に努めましょう。」

 そう言うネクロマンサーの提案に従い、教師たちは小さな3人を連れて、階上へと戻っていった。


「どうして先生たちはあそこにいたのですか?」

 階段をのぼりながら、シーファが訊ねる。

「お前たちに見えたり聞こえたりするものに、あたしたちが気づかないとでも思うか?」

 そういって叱責するウィザード。

「すみません。」

 シーファがめずらしくしおらしい。よほど恐ろしかったようである。

「あれはいったい何なんですか?」

「そうだな。まぁ悪い奴だ。今はそう思っとけ。」

「はい…。」

「いいか、今晩はリアンに助けられたが、それはそれ。これはこれだ。言いつけを守らずに就寝時間後にうろついた罰はちゃんと受けてもらうからな。」

 そう言って、ウィザードはシーファの額を軽く小突く。

「本当にすみませんでした。」

「これに懲りたら、今度からは何かあったらすぐあたしたちに言うんだぜ。透明マントなんて姑息な手を使わずにな。」

 そう言って、ウィザードはいたずらっぽい視線をシーファに送った。

「気づいてたんですか!?」

「当たり前だろ。お前らのすることくらいお見通しだよ。」

「なにせ、この人は華麗な女盗賊だから。」

 茶々を入れるソーサラー。

「うっせぇな。こいつらの前で面倒くせぇ話を持ち出すなよ。」

 そう言って、ウィザードは照れくさそうな顔をする。

「女盗賊って…。」

 そう言いかけたシーファに、

「いいから黙って歩け。」

 ウィザードはそう言って、先を急がせた。


 * * *


 1階に上がって来た時には、降りる時に感じた不気味な寒さはなりを潜め、この季節らしいの蒸し暑さに戻っていた。どうやらひとまず、脅威は去ったと考えて間違いないようだ。

 教師たちは、少女たちをそれぞれの寝室まで送り届けてから、再度古城中の見回りを行い、十分な安全が確保されたという確信が持てたところで、彼女たちは今晩の出来事を報告書にしたためて封書にしまった。明日には、『転移:Magic Gate』の術式を使って、それをパンツェ・ロッティ教授に届けるつもりである。


 あれが、かつて対峙したP.A.C.の変種であることはまず明らかだった。それは、マークスの再動が始まったことを意味している。魔法社会を再び脅威が包もうとしているのだ。いつかは、マークスとの決着をつけなければならない。3人はその決意を新たにしていた。


 * * *


 研修最終日の夜はちょっとしたパーティーだった。研修の無事な終了を祝して、当地の地域観光組合のスタッフ陣が、とびきりの品々を用意してくれたのである。豪華な料理を素晴らしいデザートが取り囲む。メインディッシュは牛肉のステーキと多彩な魚介の盛り合わせで、学徒達の若い味覚を大いに唸らせた。


 デザートは多種多様なケーキと、チョコレートやビスケットなどのお菓子で、これもまた若人たちの目と舌を十分に満足させていた。


 学徒達は素晴らしい料理を大いに楽しみ、会話に花を咲かせた。その中で、教員たちが、昨晩の出来事をかいつまんで説明し、今後は何か気づいたことがあれば無謀を冒すことなく、すぐ教員に伝達するようにとの注意喚起を徹底している。

 シーファ、リアン、カレンの名は伏せられていたが、その日の昼に、休憩返上で古城の前庭を走らされていたことから、その3人が何事かをやらかしたのであろうことは、学徒達の間で公然の秘密となっていた。


 宴会はいつまでも続いていく。月が古城を照らし、その窓からは子どもたちの明るい声が漏れ聞こえていた。もうすぐ夏本番が来る。漆黒の天空はいよいよ夏の星座に彩られようとしていた。夜が静かに更けていく。

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