第3節『アーカムへ至る邂逅、そして』

 私はなんて馬鹿なんだろう。気付く機会はいくらもあったというのに、そのすべてをことごとく見落としてしまった。ちがう、見落としたんじゃない。故意に見ようとしなかったんだ。今回の出来事の責任は全部私にある。ハンナが更衣室で不穏なことを口走った時、簡単に流すんじゃなくて、せめてもう少し丁寧に彼女と言葉を重ねておくべきだった。あの小さな誤解さえ解いておけば、この事態は避けられたはずだ。また、あのお昼にしてもそうだ。私がひとこと声をかけてさえいれば、彼女を傷つけることはなかっただろう。


 それを考えると酷い心痛に襲われた。でも、チームのリーダーとして、この問題は私の手で決着をつけなければならない。少なくとも、ソーサラーの科の内側のことだけでも、私自身が解決に導く必要がある。それが私の責任だ。


 そう決意して、ソーサラー科の練習フィールドへと歩みを進めていた。そこに向かう階段へと差し掛かった時、そこに見知った人物が立っていた。


「よう。昨日は…。」


 ウィザードのあの子だ。


「こちらこそ。昨日は本当に…。」


「いや、それはもういいんだ。それよりあんたに見て欲しいものがある。」


 何だろう?不思議に思っていると彼女はポケットから透明なガラスのようなものでできた、頭骨のオブジェクトを取り出した。


「あんた、これが何だかわかるか?」


「いえ、初めて見るものよ。何なの?」


「これは、あんたの舎弟が『力が欲しいなら使え』と言ってリズによこした、クリスタル・スカルっていう禁忌魔法具だそうだ。」


 ソーサラーの顔に緊張が走る。


「で、こいつについて調べてみたんだが、それは、慈愛と理性を捨てる代わりに冥府の魔法知識を使用者に授けるというトンデモない代物だった。」


 なんてこと!まさか、ハンナがそんなことまで…。


「もしリズがこいつを使ってたらと思うと、あたしは怖くてたまらねえんだ。力と引き換えにリズからあのやさしさと理性を奪うなんて、考えたくもねえんだよ。それは人殺しと同じだぜ。」


 全くその通りだ。胸が激しく痛む。


「だからあんたに頼みがある。今回のことは、あたしが勝手にムキになってあんたに挑戦したことがそもそもの原因だ。そのことについては本当にすまなかったよ。もう二度としねえ。そのかわり、あんたたちにも金輪際、こんな危ない真似はやめて欲しいんだ。」


 あの勝気がしおらしく首を垂れる。


「まったくあなたの言う通りよ。こちらこそ本当にごめんなさい。この問題はソーサラー科の側できちんと決着をつけるわ。」


「ありがてえ。で、もう一つ頼みがあるんだ。」


 彼女はいよいよ深刻な面持ちになる。


「こんな危ねえもんを、なんであの女が持っていたのか気になって仕方がねえ。第一、こんなもんを持ってるなんてあいつ自身にも危険があるにちがいない。だから、コイツの出所と、あいつが持ってた理由をあんたに調べて欲しいんだよ。」


「もっともね。でも、ごめんなさい。私はそうした禁忌や神秘についてはとんとうといのよ。再発防止は私の責任で確実にやるけれど、その調査については正直どうしていいかわからないわ。」


「まあ、そうだよな。あたしにも見当もつかねぇ。」


 ウィザードは言葉を続ける。


「それでだ。実はあたしらと同級にこういう面倒な品物や厄介ごとについてやたらに詳しいウォーロックがいると聞いたことがあるんだよ。」


 確かに、その噂は私も知っている。


「で、今日の昼、そのウォーロックのところに行こうと思うんだが、ぜひ、あんたに一緒についてきてもらいてぇんだ。知っての通りあたしはこんな性格だろ?初めて話す相手に小難しいことをちゃんと説明できる自信がねえんだよ。だから、あんたに同行を頼みてぇ。」


「わかったわ。もとはと言えば私たちの側が引き起こしたことだし、ハンナの行動には私にも責任が大きな責任があるの。もうあなただけの問題じゃないわ。一緒に行きましょう。」


「ありがてぇ。ウォーロック科の教室は幸いあたしらウィザード科の隣だ。午前の講義が終わってからすぐに向かえば首尾よく捕まえられるだろう。そんなわけで、悪いけど午前の講義がはけたらすぐウィザード科にきてくれねぇか?」


「わかったわ。そのあと一緒に行きましょう。」


「すまねぇな。」


「そんな、誤るのはこちらの方よ。」


「よろしく頼むぜ。」


 ウィザードの顔から緊張が解け、安堵の表情が浮かぶ。


「それじゃあ、私は行くわ。これからソーサラー科のメンバーと今回のことについてきちんと話して、それなりに責任のある結論を出すつもりよ。そのことについてはまた別の機会に話すわね。」


「わかったよ。よろしく頼む。」


 そう言うと、ウィザードは踵を返して自分たちの練習フィールドの方に向かっていった。私もしっかりしなければ、決意を新たにして、ソーサラーは階段を昇って行く。


 まだ随分と暑いが、それでも吹き抜ける風の中に幾分か秋の装いを感じられるようになった、そんな日の朝だった。窓の外では、木々が青々と茂ったその枝をゆっくりと踊らせている。葉と枝の間をきらきらと光が揺蕩っていた。


 * * *


 午前の講義が終わった。さすがに今日ばかりは努力家を絵に描いたようなウィザードも、講義中気もそぞろであった。教室を出るとすでにソーサラーが彼女を待っている。


「待たせてすまねぇ。」


「大丈夫、ウォーロック科の教室はすぐそこよ。さぁ、行きましょう。」


 昼休憩の時間、あたりは騒然としている。


 ふたりがウォーロック科の教室に今まさに入ろうとしてしたとき、偶然にも件のウォーロックがそこから姿を現した。


「あの、すまねぇ。」ウィザードが声をかけると、ウォーロックは屈託なく言葉を返した。


「なにかしら?」


「突然ですまねぇんだが…。ああ、あたしはウィザード科の6年で、こいつはソーサラー科の同級なんだけど、あんたにこれを見て欲しいんだよ。」


 そう言うとウィザードはポケットから例の禁忌具を取り出した。それを見たウォーロックは驚きを隠さない。


「まあ、クリスタル・スカルじゃない。そんな危ないものどこで手に入れたの?」


 当たりだ!彼女ならきっとこれについて何かわかるにちがいない!


「実は…。」


 二人はここ数日の出来事について詳細な事情を彼女に伝えた。ウォーロックは難しそうな、それでいて心配そうな表情を浮かべている。


「事情は分かったわ。とにかく私にはそれがクリスタル・スカルであることはわかるけれど、その出所までは何ともね。ただひ、アーカムから出たものでないということだけは言えると思うわ。」


 『アーカム』!!!ウィザードとソーサラーは顔を見合わせた。彼女はあのアーカムを知っているんだ。好奇と期待の色がふたりの特徴的な瞳に浮かんでくる。


「あんた、あのアーカムを知ってるのか?」


 ウィザードは驚きを隠さない。


「ええ、常連よ。」ウォーロックは冗談ぽく笑顔でそういった。


「これについて手掛かりを得る、何かいい方法はないかしら?」


 ソーサラーが彼女に質問を振り向けた。


「そうね、さっきも言ったように、私自身が禁忌法具のことを全部把握している訳じゃないから、専門家に相談する必要があるわね。」


「そんな人がいるの?」


「もちろん!ただ、会うためにはアーカムに行く必要があるけどね。」


「頼むよ、あたしらをアーカムに連れて行ってくれねぇか?どうしてもコイツの出所を突き止めていろいろなんとかしてぇんだよ。」


「『いろいろなんとか』って、それじゃどうしたいのか全然わからないじゃない。」


 ウォーロックはころころと笑った。


「いや、すまねぇ。とにかく頼むよ、あたしらをそこに連れて行ってくれ!」


「おねがいします。」


 ソーサラーも一緒に頭を下げた。


「あなたたちの話だと、事は急を要するみたいね。早速、今日の放課後というのはどうかしら?」


「ありがてぇ!頼むよ。」


「それじゃあ、ゲート前で待ち合わせしましょう!」


「わかったわ。」


「おうともよ。」


 ふたりの顔に期待の色が輝く。これで前進を得られるかもしれない。


「ああ、そうそう。」その場を去ろうとするふたりを、ウォーロックが呼び止めた。


「あそこの常連はもう一人いてね。その子も連れて行っていいかしら?」


「ぜんぜん構わねえぜ。」


「人数が多い方がなにかと心強いわ。」


「そうよね。じゃあ後ほど。」


 そう言ってふたりはウォーロックと別れた。


 その後、ウィザードとソーサラーは一緒に食堂に向かい、昼食をともにした。つい数日前まで、毎朝、毎朝、ソーサラー科の練習フィールドで模擬戦をやり合っていたことが嘘みたいである。


 太陽は真昼の位置にあった。その光はあかるくアカデミー全体を照らしている。にぎやかで活気ある学徒たちの声があちこちであがっていた。穏やかなひと時である。


 * * *


 約束の時間が来た。ウィザードとソーサラーは期待と若干の不安を共有しつつ、アカデミーゲートにウォーロックが現れるのを待っていた。秋が近づいてきたためであろう、心なしか陽の傾くのが早いような気がする。とはいえ、陽が沈むまでには、まだまだ時間は残されていた。


「おまたせ!」


 今昼聞き覚えたばかりの声に続いてもう一つ声が聞こえた。


「おまたせしました。」


 その声の主が、ウォーロックの言っていたもうひとり連れていきたいという人物なのだろう。それは黒髪と黒い瞳が美しいネクロマンサーだった。


「面倒かけてすまねぇな。」


 今来たふたりに言うウィザード。


「よろしくお願いします。」


 ソーサラーがそれに続いた。


「いいのよ。さぁ、行きましょう!でも、ちょっと遠いわよ。すぐ近くだけどね。」


 不思議なことをいう子だ。遠いけど近い、どういうことだろう?彼女の天真爛漫に翻弄されながら、4人は例のM.A.R.C.S.を辿って行った。


 例のごとくクリーパー橋の高架下に差し掛かったあたりから、周囲が霧に覆われていく。そしてその霧は、南大通りを南下するに従って、一層濃くなり、アカデミー前との交差点に戻ってきたときには、あたりはもうほとんど何も見えなくなっていた。


「すげぇ霧だな。」


 つぶやくウィザード。


「そうね。こんなに濃い霧は初めて見るわ。」


 ソーサラーも驚いている。


「アーカムはここにあるわ。」


 そういってウォーロックが指さした先に『アーカム』の看板があった。


「すごいわね。」


 ソーサラーの黄金の瞳が輝きを増す。


「まじですげえ。でもよ、ここってもしかして『キュリオス骨董堂』があるとこじゃねえか?」


「うふふ、そうね。私たちが知っている日常ではね。でも、ここはちょっと特別なのよ。」ウォーロックがいたずらっぽく言った。


「本当ならここは全部石畳で覆われているはずでしょ。でも、ほら、土と草、そして水のかおりがしない?」


 言われてみると、いつもの場所とは匂いが明らかに違って感じられる。匂いだけでなく、霧の切れ目からかすかに見える周囲の様子や地形も、本来そこにあるべきものとは微妙に違っていた。ふたりが不思議にとらわれているところで、ネクロマンサーが扉に手をかけた。押しても引いてもその扉は開かない。得心のいった顔で彼女は言う。


「今日は彼女ですね。」


 そうしておもむろにドアを横に引いて見せた。そのドアは静かに口を開ける。


「ちょうどいいわね。」


 ウォーロックがそんなことを言った。


 アーカムの店内はいつもの通りだった。狭い一本通路の両脇に、埃をかぶった未知の魔術具や魔法具が乱雑に積み上げられている。


「広え。いや、この通路は狭えけど。」


 ウィザードは驚きを隠せないでいる。


 確かに、彼女が指摘する通り、アーカムの店内はそのあるべき敷地より奥側に随分と広い。それはここが単に物理的に建設された場所ではなく、魔法的に構成された空間であることを意味していた。魔法は、― これはラファエルの領域のものだが、 ― 空間や時空に対しても影響力を行使することができる。たとえば、時間を早めたり、止めたり、遅らせたり、空間を広げたり狭めたりといったことができる。本当に奇跡的な術式には、時空や空間をまるごと消し去るようなものまであると言われていた。もちろん、その真偽のほどは定かではないが…。新参のふたりはその店内の禁忌と神秘の空間にすっかり心をうばわれ、夢ごこちの中にいるかのように、古参のふたりに誘われて奥のカウンターへと歩みを進めていった。


「いらっしゃい。」


 ふたりには聞き覚えのある、そしてあとの二人にははじめての声がカウンターから聞こえてきた。アッキーナである。


「まぁ、あなたたちでしたか。」


 ふたりの姿を見てそう言った。


「あら、今日はお友達もご一緒なのですね。」


「お久しぶりです、アッキーナさん。」


 先頭を歩いていたネクロマンサーが彼女と真っ先に挨拶を交わした。それにウォーロックも続く。今ではすっかり常連となったふたりも、ここに来るのは久しぶりのようだ。


「どうも。」


「こんにちは。」


 新客の二人もまた彼女と言葉をかわした。


「あらあら、今日は賑やかでうれしいわ。禁断の法具屋『アーカム』へようこそ。ご来店を歓迎いたします。私は店主のアッキーナ、アッキーナ・スプリンクル。」


 その名前を聞いてふたりの顔に俄かに緊張が走るのが分かった。


「アッキーナって!?」


「あの一級指名手配犯のか!?」


「違うわよ。まあ、そうでもあるけど。」


 そう笑って言うウォーロック。


「心配しないで、彼女は信頼のおける人よ。大丈夫。」


「はい、それは私たちが保証します。」


 ネクロマンサーも言葉を添えた。


 二人はわかったような、わからないような顔をしながらも、当初の緊張は解けたようであった。


「それで、今日はいかがいたしました?」


「見て欲しいものがあるのよ、アッキーナ。」


 ウォーロックが口火を切った。


「さあ、あれを見せて。」


 ウォーロックに促されて、ウィザードがポケットから例の魔法具を取り出す。それはこの神秘の空間にあって禍々しい光を放っていた。


「アッキーナ、これの出所が分かるかしら?」


 ウォーロックが訊ねた。


「クリスタル・スカルのように見えますが…。」


 それをウィザードから受け取ったアッキーナはひとしきり眺めまわす。しばらくして彼女は口を開いた。


「大丈夫です。よくできてはいますが、これはまがい物です。ここにある本物のクリスタル・スカルではありませんね。おそらく最近あちこちに姿を現している『裏路地の法具屋』のどこかから流れ出たものでしょう。幸い、麻薬的な魔法がいくつかかかってはいますが、大したことはありません。本物にあるような破滅的な副作用はありませんね。これが、どうしましたか?」


「それじゃあ、これを使っても!」


 ウィザードの声が自ずと上ずる。


「はい、特段のことは起こりませんよ。副作用もない代わりにこれといった作用もありません。使用すると幾分か魔力量と魔法威力が上がるくらいです。」


 場の緊張が一気に解けた。特に、件の二人にとっては、重荷からいくぶんか解放されたような、ある種腰の抜けるような心持ちとなったようであった。


「実は…。」


 ソーサラーがこの度の出来事を説明し始めた。さすが、学年1の天才と言われるだけのことはあり、その語り口は理路整然として的確かつ精緻なもので、事情を余すところなくアッキーナに伝えていく。ウィザードはその姿にあっけにとられていた。


 ソーサラーの話の中に、アッキーナがところどころ怪訝な表情を浮かべる個所があった。


「ところで…」


 全てを聞き終えて、アッキーナが口を開く。


「その、ハンナさんという方は昔からそのような感じの方なのですか?」


 それを聞いてソーサラーがハッとする。確かに彼女は昔から、高飛車で他人に対して高圧的なところはあったが、今回ほど極端に他人を見下して罵倒したり、まして暴力沙汰を起こしたりするような子ではなかった。それどころか、むしろどこかにさびしさをかかえ、甘えられる先を探しているようなところさえ持っていたように感じられる。そういえば、彼女は貴族の令嬢ではあるが、いわゆる妾腹で、家族とは微妙な関係にあると別のチームメンバーから聞いたことがあった。彼女には彼女なりの苦悩があったのかもしれない…。


 そう思い返すと、ここ数日のハンナの様子が明らかに尋常でないことは明らかであった。ソーサラーはその旨をアッキーナにつぶさに伝えた。


「やはり、そうでしたか…。実はそのハンナさんについて気になっていたのですが、今の話を聞いて確信が持てました。彼女は『ケレンドゥスの毒』におかされている可能性があります。」


 その場が俄かに騒然となる。


「その、なんとかの毒ってなんだよ!?」ウィザードがまくした。


「『ケレンドゥスの毒』は低レベルの錬金術といくばくかの魔法を使って錬成される魔法薬です。程度の悪い『裏路地の法具屋』で最近盛んに扱われているようですね。それは、不快感の軽減と緊張の緩和に効果があり、簡単に言えば『手軽に嫌なことを忘れられる一種の麻薬』といったところです。ただ、副作用が少々深刻で、長期間連用すると服用者の精神は徐々に蝕まれ、その人格を極めて攻撃的かつ破滅的に変容させます。そのハンナさんの瞳に、呪印のようなものが浮かんでいるのを見たことはありませんか?」


「それはまだありません。」


 ソーサラーがすぐに応えた。その身体は心なしか震えているようだ。


「そう、それはよかった。末期になると、瞳に呪印が浮かび、正気を失います。思い込みが激しくなり、狙い定めた相手に見境なく襲いかかるようになります。」


「彼女を救うことはできないのですか?」


 ソーサラーの声が涙ぐんでくる。


「できなくはありません。ただ少々難しいものになります。」


「どうすりゃいいんだよ!?」


「『ケレンドゥスの毒』を解毒するには、まずその毒を手に入れなければなりません。それを基にして解毒薬を魔法的に錬成します。ただし、それは特効薬という訳ではありません。治療にはまず長期間にわたる治療薬の服用が必要になり、途中で服用を止めると場合によって再発することがあります。また、完全に症状を治療するということはできません。本人がある程度現在の自分を受け容れて、前向きに生きていこうとする気持ちを持つ必要があります。実はそれが一番難しいんです。変わった性格は完全には元通りになりませんが、本人の意思さえ強ければ、新しい人生を前向きに紡いでいくことは可能ですよ。」


 アッキーナは静かに語った。


「完全には治らねぇのかよ。つまらねぇな。」


「そうですね。お気持ちは分かりますが、彼女自身の生きようとする力が試されると思ってください。」


「わかりました。」


 ソーサラーは涙をこらえている。


「ところで。」


 アッキーナが再び話し始める。


「実は最近、あちこちの『裏路地の法具屋』でその『ケレンドゥスの毒』が出回っていて、あの方も私もずいぶん心配しています。どうも何者かが資金を荒稼ぎするためにばら撒いているようなのですよ。先ほどの『クリスタル・スカル』もおそらく同じような事情で出回ったものでしょう。それで、あなた方にひとつお願いがあります。それらの出所について調べてもらえませんか?なにせ私は…」


「この店を離れることはできないし、あの方もこことの関係を公にできない、でしょ?」


「このお店の性質上、警察には届けられない。そうでしたね?」


 ウォーロックとネクロマンサーが茶化して言った。


「まぁ、おふたりはもう本当にここの常連さんですね。」


 アッキーナも笑った。


「とにかく、そんなわけで調べて欲しいのです。お願いできますか?」


「もちろんよ!あなたたちも手を貸してくれるわね。」


 ウィザードとソーサラーは互いに顔を見合わせる。


「いいぜ。」


「もちろんよ。」


 どうやら話はまとまったようだ。なにより、ハンナを救うためには、いずれにしたってその『ケレンドゥスの毒』を手に入れなければならない。アッキーナの依頼はそのついでといえばついでである。


「じゃあ、また来るわね。」


「はい、お待ちしています。お帰りは分かりますか?」


「コイルを逆順に!」


 ウォーロックとネクロマンサーが声をそろえた。


 4人がM.A.R.C.S.を逆順にたどって再びアカデミー前に戻ってきたときには、もうすっかり日が落ちていた。確かに秋は近づいている。やらなければならないことができた。明日からは忙しくなりそうだ。


 ゲートをくぐると、めいめい別れを告げてそれぞれの寮棟に向かって歩いていった。空はいよいよ高くなり、星々と星座がその天空のキャンバスを思いのままに彩っている。心なしか、秋虫の声が聞こえてくるような気がした。夜が静かに更けていく。

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