王国暦???年

第6話〜違和感〜

自分は嫌な夢を見ている、そうティナは思った。

 そしてこの夢はまるで現実で起こったことのように、生々なまなましい印象を彼女に与えていた。


(早くこの夢、終わらないかな……)


 そう願うが、夢の場面は彼女の想いとは関係なしに進んでいく。

 場面が進むにつれて、胸が苦しくなってくる。

 ティナはこの夢の結末を知っているような気がした。

 

 苦しくなって、咄嗟とっさに寝返りを打とうとした。


(なんでだろう……?)


 彼女は自分の覚えがないところで身体中が痛むのであった。


………………

…………

……風に運ばれるかすかな潮の香りと波の音がする。 

 それに刺激され、ティナの意識は徐々に明確になってくる。

 

(あぁ、もうすぐ起きられる。そうしたら、この夢を見なくてもいいんだ)


 場面は一人の女性がティナに何かを言っているところまで来た。

 顔がわからない、何を話しているかもわからない。


(誰だろう……?)

 

……ふとフィリアの顔が浮かんだ。


「――っお母さん!」


 ティナは頭を上げ周りを見た。


 どこか見覚えのある砂浜であった。

 そこはティナが幼い頃、スタンとフィリアによく連れられて来た、王都へ続く街道近くの砂浜であった。

 既に陽も沈みかけており、水面みなもは燃えるようにあかく染まっている。


(確かわたしは王国祭にいたはずじゃ……?)


 あのフィリアの剣がしっかりと握られていることにティナは気が付いた。

 確かに剣を持ち出して王国祭に行ったことまでは、ぼんやりと覚えている。


 しかしそれより先、つまりは王国祭で自分が何をして、何があったかを思い出そうとすると、酷く頭が痛かった。


§


 ティナはただぼうっと景色を眺めていた。

 余計なことは考えたく無かったからかもしれない。

 しかし先ほどの夢のせいかもしれないが、なぜかスタンとフィリアのことが気になった。


(大丈夫、家に帰れば、きっとお父さんとお母さんもいるはず)


 そう自分に言い聞かせて、彼女は服に着いた砂を払い、街道へ歩を進めた。


§


 どれくらい歩いたか分からなかった。

 今や陽は沈み、ティナの身体を冷やすばかりである。


 街道は彼女が記憶しているより道自体が荒れていた。

 また歩きながら、記憶の中の景色と目の前の景色の微妙な違いに気付かされた。

 街道に沿ってあったはずの小屋がちていたり、逆に見たこともない花が咲いていたりと。

 何より街道で襲いかかってくる魔物モンスターが多くなっている。

 

 そして嫌でも目に入って来るこの見知らぬ景色は、この道が正しいのかという不安さえ彼女に与えた。

 彼女の体力と気力は限界を迎えつつあったが、早くスタンとフィリアの顔を見たいという気力だけで彼女は持ちこたえていた。

 

――――ガコン、――ガコン……。


 荒れ道を後ろから来るものがいる。

 その音と共に緊張が一気に彼女の身体を走りゆく。

 もはやティナの現在の体力と気力では、ここが正念場と腹を括るしかなく、彼女は全力を以って剣を抜けるよう身構えた。


 遠目から分かるのは、それがぼんやりとした灯りをともなっていることであった。

 徐々に近づいて来るにつれ、ようやく視認しにんすることが出来た。

 それは幌馬車ほろばしゃであった。

 

(助かった……!)


 「すみませーん!!」


 幌馬車ほろばしゃに向かって手を振るティナ。


 幌馬車ほろばしゃは彼女を越してから、ゆっくりと止まった。

 ティナは近づいて御者ぎょしゃを見る。


 不思議な格好であった。

 黒のローブをまとい、胸元にはペンダントのようなものをつけている。

 このような服装は、人の往来おうらいが活発な王都でも見たことがなかった。


 もしかしたらセリス王国の遠方から王都へ来たのかも知れない、とティナは思った。


 が、ティナにとって何より奇妙だったのは、御者ぎょしゃの目であった。

 ドロっとしたような精気が無いような目。

 その目は彼女に不安を与えた。

 

 ティナは恐る恐る、この男に尋ねてみた。


「あの……この馬車は王都へ行きますか?」


 いくばくかの間の後、男はティナをその目で見ながら答えた。


「…………王都……? この馬車は、『帝都』行きだ」


 ティナはこの先に帝都があることなどは知らなかった。

 見知らぬ景色が広がっていたのは自分が歩む方向を間違えたのかと思い、御者に聞いてみる。


「帝都……? あの、ここはセリス王国の王都に向かう街道じゃないんですか……?」


 いきなり男は引きつったように笑いながら言った。


「ッヒ! あんた、いつの時代の話をしている……? セリス王国と共に王都はとうの昔に滅んだじゃないか……。百年も前の話をするなんて、からかっているのか!?」


 ティナはこの男の方が自分をからかっていると思った。

 だが同時に、彼女自身もよく分からない不安が込み上げてきた。

 

「あ、あの……今って、ですか……?」


「……だ……」


 (王国暦おうこくれきじゃない……? 転生帝国暦てんせいていこくれき?)


 予想しなかった答えにティナは黙ってしまった。

 そして男はそんな彼女をみて、冷やかしだと思い馬車を動かそうとする。


「っ待ってください! その帝都でも良いので、わたしをそこまで連れて行ってください!」


 その精気が無い目をジッとティナに向け、


 「……『転生てんせいしるし』はあるのか……?」


 と自分の胸元のペンダントを見せる。


 ティナは首を横に振る。


「……ッチ。……『しるしなし』か……汚らわしい!」


 男はそう言い捨てて行ってしまった。

 彼女はもはや御者を呼び止める声さえ出なかった。


(どうなっているの……?)

 

 ティナは身体から気力が抜けていくことがわかった。


(どこかに……行かないと……)


 ティナは再び歩き始めた。

 今自分がどこを歩いているのかも分からず、この見知らぬ世界の夜を。

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