第5話〜アルベルト・マグナスとフィリア・シェール〜

フィリアの表情は、今までティナが見たことないほど怒りに満ちていた。

 そして、ティナの手から離れたあの剣を拾った。


 フィリアは怒りに震えるその手で剣を握り、アルベルトと対峙した。

 彼もまた剣をゆっくりと抜き、不敵ふてきな笑みを浮かべ口を開く。


「おや、これはフィリア・シェール、久しぶりですね。お元気そうで」


 フィリアは剣をくるりと回し、アルベルトへ向け、


「お久しぶりね、アルベルト。探したわよ……。私の娘に……よくも私の大切な娘に!」


 そう言い終わると、彼女はアルベルトに踏み込んだ。

 彼女の一撃を剣で受け止めるが、その衝撃で数歩退いた。

 そして間髪かんぱつを入れず、フィリアはアルベルトへげきを与える続けるのであった。


§


……ティナにとってフィリアは剣術など知らない、優しい母という存在であった。

 しかし今、ティナの目の前で繰り広げられる彼女の動きは、その存在とはかけ離れていた。

 ティナより早い斬撃、しなやかな身のこなし。

 まるでその姿は数多くの敵と戦って来たようであった。

 そして英雄――アルベルト・マグナスにも引けを取らない戦いぶりである。


「やはり、なかなかやりますねっ! フィリア・シェール! だが、動きが昔より鈍ってますよ!」


「あなたに本名で呼ばれる筋合すじあいはないわ! アルベルト・マグナス!」


(昔……?)


 ティナはフィリアの過去をあまり知らなかった。

 いや、フィリアがティナへ自身の過去を話したがらなかったのである。


§


 最初は互角の戦いか、むしろフィリアがアルベルトをしていたと言える。

 しかし、時が経つにつれ徐々にフィリアの顔からは、疲労がにじみ出てきていた。


「……はぁ……はぁ」


 身体全体で呼吸をし始めているフィリア。

 そこからは体力の限界がうかがえた。


「では……、残念ながらお別れといきましょうか! フィリア・シェール!」


 アルベルトの剣が再び黒々しいもので包まれる。

 そして彼は一気に踏み込み、フィリアに斬りかかった。


「ック……!」


 何とか受け止めるフィリア。

 しかし既に片膝をつき、剣で身体を支えている状態であった。


「お母さんっ!!」


 アルベルトは手を緩めず、彼女の息の根を止めるべく一撃を加えようとする。


「さあ、終わりです!」


「うぉおおおおお!」


――ガン!


 その一撃を受け止めたのはスタンであった。


「お父さん! どこ行ってたの!? っお母さんが! お母さんが!」


「すまない。国王陛下を避難させていた。さて、アルベルト……よくも俺の女たちに手を出してくれたな!」


「スタンさん、あなたでは私の相手は務まりませんよ。まだフィリアさんの方が良かった」


「そりゃあ悪かったな!  ティナ! 早く母さんを連れて逃げろ! その子どもも連れて行け!」


 スタンはまだアルベルトに向かわない。


(わたしたちがいると戦えないんだ……。お父さん……ごめんなさい……)


 ティナはフィリアを肩で起こし、彼に背を向けた。


(そうだ、それでいい……ティナ。……フィリアを頼むぞ)


…………

……


 ティナが歩こうとした時、何か勢いよく斬った音がした。

 

――カラン……


 剣が手から離れ地面に落ちた音。

 少し遅れて人も倒れた音。


 二つの音が終わったのと同時に、アルベルトの声がした。


「だから、あなたでは相手にならないと言ったでしょう」


 そう言うと、アルベルトは剣に付着ふちゃくした血を払った。


「お、お父さんっ!!」


 ティナが父の元へ行こうとした時、フィリアが彼女からゆっくりと離れた。


「……ティナ。……ごめんね。お母さんとお父さん……あなたの誕生日を祝ってあげられないわ……。いい? ティナ。あなたは必ず生きるのよ……」


「お母さん……? な、にを……?」


 その言葉から頭では予想がつく。

 フィリアが犠牲となり、自分たちを逃そうとすることが。

 そんな母を止めるより先に涙が頬を伝う。


 ティナは目を開いているのが痛かった。


「アルベルト、貴方に……この剣は渡さないわ……。そしてティナも殺させない!!」


 フィリアが持つ剣が白く光る。

 そしてその光はあの宝石に一点に収束しゅうそくした。

 この光にアルベルトは気づき、一気にフィリアへと向かおうとする。


「そうは……させねえよ……」


 スタンが彼の足を手で掴み離さない。


「ッチ! この死に損ないが!」


 フィリアはこの時、素早くティナの背後の何もない空間を斬った。


時空天翔斬じくうてんしょうざん!」

…………

……


 ティナが背後を振り返ると、そこにはゆがんだ裂目さけめが控えていた。


「お母さん……いや……! お母さん!」


 目の前のフィリアは、またいつものように優しい表情であった。

 いつも家でティナに向けられていた、あの包み込むような優しい顔。

 ゆっくりとフィリアは言葉を続けた。 


「さあ、ティナ……生きるのよ……。この子もちゃんと守ってあげなさい……。大丈夫……あなたは強い子なんだから……。ほら、また昔の泣き虫さんに戻っているわよ……この剣を持って……」


 ティナに剣を握らせるフィリア。


「ッ!! ……!」


 ティナは話そうとしても、もはや言葉が出てこなかった。

 ただ、言葉よりもスタンとフィリアと過ごした日々が頭の中を巡る。

 母に抱きつこうと手を伸ばそうとした時、ティナはその歪んだ裂目に飲み込まれた。


「やってくれたな、フィリア・シェール……」


「ティナ……愛しているわ……」


 フィリアは決して娘の前では見せなかった涙が、今自分の頬を伝うのを感じた。

 

…………

……


 にぶい音と共に、血を払う音が広場にまた一つ響いた……。

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