第4話〜転生者との対峙〜

今や広場を支配しているのは、人々の恐怖と混乱であった。

 生まれてから今日こんにちまで、ティナはこうしたものに遭遇したことはない。

 そして今まで聞いたこともない、多くの人々の悲鳴。 

 

 こうした状況にティナは逃げることも出来ず、ただ狼狽するだけである。

 彼女の目には、眼前がんぜんで起こっている情景じょうけいが流れていく。


……耳が痛くなるほどの悲鳴の中、彼女を呼ぶ声がした。

 その声の主はこの混乱の中で、はぐれてしまったフィリアであった。

 またそのすぐ近くには、スタンも険しい顔つきで居合わせている。


 フィリアはティナに向かって叫ぶ。

 

「ティナ! 逃げなさい! 早く!」

 

 ティナはフィリアとスタンの顔を見ると、安堵感あんどかんからすぐにでも駆け寄ろうとした。

 しかし行手を阻むのは、逃げ行く人々のうず

 ティナはこの状況に怯えた目でフィリアに問う。

 

「お母さんはどうするの!?」

 

 その問いにフィリアは、まるでティナに心を打たれまいといった具合に厳しい口調で答えた。

 

「いいから! 先に逃げなさい!」


 突き放された答えが、ティナをよりいっそう不安にさせる。

 そして、フィリアは落ちていた剣を拾い、混乱の渦の中へと消えて行った。

   

「そ、そんな……。お、お父さんは!?」


「俺は国王陛下をお守りする! クソ! アルベルトの野郎、何をしているんだ!」

 

 スタンも娘の身を案じながらも、元騎士団長としての務めを果たすべく、駆け出して行った。


(どうしよう……)

 

 彼女はふと空を見た。

 あれほどえていた空も、今では黒く、まるで夜の深淵しんえんのようである。

 すでに魔物の軍勢は街へと降り立ったのであろうか。

 ティナは目線を街の方へとやると、そこからは至るところで不穏なけむりが昇っている。


(街に逃げても……。でも……)


 ティナは無事かどうかは分からないが、『家』に帰りたいと思った。

 スタンもフィリアも必ず戻って来るであろう、あの暖かい家に。


 そう思うと、彼女もまたの混乱からの出口を求め逃げ出した……。

 

§


 ティナは逃げゆく中、人々の混乱の濁流だくりゅうまれ、倒れている子どもを見つけた。


 咄嗟とっさに駆け寄るティナ。

 その子どもは、式が始まる前にティナとぶつかった幼い銀髪の女の子であった。


「……うぅ……」


「っ大丈夫!? ほら、起き上がれる!?」


 少女はおずおずとその小さな手をさしだす。

 ティナもまたその手をしっかりと握り、彼女を起こした。


「あ、ありがとうございます……」


 か細く震えた声で、少女は礼を述べた。


 先ほどまでは、ティナ自身がまさに怯えていた。

 しかし、ティナはこの少女の前では毅然きぜんと振る舞わなくてはと思った。

 それは彼女の夢である、人々を守る騎士団への想いがそうさせたのであった。


「さあ、わたしと一緒にここから出るわよ!」


 そうティナは言い、握った手を決して離さないように、少女と共にゆっくりと歩を進めた。


§


 広場から出ようとした時、待ち構えていたかのようにアルベルトが現れた。

 そして彼はゆっくりと近づいて来る。


「……さて、やっと見つけました。逃がしませんよ」

 

 アルベルトの眼は冷たくティナを見ている。

 その眼はまるで頭上に拡がっている闇のようであった。

 威圧感とも言うべきものに圧倒され、ティナは少女と共に一歩、一歩と後ろへと下がる。


 だが、アルベルトはそんな様子を楽しむかのように、ゆっくりと近づいて来るのであった。

 彼は感情が無いように言った。


「その剣をこちらへ渡して頂ければ、苦痛なく死なせてあげましょう」

  

「ッ!」


 その言葉を聞いた時、ティナは感じた。

 今、目の前にいる人物は、あの英雄としての『転生者』ではない。

 それは何か別の存在であるかのように……。


 ティナはその女の子と繋いだ手を何かを決意したように強く握った。

 そして勢いよくその手を離す。


 次の瞬間、ティナは剣を勢いよく抜き、アルベルトに斬りかかった。


「ッてやぁああ!!」


……が、アルベルトはその一撃をまるであざけるようにかわした。


ティナは後ろへと退き、すぐさま剣げきを加える。


「ッはぁああ!!」

 

 しかし、その攻撃も易々やすやすとかわされる。

 

「な、なんで……」


「全く甘いですね。まだあなたの父上の方がマシですね!」


 そう言い、アルベルトは瞬時に間合いをつめ、彼女を勢いよく蹴り飛ばした。


「ッかはっ……」


 それは今まで覚えたことの無い痛みであった。

 口の中には胃液と血が混ざったようなものが溢れ、耐えきれず吐き出す。

 そして彼女は崩れ落ちた。


 カランという音ともに手から落ちるフィリアの剣。

 少女も駆け寄りティナを介抱するが、もはやティナは意識を保とうとするのが精一杯であった。


「無駄なことを……。しかし約束通り剣は頂けるので、楽に死なせてあげましょう」


 そしてアルベルトはあの黒い剣に手をかけようとする。 

 ティナは死を覚悟しながらも、心の中で助けを求めた。


(……お母さん……お父さん……)


「待ちなさい! アルベルト!」


 幻聴かと思ったが、それは確かにフィリアの声であった。

 ティナにとって最愛の母の声を聞き、彼女は意識が明確になるのを感じる。


……剣を抜こうとしたアルベルトの手は止められた。

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