第3話〜それぞれの祝辞〜

 セリス王国、第三十五代国王、セリス・リンドブルグ。

 よわいは五十歳を超えているが、まだその眼は黒く、しっかりとこの国の行末ゆくすえ見据みすえている。

 彼もまた、あの二十年前の戦禍せんかで国王として国を守った人物である。


 軽く咳払いをして、セリス・リンドブルグは祝辞しゅくじを述べ始めた。


「皆よ、本日はよく集まってくれた。今日こんにちのクレスランドが、こうして平和な日を享受きょうじゅ出来ているのは、クレスランドにいる人々、セリス王国臣民、騎士団、そして異世界からの転生者の力があったからである」


 スタン、フィリアを含め、この場にいる皆は感慨かんがい深く傾聴けいちょうしている。


「あの戦禍せんかで我々は多くの人命を失った! この平和も、失われた彼らの命の上に成り立っていることを忘れるでないぞ! そして私もまた一人では弱い人間である。どうか皆でセリス王国を支えあっていこうぞ。さあ、私からの硬い話はここまでにして、今日は王国祭だ。存分に楽しもうではないか」


 周りからは、割れんばかりの歓声と拍手が起きる。

 短い祝辞しゅくじではあったが、そこには彼の想いが込められていた。


「ッホン……最後に一つ、今回は転生者を代表して、アルベルト・マグナスにも祝辞しゅくじを述べて貰おう」


 アルベルト・マグナス――異世界転生者の英雄の一人で、スタンの後を継ぎ、現騎士団長である。

 そして容姿も良く、紳士たる振る舞いで男女問わず人気が高い。


「アルベルト様よ! なんてステキなお方なんでしょう!」


「まさに英雄と呼ばれるだけある人だ!」


 黄色い声の騒めきが広場を占めている。

 そんな中、スタンは面白くなさそうであった。

 

「っち! あの野郎気に食わないぜ」


 スタンも騎士としてのアルベルトの力は、充分認めてはいる。

 しかしスタンが現役時代の時より、女性から人気なのがつまらないといったところだ。

 だが、アルベルトに現騎士団長を任せたのはスタンであり、彼を信用してのことであった。


 そんなどこか子供っぽいスタンに向かってティナは、


「そりゃあ、アルベルトさんからは加齢臭しなさそうだもん」


 と言葉の一撃を放った。


「えっ!? 俺、もうにおう年齢なのか!?」


 臭いを嗅ぎながら、落ち込みかけているスタン。


「わたしはいつまでも愛しておりますよ」


 フィリアが優しくそう言うと、スタンは恥ずかしそうに頭をかいた。


§


 アルベルトはぐるりと周りを見て祝辞しゅくじを始めた。


「まずはこのような記念すべき日に、ご指名に預かり光栄でございます。今日こんにちを迎えられたのも、国王陛下のお導きがあり、失われた臣民の御魂みたまによるものでございます」


 彼の話ぶりは彼を象徴しているようかのように落ち着いており、どこか人々を引き込ませるような不思議な感じがある。


「私は、二十年前に異世界からの転生者としてこの世界に現れました。かの戦いでは、同じく現れた転生者の仲間と共に平和を取り戻すために戦い続けました。私一人では、クレスランドに今日の平和を取り戻すことは出来なかったでしょう。

共に戦った彼らにも深く感謝いたします。今後のセリス王国の発展を祈願きがんしまして、私の祝辞しゅくじは終わりにしたいと思います」


 アルベルトの祝辞しゅくじが終わるとともに歓声が響いた。


 国王陛下も顔色は変えていないが、その目で彼を称賛しょうさんしているようにみえる。

 そして再び談笑にきょうじる者や、祭りに戻ろうと広場を出ようとしている者もいる中、アルベルトは突如また話を始めた。


「……が、しかし私の話にはひとつの嘘がございます」


 この言葉に人々の談笑が止まる。

 そして彼の声音こわねは先ほどとは別人のように、冷たく人を突き放すようであった。


「その嘘とは今日でこのセリス王国も終焉しゅうえんを迎え、発展などはあり得ないということです」


 広場をにわかに騒めきが支配した。

 皆の表情が硬くなる。

 国王陛下はアルベルトを鋭い眼光で射っている。


 アルベルトは言葉を続ける。


「私は常々つねづね思うのです。平等とはなんであるか。この限られた世界で平等はなし得るか……。と、このような話をあなた方にしても仕方ありません。理解して頂けるとは思いません。まずは、直接ご覧になって頂ければと思います」


 そう言い終わると、アルベルトは携えた剣を抜き空に突き上げた。

 その剣はフィリアの剣と似ていた。

 対照的なのは色が黒く、め込まれた宝石も深遠な黒さがある。

 禍々まがまがしささえ感じさせる、そんな剣であった。

 

 彼の剣は何か黒い霧のようなものを帯び始めた。

 それに呼応こおうするかのように、澄み切った空には黒い渦のようなものが漂い始める。


 またたく間にその渦はセリス王国の空一帯を覆った。


 人々は空を見る。


 王国祭に相応ふさわしくないこの空を。

 また決して『平和』であるとは言えないこの空を。


 人々は突然の異変に全く思考が追いついていかなかった。

 ティナもまた空をみて、不安そうに母に尋ねる。


「お、お母さん……これって? ……」


 フィリアの表情は、いつもの優しい顔つきとは想像がつかないほど険しいものであった。


§


 アルベルトの剣がいっそう闇に侵されていく。

 

「我があるじよ……。今再び災いをもたらしたまえ!」


 アルベルトがそう叫ぶと、空には見たこともない魔物モンスターの軍勢が現れた。

 そして彼らは、ゆっくりと王都へ獲物を探すように降りたとうとしている。


 空を見上げていた人々は、この現実に自然と足を徐々に進め始めた。

 その歩みは加速してゆく。

 それはこの状況から本能が、彼らに逃げることを命じたのである。

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