第2話〜王国祭当日〜

「……ティナ。……ティナ! いつまで寝ているの。早く起きなさい!」


「ん、ん……」


 全く起きない彼女に、フィリアはカーテンを勢いよく開けた。

 太陽の光が勢いよくティナのまぶたる。

 王国祭に相応ふさわしい晴天であった。

 窓を通して人々のにぎやかな声が既に聞こえる。


「ん! ん! ……」


 さすがにまぶしいのか、もぞもぞと動くがティナはまだ起きない。  

 フィリアはそんな彼女を見て、あきれた顔をしながら、


「はぁ……寝起きの悪さはお父さんにそっくりね……。先にお父さんと一緒に王国祭に行っているからね。鐘が鳴ったらお城の広場に来てちょうだいね」


 と言って、ティナの部屋を出て行った。

 

「……はぁい。……もう食べられないよぉ……」

 

 そう寝言が混ざった返事をしながら、ティナは再び夢の世界へ旅立つのであった。


§


…………

……


《………ティナ……ティナ……》

 

 ティナはどこからか、かぼそい声が自分を呼んでいることに気がついた。


(今の声は……?)


 その声はフィリアの声とも違っており、寝ている彼女の頭の中に直接うったえかけるようなものであった。

 ティナは不思議とその声が気になり目を覚ます。

 そして確かめるように周りを見るが、部屋には自分以外誰もいなかった。


  ティナが何かの聞き間違いかと思っていたその時、


――ッパン! ッパン!


  外では王国祭の始まりを告げる音がした。


「あ、今日は王国祭じゃない! なんで、お母さん起こしてくれなかったのよ〜」


 この音を聞いてそれを思い出し、ティナはあわただしく支度したくをし始めた。


(さっきの声はなんだったんだろう……)


 彼女は再び思い返したが、急ぐほどはかどらない支度したくへの苛立ちがこれをかき消したのであった。


§


 ティナはやっと支度したくが終わり、スタンとフィリアを探した。

 しかし家にはもう彼女以外はおらず、既に二人は王国祭へ行ったようである。


 ティナも家を出ようとしたその時であった。


《………ティナ……ティナ……》


 どこからかまた声がする。

 それは彼女が先ほど聞いた声と同じものであった。

 ティナはこの声がする方へと導かれるように足を進める。


 そこはスタンとフィリアの寝室であった。

 誰もいない寝室の窓からは柔らかな陽が差している。


「やっぱり気のせいか……な……」


 そう思った時、ふと飾られたあの剣が彼女の目についた。

 ティナは剣に触れてみた。

 刃こぼれ一つしていなく、フィリアが大切に扱っているのがわかる。

 そしてこの剣はどこかフィリアに似ていて、包み込むような優しい感じするのであった。


 彼女は丸いピンク色の宝石がめられた部分にも優しく触れた。


《……ティナ……ティナ……》


(……っ! この剣がわたしを呼んでいたの!?)


 ティナは驚き、咄嗟とっさに手を離す。


《……さあ、ティナ……わたしを手に取って……早く……》


(この剣はいったい……?)


 そして言われるままにもう一度剣に触れた……。


「……っつ!」


 その瞬間、白く眩い光が部屋を包んだ。

 何も見えない、その白い世界の中で剣は彼女に言う。


《……ティナ……急ぎなさい……。早くわたしを持って……》


(何を……言ってるの……?)


 そして白い世界は、気づくといつもの寝室へと戻っていた。


「……なんだったの? さっきのは?」


――ゴーン……ゴーン……。


 鐘の音がこの不思議な出来事をかき消すかのように部屋に響く。


「いけない! 早くしないと終わっちゃう!」


 ティナはフィリアに後ろめたさをおぼえながらも、なぜかこの剣を放っておけなかった。

 結局、自分の愛用のさやに納めて王国祭へと向かった。


§

 

 セリス王国祭は一年に一度、開かれる祭りである。

 あの二十年前の戦いで、クレスランドを救った異世界転生者たちを祝うためである。

 毎年さまざまなお店が出て、王都はいつも以上に各地からの冒険者や商人で賑わいをみせる。


――さぁさぁ、これはクレスランド随一の妙薬みょうやくだよ!


――この武器は、あの伝説のドラゴンだって倒せる代物だ! 安くしておくから見ていきな!


――ママー! ママー! どこ〜!?


――ここよー! ここー! どこ〜!?

 

 そして今年はセリス城内の開けた広場で、国王による祝辞しゅくじり行われる運びになっていた。

 よって例年よりも増して、王都は人々でひしめきあっていた。

 ティナも広場に行くまでに何度も人にぶつかりそうになった。


§


 広場には既に多くの人がいた。


(お父さんとお母さんどこかしら……?)


 スタンは元騎士団長であった為、フィリアと共にこの祝辞式に招かれているのである。

 彼女は人の間を縫うように進む。


――ドン!


 スタンとフィリアを探しながら歩いていたせいか、ティナは人にぶつかってしまった。

 すぐさま謝る彼女。


「あ、すみませんっ!」


 ぶつかった相手は身長がティナより低く、銀髪の可愛らしい顔をした幼い女の子であった。

 

「っう……いえ、こちらこそ不注意でした、申し訳ございません」


 そう言って、その幼い子は軽く頭を下げて急ぐようにその場を去っていった。

 その姿を見てティナは、その子をどこかで見たことあるような気がするのであった。


 もう少しで思い出せそうであったが、


「ティナ! 遅いわよ!」


 と言いながら、フィリアがスタンと一緒に近づいて来たことで気がそがれてしまった。


「また寝坊か? まだまだお子ちゃまだな。はっは」


「お父さんには言われたくないっ!」


 しかしスタンもこんな調子ではあるが、やはり元騎士団長。

 スタンの姿をみつけては、挨拶に来る騎士の者が多かった。


 真面目な話の時には、凛々りりしい顔で答えるスタン。


(ちゃんとしてればカッコいいのに、お父さん……)


「おや、このお嬢さんがスタン殿の。可愛いお嬢さんだ。こりゃ騎士団を辞めて、家にいたくなるのもわかります」


「そうだろう? はっはっは」


 こうして娘を褒められては、普段の調子に戻るのであった。


「あら、ティナ、その剣……」


 家から持って来た剣がフィリアに見つかり、バツが悪そうにするティナ。


「あ、あっ……実はこの剣が……」


――ゴーン……ゴーン……。


 ティナの言葉をさえぎるように二度目の鐘が鳴った。


「これより国王陛下からお言葉を頂く!」


 この言葉とともに、広場の騒めきは静まり返った。

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