第16話 神は乗り越えられる試練しか……

「あんまり遅くなってもいけないから、そろそろ送るよ」


 まだ話し足りなさそうにしている母さんと妹を見なかった事にして、そう切り出した。

 時計を見れば、食事が終わり既に30分ほど経過していた。


「ええ〜、もうこのまま泊まっていけばいいじゃん」


 妹がそんな風に駄々を捏ねてきた。この聞き分けの悪さは誰に似たんだか……。

 母さんも隣でうんうん頷くのは止めてくれないだろうか、本当に……。


「そういう訳にもいかないだろ。2人もお世話になった人達に早く報告したいだろうし……」

「美都さん、衣茉さん、ありがとうございました。なるべく早く引越してくる様にしますので、今日は失礼させていただきます」


 そう言って深々と頭を下げる雪乃。ほれ見ろ、まったくこの2人に雪乃の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいもんだ。まぁ、怖くて口に出しては言えないけど。


「お母さん、ハウスクリーニングは明日中に終わるの?明日からすぐに住めるの?」

「ワックスまでかけるから部屋に入れるのはどんなに早くても夜からね。そう考えると最短で明後日かしらね」

「ふ〜ん。明日おにぃは、雪乃お姉ちゃん達と買い物だよね?家具は直ぐに搬入してもらう様に段取りするんだよ!!」


 楽しみにしている妹の姿に苦笑しながら『分かった』と了承した。


「雪乃お姉ちゃんとつきちゃんは荷物は結構あるの?」

「ほとんどありません。衣類が少しあるぐらいですので……」

「衣類が少し……下着とかは大丈夫?」


 こちらを見てニンマリする妹。

 おいおい。健全な男子高校生の前でなんという質問を……いいぞ、もっとやれ!!


「こまめに洗濯すれば……」


 消え入りそうな声でそう呟く雪乃。それを聞いた妹の視線が獲物を見る肉食獣の様に鋭くなった。


「おにぃ、せっかくだし選んであげたらいいじゃん!!」

「んなっ!?」

「おにぃの好きな……えっちい下「あーあー、何を言ってるんだ妹よ」」


 こいついきなり何を言い出すつもりだ?最後まで言わせてなるものかと、慌てて横槍を入れる。

 だいたい何故それを知っている?まさか……俺のお宝を見たのか?いや、それは絶対にあり得るはずがない。名探偵ならいざ知らず素人にはバレない場所に隠している。自分の愚かな考えを否定する為、軽く頭を振る。


「もう、せっかく後押ししてあげてるのに……。おにぃ、本棚の本の後ろにそういう本を隠すのはまずいって。そこだけ不自然に出っ張ってるから何か隠してますって言ってるようなもんだよ?」


 はい、そのまさかでした……くっ、殺せ!


 あまりの恥ずかしさに雪乃の顔を見る事が出来ずに顔を伏せた。


「隠さないといけない場所に布がない、まぁ布があってもシースルーだしね!!百歩譲ってもないわ〜」

「透空……あなたね……」


 妹のカミングアウトにより、母親にまで俺の性癖(下着フェチ)がバレた。

 神は乗り越えられる試練しか与えないとか聞くが……乗り越えられる自信?そんなもんあるか。


「ぱぱぁ、どしたの?」

「…………」


 俯いた俺を下から覗き込むつきちゃん。とても心配そうな表情を浮かべているのだが、この優しさが今はツラい。

 まぁ、バレてしまったものは仕方ないか……。切り替えていこうと自分を鼓舞する。


「なんでもないよつきちゃん。とりあえずそろそろ帰る支度しようか」

「あいっ!!」


 素直に応じてくれたつきちゃんを膝の上から降ろして立ち上がる。


「ゆ、雪乃も準備してくれ」

「あ、はい……」

「そういう事で2人を送ってくる。行くぞっ!!」


 恥ずかしさから少しだけ語気が強めになってしまった俺は悪くない。

 後ろで『逃げた』とか言ってる妹を無視して俺達はリビングを後にし、家を出た。


 2人を駅に送る道中、無言というのも気まずいので今日の感想を尋ねた。


「雪乃、つきちゃん。騒がしい家族で悪かったな、疲れただろ?」

「ぱぱぁ、たのしかったよ」

「私も楽しかったです。こちらこそいきなり泣き出したりしてしまって……。すごく温かい家庭でした」


 2人の言葉から俺の家族に対して嫌悪感を持たずにいてくれた事が分かり、ホッとした。


「2人のペースでいいから、少しずつ仲良くなってくれたら嬉しい」

「うんっ!!」

「ありがとうございます」


 取り留めのない会話をしながら歩いていると、つきちゃんがフラフラし始めた。

 見かねた俺が無言で抱きかかえると、瞬く間に寝息が聞こえ始める。


「すいません、重いですよね」

「これぐらい大した事ないぞ。雪乃、多分ウチの家族は直ぐにでも2人に引っ越してきて欲しいと思ってるはずだが、無理はしなくていいからな」

「ありがとうございます。ですが、ご迷惑でなければ私も出来る限り早く引っ越しさせていただきたいと思ってます」

「そうなのか?」

「はい。施設には、私と同じ様にこの制度に応募した子も少なからず居ます。行く先が決まった私がいつまでも居るのはその人達に対しても心苦しいので……」


 一見すると真顔ではあるものの、雪乃の表情かおが何となく喜んでいる様に見えたのはきっと自惚れではないだろう。

 そんな俺の勘違いかもしれない思い込みが、この後悲劇を招く事となる。


「そっか。とりあえず明日は朝から買い物に行こう。雪乃には買って欲しいものもあるしな」

「……っ、分かりました」


 急に覚悟を決めた様な表情かおになった雪乃。あれ?俺なんか変な事言ったか?まあいいや。


「ついでに明日からマンションに住むか。布団も買う予定だし寝床の確保は問題ない」

「…………」


 俺がソファーで寝て、雪乃達が布団で寝たら明日から住んでも問題ないだろう。

 うーん、雪乃の顔が更に強張った気がするんだけど、流石に急すぎたか?


「その……お願いがあるのですが……」

「どうした?言いたい事があるなら遠慮せず言っていいぞ」

「私には拒否権がないのは分かっています」

「ん?」


 え、拒否権とかいきなり何?普通に考えて拒否権ぐらいあるだろう。嫌な事は嫌とはっきり言って欲しいって俺言わなかったっけ?

 雪乃が決意の籠った視線を向けてくるけど何なんだ?意図が読めないから、ちょっと怖いぞ。


「なので望まれるのであれば、その……」

「…………」

「さっき話していた様な下着も着けますので」

「…………は?」

「えっちなの……お好きなんですよね?」


 いやいや、買って欲しいのは家具であって下着じゃないからな!?

 真顔で言ってるし、俺を揶揄っているとかそういう事じゃないのは……分かる。雪乃ってもしかして天然入ってるのか?


 雪乃の俺に対する評価が地に落ちている事を悟り、愕然として言葉を発する事が出来ない俺。そして更なる悲劇が襲いかかる。


「その……つきちゃんが寝たらお見せします。恥ずかしながらそういう経験はないので、その先の事はお任せしても良いでしょうか?」


 その先とかありませんけど!?今、ここまで言われて何もしないのは『据え膳食わぬは男の恥』とか思った奴いるだろ?

 だが、よくよく考えて欲しい。恥じらいの表情とかじゃなく真顔で言ってくるんだぜ……。

 この状況で『いただきます』って言える奴が居たら俺の前に出てこい、殴るから。


 雪乃の中で俺ってどんだけ肉食系なの?もうね、恥ずかしくて消えたい。


 俺はこの決意を込めた眼差しを向ける雪乃に何と返したら正解なの?教えてエロい人……。


「すまんが、その件は忘れてくれるとありがたい……」


 良い案は浮かばない俺に出来た事といえば、平静を装い懇願する事だった。

 

 その日は、最寄りの駅まで2人を送って解散となった。

 駅までの道中を雪乃と何を話したか全く覚えておらず、きちんと会話出来ていたか帰宅後に心配になった訳だが、こうなった原因は俺じゃなく妹にあるよな……と思い直し、ベッドに入り早々に意識を手放すのだった。

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