第17話 魂の叫び

 翌日、俺は愧死きしする事もなく普通に起きた。そう起きてしまったのだ。


 どうせならこのまま目が覚めなければ良かった……これは流石に言い過ぎだが、気持ちとしてはそんな感じ。


 雪乃達にどんな顔をして会いに行こう、起きて早々に頭を抱えた。

 

 朝から迎えに行く約束なので、支度を急いで済ませて家を出る。

 見上げれば、まるで俺の今の気持ちを体現するかの様などんよりとした曇り空が広がっていた。


「まぁ、考えても仕方ないか……。当たって砕けろ精神だ」


 気合いを入れ直し、重い足取りで目的地を目指す。



 移動中にお約束的なトラブルに見舞われる事もなく、気づけば雪乃達のいる施設の前。


 とりあえずインターホンを鳴らすと、直ぐに職員の声が聞こえた。


「どちら様でしょうか?」

「おはようございます。雪乃さんとつきちゃんの養親となった夕凪と申します。2人を迎えに来ました」

「ああ、あなたが……。2人から話は伺っておりますよ。直ぐに迎えをやりますので少々お待ちください」


 待つ事数分……迎えに来てくれたのは職員ではなく雪乃だった。


「おはようございます、本日は迎えに来てくださってありがとうございます」

「おはよう。つきちゃんが居ないけど、まだ寝てる?」

「さっき起きたばかりでして、今は支度している最中です」

「見てあげなくていいのか?」

「自分でやれる事は出来る限りやらせてますので」


 甘えさせるだけじゃないという事か……俺も雪乃みたいに厳しくすると決めたんだ。やってやる!!やってやるぞ!!本当にやれるのか!?


「そっか……支度は時間もかからないだろうから、その間に挨拶はしておきたいな。早速で悪いが職員の方のところに案内してもらっていいか?」

「分かりました。ご案内致します」


 雪乃に案内してもらった応接室の前には、1人の女性が立っていた。

 歳は50代といった所だろうか?少し雪乃に話があると言って、俺に聞こえない小さな声で何かを言っていた。

 女性は俺と2人で話がしたいとの事だったので、ここで一度雪乃と別れる事となった。

 応接室に入る前に簡単に挨拶を交わす。


「初めまして、夕凪と申します。お待たせして申し訳ございませんでした」

「あらあら、話に聞いていた様に実直そうな方ですね。立ち話も何ですから、どうぞお入り下さい」

「……恐れ入ります」


 上座を勧められたので、どうしたものかと一瞬だけ悩んだが指示通りに座った。俺が座ったのを確認して下座に女性が座る。


 確かこういう時って、断ったらマナー違反だったよな?これで良かったんだよな?


「お若いのに、しっかりされてますね」


 そう言って笑いかけてくれる女性。どうやら間違ってなかった様だとホッと胸を撫で下ろす。


「改めまして、私はこの施設の長を務めております、三枝と申します。この度は、お二人の養親を名乗り出てくださってありがとうございました」

「いえいえ、そんなお礼を言われる事ではありません。私自身それを望んだので……」

「失礼とは思いましたが、経緯は中山さんから既に伺っております。雪乃さんは、私がこんな事を言うべきではないと承知の上で申し上げますが、相当面倒なタイプだと思います。それは理解してますよね?あなたなら他にももっと良い子が居たのではないでしょうか。もしも一時の気の迷いで彼女を選んだのであれば今ならまだ間に合います。私から養子を変えてもらう様に口添えしますよ?」

「…………」


 女性のあんまりな物言いに、眉がぴくりと動いた。デリバリー的な風俗店にお勤めの綺麗なお姉様方に言うみたいに『チェンジ』なんて概念は養子には存在しないんだよ!!え?利用した経験があるか?ある訳ないだろ高校生が利用できる店があったら教えてくれ、すぐ電話するからさ!!


 くだらない1人ツッコミを脳内でしてみたが、怒りがおさまらない。

 この場を穏便にやり過ごし雪乃とつきちゃんと家に帰ればいいんだ。

 わざわざ波風を立てる必要はないと自分に言い聞かせる。


「あの子の身体は見たのでしょう?顔がいいのは認めますが、ただでさえ貧相な身体にあの傷。あれでは殿方を興奮させる事も出来ないでしょうね」


 今なんて言った?無礼を働く人に対する礼儀なんて俺は持ち合わせてない。頭の中で、堪忍袋の緒が切れる音がした。


「言いたい事はそれだけか?そんな話がしたいならアンタとこれ以上話す事はない。雪乃とつきちゃんは俺が連れて行く。もう2度と俺達の前に顔を見せるな。あと最後にこれだけは言っておくからよーく聞いておけ。胸の大きさに貴賤なんかないんだよ。俺は小さいのも好きだ!!いや、むしろ小さい方が好きだ!!それと誰が誰に興奮しないだ?雪乃の身体がどれだけ傷だらけであっても勃つもんは勃つんだよ。俺の自慢の超高層テントも既に雪乃にも見られてるし、こっちとら失うものなんてないんだ分かったか!?」


 そう、俺の尊厳はもう失われてしまっているのだ。


「ふふ……もう、本当じゃないの……」


 俺がこんなにも怒りを露わにしているのに、女性は急に笑い始めた。その様子に眉を顰める。


「その話は聞いてましたよ。中山さんが嘘をつくとは思ってないのですが、自分の目で見るまでは信じられなくて……。あなたを試す様な事をしてごめんなさい。先程、申し上げた雪乃さんへの発言は全て撤回します。本当に聞いていた通りの方ですねあなたは」

「嵌めたんですか俺を……」

「こちらにも非はありますが、嵌めたではなく試したと言って欲しいところです」

「似たようなものじゃないか、それ……」

「全然違いますよ。でも私だってあなたに言いたい事はあるのですよ。昨日雪乃さんから『嫁に行きます』と言われた時は心臓が口から飛び出るかと思いましたよ。まぁ、彼女の提示する条件ならばそれも仕方ないとは思いましたが、簡単に納得出来る内容ではありませんでしたので……」


 三枝さんは、俺を揶揄っていた先程までの態度を一変させ神妙な顔つきになった。

 俺も頭を冷やし、冷静に会話しようと気持ちを切り替えた。


「そのつもりはないと昨日も言ったのですが……。雪乃はまだそんな事を言ってましたか……」


 俺の真意がしっかりと伝わっていなかった事に一抹の寂しさを感じる。


「まぁ、嘘なんですけどね」

「は?」

「こういうのが、『嵌める』って事ですよ」

「…………」


 先程感じた寂寥感は一瞬にして爆散。この人、絶対俺の事を揶揄って楽しんでいるだけだろ。


「もう、そんなに怒らないで下さい。夕凪君の為になる事もちゃんとしておきましたから。こう見えて出来る子なんですよ」


 そう言って三枝さんは満面の笑みを浮かべた。

 いい歳した大人が、自分の事を出来る子と言った事に違和感を覚えるが、あえてツッコミは入れないでおく。めんどくさそうだしこの人。


 そして、つきちゃんの純粋無垢な笑みとはかけ離れた、そのニヤニヤした不快な笑みは何だ?


「人の性癖に口を出す気はありませんが、せっかく勇気を出して言ったのに否定してはいけません。本当は嬉しいくせに男のムッツリは嫌われますよ?雪乃さんかなり真剣にどうしたらいいか悩んでいたからこちらでフォローしておきました。『男の買わなくていいは、それ即ち買えという事』とちゃんと説明しておきましたよ」


 そう言って親指を立てる。私やってやりましたみたいなドヤ顔に更なる苛立ちを覚える。その姿は、余計なお世話を焼く近所のおばちゃん連中と何ら変わらねぇ。


 え、待って!?それってどう考えてもエロい下着の話だよな?


 雪乃、何でこんな人に相談なんかしたんだよ。この人にだけは相談するのはないわ〜。

 あと、俺の性癖……見ず知らずの人に広めるのやめてもらっていいですかね?


 雪乃に悪意が無いことが分かるだけに振り上げた拳の行き場がない。


 このやり場のない思いを誰にぶつけたら……そうだ、ニヤニヤしている目の前のおばちゃんにしよう。諸悪の根源だしなこの人。


 俺の中で、三枝さんはおばちゃん呼びが妥当、彼女の評価が最底辺まで落ちた歴史的な瞬間である。


「おばちゃんさ?せっかく俺が否定したんだから、頼むからその話をぶり返さないでくれよ!!そして、責任取って雪乃の誤解を解いてくれ!!」


 魂の叫び……おばちゃんとここに居ない雪乃に届けぇぇぇえ〜。

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虐待された彼女達が俺の養子になりました 大崎 円 @enmadoka

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