第15話 自分の為の料理
暫くのんびりした時間を過ごしていると、母さんから夕飯の準備が出来たと連絡が入った。
家に帰り、俺達を迎えてくれたのはテーブルに所狭しと並べられた料理の数々……。
その光景を目にした各々の反応は分かりやすかった。まぁ、ピザ食べてそんなに時間も経ってないもんな。
その中でも、眉がピクリと動いた程度の変化だった雪乃に関しては流石としか言いようがない。
「お帰りなさい、お腹すいたでしょ?沢山作ったから遠慮せず食べてね」
そこまで腹が減ってない俺達にとっては、まさに死の宣告である。
テーブルは6人掛けの為、片側につきちゃんを真ん中にして、俺と雪乃。反対側に母さんと妹が座る。
全員着席して、『いただきます』と言ってみたものの、どれから手をつけよう。
ハンバーグ、唐揚げ、天ぷら、ステーキetc……どれか1つでもメインを張れるラインナップが大群を成しているこの状況に頭を抱える。
「雪乃ちゃんとつきちゃんの為にって、つい張り切ってしまったわ。何が好きか分からなかったので色々作ったけど、好きなのだけでいいから……遠慮なく食べてね」
「ありがとうございます、それではお言葉に甘えて……」
そう言って雪乃はつきちゃんのお皿に手を伸ばした。なるほど、つきちゃんを生贄にするのか……ってそんな訳ないか。
「食後のプリンもあるからつきちゃんは、少なめにしておこうね。何がいい?」
「はんばぁぐ!!」
「ハンバーグね、他に食べたいのはある?」
つきちゃんは、首を横に振り他は要らないとアピールしている。
その後、雪乃は自分の皿には全部の料理を1つずつ入れていった。
おいおいそれはちょっと無理しすぎなんじゃないか?と心配になる。
「雪乃、そんなに取って食べられるのか?無理しなくていいんだぞ」
「せっかくご準備してくださった事もありますが、何より私が夕凪家の味を知る良い機会ですので……」
今後、雪乃が料理をする可能性は否定出来ない。
だが、これからウチの味を知る機会はいくらでもあるし、無理をする必要は無い。
なんかムキになっている様に思えたので、もう一度釘を差しておく事にした。
「雪乃、母さんが料理を作るのは今日だけじゃないんだ。そんなに焦らなくてもよくないか?」
「その、お気遣いはありがたいのですがそういうつもりではありません。せっかくのお食事を台無しにしたくないので詳しくは言えませんが……」
「そ、そうか。雪乃が無理してないならそれでいいんだ。変な気を使って悪かったな」
「いえ、私こそすいません……」
「もう、おにぃ。しつこい男は嫌われるんだよ?雪乃お姉ちゃんが食べたいって言ってるんだからいいじゃん」
「悪かったよ。さて、俺も食べるか。えっと……」
妹が話に入ってきてくれたおかげで微妙になりつつあった空気が和らいだ。
雪乃ばかり頑張らせる訳にもいかないから、俺も食べるとするか……。
初めての家族との食事は、談笑とまではいかないものの、それなりの会話をしながら無事に終わった。
「ご馳走様でした、とても美味しかったです」
雪乃は小さな声でそう漏らした。
「お粗末さまでした。2人とも今後は食べたい料理があったら遠慮なくリクエストしてね」
「ありがとうございます。ですが、好き嫌いはありませんのでお任せ致します」
なるほど、雪乃は好き嫌いはないのか……。俺とは真逆だな。嫌いなものは折を見て伝えておこうと思った。
「ゆきちゃん、おむらいす……すき」
「ふふ、可愛くて優秀なスパイが居たわね。次はオムライスを作ろうかしら。つきちゃんは何か食べたいのある?」
「はんばぁぐ!!」
「ハンバーグね。今日とは違うのを作るから楽しみにしていてね」
暫くは2人の好きな物が夕飯になりそうだな微笑ましく思っていると、雪乃の頬を一筋の涙が伝った。
「雪乃!?ど、どうした!?」
「す、すいません。何でもありませんので」
そう言って慌てて涙を拭う雪乃。
「何でもない訳あるか、嫌な事があったなら言ってくれ」
「誤解させて申し訳ございません。ただ、嬉しくて……」
「嬉しい?」
「こうして自分の為の料理を作ってもらったのはいつぶりだろうと思ったら……その……」
雪乃の過去の出来事を考えれば、食事すらまともに与えられない状況というのは、容易に想像出来た。おそらく義父に襲われそうになった頃から作ってもらえなくなったのだろう。
置かれていた状況を改めて痛ましく思うと同時に、彼女との距離が微妙に離れている事をもどかしく思った。
「つきちゃん、プリン食べる?」
「たべるっ!!」
「一緒に取りに行こうか」
「うん!!」
なるべく不自然にならない様に立ち上がり、冷蔵庫へ向かう。泣いている雪乃に何かをしたいが、良い案は浮かんでこない。
そんな俺に出来た事と言えば、何の慰めにもならない行為……。
「よーし、パパのお膝の上に座って食べようか?」
「あいっ!!」
真ん中の椅子に座る事で雪乃との距離を縮め、彼女の手の甲に自分の手を重ねた。
「───っ!?」
俺の手が触れた瞬間、雪乃が驚いた様子で俺を見た。
「いきなり泣き出すから、腹でも痛くなったのかとびっくりしただろうが」
「透空〜、それって私の作った料理がお腹の痛くなるような料理って事かしら?」
軽口を叩く俺に、母さんが笑顔でそう尋ねてくる。
場の空気を和らげる為の、冗談じゃないですか。だから目だけで笑うのは頼むからやめてくれ。
「雪乃、色々と理解が追いつかないのは俺だって同じだ。だけど、今日から俺達は家族になったんだ。そんな俺からの願いは、これからは自分の心に正直になって欲しい」
「…………」
「好きな物、嫌いな物。やりたい事、やりたくない事……。どんな些細な事でも良いから、ちゃんと言ってほしい」
そう言って、親指で雪乃の涙を拭った。自分でやっておきながら照れ臭くなり誤魔化そうとした俺は、この後失態を犯す事になる。
「例えば、母さんの作った料理がまずいとか、妹の衣茉とは話したくないとか……ひぃっ!?」
言って直ぐに後悔するぐらいに、例えが最悪だった。
もちろん対面に座る2人からは絶対零度の視線……そうか、今日が俺の命日だったのか。
「おにぃ、雪乃お姉ちゃんが笑ってるから今は許してあげる」
「透空、後でゆっくりお話をしましょうね」
トドメとばかりに追い打ちをかけてくる2人とのやり取りがウケたらしい。
「ふふっ……」
俺という尊い犠牲で、雪乃の笑顔が見れたのだから僥倖だったと、自分に言い聞かせる。
2人が帰った後の惨劇について、今は考えないでおく事にした……。
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