第14話 デリカシーを置き忘れてきた女
久しぶりに入った婆ちゃんの家。この家の間取りは玄関から入って右手、要は廊下側に洋室が一つ、真っ直ぐ進むとリビング。リビングの隣に和室がある。
それぞれの部屋を確認する為に、まずは洋室に入ったのだが、家具が一つもなかった。
「ここは1から揃えないといけない感じか……」
まぁ、これはこれでいいのかもしれない。何もないという事は、好みの部屋に出来るとも言えるのだから。
続けてリビングに向かう。ここは婆ちゃんが住んでいた頃のままだった。棚やテーブル、ソファーにテレビ……。家具も家電も見慣れた物ばかりだった。
「おお〜、菫おばあちゃんの住んでた頃そのままだね!」
「ああ、そうだな……」
『育ち盛りなんだから、いっぱい食べるんだよ』と言って、いつも婆ちゃんは笑いながら美味しい料理を振る舞ってくれたな。
久々に訪れた事で、昔の記憶が鮮明に蘇る。
それと同時にそういえば婆ちゃんも可愛いものが大好きだった事も思い出す。
もしも2人を見たらテンション上がってヤバかっただろうなとつい苦笑が漏れた。
「おにぃ、突然笑い出すとか何?キモいんだけど」
「…………うっさいわ」
そんな簡単にキモいとか言うなよ。つきちゃんに悪影響だろうが。そして俺のメンタルをもっと労われ。
そんな事を考えながら、和室に視線を向けると箪笥、そして鏡台が置いてあった。
婆ちゃんは嫁入り道具の中でも、この2つを特に大切にしていた。
これは処分できないよな。うーん、結構スペース取ってるし、どうしたものか……。
まぁ、荷物の少ない俺がこの部屋を使えばいいだけか。
「雪乃とつきちゃんの部屋は、さっきの洋室の方でいいか?」
「私達はこちらの和室で大丈夫です」
「遠慮するなって。流石にこの和室は開放的過ぎる」
この家は、築年数もそこそこ経っていたので、婆ちゃんがリノベーションをしていた。
こっちの方がオシャレとか言って、和室の仕切りを襖とか障子じゃなく格子戸にしたんだよな。おかげでリビングから丸見えのプライバシーのカケラもない部屋になっているのをすっかり忘れていた。
流石にこの部屋で雪乃が着替えとかしてたら……気まずい。リビングに近寄れなくなってしまう。
「おにぃがこの中にいると、動物園の猿みたいだよね〜。似合ってる似合ってる」
「いいんだよ、どうせ俺はリビングに居る方が多いから」
雪乃が気を使うから、あまり余計な事を言うなとは思いつつも、妹の軽口を適当に受け流す。
「やはり私達が……」
「いいから気にするな。というか、この部屋で雪乃は着替えたり出来るのか?」
「私は別に気になりませんが、お見苦しい様でしたら脱衣所で着替えます」
うん……聞いた相手が悪かったな。雪乃ってこういう考え方だったとまたしても思い知らされた。
「そこは気にしてくれ。俺だってそういうのに興味ない訳じゃないから……その……」
「雪乃さん、ダメだよ。男って生き物は狼なんだから。油断したら食べられちゃうよ、もちろん性的な意味で!!」
「お前は少し黙っててくれ」
こちらが言葉を選んで伝えようとしているのに、この妹は……。このデリカシーのなさは誰に似たんだろうか?
まぁ、おかげで俺の言いたかった事は雪乃に伝わった訳だが、とても感謝する気にはなれなかった。
「言っておくけど別に襲う気はないからな。ただ、雪乃のそういう姿とか見たら理性を失う可能性もあるかもしれないわけで……だから、気を使ってもらえると……だな」
「そうですか……分かりました。それではあちらのお部屋を使わせていただきますね」
これ分かってもらえたんだよな?雪乃の表情があまり納得している様には見えなかったが、この際都合よく解釈する事にした。
『おにぃ、聖人ぶって後悔してるんじゃない?』とかいやらしい笑みを浮かべながら耳打ちしてくる妹。
流石は母親の腹の中にデリカシーを置き忘れてきた女と言われるだけあるな。
Q.誰が言ってるか?
A.俺
Q.本人に言ったことあるか?
A.ノー。言ったら明日の太陽を拝めない
下らない自問自答で気を紛らわせる。じゃないと妹の頭を力一杯
どうにか心を落ち着け、話を元に戻す。
「必要な家具とか買いに行くなら、できるだけ早い方がいいんだが……雪乃、都合の良い日はあるか?」
「特にやる事はありませんので、いつでも大丈夫です」
「そしたら明日にでも行くか」
「私は構いませんが、学校は良いのですか?」
学校は俺も変わるから休んでも問題ないと、喉まで出かけた言葉を飲み込む。
「ああ、俺こう見えて優等生だからな。1日ぐらい休んでも問題ないぞ。雪乃も転校までそんなに時間ないし、やれる時にやっておこうぜ」
「…………」
俺の言葉に嘘がないかを見定めるつもりなのだろうか。
無言でジッと見つめる雪乃の視線を真っ向から受け止める。
美少女にジッと見つめられるとドキドキするのって普通だよな?この視線ちょっと癖になりそうなんですけど……。
「明日はどこに行けば良いですか?」
「そうだな、俺が2人を迎えに行くよ。一応2人がお世話になっている施設の人達にも挨拶はしておきたい」
相談所で2人の居る施設の情報は教えてもらっていた。
雪乃の自らを顧みない行動を、施設の人達も心配していたと聞いてしまったからには、無視するわけにもいかない。
雪乃と同じ年頃の俺が、養親で安心してもらえるかは疑問だが、それでもきちんと挨拶はさせてもらおうと思った。
話もひと段落したが、夕飯まではまだ時間がある。
せっかくなのでもう少しだけここに居る事にしようと思い……そこではたと思い出した。
「俺達まだ昼食ってなくね?」
「そうですね……」
「つきちゃん腹減ってないか?」
「うんと……へーき」
「雪乃は?」
「私も大丈夫です」
その時、どこからともなくグ〜ッと音が鳴った。
顔は無表情でも、お腹押さえてると誰かすぐに分かりますが?
「雪乃さんって可愛いよね」
「あまり言ってやるな」
「なぁ、悪いんだがピザの宅配頼めるか?」
「いいよ、どのピザにする?」
「つきちゃんもいるから、子供が食べれそうなやつで頼む」
妹は、ちょっと下で飲み物を買って来ると言い部屋を出て行った。
デリカシーはないけど、最低限の気遣いは出来るらしい。
一生懸命誤魔化そうとしていた雪乃に視線を戻すと、彼女は鏡台を見ていた。
「気に入ったんなら使うか?部屋に持って行ってもいいぞ」
「いえ、お婆様の大切にされていたものを使うのは気が引けますし、何より私は化粧はしませんので……」
「まぁ、部屋も狭くなるしな。もしも今後使いたくなったら遠慮せず言ってくれ」
化粧はしないって……他人が聞いたら嫌味と捉えるかもしれないな。
すっぴんでそんだけ可愛いとか反則過ぎるだろ。
その後、妹が注文してくれたピザで軽く腹を満たし、夕飯までの時間をマンションで過ごす事にした。
つきちゃんはお腹いっぱいになるとウトウトし始めたので、そのまま和室で寝かせている。
押入れに毛布や布団の一式が置いてあって助かった。
対して雪乃は、妹からの質問?に真面目に答えている。
私の事好きになれそう?という答えにくい質問から始まり、好きな物、好きな男性のタイプ……とこれまた答えにくい質問をぶっ込み、最後は質問ではなくお願いに変わっていた。お姉ちゃんと呼んでいいか?自分の事は衣茉と呼んでくれ……と。
雪乃には悪いが、俺はあえて口を挟まなかった。
無表情にも見えるが、何となくだが雪乃が嬉しそうにしている気がしたから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます