第11話 娘と一緒に料理をするのが夢なんだ

 その後、母さん達と今後についての話し合いが終わり、俺の部屋で待つ雪乃達を迎えに2階に上がった。

 一応、自分の部屋とはいえ、ノックはしておく。


「2人ともお待たせ。家族への一応の説明は終わった。承諾も取らずに雪乃達の事を話した。事後報告になるがすまない……」

「別に気にしなくていいです。聞かれて困る話ではありませんので」

「はなしじゃないので〜」


 雪乃達がすんなり許してくれた事に、ホッと胸を撫で下ろす。


「それで、俺の家族が2人にちゃんと挨拶がしたいとの事なんだ。どうする?」

「どうする…とは?挨拶したいと言ってくださってるのに行かない選択肢はないかと」

「いや、そうじゃなくて……雪乃、正直に言ってくれ。お前本当は母さんの事怖いんじゃないのか?」

「……っ…」


 痛いところを突かれたと言わんばかりに、雪乃の顔が一瞬にして強張る。


「母さんが気づいたんだ。少し考えたら分かる事だったのに、配慮が足りなくて悪かった。とりあえず下で話していた事を先に説明させてくれ」

「はい……」


 バレてしまった以上、隠すつもりはないとばかりに雪乃の顔が更に曇る。


「まず最初に言っておくけど、今後俺達はこの家では暮らさない。どこか部屋を借りて3人で住もうと思う」

「えっ……」


鳩が豆鉄砲を食ったような表情の雪乃を見て、笑いが込み上げてきた。


「ぷっ……雪乃、今とても人様にお見せ出来ない様な顔してるぞ」


 だが、俺はすぐに失態に気づく事となる。


「…………」


 雪乃は怒るでもなくジッとこちらを見ている。

 知ってるか?感情が窺えない美少女からジッと見られるとゾクゾクして、そして何処とは言わないがキュッとするんだぜ……。


「悪かった、謝るから機嫌を直してくれ。ちなみにこれは母さんからの提案なんだ。雪乃が自分ぐらいの歳の人と一緒にいると嫌な事を思い出すのではないかってさ」

「そうでしたか……。正直に言うと、わたしはまだ母親という存在を怖いと思っています。あなたのお母様が私の母とは違うと頭では分かっているのですが……」

「うん、母さん達もそれは分かってるから安心してくれ。ただ、今は少し距離を置いて徐々に自分達に慣れてほしいというのが母さん達からの提案だ」

「ご家族は優しい方達なのですね。こんな事を言える立場ではないのは分かっていますが、今はその優しさに救われます」


 ここまでは予想通り円滑にいったな。さて、問題は次からだ。もう少し踏み込んでみる事にする。


「雪乃、学校なんだけど今行ってる所にこれからも通うって事でいいのか?」

「高校の入学式には行きました。ですが、その後はほとんど行ってません。とても行ける状態ではなかったので」


 そう言って、両腕で自分を抱きしめる姿を見て、何が言いたいのかを察した。


「行きたくても行けなかったのか……。でもそうなると出席厳しいんじゃないか?今からちゃんと行けば何とかなるのか学校に相談してみないとな」

「いえ、その必要はありません。学校は辞めようと思っていますので」

「ん?雪乃って高校卒業までが条件だったよな?」

「あれは、引き取りの難易度を上げる為です。私としては、学校に行かなくても問題ありません。養子になった時点で自由を求める気はありませんから」 


 毅然とした態度で、自分の処遇について語る雪乃を見て悲しく思ってしまった。

 そんな風に、自分だけで抱え込む必要なんてないのだが、今それを言ったところで伝わらないだろう。


「それは母さんが許してはくれないだろうな。最悪、親と絶縁すればいいのだけど出来たらそんな喧嘩別れみたいな事はしなくない。雪乃さえ良ければ、爺ちゃんの知り合いが理事長をしている通信制の高校に行かないか?」

「通信制ですか……」

「ああ、通信型と通学型のどちらでも選択可能で、えっと…体育とかもないからさ。家庭的な事情や仕事で忙しかったりと色んな理由で学校に行けない人が通っているんだ。俺もそんなうちの一人なんだぜ」

「そうなんですか?普通の高校に通っていると思っていたので驚きました」


 正解。本当は俺が通っているのは全日制高校だ。通信型だと、雪乃はますます殻に閉じこもりそうだが、一人で通わせるのは心配。

 俺の精神衛生を考えたら、一緒に通うのがベストだと思ったのだ。転校についても既に母さんの了承は取った。


「爺ちゃんの知り合いが経営している学校なんだ。もし良かったら一緒に行ってくれないか?」

「私が通ってもご迷惑になりませんか?」

「迷惑にはならないな。あーでもどうだろう?雪乃には荷が重いかもしれない」

「…………?」


 俺の勿体ぶった態度に、雪乃は僅かに首を傾げる。だからそれは可愛いから辞めろと言って…………ないな。心の中で言ってるだけだった。


「通信制高校ではあるのだけど、週5で登校してるんだよな俺。やっぱ授業は普通に受けたいし、何より友達にも会いたいからな」

「なるほど」

「雪乃も同じとこ行くなら、それに付き合ってもらう事になるわけ。でも、厳しいよな?さっき学校行ってなかったって言ってたもんな……」


 不自然にならない様に気をつけながら、雪乃を煽る。別に本気で怒らせたいわけじゃない。

 真面目に説得したとして、遠慮して拒否されるのが目に見えている。


「好きで行かなかったわけじゃありません。そもそもあなたこそちゃんと勉強しているか監視が必要ですね。分かりました、私もそこに通います」


 よし、食いついた。


「ああ、それじゃ宜しく頼む。一応手続きには時間が少しかかるから、転入までに拠点となる家を決めないとな」

「あ……私達が学校に通うと問題が。つきちゃんの面倒を見る人が誰も居なくなります」

「そこは問題ない。俺の母さんが面倒を見てくれる事になってる」

「ご迷惑ではないですか?やっぱり私……」

「俺の母さんは可愛いものが大好きなんだ。つきちゃんの面倒が見れるならご褒美としか思わないよ」


 これは嘘偽りなく本当である。実際さっき雪乃を学校に通わせる話をしたら、喜んでいたしな。ただ、先ずはつきちゃんからと不穏な事を言っていたのは聞かなかった事にしておこう。


「そうですか。甘えてばかりで申し訳ないですね。あとでお礼を言わせていただきます。それで学校は何処にあるのですか?」

「駅で言うと、ここから8つ程離れた所だな」

「借りる部屋はどの辺りを考えているのですか?」

「この家の近所にしようと思ってる」

「つきちゃんのお迎えがありますからね」


 つきちゃんを放置する事に気が引けていたのだろう。この家の近くと聞いて雪乃は安心した様だった。


「それだけじゃなくてさ。学校のある日はこの家で夜はご飯を食べる予定だ」

「この家でですか?それは何故でしょうか」

「母さんが、学生の本分は『勉強』だと言ってさ。自炊するのは休みだけにしろってさ。ちなみにこれもこの家を出る為の条件な」

「ここまでしていただくのに、私はお母様に何も返せそうにありません……」


 雪乃はそう言って俯く。別に落ち込む必要なんてないんだけどな。


「気にするなと言っても無駄だろうから、俺から一つ頼んでいいか?」

「何でしょうか」

「いつか雪乃が母さんに慣れた時、一緒に料理をして欲しいんだ。妹は包丁禁止令が出るぐらいに料理が壊滅的でさ」

「私も得意ではないのですがそれで良ければ」

「大丈夫だ。きっと母さん喜ぶぞ。娘と一緒に料理をするのが夢なんだとさ」

「娘……」


 しまった、雪乃が娘になるって俺と結婚するって事じゃん。そんなつもりで言ったわけじゃないので狼狽えてしまう。


「ちがっ……。別に俺と結婚とかそういうつもりじゃないから。今の忘れてくれ!!」


 弁解したものの、気まずい空気になってしまった。


「とりあえず話もひと段落したから下に行こうか。雪乃、つきちゃん起こしても大丈夫か?」

「えっ……何か言いましたか?」

「聞いてなかったのか。つきちゃんが暇を持て余して寝ちゃったみたいだけど起こしていいかと聞いたんだよ」

「あ……寝起きは良いので大丈夫です」


 雪乃のオッケーが出たので、つきちゃんを揺り動かして起こす。

 当然愚図るはずもなくと言いたかったが、寝起きは全然良くなかった。


 その様子を見た雪乃から『あっ……』って小さな呟きが漏れたのを俺は聞き逃しはしなかった。

 俺が嫁とか言ったから動揺したとか……そんな事あるわけないよな?自意識過剰な考えを頭を振って追い払う。恥ずかしくて雪乃の顔は見れそうになかった……。

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