第10話 緊張じゃなく怯えていたのよ

「よし着いた、ここが俺の家だ」


 どこにでもありそうな特徴もない一軒家。小さいながらも庭もついており、2階には俺と妹の部屋がある。


「素敵なお家ですね」


 雪乃が家を見上げながら呟く。お世辞を言いそうなタイプではないので、きっと本心なのだろう。


「そうか?うーん、特にそう思った事はないけどな……」


 素敵か。これぐらいの大きさの家なんてどこにでもあるので、その感覚は俺には分からなかった。


「ぱぱぁのおうち?」

「そうだぞ、早く入ってプリン食べような」


 家の鍵をポケットから取り出し、扉を開け中に入る。

 

「ただいま〜」

『おかえりー、遅かったねー』


 リビングから妹の声が聞こえた。さて、いきなり2人をリビングに通すのは…うん、問題ありだな。

 玄関に母さんの靴はある。2人がとりあえず家に上がる前に、こっちに呼びつけるか。


「母さん、紹介したい人が居るからちょっと玄関まで来てくれない?」


 おそらくリビングに居るであろう母さんに大声で呼びかける。


「まったく、わざわざ呼ばないで入ってもらったらいいじゃない……って、どうしたのよ。そんな可愛い子達を連れて」


 出てきて早々ツッコまれた。まぁ普通に異性を連れて来たらそういう反応になるよな。


『え、なになに。おにぃのくせに、女連れて来たの!?』


 リビングに居る妹が驚いて声を上げた。くせに…ってなんだ、やかましいわ。

 とりあえず母さんの質問には答えないといけないのだが、どう説明するか少しばかり悩む。


「ぱぱぁのまま?こんにちわ。つきです、さんさいです」

「あら、挨拶ちゃんと出来て偉いわね。私は美都よ。初めましてつきちゃん」


 悩んでる間につきちゃんが自己紹介を始めてしまった。

 俺の出方を伺っていた雪乃は先を越されてしまい、まずいと思っているのだろうか。少しばかり顔が強張っている。


「それでそちらのお嬢さんは?」

「……っ、初めまして。月森雪乃と申します」


 雪乃は、そう言って深々と頭を下げた。母さんは興味深そうに雪乃を少しだけ見てから挨拶を返した。


「初めまして。月森さんとつきちゃんね、いらっしゃい。それで、来てもらって早々に悪いんだけど……2階の透空の部屋で待っててもらえるかしら?ちょっとその子に話があるから……。あ、部屋は階段上がって右側ね」


 母さんは笑顔を浮かべて2人を俺の部屋に促した。その笑顔に何故か恐怖を覚えるが、2人が居ない方が説明がしやすいなとも思った。


「2人とも、散らかってるけどゆっくりしておいてくれ」


 俺からも促す事で2人は、困惑しながらも2階に上がって行った。


「さて、説明してくれるかしら。あの子達はただ遊びに来たって訳じゃないのでしょ?」

「まぁ……そうだね……」


リビングに移動して、とりあえずソファーに腰掛ける。


「ねえねえ、おにぃ。あの可愛い人誰?」


 リビングで寛いでいた妹も興奮気味に質問してきた。どうやらリビングから雪乃達を見ていたらしい。


「とりあえず落ち着いて聞いて欲しいのだけど……養子にしたんだ」

「うわっ、おにぃがマジでロリコンだった……。冗談で言ったのに流石に引く」


 妹から絶対零度の視線を向けられるが、それを諌める。


「少し真面目な話をしたいから茶化すならお前どっか行ってくれないか?」

「……っ、ご、ごめんなさい」


 ただならぬ雰囲気を感じたのだろう、妹が態度を改めたのを確認し、先程の出来事を一部始終話した。


 2人が親から虐待を受けていた事、雪乃が自分を蔑ろにした条件を出していた事、引き取ろうとした男が最低のクズ野郎だった事。


「という感じで、2人を養子に迎えた訳なんだけど……」


 母さんは神妙な顔つきで黙って最後まで話を聞いてくれた。


「透空、あなたの決断を私がとやかく言うつもりはないわ」


 母さんが理解を示してくれた事に、ホッと胸を撫で下ろした。


「それで相談があって、皆が良ければ2人もここに一緒に住まわせてもらいたいと思ってる」

「私はいいと思う!!」


 雪乃達の話を聞いた妹は、涙を流しながら間髪入れずに賛同してくれた。

 妹が嫌がるかもしれないと思ってたので、嬉しい誤算だった。


「それは無理。透空、2人と暮らすならこの家はダメよ」


 しかしながら、母さんからまさかの反撃にあう。難色を示すと思いもしなかった。


「えっと……理由を聞いてもいい?」

「逆に聞きたいのだけど……透空、あなたこそよくそんな提案が出来たわね?」


 質問に質問を返されたが、母さんは真顔だった。とてもマナー違反とか軽口を叩ける雰囲気ではない。


「質問の意味が分からないのだけど……母さんは何が言いたいの?」

「それが分からない様なら、もっとしっかりなさい。今のままでは、あの2人に悲しい思いをさせる事になるわよ」

「…………」


 母さんの言いたい事がまったく理解できない俺は何も言えずにいた。そんな俺を見かねて、母さんは小さく溜息を吐いた。


「本当に手のかかる子ね。雪乃ちゃんが挨拶した時、少し態度が不自然だと感じなかった?」

「ああ、それぐらいは気づいてたよ。でも、いきなり親に挨拶するとなれば、緊張ぐらいするだろう」


 いきなり家に連れてこられて、親に挨拶させられる状況。俺が逆の立場なら緊張するだろう。


「あなたやっぱり馬鹿ね。あの子の瞳が揺れていた事に気づかなかったの?あれは緊張じゃなく怯えていたのよ」

「怯え?」

「あの子の境遇を考えてみなさい。母親と私が同じぐらいの年齢だとしたら……私を恐怖の対象と捉えてもおかしくないんじゃない?」


 なるほど、自分の親ぐらいの年齢の人に恐怖を感じている可能性は確かに否定できない。

 雪乃の態度を、緊張していると安易に考えていたさっきまでの俺を殴り飛ばしたい気持ちに駆られた。


「気の休まらない家で過ごすのは、雪乃の為にも良くないな。母さん、ありがとう。やっぱり俺この家を出て2人と暮らそうと思う」

「それがいいと思うわ。ただ、部屋を借りるにしてもこの家の徒歩圏内にしなさい」


 特に問題はないのだが、今までの話からしたら少しぐらい離れた方がいい気もするのだが。


「いきなり近すぎてもダメでしょうけど、だからと言ってこのままだと彼女の為にもならないわ。あと出て行く条件として学校のある日は基本的にウチでご飯を食べなさい」

「出て行くのに、この家でご飯を食べるのか?」

「あなた達、平日は学校でしょ?学生の本分は勉強よ。自炊するの休みの日だけにしなさい」


 母さんの気遣いに、胸が熱くなった。


「それに可愛い子が自分に恐怖を抱いてるとか嫌でしょ?親の愛を知らずに育ったのなら、これからはいっぱい甘やかしてあげたいじゃない」

「わかるー、雪乃さんもつきちゃんも可愛いもんね。なんかお姉さんと妹が出来たみたいで嬉しい!!」


 そう言えば、2人とも可愛いもの大好きだったな。距離の詰め方えげつないとこあるから、少しだけ心配だ。

 でも、せっかく盛り上がっている2人の様子に、水を差したくないと思ったので、2階を見上げ『ご愁傷様』……とだけ呟くだけにした。

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